音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

「コード理論大全」和声弱者、不定調性論的思考を求める;読書感想文

今日のお題は、受講生の方が持ってきてくださった「コード理論大全」です。

コード理論大全 

こちらに訂正箇所ケアがございます。

コード理論大全|AFTERCARE|リットーミュージック

合わせて下記もご参考ください。

・P111の表の

bVIIo7→VIIo7

bVII-7(b5)→VII-7(b5)

・P112のテンション

9→#9

 ・P113のテンション

11→#11

ではないかな?と思われます。その他細かいところまではまだ見れておりません。

また、私の解釈が間違っていたら申し訳ありません。

(随時訂正がなされていますので、正規の正誤表ページを必ず優先してください。)

 

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私はいわゆる和声弱者です。和声の勉強を怠り、皆についていけず理解もできないまま音楽をやっていたら、自分の方法論が固まってしまった、ちょっとズルい人間です。音を聞いて感じる心の状態感覚が少し普通の人と違う方向に行ったままにした状態で音楽をやっています。

必死に普通の音楽を作れているのはこうした音楽理論のおかげです。

 

「普通の和声が出来ないやつは音楽活動は難しいのでは?」という少しの偏見が社会にはあります。競争社会で敗れた人はやはり弱者なのか、それとも別の道があるがまだ確立されていないのか。

 

同著のフラットな書き方(「主観を含まない」というコンセプト)は、とても楽に読めます。「自分はそんな風に思えない」という自分の意見を挟む必要がないからです。

 

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同著を読まれれば、

・音程の名称と意味役割

・和音の構造と機能、種類

・基礎的なアナライズの方法

・基本的なテンションの付け方、モード解釈時や転調時のテンションの付し方

・コードスケールとモード交換の基礎

・コンテンポラリーな和音連結法(当ブログ風でいうと不定調性的進行)

などが一挙に学べます。内容的には中級者向きの基礎技能内容ですが、学校に通われているような方が、もう一冊別のジャズのコードの勉強本を、ということでお持ちになるのは良いと思います。

なお、コード進行の学習や、ヴォイスリーディングについてもっと専門的なアレンジに用いられるアプローチの学習などをしたい場合は、各編曲の本をご参照ください。

私が持っているのは、北川本。これ

ビッグバンドジャズ編曲法 

これkindleで買いました。時々暇な時間とか電車の中でとか何度も読めたので良かったのです。もう覚えましたが(単にこの方の書く感じが好き、というだけです、心配な方は図書館などで北川先生の本を一旦読んでみてからご検討ください)。

ビッグバンド、と書いてありますが、連接法や各種の和声法は全てポピュラーミュージックで活用されます。というかポピュラーミュージックの源流がジャズのビッグバンドだからですね。

「コード理論大全」は414ページというボリュームなので今回3日ほど自転車通勤で持って歩いていたのですが、重いっす笑。著者様の愛を感じます。コードの事だけでここまで書いてくれる本なかったですよね。

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コードについての最初の部分の一覧集という感じですので、幅広い理論的な解釈を敷衍したいという、特に先生を目指す方はもう2冊ぐらいジャズ理論の教材を読んでおいたほうがいいです。絶対。一冊では足りません。

 これとかこれとか。

左はさらに分厚く総合的なジャズの拡張方法論への理解として、右はコンパクトな日本教育的な包括的なジャズ理論の教材(YAMAHA系)として。この辺の理論書はM-Bankにもありますので座り読みできます。

(理論書も趣味ですので、amazonで評判とか解説を眺めて必ずご自身で選んでください。勧められたものを勧められるままに買ってはいけません。)

ジャズスタディ 渡辺貞夫」とかはもはやクラシック図書として一家に一冊。イナモリメソッドとかも有名ですね。

教材はいくつか読んでみて、自分の思考にしっくりくる教材をベースにしましょう。

   

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下記はマジで講師用な話です。不定調性論的な解釈との違いを、ということで私見を添えて述べさせていただきました。興味のある方だけお読みください。

読んでみたいな、と思ったらぜひご購入下さい。

同著の内容をレクチャーするわけではありません。

 

P23 III 調性内三和声

同著では、自然倍音の話を用いずに、和音の話に入ります。

自然倍音の話をして、"メジャートライアドの根拠は、自然倍音列から生まれる"といったんしてしまうと、短三和音の根拠をはっきり明言できぬまま、IImやVImといった基本的なダイアトニックコードを作らなくてはなりません(これはラモーらの時代の個人的発想に基づくもので、科学的真理ではありません)。

私も当時

「なんで一つ飛ばしの短三和音まで全部オッケーなのか」

を最初に疑問を持ちました。I△は自然倍音に依拠するから協和性があり、自然から生まれるものなので良しとするならば、その次のIImの根拠はどこにあるのか???と。宗教的意味合いにおいての調和としての長三和音の意義はどこに行った??みたいな。短三和音協和の根拠薄くね?みたいな。

自然倍音という根拠を持ち出してきながら、短三和音の根拠を示さずスルーしていく「昔の教科書」には違和感があったものです。

そして「自然に帰す」という慣習は西欧啓蒙時代の名残であり、絶対的な音楽との関係性はありません。

 

だから同著のように逆に自然倍音の話がないほうが実用的な本になる場合がある、と感じました。

 

ちなみに不定調性論では、この短三和音の根拠を、「和音構築法」という考え方やり方で可能にしています。

www.terrax.site

ここで納得できれば、四和音でも2度堆積でも4度堆積でもクラスターでも全部自在に自分の意思で作れます。自給自足です。

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P46の「調性音楽の感じられ方」というような表現は、拙論とも似通った表現であり、大変共感できます。こんな曖昧な日本語表現は昔なら許されませんでした。

 

またP48に見られるような、f→e、b→cというの(トライトーンの解決)は科学的な根拠はなく、慣習による刷り込みによる定式、と理解するとスムーズに読めます。手紙の冒頭の挨拶の定型文と同じです。それがなければ文書が書けないわけではありません。

ひとつ考えてみましょう。

例えば、

G7→Eaug(f,bはc,eにそれぞれ進行している)

などに進ませたとき、和音進行の印象は"解決"していますか?トライトーンは一応f→e、b→cに進行しています。

あなたにとってこの進行は解決感ありますか?

違和感しかないでしょうか。

こんな進行が果たして現実に成り立つでしょうか。

、、とかって思いません?

   

では次を弾いてください。

G7-E7-Am7を弾いた後で、

G7-E(#5)-Am7

を弾けば、全体の調性感の流れを保っていけると思います。G7からCM7に行くかと見せかけて平行短調への憂いを持った終止に向かいます。ドラマチックです。

今度は解決はしていませんが、"成り立って"います。トライトーンも違和感なく進行しています。さきほどの「G7→Eaug」はこれを切り取ったんです。

だからトライトーンは「解決したい」と自主的に思っているのではありません。

音が進行したがっているのではなく、あなた自身がその進行を解釈してるだけです。

、、、と不定調性論では考える、というわけです。

 

そこで「解決感」という言葉ではなく、すべて「進行感」とすることで、あらゆる和音への進行感を平等に扱える意識になります。言葉は意識を変えてくれるんですね。「できない」ではなく「なんとかする」と言え、みたいな。精神論か。

 

こうした教材で時折「進みやすい傾向をその音が持っている」というような表現があることがありますが、そうした欲求は音が持っているのではなく、あなたの脳が判断した感覚である、と一歩進んで解釈してみると、理論書は楽しく読めます。著者のルールを自分なりにちゃんと置き換えてみてください(教材にその旨をメモしておくといい)。

 

なぜなら結局教材を読み終わった後は、自分がこれから作る曲は、あなたが全てを判断して作ることになるからです。教材が曲を創ってくれるわけではありません。

最初はいちいち"あのテンションどうだっけ?"とか何度も何度も本を開いたもんですよね。だからこそ愛着の持てる本をみつけてください。

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P50 長調の調性内和音の機能

同著では、

「特定のスケールを特徴付ける音高」を特性音、と読んでいます。

Cメジャースケールではfとされています。で、その理由として

C△の構成音eとb9thを作る音であり、fが含まれているとC△の終止感が阻害される、機能が変わってしまうから、としています。

気が付かれた、と思いますが、そうなんです。これは最終的には「主観」での判断になります。

私のような変態は別にfがメロディになっていても「冷たい雫だ・・・」とは感じますが、不協和でどうにもならない、とは思いません。その意思を通すか、くじくかです。

これを例えていうなら、出来の悪い息子がいて、もうこいつにはうんざりだ、と思っても、排除しよう、などと思わず、なんとか仕事に就かせて、まっとうな人生を歩ませたい、みたいな"不協和になってくれるな"的な願を持ってしまうフェチなんです。すいません変態で。願いで音楽やってるところあります。

 

「不協和音は悪」という発想はこれらの和音が生まれた頃の宗教的発想です。

まずこれが主観である、または通例音楽教育やメディアで生来より触れてきた音楽の常識的判断による主観である、と認識しましょう。あとは受諾するかしないかは個人の自由です。

でもこの時受諾できない人でも、安心してください。不定調性論があります笑。

 

<アヴォイドノートと特性音>

たとえば、CM7において、キーがCメジャーキーの時、調性内を意識した音集合を作ろうと思うと、Cメジャーキーの音は、c,d,e,f,g,a,bですから、

c      e      g     b がコードトーンで、

残りの音は、d,f,aです。

ここで機能テンション、という存在を和音に作ります。条件は

・V7コードを除いて、コード構成音とb9thを作らないこと

・コードトーンまたは他のテンションノートと組み合わせた時、元のコード機能と異なる機能解釈がされないように

です。

この時、fだけが①eとb9thになるため、同時に②b音と増4度になり、ドミナントの機能を匂わせてしまうので除外されます。

 

ゆえにCメジャーキーにおけるCM7のテンションは9,13にあたるdとaが採用されます。

 

こういうふうに覚えた人も多かろうと思います。

この時除外されたfはCM7のコードスケール音としては、有効ですが(水平利用は可能)、テンションとして用いることができない(垂直利用は不可)のでこれを一般的にavoid noteと呼び、「垂直的に長い音価で用いることを回避すべき音」と解釈します。

でもまあ使うときは注意してね、という程度の意味になっています。

 

また特性音とは

Cアイオニアン

c d e f g a b

Cリディアン

c d e f# g a b

において、アイオニアンとリディアンの違いは、第四音が

fならアイオニアン

f#ならリディアン

ということができます。ゆえに、スケールの差異を特徴付ける音であることから、このfを「アイオニアンの特性音」と呼びます。そしてリディアンの特性音はf#です。

これも何冊か理論書を読んで察してください。

 

アヴォイドノートと特性音は微妙に違います。

でもこれを間違って解釈してもあんまり音楽行為に影響を及ぼすわけではないので(絶対使用禁止、というわけではない→アヴォイドからの流し方が大事)微妙な解釈のまま覚えておられる諸先輩もおられます。あなたにその思想を強制されない限り大目に見てあげてください。

 

アヴォイドノート=テンションになれない音、

キャラクタリスティックノート=特性音はスケールの差異を特徴付ける音

 

 この辺をあらかじめ把握しておくと同著も読みやすくなると思います。

 

 

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P52 トニックファンクション

ここでは「トニック機能を持つコードの定義は」という記述があります。後半に、サブドミナント、ドミナント他の機能についても記述がありますが、「定義」を付けているのはトニックだけです。

トニック機能を持つコードの定義はメジャーキーの特性音である、"第四音を構成音として含まないコード"です。(中略)I,Imaj7,III-,III-7,VI-,VI-7となります。

他、I6も含む旨が書かれています。

 

またこのfについて、

ただV(CメジャースケールにおけるGトライアド)は後述のドミナントファンクションを持つコードとして分類されるため、この限りではありません。

注記しますとfがドミナントファンクションを持つためには、b音も必要です。この辺は、条件提示の表記が文章内に埋め込まれていたり、前後している関係で一瞬わかりづらいかもしれません。

またこの時、Csus4のようなコードには機能は割り当てられません。

G7-Cも

Csus4-C
も同じように「進行感」がありますが、機能和声では、ドミナントであるべき時だけ「解決感がある」と強調されます。こういうところは不定調性論が便利です。

G7-Cも

Csus4-C

どちらにも「進行感」があり、どれをいつ使うべきかを把握できるように、その印象感を覚えていく、という学習方法になります。

同様にDsus4という和音は、fを含みません。

Dsus4 G7  C

Dsus4はfを持ちませんから同著によれば、トニック系のコードになる、というのかどうかは私はここではわかりません。sus4というコードの定義をしないといけないのですが、それは省略されていますので、もし機能振り分けが気になる人は著者ご自身にお問い合わせください。最終的にはどれも余りたいした問題でもありませんが、これをサブドミナント、中性ドミナント、などと様々に解釈する系統もあるかと思いますので、できれば想像力を働かせて自分の理解を創造していきましょう。

同著にはドミナントとなる条件、定義は明記されていません(文章内にさらりと書いてあります)。それら以外の和音をサブドミナントとしています。VIIも限定していないので読者が自在に判断できるようになっています。この辺りは特徴的で大変面白いと思いました。

 

同著では、短調のドミナントマイナーの扱いや、

「マイナーキーの特性を決定付ける短三度」

「ナチュラルマイナースケールの特性音としての短六度」

といった表記によって特性音が二つあるような印象を持つ場合もあろうかと思いますので、ここであえて"別の"ジャズ理論の解釈を掲載しますので、照らし合わせて理解を深めてみてください。下記はワタクシが母校で覚えた考え方です。

============= 

<トニックコード、トニックマイナーコード=中心としての役割 になる条件>

・三度堆積四和音中に、Iの1度及び3度(音階の第1,3音)を持つコード

(C△ならc,e)

(Emならe)

(Amならc,e)

(慣習的に1度を持たなくても3度を持てばトニック機能と解釈されている)

I系,IIIm系,VIm系

 

<サブドミナントコード、サブドミナントマイナー=中心への緩やかな傾斜を示す、あるいは補助の役割 の条件>

・三度堆積四和音中に、IVの1度(音階の第4音)及び、音階の第6音を持つコード

(F△ならf,a、Fmならf,a♭)

(Dmならf,a、Dm7(b5)ならf,a♭)

(Ab△ならa♭)

(Bb△ならf,a♭)

サブドミナント=IIm系、IV系

サブドミナントマイナー=IIm7(b5)系、IVm系、VIb系、VIIb系

 

<ドミナント=中心への強い傾斜を示す の条件>

三度堆積四和音中に、Vの3度と7度=音階の第4,7音(トライトーン)を持つコード、機能を補完する音としてvを持てばより確定的。

V系、VIIm7(b5)系

(Gならg,b,f、Bm7(b5)f,b)

 

<ドミナントマイナー=中心への傾斜の度合いはサブドミナント同様でドミナントよりも中心への傾斜が弱い、の意味 の条件>

Vm、Vm7を総称してドミナントマイナーとする。

v度ルートでありながらトライトーンを持たないのでドミナントではないが、サブドミナントと区別する必要から、この名前がつけられる。

Vm-Imのような進行を「ドミナントマイナー終止」などと呼ぶ場合もある。

============

どのように解釈しても、最終的に不定調性論に進んでいただければ、機能は関係なくなりますので、こうした用語や解釈は、「本を読み進めるために必要な解釈」としていただいてどんどん先に進んでいただければ、と思います。

 

またVIIbを同著ではドミナントマイナーとしています。

意味としては同じです。

「ドミナントよりも弱いドミナント」

という機能を

ドミナントマイナーと呼ぶか、サブドミナントと呼ぶか、です。両方がごっちゃになった教材もあります。

V7-IよりもIV-Iの方が解決力が弱いので、そういう和音をドミナントに副次するものとして、サブドミナントとする、という考え方もあります。

だからVm系統だけをドミナントマイナーと呼ぶか、VIIbのような7thコードもドミナントマイナーと呼ぶかで意見が分かれます。しかしこの解釈が現場で何らかの問題を引き起こすことはないので、自在に理解できるようにいろんな方法論を身につけてみるといいでしょう。その点、同著の表記や理解の仕方は優れていて現代的だと感じました。

 

音楽理論それぞれが方法論を持っています。それが明らかである以上、あなた自身がどうするか?を密かに考えなければなりません。もちろん仕事を取るために、ある方法論に属したりする場合なども当然あるでしょう。

その場合も上手に心の内で自分自身のやり方を構築していってください。こんなことで対立しても何も得られるものはありません。そしてこれはラモーの時代からある、音楽理論的な思想対立の話でもあるので、きっと人の性としてこうした教義分けが好きなタイプの人がいるのでしょう。お互いを赦しましょう笑。突き詰めれば双方の主観を言っているにすぎないのですから。

 

不定調性論は、独自方法論の最左翼なので自ら厚顔無恥で自分の方法論を訴えています。「こんな奴もいるんだ」と思っていただき、少しでもあなたの独自論に参考になれば、拙論のことは気にせず、あなたも自分が心地良いという方法を極めていってください。このように発信しなくてもいいと思います(作曲とかしてる暇とか無くなります笑)。

 

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P97 使用可能なテンション

テンションは和声に緊張感を与える、という表記があります。

この考え方を発展させて、テンションコードも通例のコードも「それぞれの雰囲気を持っている」と考えていきましょう。

例えばCm7(11)は緊張というよりも、もわっとして柔らかい穏やかな雰囲気を私は感じます。あなた自身が和音のそれぞれの響きを、自己の感じ方を開いて解釈し、それが自分にとって「いつ使えるものなの」かに集中して考えて行くことになります。

下記は同著でのテンションの条件表記のしかたです。

a.調性内の音高である(キーに対してダイアトニックである)
b.いずれかの和音構成音に対して長9度(9th)音程の関係にある
c.同音程のナチュラルテンションとオルタードテンションは同時に使用できない

最終的にはテンションはこれはコードスケールから求めるのですが、まずこうした基本原則から入らざるを得ません。

また「いずれかの和音構成音に対して長9度(9th)音程の関係にある」という条件は、「和音構成音と短九度の関係にならないこと」というニュアンスに言い換えられます。
短9度は機能和声では不協和の象徴なのでNGとされていますので、不協和を作らないようにという意味で、理解すれば良いと思います。「長9度にしなければならない」のではなく「短9度を作らないようにする」と考える、と解釈してみたらどうでしょうか。

 

合わせて書いてみますと、
IVM7はなぜ#11thというテンションが可能かというと、IVM7の#11は私はトニックコードとの差異を示すため、積極的に使われる音として特別に許可されている、と教わりました。理屈では不安定ですが、IVM7のVIIは不安定であるサブドミナントの性格を如実に示すことができるので積極的に利用する、という発想です。ゆえにi度とトライトーンになる音ですが、奨励される慣習がありました。これも所詮慣習です。ゆえにトニックコードなどで、#11を用いることで意外性を出す感じの方法も生まれたんですね。別に不協和というわけでもないので。


またIIm7の13thもXm6コードの独特な響きとの類似性を示すので、IIm6やIIm7(13)を用いられていると思います。


IIIm7(9)も同様です。ジミ・ヘンドリックスの「Little Wing」のような名曲もあります。やたらカッコイイです。刷り込みかもしれませんが。

そしてあれはモードやった人からすると、リディアンの響きなんです。

   

不定調性論はセオリーやぶりの作家の意図を心象的考察で何とかできる場合があります。
響きを維持するか、調を維持するか、というのは最後は個人の感性に委ねられます。だからルールはルールとして覚えて、あとは必ず自分で考えなければならなくなります。いざその時に、理論に頼ると半分ぐらい後悔します。

理論的正当性は、その瞬間自分と周囲の論説を抑え込み、他の自由で未知な選択肢を封じ込めてしまうからですね。

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またドミナントのテンションb9,b13hは、コードの1度、5度とそれぞれb9thになります。これが,
b.いずれかの和音構成音に対して長9度(9th)音程の関係にある
に対してなんでOKかというと、

理由1、V7というコードが自然倍音の第8倍音までの構成音に類似しているので、その他の和音に比べて「響きすぎて簡素になるので様々な音を加えることで前後の和音のとの響きの複雑さを均す」という考え方


理由2、主和音への帰着に半音帰結や類似したダイナミックな声部進行で行うために慣習的に様々な音が追加されるようになった。

などが良く言われます。これも私が言っているのではなく、他のジャズ理論で言われることです。補足として覚えておくと便利です。

で、この先に進むと不定調性論があります。
CM7(b9)
C7sus4(M3)
C7(M7)
などあらゆる音を「領域」という考え方で追加し、動和音と静和音という区別で和音を考えていく体系になると、和音はあなたが初めてすべてを支配できます。その代り全部あなたの責任です。

 

また同著の考え方ですと、マイナーキーのV7において、ナチュラル9thが使用できることになります。コードスケールで考えないからですね。
この辺でシニアの人はお怒りになるかもしれませんが、下記の記事でも書いたように、

ラジオで聴いた曲がカッコよかったので調べてみた!

 すでにマイナーでのV7(9)はスリリングアウトするテンションとして、ハイセンスな人にすでに浸透していますので、意識を変えた方が良いです。もちろん同著の名誉のために申しますと、マイナーのII-VではIIm7(b5)-V7(b9)とされる、という表記ももちろんありますからご安心ください。

 

一応、私の理解の一般的な機能テンション表を下記に示します。

こんなにテンションの詳細にこだわる人はあまりいないと思いますが。

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また「コード理論大全」でのテンション表もほんの触りですがまとめてみました。同著にはここまでの一覧表がないので、各位が作成せよ、ということだと思いますので各位で確認しながらそれぞれ必ず自分で表を作ってみてください。

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同著の特徴としてポイントは凄くテンションの区分けが細かい、ということです。

でもこういう風に厳密に覚えたい人にはお勧めです。

で、さんざん覚え倒して使い倒した後、ある心の瞬間を境に直観力が論理を越えてくるときがあります。そしてそのあと次の段階に進めます。

これです。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

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はい、これが不定調性の場合の機能テンション表です・・・・。そんなわけない、そんなの体系化できるわけがない、と思われる方は教材を手に取ってみてください。そもそも12音があるだけ、という状態に戻す、というのは体系も何も必要ありません。その代りどういった集合システムの重合があるのかが分からないと全部フリーで用いると音楽になりません。不定調性論は「自己論」がある人にとってとっておきのルール解放法です。

フリージャズとかノイズミュージックとかを本気で表現しようと思うとこの表の境地ですよね。あれは適当じゃないんです。自分が感じるポイントがこうした既存の雰囲気を越えているだけで、やっていることは機能和声と同じです。自分がこれだ!!、と思う雰囲気を狙って感じて取り込もうとしているだけですから。体の中に磁力を帯びて、音に導かれるままに音楽ができるようになる感じを会得するわけです。その代り生来の感覚になるので、その感覚自体は様々な経験や制作しながら一生磨いていきます。

 

そしてこのように全てが解放されても「表現方法に不安を感じない」ことがとても大切です。むしろ喜びであふれていることが条件だと思います。

まだ不安があるうちは一般理論を勉強して束縛されて十分な「不満」を持ってください笑。

本当に閉じ込められて窒息し、「心の死」を味わったあとで、真に解放されたら、ただ生きているだけでヤバイです。

 

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P144-256
モード展開時のテンションの考え方など

転調時にコードのテンションの解釈が変わるという解釈などについて細かく書かれています。例えば、

CM7 |Dm7 |Em7 |F#m7(b5) |B7 |Em7  ||

という時、三小節めのEm7は続くEm7のキーのIm7です。

そして前半はCM7のIIIm7ですからテンションは11のみ使用できます。

しかし転調後のEmのキーから見たら、Em7はIm7ですからテンションとして、9,11が使用できます。ゆえにこのEm7ではEm7(9)を用いることでCメジャーキーからの流れに一瞬に意表をついて転調するといったことが可能です。

こうした技法が様々な角度から論ぜられています。論理思考が試されます笑。

これらがモード解釈の時も活用できる、として展開していきます。ここにこれだけ紙面を割いてくるとは、、ちょっと驚きです。

この辺も結果的に、どのスケールを用いるか、を個人で決めていくことになります。

その時有用なのは、瞬間的判断ですから、前後のコード解釈、キー解釈云々ではなく、パッと頭に浮かんだ、指が動いたスケールや解釈を用いていくことになります。

やがて直感が働くようになるんです。

そこに行き着くために普段から、理論的解釈(ジャズ理論)と直感(不定調性論)を併用していくと良いと思います。これまでは、この「直感」というのは「適当で根拠がなく、無知で野蛮なもの」とされがちでしたが、直感を普段から心象力で鍛えていくことで研ぎ澄まされて適切な表現に結びつく、としてチャレンジしているのが不定調性論です。自分を信じる、というところにもつながり、即興力や、現場判断能力などにも活用できますので、十分に理論的なアプローチをマスターしたら、マイルスが「全てを忘れろ」といったように、直感をどんどん使って、スケールポジションではなく、自分の感じるままを表現する技法も鍛えていってください。きっとそれによってあなたは理論的アプローチと直感的アプローチを融合させることができるでしょう。その最たる人がこの人。自分が出来ているかどうか怪しいのに言ってますすいません。

 

また後半モーダルハーモニーなども扱われますが、ほんの触りだけですので、同著でピンときたら興味のある方は、リディアン・クロマチック・コンセプトや、その他のジャズ理論などを紐解いてみてください。

不定調性論では、モードそのものを自在に重合させてしまうので、モードという扱いそのもがありません。その代わり和音が鳴れば、その場で旋律を作れる技術が必要です。

モード理論は十分にジャズ理論が極めていますで、既存学習で全てを学べると考えています。

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P320 コンスタントストラクチャー

不定調性的概念は、この辺から解説されます。
例に出ている、
CM7 |EbM7 |GbM7 |AM7 |
といった進行は同一和声単位の連続と拙論で示すとおりです。
一つの鍵盤を押すと和音が出るシンセのプリセットと同じで、和音の響きそのものを単音と考えて弾くようなイメージです。

同著ではそこに至る前段階での思考になります。

 

最初からルールなどはないのだ、慣習的にがんじがらめにしていたルールをいかにほどいていくかなのだ、という当たり前のことを上手に学んでください。

同著などで、アナライズを学んだら、目隠しで運転できるまでひたすら作曲する時期を設け、そのあとで「自由になった時自分がよりどころにする動機」を明確にし、セオリーから完全に離れて心象だけで音楽を作れるようにしてみてください(これは拙論的な啓蒙ですね)。

 

P329 マルチトニックシステム、コンティギュアスモーション

これも不定調性的です。ここでは複数の調性を持つ、としています。同著のほうが当然が主流(?)に近いです。
マルチトニックシステムでいえば、II-Vの複雑な転調的連鎖、などですね、Giant Stepsなどが良い例でしょう。
コンティギュアスモーションは、短三度の連鎖や、規則的な音程移動、チック・コリアやハンコックが推し進めたアプローチといってもいいでしょう。
それらの曲を「複数の調性を持つ」という理解の仕方がジャズ理論であり、機能和声の考え方です。
これらの進行に「調性を維持するシステム」に依存せず、心象のみで受け取り(無意識的に経験値が含まれた感覚で)アドリブを取ったり、メロディを載せていく、というやり方が不定調性論です。「調が定まらない」という意味での不定調性ですが、「調が不定であるのが自然」という意味もあります。

この時大事なことは、方法論に限りを設けるのではなく、機能和声的なフレーズを出したいときは出せ、バップフレーズを出したいときは出せる、という自由さを選択できる感性の有無です。意識の中に自分が設定した敷居を設けない、ということです。これ意外に難しいので、普段から感受性を信じて何かを行う、という習慣の連鎖が必要になります。
調性を感じたいときに感じる意思を持つこと、無視したい時にその意思を信じられることです。そして音楽で好き勝手をやれるんだから、普段は人を尊重しなさい、ということ笑。

 

適当に無能でやるのではできません。あなたなりの共感覚的なバランスを意識します。あなたの向かいたいところはあなたしかわかりません。

ゆえに十分に機能和声やジャズのアウトモーダリティを学習した上で不定調性的思考に取り組んでください。

私自身がすごくそういうことで失敗と挫折を重ねてきたのでここを述べるだけで、それが最初からできる人が多くいることも知っています。ジェイコブ・コリアー氏とかね。。


P342 コンパウンドコード

コンパウンドコード=合成和音(分数コード)
・コードの転回形(C/Eなど)
・ハイブリッドコード(和音/ベース音)
・ポリコード(和音/和音)

ハイブリッドコードは三度を含まない、と書かれていますが、これはD/Cの時、cの三度であるeを上部に含まない、という意味です。

同著などでも初心者の方向けの言葉として「曖昧なサウンド」といった表記がありますが、最終的にはあなた自身がはっきりと「この和音は○○○○な雰囲気を持った和音だからこう使う」と断定して用いられるようにしてください。もしそれが本当にただの「曖昧なサウンド」にしか聞こえないようでしたら、まだそれを自分の音楽表現で使うのは早いと思います。

同著ではハイブリッドコードの代理についても述べてあるので、代理概念を推し進めたい方は読んでみてください。

和音の代理方法論は機能和声論独自のもので、ルール設定が非常に曖昧になってしまうので、不定調性論では「この和音はこの和音に代理できる」ということで方法論をまたぐことは行っていません。今そこで使いたいと思うのは1個だけで、どっちか迷うなどということはあり得ない、という発想です。好きな子が二人いて、どっちがいいかずっと迷う、みたいなことではパートナーはできません笑(それも迷う、という選択だけど)。


基本的にはアッパーストラクチャーコード(和音/和音)の簡易版がハイブリッドコードですので、下記なども参考にしてみてください。

ジャズ理論における、アッパーストラクチャートライアド一覧表」

アッパーストラクチャートライアド(拡張型冠状三和音)の一覧表(2019)

 

ポリコードの考え方(不定調性)

アッパーストラクチャーの先です。
和音の上に和音が乗るタイプのコードを自分の楽曲で意図的に、心象をもって使うためには「コードネームで考えないクラシック作曲家的な思考」が必要です。

これはどのようにそれを用いるか、という心理状態を覚えなければなりません。最初の一つの和音をポリコード的にした時、次も似たような和音にして対称性や整合性を図る、というようなことで形成していくことがあります。「よし、サビはポリコードだ」みたいに発想はしないかも知れない、という意味です。それを可能にするためにはほとんどすべてのポリコードのイメージをすべて把握していないといけないわけで、そのような学習をしていたら、おそらく通常のポピュラー音楽業界の入られず、アバンギャルドな世界にいないとその知識が生きていかないので、果たしてどのくらいの人がその思考で音楽をやるか割合を考えるとすごく微妙です。

「自分コード」を良く作る人は分かるのではないか、と思います。たとえばギターコードを変な押さえ方をして自分で作ってみる、とか、変則チューニングにしていつもの押さえ方をしてみる、とか、ピアノで左手を普通のコードにして上部を適当に弾いてみる、とか、ある主の偶然性の中で生まれる「あなたの発想を超えた和音の響きに驚く」というような経験をする中で、常識が外れ、意外性を得る快感回路のシナプスが脳内でつながります。でも対象は1年ぐらいそういう音楽本気でやってる人ですよね。

実際にその和音を「いつ自分が使えばいいか」が自分でイメージできるまでは、曲のエンディングコード、最初のコード、サビ前のコード、といったアクセントのある和音で、まずは作ってみるといいでしょう。

Dm7 G7 CM7
という進行の時、

Dm7 G7 Eb/CM7
としてみるとか、Cリディアン#5を想定して、
Dm7 G7 Abaug/CM7
にするとか、まず自分が把握できる範囲から一つ一つ試しながら「外のルールが消え、自分がルールになっていく感」を実感して行くと良いでしょう。そして「あ、自分にはいらね」と思ったらどんどんその選択肢を消して、自分が求める音楽への追及の手を増やしてください。

 

こうした和声技法を「難しい」と思わないでください。それはただ、慣れていないだけです。

www.youtube.comまさしく、和声弱者の人の作品という感じです。この曲は連続するコードを考えず、不定調性的に、響き、心象、声部連鎖だけを考えて作った解釈レッスン用練習作品です。
ポリコード解釈も出てきます。
こういうイメージがある程度つくりながら存在するまでは無理して「自分のイメージの中にないコード」を使う必要はないと思います。


また、こうした和声感のほうがイメージが湧く、という感受性の人がいます。

そういう人たちにとっては、一般に特殊とされる和声法の方がしっくりくる、表現をした気分がする、と感じるものです。少数派です。多分あまり世間で認知されていないでしょう。和声弱者、音楽弱者とでも言いましょうか。音楽以外でも当てはまるでしょう。自分の言語を作りたい人、UFOに誘拐されたい人、、まあほぼ変人か病的、とされて追及されて本人はますます隔絶されていきます。理解と共存しようと思う人の方が少ないのかもしれません。だから彼らが悪化する前に何か特殊な能力を見つけ伸ばし、社会で役立たせる、という仕事が必要ではないかとも感じます。


不定調性的技法はそうした人のための新たなスタートラインになるはずです。同著の後半はそれを容認してくれてもいます。
もともと人と違う音イメージを持っている人のための12音の平等主義の新たなる形です。かつ機能和声に展開していくこともできるように配慮したので、リディアンクロマチックコンセプトのように「従来の方法は間違っている」なんて言いません(絶対ダメとは言ってません)。人は人、わたしはわたし。リディクロも結局はジョージ・ラッセル先生の主観、イメージです。当時は斬新すぎて、様々な先進性を持つ人がその「先進性」に共感したわけです(実際先進的です)。

結局はあなたが方法論を解釈し、自分のやり方を編み出す以外ないんです。

→というのは私の意見なので、ひょっとすると真理は違うかも・・ですよ。

 

様々な和声技法は、すべてあなたが覚えなければならないものではなく、あなた自身にどういう技法がしっくりくるか、を探してください。

ショッピングモールで自分の好きなブランドショップを探すようなものです。

モールに入ったら、すべてのお店に理解を示す必要があるわけではないんです。

 

和音の方法論が好きな人がもし最初にこの「コード理論大全」を持ったら絶対ハマる本ではないかな、と思います。

 

私も同著の「その他の和声技法」から音楽をつくるのが普通だと感じるタイプの人間だったのだ、と40年気がつかなかったのが悔やまれます。そしてずっとこの「その他」が思考の中で主流となる方法論を自分で作っていたんですね。そうでなければ普通ここまで自説にこだわらないでしょう。こういう人もいるんです。いえ、もっとたくさんいますが教育によって打ち消されている場合がほとんどでしょう。

 

同書の後半の和音の感じ方が普通だな?って感じたらあなたには機能和声よりも不定調性論的思考が合っているでしょう。

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というわけでご紹介いただいた受講生の方に感謝しつつ、勝手にまた紹介してしまって恐縮です。

この手の方法論著書の先にあるどんな道が待っているかを紹介できる人は限られていると感じていて、それを自分の役割を勝手に拡大解釈して今回記事を書かせて頂きました。

乱文、随時ご指摘いただきながら修正してまいります。

どうぞ宜しくお願い致します。

 




 

 

==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題== 

本当に楽しく楽譜の覚えたければ大人だろうが何だろうが、小学生用の教材からやりなさい。。

 

1日1枚ハギトリ式 WAKU WAKU おんがくドリル [上]