教えることはある種の束縛をすることであり、音楽することは楽器の上で自由になることを意味します。"Jazz Study"によってあなたになんらかの束縛をすることになる知れません。しかしそれを知った上で、あなたが幅を広げて自由になることを期待するのです。
この本を書くにあたって、私自身の未整理、力の足りなさを充分感じました。
「音楽の秩序を作るのはあなたの音楽経験であるといえます。この本を理解した時点で、本書の内容に束縛されないあなたの音楽を作られることを祈っております。」
情報が混乱するこの音楽の激動期に、本書が、いつまで・・・どのくらいの・・・教義的価値を保ちうるかは知る由もありませんが、こうした時期にこそ、先駆者の遺産ともいうべき基礎理論が、未来への確固とした指針を示しているように思えてなりません。この基礎理論を発展させるにせよ、破壊するにせよ、それが諸氏の創作活動の上での判断の基準となり、また諸氏の感覚美の表出の一助となれば、私にとって、これに勝る喜びはありません。
1973年9月
Sadao Watanabe
渡辺貞夫氏が当時のバークリーから持ち帰った内容が日本に紹介された衝撃の一冊です(初版70年)。
私は1冊目を読み潰してしまい、現在持っているのは再販版(73年)の第四版(2007年)です。上記の言葉は再販時に掲載された言葉です。
根っからのプレイヤーである氏が海外の最新理論を書く、という奇跡的な書物でした。
その冒頭で、破壊しても発展させても、自分が美しいと思うものを求めてほしい、と述べています。僭越ながら不定調性論もこの考え方こそ理論書のあるべき姿だと感じ、同書を手に入れてから同じ姿勢で書いてきました。
この本こそ正しい、新しい、この本を読めばなんとかなる、と述べるスタイルでないところに氏の深い音楽理解への愛というか心意気を感じ、大変共感しました。
同書は歴史書です。
ジャズ理論を学ぶために買う、というよりも渡辺貞夫氏がどのように音楽理論を理解し、どのようなスタンスで理論書を書いていったか、を感じる読み物だと思います。
Cj7
CM7をCj7と書く場合もある、という表記があり興味深いです。また他にも当時からCdimはC°と書いていた、とか色々と確認できます。
Dominant Motion (Motion of 5th)
ドミナントモーションという表記が出て来ます。またトゥファイブのことを「Extension of IIm7 V7」と書いてあるあたり、このぎこちなさがなんとも痛快です。まさに初めて取り扱った言葉、という感じがします。
「裏コード」という表記はなく、Substitute Chordのまま紹介されてます。「セカンダリードミナント」という用語が見られないのもこの本の特徴です。
V7 of IIIm7
keyCにおいてIIIm7であるEm7に解決するVII7=B7はサブドミナントとして機能がつけられています。
また#VIm7(b5)(F#m7(b5))はトニック、となっているのでこれは#IVm7(b5)かと思います。しかし同時にサブドミナントのところにIV#m7(b5)があるので、ひょっとするとAマイナーキーのVIm7(b5)をF#m7(b5)としてAm6の転回形ことと混同されているのかも知れません。その前段では正しく振り分けられ細かく注釈があるのでただの誤植かも知れません。
同書にはトニックになる条件、というような機能分類の根拠などは省略されているようです。
またメジャーキーにおけるVIIm7(b5)はドミナントに振り分けられています。
またP43の表ではIIm7がドミナントに、#IV7がトニック(F#7ならC7(b9,#11)で解釈するため)、VIbM7がトニックに(II-V-VIbなどによく流れる=偽終止、という理由から)、IIbM7、VIb7、VIbM7、IIIbM7、II7、VII7がドミナントに振り分けられているのが面白いです。いくつかの表と照合すると機能が混合されており、当時の機能振り分けの状況などが感じられます。
これは「結局どれがどう置かれようが音楽自体に別に問題ない」という生粋の氏の音楽観が聞こえるようです。
Low Interval Limit
こちらの振り分けと微妙に違います。やはりそれぞれの時代のそれぞれの理論書を描く人の慣習が反映され、それを学習者が覚えていくので体系により違いが出るのでしょう(バークリーの教材も何冊かあるでしょうし、版が重なり変化していることもあると思います)。
Cliche
クリシェの表記も見られます。メロディックなクリシェと、ハーモニックなクリシェに大別できる、とあります。
一般に内声が動くクリシェをメロディッククリシェ(C-CM7-C7-C6等)、クリシェ的な半音進行を持つコード連鎖をハーモニッククリシェ(G7-G#dim-F6、G7-G7(#5)-F等)としています。
その他、ヴォイシングの各詳細、アプローチノートの詳細、コードスケール、各種ソリヴォイシングの基礎、アッパーストラクチャートライアド、ラインライティング、三菅ソリ...etcといった専門的な内容を扱います。260ページ内に主要ジャズ理論の内容を網羅しています。初心者では全く歯が立たないでしょう(というか普段使わない内容)。
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こうしたジャズ理論書によって、ジャズ・ミューシャンは全てこうした理論を踏まえて演奏している、と思わないようにしてください。むしろジャズ・ミュージシャンに"成って"しまうと理論や方法論の詳細自体を考えながら演奏する、というスタンスで音楽をやっていません。
当然このバークリー式理解で全てのミュージシャンが音楽をやっている、わけでもありません。
普段料理を行なって家族に食べさせている全ての人が、一流の料理学校の料理理論を用いて忙しいさなか朝食を作っている、ということはないでしょう。経験から知っていて、理屈も知らず親から教わって、現在の家族にしっくりくる味付けと組み合わせでそつなくこなしている、と思います。
それこそが瞬間的に行動しなければならないような現場で働く人の実際であると思います。
この書も"ジャズ理論書の実際"を伝えているだけで、それをアイディアに自分のやり方を定義付け、かつ膨らませてほしい、と著者は述べているのだと思います。
そのような意味で、同著書はやはり歴史書として読んでみると、ジャズ理論の現在と過去が理解できる書だと思います。
ジャズ理論を学ぶ方は、まず最新のジャズ理論書で十分に一般知識を身につけ、演奏できるようにした上で、この歴史的な「Jazz Study」に触れると良いのではないでしょうか?
不定調性論も、氏が述べる
"この基礎理論を発展させるにせよ、破壊するにせよ、それが諸氏の創作活動の上での判断の基準となり、また諸氏の感覚美の表出の一助となれば"
というスタンスを受け継いでいるつもりです。
既存の音楽表現を方法論化できることと同時に、それらをベースにして未知なる表現の可能性について述べられることこそ音楽理論書のアプローチであると思います。
私達の時代ですら、全てにおいて完成しているはずがありません。
そして今生きている演奏家理論家の全ての常識を凌駕するような新しい表現が今後もどんどん生まれることを歓迎します。