武満徹の作品を不定調性論的に考える
雨の樹素描 1-1
Rain Tree Sketch I (1982)の考察
今回のレポートで参考にさせていただきましたのは、
(樋口あゆ子 PTNA『ピアノ曲事典』より転載)
こちらの動画です。ありがとうございます。
なお楽譜がたまたまスタジオにありましたので、取り上げさせていただきました。
■はじめに
不定調性論を介した楽曲分析を行うのは、自分の心象感覚の鍛錬(「音楽的なクオリア」充実のためのトレーニング)であり、作者の意図や歴史文脈の中の同曲の価値を定義する作業ではありません。
その音現象が自分に与えるストーリーを正確に読み取る、ことで、自分の音に対する感度を高めていく音楽鑑賞トレーニングであり、その感覚表現の蓄積が作編曲などのクリエイティブな作業において未知のひらめきを産んでくれます。
■同曲から想起されるプロット
曲を聴きながら、セクションを自分で分け、脳内に浮かぶことを丁寧に描写します。
1-6小節---「導入」
墨色の森の奥、大きな雨の樹に向かって歩みを進める。
神秘の想い、わずかな畏敬を抱き、湿った森の道を静かに歩いていると、霧の中から突如その樹木が視界に現れた。
霧の白色と墨色の空が見える。
7-11小節---「木の営みの音」シークエンス1
近づくと、樹木は人のように呼吸し、感情を持ち、人に対して他愛のない存在を観るようなまなざしを向ける。
霧の水分が樹木に吸い取られ、大樹の営みの荘重さを感じる。
12-13小節---「ざわめき」動き1
やがて目の前にいる人間という存在の罪深さがじわりじわりと木々の肌を浸食するように感じたのか、ざわめきの音を立てる。
人と木はここではじめて精神的な出逢いを互いに感じる。
14-20小節---雨を吸う樹木
人を睨みつけるように見ながら、大樹は表面に付着した雨を少し荒れた呼吸で体内に取り込む。
何百年も続けてきた行為。
21-23小節---「ざわめき」動き2
膨大な雨の水分を吸い付くす快感。
活気を増し、目の前の人を威嚇するように、その余韻の呼吸を吐き出す。
24-30小節---動き出す樹木
低音が響き、まるで大地の奥底にまで張った根が新しい水分によって活力を取り戻すように、水を吸い上げ、また全身に行き渡らせようと樹木全体が機能的に動き出す。
時折上昇する音型は、幹の中をてっぺんまで吸い上げようとする水の音だ。
31-34小節---全身に行き渡る雨、名もなき快楽の絶頂
人が快楽と呼ぶであろうその感覚は、樹木にとっては忌むべき感覚である。
が、生命である以上、その感覚に身体が反応しないはずはない。
まるで身体が快楽に打ち震え、絶頂を迎えるように最高音、最低音に達し、全身に新しい命がみなぎったことを表している。
(欲望に感情がうち顫えるのは、その雨の中に、人間社会の欲望に満ちた成分が混じっているからかもしれない。)
35-39小節---余韻
その営みが終わると、えも言えぬ余韻が全身を淀ませるように波紋となって広がる。
40-41小節---通常機能の様子
やがて樹木は静かに営みを取り戻し、森の空気を吸い、あらゆる機能が円滑に進んでいく。
42-43小節---人への威嚇も勢いづく
まるで目の前の人間がいることで自然の営みが意識もせぬうちに阻害されるかのような人の存在に対して行う威嚇。(または吸い込んだ雨の成分に何らかの人と樹木をつなげる成分でも混じっていたかのような。)
44-46小節---動物的な興奮と習性
その空気をまるで浄化するように、体内に入れる。
動物的なけいれんのようなシークエンスを表現する。
しかし人と違う所は、感情に対する思惑、思索がないため、処理が終わると何事もなかったかのように怒りも憂いも収束する。
47-60小節---雨を吸う樹木
先ほどまでのざわめきは何の名残もなく、突然、普段の営みに戻る。また喉がかれるように、雨を吸い始める樹木がそこにある。
何百年もこの営みを続ける樹木の存在意義とはいったいなんなのだろうか。
61-62小節---異様への観念
樹木もまた人に対して、その存在意義が理解できずにいる。
樹木にとって人の存在は脅威である。
その双方への驚きと異様さへの理解がこの二小節に感じられる。
63-65小節---全ての存在には“疑問”がある
理解しようとするのではなく、その疑問そのものを理解する、疑問を受け入れる器量によって、互いが争うことなく共存できるのではないだろうか。
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最初はそれを日本語にした時、意味が分からなくてもいいです。
もともと言語自体があなたのものではない。
からです。
あなたが感じる通りのあなたを言語でまとめられるとは思えません。
あなた自身が感じる、言語にならない表現感を静かに捉えてください。
言葉にする必要は本来ありません。
あなたがもともと持っているものを深く感じることで取り戻しましょう。
■各段落に見られる特徴と表現観点
1-6小節---「導入」
7-11小節---「木の営みの音」シークエンス1
添付楽譜1-6小節目までの高音部音が、高音→低音の流れでアクセントが付けられ、旋律形として強調されています。
無調的作品においてはこうした旋律のリズムの基調があると、そのパターンの中に表現を置くことができます。
これを不定調性論では「音楽の模様感」といい、何を表現しているかは分からないが、独自の模様に対する人の情緒的反応が起きる部分を指します。
一つの音型のリズムが、上から落ちる水滴のようなものをイメージさせます。
またここではプロットに書いたように、異様な霧の森の中を歩いていく人物の足音ともリンクします。
ここでの技法的特徴は「一定のリズムと音型を繰り返すことで、そこにある種の表現が確立できる」という事です。
これらの詳細な音程の細部が変わっても、大きな変異を感じさせないのが無調的楽曲の特徴であり、これはジャズのソロにおいて、Dm7-G7といったコード進行で、決められたソロを吹かなければならない、という決まりがないのに似ています。
また5小節目の青字で囲った音型は、11小節までに至る流れの中で、シークエンスを組む和声の流れがあります。この曲の導入部分では最も印象的な和音です。
この流れを下記にメモします。