ネガティブハーモニー=以下「ネガハモ」と代理概念の拡張の話です。
そもそも機能和声論における代理コードとは、たとえば
というのを、
と言い直すことで、その場面場面に応じた表現に変えていくことに似ています。
これを和声に置き換えると
という原曲を、ちょっとモダンにするために
こんなふうにすることです。雰囲気変えです。音楽的なテイストには類似性を保たせます。
これがネガハモになると、
が、
こうなるイメージがするのです。見た目からして不合理になる印象です。
そこで一部だけネガハモコードを使ってみよう、とすると、
まあ、こんな感じになり、いったいこれがどんな状況で代理したら、音楽的に説得力があるのかさっぱり予測がつかない代理ができてしまう、という状態になります。これは単に私のスキル不足でもあるので私のネガハモの印象を語っただけかもしれません。
これを不定調性論で考えますと、このひっくり返った部分、
赤い部分ですが、これを「印象論」でとらえていくわけです。
そうすると、
"きっとこれは、ご飯がカツの上に乗っていたのではないか?彼はそういう新しいかつ丼を食べたのではないか"
とか
"『ました』がひっくりかえっているから、きっとこれは「食べた気がしなかった」ということを言いたいのではないか?"
みたいにストーリーが解釈できるわけです。だからネガハモを使わなくても同等のイメージを構成することが自分の許容範囲の内外で自在に可能になります。
ネガハモでは発動させると和音が決まってしまいますが、不定調性論なら自分で決められます。
余裕がある人は一旦ネガハモに置き換えてからそれをアレンジして自分の響きに展開しても良いと思います。
大切なのは、サウンドそのものが最終的に自分が受諾できる意味合いを含んだ感じになっているかどうかです。サウンドがあまりに違うイメージであれば、「ネガハモはイメージに即してくれない使いづらいハーモニー」となってしまいます。以前の記事でも書きましたが、これから一生かけてネガハモの研究に打ち込むほどの価値があるかどうか、ということを考えなければならなくなる、というわけです。
こうしたことは不定調性論でも考えました。
○○○○○というルールで音楽作ったらすごいのできるんじゃないか、的な。
でもそれに一生掛けられるか、っていうと微妙。みたいな。
だからその先に何があるのか、を考えるわけです。そうなると、人がどう解釈するか、人の印象ってなんだ?、脳の機能って何だ?みたいな疑問しか出てきません。
で、これが我々が生きているうちにどこまで解明されるか分からないので、この「印象力」そのものの存在を認め、その未知の機能を存分に活用できる方法論を考えていこう、と思い立ったわけです。
この辺の感覚学習はジャズの代理コードが
これを
こういうふうにしてしまい、何がなんだかわからないけれど、とりあえずみんな冒頭に散々繰り返された「今夜はかつ丼を食べました」というテーマをよく覚えているので、
「きっとこれも"今夜はかつ丼を食べました"って言ってるんだろうなぁ」と理解して聴くことに慣れてくると自在に可能になります。
これが自分の印象把握のさじ加減でできるようになると、代理とかネガハモとか不定調性だとか、関係なくなります。
主体性があなた自身の感性になるからです。
まず対応表を書きます。
<表1>
これがkey=Cにおける対応表です。
概念的にはこれではおかしいと思います。メジャーキーとマイナーキーではそれぞれの和音の機能に対するアプローチが全く異なるので、同じエネルギーで平行調や同主調を扱おうと思えばCメジャーキーの中心軸とAマイナー、Cマイナーの中心軸は異ならなければ、本当に厳密な機能関係に即したネガハモ対応和音変換は行えないのではないか?と考えるからです(というか本当はネガハモがC=Cmの対応を意図的に創ろうとしているのでこういうことになっているだけです-)。
ゆえに不定調性では機能性を取り払いました。
次に和音の対応表を作りました。
注)クリックして頂ければ拡大致します。間違っていたら本当にすみませんです。
これは紫色のセルがネガハモの対応コードです。
例えば楽譜に「C」がコードで出てきたら、それをネガハモに変えるとCmになる、という意味です。
注)クリックして頂ければ拡大致します。
(メジャーキー)は表1のCメジャーキーの表から、(マイナーキー)は表1のCマイナーの対応から作っています。
これでなんで先ほどメジャーとマイナーの対応について述べたか分かると思います。同じコードでもキーが変わると違う和音が出てきます。厳密にどちらかに依存するか、しないかでまた派閥が別れます。これでは論争を生むだけです。
全体がCメジャーの曲は、一部Cマイナーに転調してもエネルギーはCメジャーに向いますよね。F-Fm-Cという進行でFmに行ったとき、「ああもうCmしかありえない!!!」とかって思わないでしょ?このFmはCメジャーキーに支配されたFmです。だから本来Cメジャーキーの対応表から作らなければならないんです。
でもそれやると、もうめちゃくちゃややこしくなって、あなたは気がつくはずです。
「俺が良い、と思った方で選んじゃダメなん??」
はい。そう言うあなたのために、不定調性論があります。あなたがもし「俺の好きにさせろ!!」とおもったら、そうすべきです。それを理論的に後押しするのが不定調性論ですからご安心ください。あなたは音楽家として理論に従う自由と、従わない自由を両方持っているんです(その代りせめて自分なりに猛勉強してくださいね・・)。
あ、表の続きです。
注)クリックして頂ければ拡大致します。
単純に対応をさせて作りました。D#等はEbとすべきでしたがスルーしました。すみません。
ネガティブハーモニーにおける代理の考え方
例えば、
これを上記の対応から考えると、
こうなり、和音に機能和声的なぶつかりが出ます(気にしない人は結構です)。
これを常識的に直すと、
Cm7omit3となり、これはCsus4です。
Bb6sus4(10)はサウンド的にBb6sus4が面白そうなのでテンションを省きます。
Dm7(b5,b9)はFm7(13)です。メロディのeとFm7のe♭が意味のないサウンドの厚みを作っていると言えば言えますので、これをDm7(b5)にします。まあFm6です。
最後はCm7にしてみましょうか。
この"全く違う曲になっちゃった感"笑。
(メロディも変える必要がありますが、メロディまで変える場合は"対称性による作曲"という別の話になるので、今回は省略いたします。)
この不規則暗転こそ
「これがネガハモによるリハモだ」
って言えるのではないでしょうか。
明るいメロディを作ったつもりが、ネガティブハーモニーによって暗いハーモナイズになった、というわけです。
最初につけたコードに対称性という概念で関わったハーモナイズがつけられている、という考え方がネガハモの独特なところです。
いきなり根拠なくCsus4を持ってきたのではなく、これはあくまでネガハモに基づいている、という理論的根拠がある、わけです。
もちろん酔った勢いでこのメロディにCsus4を付けることも出来ます。
結果は同じです。価値も同じです。あとは理に適いたいか、適いたくないかはあなたの価値観です。
楽曲の意図を変えない程度の代理が縦の代理であり、これらが肥大してフュージョン的な横のポジティブ和音展開=ある程度分かる気がするハーモナイズが現れ、そこにネガティブハーモニー=整合性があまりない暗転ハーモニーが加わり、一通り代理のサークルが出来た、と考えることもできるでしょう。
実際には、さらに不定調性的なしっちゃかめっちゃかな代理=ビートルズ的作曲技法と言っても良い、が既にポピュラーにはあり、商品になっています。
いちいちネガハモみたいに「まずこれが正しいコードね、でも今回はこれを変えるね」っていう思考のステップを飛ばし、
「こんなの、俺にはこれしか考えらんねーじゃん」
というような独立心による個人的感覚で=音楽的クオリアで楽曲を作ることが許されている、と言ったらよいでしょうか。
代理のサークルが混在化すると不定調性論になる。または"あなたの方法論"。
もともとネガハモは対称性の中心をずらすと色彩感も様々な混沌を起こすことが可能です。
ネガハモ思考の利点~不定調性的思考へ
自分が想像もしないような響きに出逢えること、がネガハモの利点ですが、これ、個人が想像できないようなレベルを飛び越えて和声を付けられれば問題ない、と言うこともできます。
ゆえに、「個人が想像できないようなレベルの事」を作りながら超えていけるような思考状態を作れるような訓練ができれば、別にネガティブハーモニーを勉強する必要はありません。
不定調性論も最初から個人の感覚をモチベーションにしていきます。
ここだけの話
あなたが何十年間も何百万も払って音楽を勉強してきたのならなおさら、自分の曲を作るとき、権威にこだわらず、慣習や規則にこだわらず、あなたが学生時代から今まで決めてきた信念に囚われず、本来の欲望剥き出しのあなたが「こうしたい!」という欲望のままに一度音楽を作ってみて下さい。ヴォイシングやローインターバルなんて気にせず。絶対やっちゃダメ!っていわれたことも気にせず。
それを一度自分に赦す経験ができれば、これまで押しとどめていたあなたの欲望の魅力そのものも自分が理解できるのではないか。と思います。
ただし、どこまでいっても満足はしないのであしからず。
その楽しさが分かると(生きてる歓び??)、改めてルールの重要性、伝統の大切さ、自分が目指すべきもの、他人と協調すべきところ、が明確に見えてきますので、「信念がアップグレード」します。
ぜひ諸々お試しください。
おまけ
これにより、e音がd#に対応するには、その音楽がCメジャーに支配されていれば良いことが分かります。同時にe音がa音に対応するには、その部分がCマイナーに支配されていれば良いのです。ではe音をcに対応させるためには何のキーに支配されていれば良いでしょうか。
実はネガハモの表を用いてもeがcに変わる表は作れないんです。セルを一つ増やすか減らさないと。c,d,e,f#,g#,a#は絶対に対応しません。表のセルの数からわかると思います。
逆に言えば、e音はc#,d#,f,g,a,bには対応するキーがあるということです。
ホールトーン集合ですね。
e-d#の対応=Cメジャーキー、F#メジャーキー(e-d#)
d#-dの対応=Bメジャーキー、Fメジャーキー(e-c#)
d-c#の対応=Bbメジャーキー、Eメジャーキー(e-b)
c#-cの対応=Aメジャーキー、D#メジャーキー(e-a)
c-bの対応=Abメジャーキー、Dメジャーキー(e-g)
b-a#の対応=Gメジャーキー、C#メジャーキー(e-f)
というグループがあります。
これにより、eが対応できる音数に規則があることが分かります。これを破壊するためには対称の位置やサイクルを変える必要があります。
たとえば
最初に行ったヴォイシングで最初の小節がCm(11)でした。メロディにeがあるわけですから、できればd#ではなくfかdにしたいところです。ネガハモではeはdに変わらないのでfにするしかありません。そうなるとこの小節の要素に、GメジャーキーまたはC#メジャーキーの要素があれば良いことになります。うまく作れるでしょうか。
こうなりますね。例えば最初のCadd9は、
C#メジャーキー=Dm(11)
Gメジャーキー=Dm(11)
当然同じ対応になります。どちらのキーが使いやすいでしょうか。
ここではGメジャーキーにしましょうか。例えば最初のメロディを、
こう解釈したら、これは三拍目からキーがGになっています。そうなると、この小節の後半はGメジャーキーに解釈が可能ですから、後半をGメジャーのネガハモを当てます。すると、さきに出たDm(11)が使えますから、
とすることも可能です。
こういう思考の拡張が「Giant Steps」以降ジャズで起きたはずです。
そして今すでにその未来にいます。
つまり、どのような和音でさえもシステマチックに当て込むことができる、わけです。
そうなると大事なのは、セオリーではなく、やはりあなた自身の信念の許容範囲内におけるバランス、となります。
どうやって個人の許容範囲を拡張し、洗練させ、自分が納得のいく音楽表現を自分の中から編み出せるか、または"自分によって"創り出せるか、を考える必要が産まれるのです。
まだネガハモの発展する先にはジャズがすでに行った道筋が待っており、その先は完全即興しかありえません。そしてそのスタイル?はすでに飽和を向かえています。
ですので、こうした方法論の勉強と同時に、あなた自身はどういう人間なのか、何をしたいのか、するべきなのかについて考える時間を多く持って頂きたいです。
ネガハモを活用するかどうかを考えるのはその後でも良いと思います。
当ブログの楽理関連記事目次はこちら
==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題==
ケーブルがビローーンとなるのがこれで解決です。 ハッ∑(゚ロ゚〃)