音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

丸サ進行はなぜエモいのか〜エモいコード進行感を不定調性論的に考える

学習時期の「コード進行話」は音楽理論的にも理解が深まりやすく面白いトピックです。

 

コード進行話をするときは、コードに詳しい人に是非次のように質問してください。

 

そのコード進行はどういう理由でエモいのですか?音楽理論的にわかるように説明してください。

 

と。

 

この記事では、それに応えられるような内容にもなっています(拙論では、という話ですから、皆さんそれぞれで考えて置き換えていただければ幸いです)。

この「なぜエモいのか?」をガチで脳科学的に説明するのは現状でもまだ難しいと思います。だからこそ教室や飲み屋では盛り上がるのですが。

ここではコード進行に還元して述べますが、個々人の楽曲自体のエモさのツボは千差万別です。ボーカルや歌詞、MV、楽器の音色、それまでヒット曲で使われていた音色やフレーズ感などが、エモさをシミュレートしてくると思います。

 

エモさとは?

そもそも"君のエモいってどう言う感情??"がはっきりしないと話が進みません。

有識者の記事を参考にしましょう。。

seesaw.konan-wu.ac.jp

こちらは写真のエモさについてですが、

一回性があってノスタルジックなもの。「二度と戻らない過ぎ去った時間」という概念が重要です。

この辺の言葉、イメージ湧きやすいですね。

 

またこちらの記事では、

www.yamanashibank.co.jp

「エモい」のなかには「感情的」「哀愁がある」「物悲しい」など、さまざまな言葉が内包されているとしています。

も確かに。

あの時限りの一瞬をとらえた一枚、なんて確かにグッときます。

 

そこでいったん、エモさを"なんかよくわからんけどグッとくる"という表現としてみましょう。

あなたが"理由は分からなくてもとにかくグッときた"ら、それが「エモさ」としましょう。きっと個人差あります。

 

丸サ進行

次のコード進行を聴いてください。

これはいわゆる平成令和移行期のエモコード進行の代名詞、"丸の内サディスティック"進行(丸サ進行)です。

VIb→V→Im→etc...を基調として様々なバリエーションがあります。皆が好きな楽曲の中にも必ずありますので、探してみてください。

 

AbM7  |G7  |Cm7  |Eb7 |

下はちょっとこれで遊んだもの。

 

 

簡易版"丸サ進行"とEb7のエグみ

AbM7  |G7  |Cm7  |       |

丸サ進行の最後をCm7のままにした上記が基本的なコード進行です。

これは短調のブルーズ、ロック、ソウル様々なジャンルで何十年も使われてきました。

これでも遊んでみましょう。

最後の部分をAbM7に戻るII-Vにして

AbM7  |G7  |Cm7  |Bbm7 Eb7 |

にすると、より我々世代のAOR進行になりますが、また別の機会に。

 

丸の内サディスティックは

AbM7  |G7  |Cm7  |Eb7 |

こうしたことで一味加わります。

ジャズではEb7でいろんなことができます。より苦味が入ると思います。

Eb7が少しキラっとしたり、人情というか、暖かさみたいなものが垣間見えたりします。それがソロにも出ちゃいます。

こうしたジャズっぽさをポップスに持ち込むとサウンドにトゲとか、上から目線的な鋭さ、えぐさ、もちろんカッコよさが生まれます。

 

エモ進行は何がエモいのか

不定調性論風に言うと

「聴き慣れた進行感の連続が追想感の連続を生み、それが追いきれず走馬灯のように流れていくから」

とでも云えばいいでしょうか。

それぞれの和音進行が持つ郷愁感が次々に通り過ぎていくからどうにもならない感情を感じる、みたいな笑。

世間で「いい曲」といわれて街中で流れまくる「売れ線コード進行がずっと連続していく」ことで折々の風景や心情と一緒にノスタルジーが延々心の中に溜まってきて、同じようなサウンドを聞いた時に、それらが思い起こされる、とも言えます。

具体的ストーリーがあるわけではありません。

様々なシーンの断片が高速スライドショーのように流れてゆきます。

当然、椎名林檎のような歌い手が醸し出すカッコよさも影響してくると思います。だから、ボーカリスト文化というのがある訳ですが。

 

脳機能の解明は専門家に委ね、私達は自分の体に起きたこの感覚をそのまま音楽に活用します。これは音楽理論ではなく、不定調性論的な発想で考えた方が色々便利です。

大切なのは、あなたがそれを感じたということです。それはバイアスもあり、錯覚もあり、勘違いもあります。しかし、あなたは感じたと信じているんです。だからこそ動機が生まれ、音楽が生まれます。

自分の感覚なんか…と無視してしまうと、クリエイティブな動機は産まれてきません。また、音楽理論書とはそういう個人の感情をあまり重視しない傾向があります。

「あなたは天才ではないから、音楽理論書を今開いているのだ」圧がすごいのです。


不定調性論は逆に権威のある人間が書いた方法論ではないので、理論で定められない曖昧な人の感覚そのものを動機とすることができます。少なくとも私には非常に便利な考え方なのです。

エモさを音楽理論でどうにか説明しようとすると話がとてもややこしくなります。

だから、エモいコード進行の話をするときは理論的根拠と感覚的心象を上手に分けて話をすることができるので、自分の感覚を押し付ける必要も、また理論に全て任せる必要もなくなります。所詮行き着くところは個人の感想だからです。

飲み屋で盛り上がる理由は、この個人の感覚的心象を酔って詩的に表現することが、お酒にぴったりだからと思います笑

エモ1(sus4とドミナントケーデンス)

まず

AbM7→G7 

ここでまず「1エモい」ですね。

短調のVI→Vという流れは、

G7sus4(b9,b13)→G7 

というsus4の解決感のエモさも含んでいるように感じます。

これはGsus4 G7 Cm7です。聞いたことあると思います。切なくエモいですね。

この時、sus4がエモさという感情を内在させているのではなく、私がこれまで聞いてきた音楽的経験からこのsus4という響きにエモさを添えてしまった人間に成ってしまった、という点に気づくことがポイントです。

音楽理論のみでsus4のエモさを説明しようとすると、必ずどこかで破綻します。

みんながそれぞれその曲を聴いて育ち、それぞれのエモさを持つようになったというだけ、としてみると、全て個人の感想ですから、喧嘩になりません。

あとは一番詩的に表現したやつが勝ちみたいな笑

 

またAbM7→G7→Cmはコード理論では、Fm7→G7→Cmに置き換えることができます。

もうこれは歌謡曲の世界。そして童謡、ロマン派クラシックの響きです。

古い短調の歌謡曲の中には、ほとんど入っています。

日本に住んでいて、この雰囲気を聞かずに育つことは不可能です。だから色んな感情を感じ日々生活しながら、この響きをずっと聞いてきて育ってきています。

これがおしゃれ(?)になったのがAbM7→G7→Cmです。

"AbM7はFm7の代理コード"とか言ったりします。構成音が似ているからですね。

 

こういう常套句のコード進行を「ケーデンス」とかミュージシャンによっては「クリシェ」(たぶん、"よくある進行"の意で用いられているっぽい)などと言ったりします。

このケーデンスが連発すると音楽はイメージしやすくなります。エモみが分かりやすくくっきりしてきます。これまで幾度も人生で聞いてきた響きだから何度か聞けばイメージしやすくなるからです。

ビバップが生き残り、モードが廃れたのは、ビバップはケーデンスの連鎖するエモい音楽だったから心が動かされやすい、ということも関係している事に一票を投じます。

 

進行感のバーゲンセール

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黒い矢印の動きなどが場面転換をかんじさせます。

このように綺麗に半音を動かすようにコード進行をヴォイシングすると"擦れるような印象"を与え、それが時に「やるせなさ」「切なさ」「葛藤」「余韻」という感情ともリンクして、少なくとも自分はエモさを感じます。あなたはどうですか?

 

上図の、

オレンジ色のコード間の進行感(SDm→〔D〕)

緑色のコード間の進行感(〔D〕→Tm)マイナーのケーデンス

水色のコード間の進行感(Tm→subD)

ピンク色のコード間の進行感(〔D〕→T)セカンダリードミナントのケーデンス

全部強力な進行感を持っている、と感じます。

皆様それぞれでこれらの進行のどれか一つにグッとくるのでは?と言ってもいいくらいに丸サ進行は"進行感のバーゲンセール"になっています。気持ちいいツボだらけ。

 

エモ2(セカンダリードミナント)

Cm7  |Eb7 |

がエモその2です。

先にも述べました。少し明るくなって背中を押してくれるような展開感があります。Eb7はセカンダリードミナントコードです。

このようなちょっと調性から外れる音にエモみを感じる人もいるでしょう。

Eb7はすかさずAbM7にドミナントモーション(ケーデンス)するのでここでも満足感というかエモみがやってきます。

 

「音楽的なクオリア」でくくる

これらの音があなたを刺激してくる感じを不定調性論では「音楽的なクオリア」と呼んでいます。

いろんな理論的理由、構造的な理由、脳科学的な理由があるとは思いますが、そんなことよりも感じてしまったこと自体を認識することで「音楽的なクオリア」は自覚できます。

そして一つ、気持ちの良いところが見つかれば、それをベースに他の進行にも快感を開発することができます。

音楽のエモさは、和音の連鎖はもちろん、楽器の音、リズム、テンポ、フレーズ、弾いてる人の姿、背景、聞いた時間、前後の人間関係、天候、映像全てにリンクして様々な個人の郷愁を刺激します。

 

そして何より、あなたの完全なる好き嫌いに影響を受けます。

好き嫌いを音楽理論に持ち込むと話がややこしくなるのは音楽理論の中に心象的感覚を扱う分野がないからです。

エモさは一つではない

当然グッとくる種類はたくさんあります。

もちろんコードをちょっと変えたらエモみも変わります。

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テンションだらけにすると、おしゃれさとちょっとした気高さ、手の届かない感じ、シルクのようなエモさ、額縁に入ったような、ドレスを着たようなエモさを私は感じます。

 

こちらはCM7に流れてA7(裏コード)からAbM7に流れる感じ

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最初だけ切なさがありますが、メジャー7thになるところで少し抽象的になると思います。

エモさだけだらセカンダリードミナントやトゥファイブ、一昔前なら、Lovin' Youのようなコード進行もエモさと言える世代もあるかと思います。

要は人それぞれです。それを感じるかどうかが大事で、その理由はあまり重要ではないように感じます。そして、理由自体は解明できていませんし。

 

伝統音楽であれば、ショパンなんかエモいですが、ここまでおなじ和音進行を繰り返しを用いません。

絶えず曲の最初から最後までおなじエモみを維持する、ことで「確かにエモい」を誰でも体感できるようにしたポップミュージックはやはり偉大です。

 

また、全てのエモいコード進行が全部最高級のオペラの声でおなじように歌われたらどうでしょう。それも良いとして、さまざまな声、スタイル、グルーヴで歌われ、聞かれるのがやはり自然、ということもできます。

だから様々なアーティストが同じコード進行で様々な曲を作ることによって、それぞれが好きな音楽性を聴くことができる訳です。どうせすぐ社会は飽きますのですぐ下火になります。そうした「一つのテクニックで大量生産」が、音楽文化の進展そのものに関わりがあるようにも感じます。

飽きるのも曲が悪いのではなく、脳が飽きるからです。

www.terrax.site

 

おなじような曲がたくさん生まれることでエモさが開発され知れ渡り、脳が飽き、音楽家も次なるエモに向かおうとすることで音楽文化はどんどんと発展し、豊かになります。

 

まとめ

理論的な追求は専門家にお任せして、ここでは、

和音の連鎖

リズムの連鎖

フレーズの連鎖、がそれぞれあなたの心象をどのように刺激するか、また理由は分からなくても"なんかグッとくる音"を具体的に見つけてみる、ことをやってみてください。

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和音でも、この音がエモいんだよ!という音を見つけてみてください。上記は私がエモい!と思う音です笑。

だからここでも使っているのですが、他の人からしたら、はぁ?という音かもしれません。

 

エモい音楽を聴いて楽しむのは自分の脳機能の体系を体感する行為かも知れません。

だから、海の音にエモさを感じる時は、海の音を聞くほうがヒット曲を聞くよりも私は精神衛生には良いと思います。

音楽のエモさは音楽のエモさ、海のエモさは海のエモさ。

感情や心象は随時変化するため、理論で何かを規定することができないというのが音楽理論の問題であり、その問題点のみをピックアップして別分野として設けたのが不定調性論です。

 

そして、だからこそ、あなたがエモを感じる響きとおなじ感覚を醸し出すアーティストに強く共感するのではないかと思います。まさに好き嫌いだと思います。

AI以外で"私は嫌いだが、音楽理論的に正しいから好きと言わざるを得ない"という感覚を持てる人物が果たしているでしょうか。

 

共感もまたひとつの心象ですから、ひょんなことから共感も崩れます。それをなんとか理論で説明しようとするか、感覚であることを認めるか、の態度の違いがそこに現れるだけかもしれません。

 

エンディング、ということで。

テンポが落ちるとまたちょっと雰囲気が変わりますね。

こういうの始めるとやめられません。