Dm7 G7 CM7の和音進行を事例に不定調性進行の作り方を列挙します。
不定調性進行がもつ感覚(コード進行感)は、浮遊した曖昧なコードをいくつか並べながら時折少しわかりやすい進行感を持つ連鎖を挿入することで仮想の帰着感を作ることで作り上げます。
これを音の文脈が持つ「意味重力」「意味指向性」等と呼びながら進めてみましょう。
人がそれを聞いてしまえばそこに何らかの意味や意図が想定され、「ニュアンス」が生み出されてしまうということです。
漠然としたコード進行の中にいきなり聞いたことのある連鎖が起きると、は!っとしませんか?
そう感じるかは、自身の音楽経験の濃度に依存します。
あとはその意味を感じる体力や集中力というか積極的な恣意性への承諾?があれば良い、というだけです。
例えば、アーティストの新曲を聴いて、難解なコード進行の後、ドミナントモーションがくるとすごく満足する、"決まった感"を感じる、というようなニュアンスにも似ています。どんなに突飛なストーリーでも印籠を見せるシーンがくると定まった感を感を感じる人間の気質です。不定調性進行もこの性質を活用します。
また、エモいコード進行で来られた時の「あーはいはい、これエモいよねぇ」感覚もそうです。そのエモさは、以前にあなたが同類の進行を聞いて感じていないと(記憶のどこかの何かが呼び覚まされないと)としっかり発動しません。
ピカソの新作が見つかって、サイズはA6サイズのちょいちょいの落書きだけど、タッチがゲルニカみたいだったら、やっぱりピカソ!となりますが、ゲルニカすら知らない人にとってその絵の価値は一瞬わからないでしょう。
そのような意味でV7→Iは不定調性論的思考の上では、「よく使われている進行だから安心する」部類に入るコード進行の一つです。だから当然その逆行、I→Vに流れてもコード進行を知っている人に限り「はいはい、それね」となるはずです。なぜ安定した和音から離れてわざわざ不安定な和音に行こうとするのでしょうか。ここに音楽の最初の矛盾があります。
Iから離れたからすぐにでも「解決したい!」とは思いません。"あ、またつぎにいくな?わくわく"となるはずです。
さっさと問題を解決するのが一番良いのに、また新たな問題が出てきたら普通嫌なものですが人間とは不思議なもので、音楽においては常に「さらなる展開」を求めます。ストーリーを求めているわけです。悲しみなど味わいたくないのに短調の曲を聴いてグッときて勇気をもらうことすらあります。西欧音楽理論は精神文化の進化の先にその論理は破綻する運命にあったのです。
これも意味指向性、といった言葉で理解すると手っ取り早いかもしれません。
V7→Iを全く聞いたことがない人が聞いたら果たしてこの進行は"安心"するでしょうか(まず、平均律ピッチに安心できないかも)。
音楽の流れに繊細で豊かな私情を生み出そうと思えば機能論は不要です。
SDm、裏コード、偽終止、クロマチックミディアント...etc
一般にわかりやすい進行感を用いない場合、全体的には均等な浮遊感を作ります。
そこに時々明確な慣習的技法やポピュラーな進行を置くことで、明確な調は存在しなくても、音楽の進行感に意味やストーリー/心象が生まれ、聞き手それぞれにそれぞれの一時解釈がなされる(解釈自体はその場凌ぎのもので、どんどん進化する曖昧な存在)ことで不定調性進行は意味を持ちます。
(楽曲から解釈の強要を感じる、感じないは方法論的性質というより作者の性格だと思います)
そのあたりの考え方を背景においた上で、下記の「弱い進行感」を体感してみてください。
不定調性進行はレアな音楽性を持つ人のためのツールです。カスタムカーを購入するような人のためのツールかも。
まずはこちらの例
事例1 Dm7(9) G7(9,13) D♭add9 CM7(9)
不定調性進行は機能和声音楽的にわかりやすいフレーズの伴奏には向き不向きが激しいので、ここではわざと無表情で抽象的なサンプルフレーズになっています。
退屈かも...ですがご了承いただければ幸いです。
ここではDbがルートですから裏コード的です。
(DbM7のサブドミナントマイナーの可能性もあり)
D♭ルートはテンションを乗せてもただG7的なサウンドに近づくだけなので、盛らない方がサウンドがはっきりします。
次はこちら。
事例2 Dm7(9) G7(9,13) ???? CM7(9)
この????なコード部分はコードネームで考えたのではなく、前のG7の構成音をうまく避けて一音一音置いたものです。構成音は、
e♭f g♭ b♭ d♭
結果GbM7(13)になっています。どうでしょう?解決感を感じますか?
セオリー(コードネーム)で考えるべきか、何も考えないで手を動かすか?
(「考えないで作る」なんていうとちょっと眉唾ですが、難しい哲学や達人のzoneについて話しているのではなく、本当に「体が動いた」「思考が動いた」ような感覚と一緒に作ることです。人によっては「作品が呼び込んだ」「神が作った」「降ってきた」などというような表現をするかもしれません。自分らしさ、への覚悟みたいなものって、そういう瞬間に試されるので、精神的にも実に創作に取り組んだふうな気分を味わえます。そしてそれはとても大切な感覚だと思うわけです。)
音楽制作ではコード選択に限らず、さまざまな場面で、この二つの選択肢にぶつかります。
前者はジャズ理論体系等が網羅してくれます。
不定調性論的思考は後者を担当します。
「ああ、その感じね」とわかるのが名前のついた技法で、それはジャズ理論がまとめてくれてます。
不定調性論ははっきりとしたサウンドニュアンスを避けたい、結果的に分析可能なコードネームになったとしても技法を意識して作る、という静的な考え方で音楽を作りたくない、もっとダイナミックに流れの中で直感的に音楽を作りたいという方のためのお助け方法論です(その結果、普通の裏コードになるならそれがその人の現状の音楽性)。
結果として作品が良ければ良いと感じる人もいますし、作っている過程にも創造的な過程が連続していなければいけないと感じる人もいます。
以下は上記のページ等で紹介している不定調性進行例をいくつか具体的に作ってみます。
①オクターブレンジに基づく連鎖法~同音程連鎖
これについては一番最後の「完全即興制作」の根拠となるものですので事例列挙は除外します(いきなり除外すみません)
②コンポジットモーダルハーモニー
例えば次のような音階を作ったとしましょう。
c-d-e-f-f#-g#-a#-b
これはホールトーンスケールと導音が共存している音階です。
ここから音を組み合わせて和音を作り、先のII-V-Iにハーモナイズします。
メロディは同じです。スケール外音がありますが、そのあたりの厳密さは個人のお好みで。
これをコード表記すると、
事例3 Dm7(b5) Bb7(b9,b13)????.. C(b13)
という感じでしょうか。
このように使用音が決められていると逆にクリエイティブかつインスタントに「名もなき和音」が生まれます。
③旋律音含有和音
これはメロディ音を含む和音をランダムにつなげていくことで和音進行を作るやり方です。これも汎用和音を使うか、非汎用和音を使うかで好みが分かれます。
ここではシンプルな四和音で作りました。コードを当て込むと、
事例4 CM7(9) E7(b9) G7(b5) BbM7 |Eb6 |
メロディのd,f,d♭,f,cをそれぞれ含む和音です。
こういったときに「中心軸システムを使おう」等と思ってしまうとどうしても短三度連鎖的になってしまい、いかにも「中心軸システムの上っ面を使った進行」になってしまいます。そこから考えに考えて結局上記のような感じに落とし込めたりします。
セオリーをそのまま使うと形骸化されたものにしかならないんです。
また、ネガティブハーモニーを使おう!となったとき、まずどの和音をネガティブにするか迷い、やってみると、普通のサブドミナントマイナーになったりします。
技法を決めて編曲しても、結局形骸化を避けるためにある程度編曲の時間が取られてしまうので、どのように作るか、を個人が自分にあったやり方に気がつき、それで磨いていく訓練期間が必要です。技法は十分に使いこなせるように奥義を極める必要があります。ゆえに本来一人の人間はいくつも必殺技は持てないものです。
⑤単音概念的アプローチ
一つの和音の単位を固めてアレンジしていきます。コンスタントストラクチャの発展形です。
これもコードにすると、
事例5 D7sus4 C7sus4 B7sus4(9) Bb7sus4 |Am7(9,11)
です。
例えばコンスタントストラクチャを覚えても同じ和音をつなげて終わり、では音楽表現になりません。
ここでは三番目の和音で9thをメロディにしました。下がってくる和音進行のコンセプトを活かし、ここでメロディがテンションになるのは面白い、と感じ(音楽的なクオリア)そのまま下降して、最後はA7sus4が綺麗でしたが、メロディがm3rdであるためAm7ベースで11thを持たせ、最後の和音なので9thを含ませて分厚くすることで終止感を出しています。
そういった肉付けが不定調性論的制作は自由にできるのでそういうやり方をしたい人にはオススメです。ただしサウンドが曖昧な雰囲気を作るので、一般的には"時々""ピンポイントでの活用"となるでしょう。
⑦モードのダイアトニックコードと音楽的クオリアによるコード進行作成
ここで使う表は下記をご参考ください。
こちらは
事例6 Bb Db Eb7 GbM7 |DbM7 |
こちらはもっとシンプルに
事例7 Bb Db |C |
※音源はベースに動きがあります。
です。これらのコードは下記Level4という表に全て現れています。BbはBb7の省略形、DbはDbM7の省略形と捉えます。
このように使用する和音を制限して組み合わせていく、という方法もクリエイティブを刺激します。この時、厳密にこの表の通りに用いてもいいですし、途中で、あ、9th載せたい、あ、sus4挟みたい、という音楽的なクオリアが生まれたら、それに従います。結果として、この表から逸脱するような結果になってもOKです。「表の中から作る」というのは制作動機のあくまでトリガーです。逆に表の中でできてしまったら「この表を持っていたら、誰でも作れるものができた」と考えてください。
この自分に引き起こるアイディアのイレギュラーに流されず制御しながら使いこなさないといけないのが不定調性論的制作の一番厄介なところです。
同様な方法に⑫セカンダリードミナントの拡張も同様に「限定された和音種」を活用する方法です。この手法の究極が⑲不定調性希機能進行と⑳マルチファンクショナルコードマトリックスを用いて希薄な調性進行を厳密に作る方法論です。
19のモードマトリックスを用いた例としては、
G6sus4 E7sus4(b9) BM7(b5,9) G#m6 |Gm7(11) |
となります。E7のb9はクラシック音楽などでも伝統的用いられた個人的に好きなサウンドだったのでそのまま使いました。このメロディをCメジャーキーとすると、トニックはc,eを持つ必要があり、ドミナントはf,bを持つ必要がある、として
T T D D |T
という希機能進行ができるようにしました。
不定調性希機能進行~モードマトリックスこちらを使いました。
またマルチファンクショナルモードマトリックスを活用すると、
不定調性論の方法論的展開 その2-2 こちらの表を使います。
これは、
AbM7(b5) EbM7(9) C7 A7(b13) | Ebaug(13)
となっています。
こういったコードネーム変化を具体的にイメージしながら作ることはなかなか手間です。
そこでこうした表を活用することでも不協和度を揃えた特殊コードを探すことができるという事例です。
またこれらの和音を組み合わせて複層コードにもすることができます。
しかし複層コードは必ずしも
赤+白=ピンクになるとは限らず、赤+白=深緑になったりします。
私自身実践して実験していますので、下記のページの楽曲などをご覧いただければ幸いです。この曲はほとんど長三和音を組み合わせて作っていますが、それが作る表情が本当に豊かです。
コードの複合はサウンドのニュアンスが不明瞭になりますので、抽象性が連続します。
抽象性そのものを追求する、ということでない限り、4-6和音程度の複層和音を1発用いる、ぐらいから初めてみてください。
⑧センターコードとアラウンドコードによる進行作成
これも様々やり方があります。一つは先の⑦のように戻ってくるセンターコードだけを決めて、あとは自由にコードを行き来しセンターとなるコードに戻って来れば、中央が定まる、という考え方です。
他はこちらのように声部の流れを作って雰囲気を整える方法です。
楽譜だとわかりづらくなっていますが、
最初の和音と最後の和音に統一性を持たせ、あとは声部の流れを自在に作って和音を紡ぐ方法です。ここでは最後、一瞬だけCaugを鳴らしてCにリゾルブします。これだけでもCの帰着感が強まります。
⑨マザーメロディによる展開法
これは「⑤単音概念的アプローチ」と類似性がありますので省略します。
⑩和声単位作曲技法
こちらは同じタイプの和音を重ねていく、というコンスタントストラクチャーそのものですので類似ですから省略します。
⑪不定調性進行
これは和声進行の種類というよりも進行種類の細密分類ですから、具体的に使える、というものではありませんが、常識とは異なる発想で和音が作れるので色々考えてみていただければ幸いです。
この進行は、
Cl7 Fl7 |Cu7
でこれは、
Cl5+Cl4 Fl5+Fl4 Cu5+Cu4ですから、教材の分類でいうと「複合型の不定回帰性不定調性進行」と言えます。下記のようにも表記は可能です。
Fm6 Bbm6 |C7 |
しかしこのコードネーム表記だとどういう理屈でそれに決めたのか、そのバランスとか、内在する仕組みがわからないと思います。
不定調性進行の分析を系統立てて行うとき、このように各種の和声単位で分解して行うことで、和音集合の連鎖を分類して理解ができます。
構造を発見し、そこにある秩序を生み出す、という分析方法です。
作者の意図のその奥を探った上で、楽曲が持つ価値を創造してあげるんです。
大切に育ててもらえるように作られた種を育てて栽培するのは種を作った人の仕事とは限りません。
栽培してもらった白菜をいかに巧みに料理するかは、育てた人の仕事とは限りません。
工夫して料理して食べた人がどのような感想を持つかは、作った人の印象通りになるとは限りません。
それぞれの立場の人がいて、考えて工夫して価値を生み出すからこそ「作者の意図を聞く」と言った設問が生まれただけで、それもまた作者の意図とは相入れない一つの副産物、と言えます。料理を作ったがまずいと言われた、を料理人は覚悟しなければなりませんし、著名になることで、作者の意図はなんだ?と言う設問が生まれることを作者は覚悟しなければなりません。
これは「このコード進行は非機能なので分析しても意味がない」の先をより細かく系統立てて分類する方法から、「一時解釈を生み出す(そしてその都度解釈を進化させる)」と言う現代的な作業とリンクさせて活用いただければ幸いです。
⑬原曲概念によるスーパーリハーモナイズ
こちらはこれまでの方法を混合して行う方法ですのでここでは省略します。
⑭動和音・静和音進行
これは和音の分類方法です。
例えばコードをつけなかった⑧は、
CM7(9)(Cu5+Gu5)/静和音→
G#6(G#u5+Cl5)(動進行)静和音→
E6(Eu5+Al5)(動進行)静和音→
B7(b5)(bh+d#h)(動進行)完全動和音→
CM7(Cu5+Bl5)(動進行)静和音
となります。比較的穏やかな和音を一貫して大きな動き(動進行)で連鎖させ、最後の和音に帰着を促すように完全動和音が配置された属和音の帰結感を発展された形が配置されていると言える、的に分析ができます。
もう少し細かく分析もできますがここでは割愛します。
⑮トーナリティモーションとモーダリティモーション
⑯ブロックモーダルチェンジとブロックコーダルチェンジ
⑰ハーモニックインターチェンジ
こちらは現行の和音進行のより細かい分類方法ですので今回は省略します。
⑱十二音連関表に基づく進行から完全領域変換
このように12音を全て用いる和音連鎖のことです。ピンポイントで奇抜な解決進行を作るときなどに便利です。12音が全て入れ替わるので、変化感の激しい完全動進行が生み出されます。
完全即興制作
これらの方法で作るサウンドは、具体的なはっきり機能感や転調感のわかりづらい進行感を醸し出していたと思います。それぞれ似ていますが、微妙に持っている雰囲気が異なります。この微妙さが不定調性進行ならではの機微です。
最後はこうした不定調性技法も考えず、直感だけで作っていく「完全即興」です。
「あ、ダイアトニック」と思ったらダイアトニックを使いますし、「あ、コードマトリックス」と思ったらそれを使います。完全即興とは、即興的に湧いてくる意思を音にして、作りながら文脈を構成していきます。
人間の脳が引き起こすあらゆる"事故"を表現として昇華しようとする、もがくような創作行為です。
これは何度も繰り返さないと直感と作りたいものが一致しません。
長い訓練期間が必要なのでしょう。わたしも特訓中です。
拙い事例ですが。これだけ音が大きいので、音量を小さくしてください。申し訳ございません。
※主メロは別のpianoで弾いて混じっています。ここでは伴奏部分のみを掲載。
列挙してきた事例が面倒であれば、いきなり完全即興的にやってみてください。できる人はそれでできると思います。
完全即興で音楽が自由にできるからセオリーなんていらない、と言っていると、ただのサブドミナントマイナーになっていても気がつかないので、もし意欲と時間があるのならばある程度は音楽理論の学習をしてみてください。
ドヤ顔でやっているけど大したことない、ってあなたより才能のない人に言われますよ?
彼らは少なくともあなたより勉強しているからです。あなたは自分が何をやったか知っている必要があるんです。知ったその先にある狂気を探してください。
また各種の機能和声進行感を体得する程度までは必要です。
最初は大したものが出来ませんが、そこで諦めないでください、あなたが音楽的なクオリアを鍛えていくことによって、その音表現は、日に日に説得力を持ってきます。
技法を覚えてちょっと試すだけでは その技法の真の力を感じることはできません。
本来技術によって得られる成果は非常に長い時間をかけて作らなければなりません。
上記の考え方のいくつかをご自身で試したら、是非あなた自身が長年探求できるだろう方法に特化し、1つの作品を軸に自分の技法が展開できるように日々探求を続けてみてください。
教科書がない、前例がない、誰もやらない表現世界に挑戦するというのが音楽の一番の楽しみであり、それが楽しく感じられないのであれば、創造的な音楽を作ることは難しいと思います。