音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

エリック・サティ/"Vexations"と不定調性論

エリック・サティ”Vexations”(1893)

52拍のメロディを840回繰り返す曲。

 

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めんどくさい曲がさらにめんどくさい図になってしまったので簡単に概略だけ。

12音で作られている音楽は、結局12音の配置図でバランスを取れれば、それを意識内に落としこむだけです。

人間の共感覚においては、「東」が上の人も、左の人もいます。「赤」が北な人も南の人もいます。言葉とイメージってそれぞれ違うんです。

それを必ず東は向かって右だ、とかって決めてしまうと便利なので、社会の中ではそのように決めていますが、実際は個人差があり、少数派は声を上げられずにいます。体制には逆らえないからです。不定調性論ではそうした個人の地図をしっかり描いてそれで理解できる世界を作ろうとしています。それで世界を覆そう、というのではありません。自分の世界は自分の世界観で理解しておけばいいじゃないか、という発想です。それを押し付ければややこしくなるが、それを自分なりに押し広げていけば、「自分の使い方」がわかるよ、って言う考え方です。

ワタシも含め、たいていの人は、自分の脳にどんな特徴・性質があるか知りません。それを知るためには、自分が日ごろどう感じたかを克明に理解して把握、記録しておく必要があると思うのです。

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不定調性論は12音を12のエリアに分けて、数理で関連付けた12音連関表、というモデルがあります。これにより12音がどんなに不規則に動いても、絶対に何らかの関係性が生まれるようにしてしまうことが可能です。下記のモデルです。右側三つの立方体は表記を省略していますが、12のキューブはすべて同じ性質を持っています。ここでは中心はcです。

 

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古典和声はこの左の列の表面部分(黄色縁取りの文字部分)だけを用いて作られています。それを拡張し四つの領域にまで広げたのが不定調性論です。先ほどの東は右に統一する、と述べる前の世界を体系化しているわけです。「人によっては東が上になっても混乱を引き起こさないシステム」を作るわけです。現代のPC上のマップはそれぞれ方位を自分で設定できますから、自分の好みに設定出来ますね?それの音楽理論版です。


途中を省略します。分かりやすく上をD、真ん中をT、下をSDと機能和声的に置き換えてみます。

この立体的配置からみると、この繰り返されるテーマは、
T-D-T-D-SD-T-D-SD-T-SD-D
と連続してその領域を変えていきます。色分けで記述していますが、バランスよく各領域を行き来しています。


これをCメジャーキー(level2)に当てはめて、簡単なコード進行にしてみましょう。

CM7 G7 |CM7 E7 FM7 |CM7 G/B F/A CM7/G |F G7 |

 

これらを楽曲の側面、裏面への移行などを考慮してlevel3の表を用いると、次のようにもできます。 

 

CM7 Am7|B♭7 D♭M7 |E♭M7  Gm7 |Dm7 Cm7 |
E♭M7 F#m7(♭5) |D♭M7 Fm7 |Bm7  E♭m7 |


F#m7(♭5) Bm7(♭5) E7 |

これが「代理」という考え方を究極にまで個人化して拡張したものになります。

 

え?それってなんでもありってこと?

 

そうです、それを体系化しようって言うイカレタ試みだったわけです。

これにより「よし!なんでもいいんだ!」って言うことを自分に引き込むことができます笑。まあこれは余談でした。

 

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作曲者の手法はともかく、このテーマに二つのセクションがあり、それぞれが大きな機能進行(表裏の基音を主軸にトニック領域から上下の領域への拡散⇒安定から不安定へという流れが13拍の大きな流れ)を与えることができる、というのも自然なバランスが取れているようで興味深いですね。。これはこういうふうに意図した、というよりも、サティ先生自身がもつ 、音楽のバランス感覚が無意識のうちに示されている、と考えたほうが良いように思います。

無調だけど、音現象がもともと持つバランス感覚は対称的だったり、呼応していたりするので、「調性音楽的」ではない、別のバランスによってそれが示されている、ということに体のどこかが反応している、とか感じたらよいのではないでしょうか笑。

または不定調性論ていうのがどういうことにも法則を創り出せちゃう、っていう要素があるとか。

でも必ず結論は自分で見つけてください。自分で見つけたものがあなたに最もフィットした何かです。「不定調性はそう言ってるが、おれはそう思わない」からと言って別に不定調性論が愚かなわけではありません笑。人はそもそも違うので、違う考えを持つことは当たり前です。あとはあなたが道び出した答えをどのくらい信じているかで、発信力が変わってくるわけです。

 

「無意識に無調で作ったサティのメロディにバランス感覚があった、さすがサティだ」

だけでは勉強にも何にもなりません。サティ自身は別の法則や意味合いを含めてこの曲を創ったかもしれないではないですか。そしてそれは永遠に分かりません。それに時間を費やすのは専門のサティ研究家であるべきす。

私たちには時間がありません。それに新しいものを常に作ろうとしている人にとって、伝統に根差した事実だけに基づいた考察など退屈です。もっと自分がこれから目指すものに即した、自分にしか発見しえない風景を手に入れる事こそがクリエイターの性癖ではないかと思います!

 

ゆえに、動きながら考える必要があります。

最初に直感的理解を前提にして、そこから動いていくわけです。結果、それは短時間であなたに最もフィットした解釈や理解につながり、そこから生まれてくるであろう新しい何かの促進剤になります。

2年間学校で勉強しても分からなかったものが、いざ仕事になって時間の猶予がなく、焦って普段使わない頭を使って、法則も理論も伝統も無視したのに10分で分かった!!!となるのは、本当に分かったのではなく、自分が日ごろから自然だと感じている考え方、やり方、方法論によって自分にしか通用しない、自分だけのクリエイティビティにあふれた「自分にふさわしい答え」が「分かった」のだと思います。

 

でもその後の求心力は計り知れません。

「自分のやり方でいいんだ!!!」と分かった人の強みは激烈なパワーを放ちます。

それについ惹かれて、その人の考えを鵜呑みする人が現れ、その人の意見こそが正しいもので、不定調性なんてありえない!とかってこっちに回ってくるわけです笑。

それは教育者の宿命なので、そうした火の粉が降りかからないほど速く先に進んでいきたいですね笑。