音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

<信念バイアス>"自分は正しい"は間違い?〜音楽制作で考える脳科学9

余暇を利用して、最新の脳科学の研究やトピックを題材に少しずつ音楽や作曲に応用した記事を作っています。

同じトピックはブログ内を「音楽制作心理学 」で検索してください。

前回

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参考書は「自分では気づかない、ココロの盲点 完全版 本当の自分を知る練習問題80」です。

 

脳が結論を出すときの癖、の話です。

 

脳は、結論さえもっともらしければ、そこに至った前提やロジックも正しいだろうと勘違いします。

例えば、自分の出した結論がたまたま当たっていると、自分の思考プロセスの完璧さに自己陶酔します。一方、たまたま間違えた結論を述べた人がいると、結論だけでなく、その人の思考過程や人格さえも否定しがちです。

 SNSでは毎日のように繰り返されています。

レッスンなどの現場でも、高圧的な講師がよくやりがちです。また強く自信を持っている人も他者の考えを軽視しがちです。

 

次の二つの方便をみてください。

皆さんはどちらが正しい推論過程だと思いますか?

 

A;

ビートルズは演奏が上手なバンドじゃないだろ?

だからビートルズは二流のバンドなのさ。

二流のバンドに演奏が上手なバンドなんかあるわけない。

 

B;

演奏が上手なバンドに二流のバンドはいないだろ?

ビートルズは演奏が上手なバンドだろ?

だからビートルズは二流のバンドではないのさ。

 

飲み屋の席でこんなこと言われたら、なんとなく頷いてしまいそうですが、これ、とても難しい問題ですよ?よく文面と論理の展開を観察してください。

 

三段論法で正しく自分の推論を展開できているのはB;のほうです。

 

A;は

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ビートルズ=演奏が上手なバンドじゃないと仮定。

ビートルズ=二流のバンドであると仮定。

したがって二流のバンドに演奏が上手なバンドなんかいない。

「二流のバンド」についての仮定がないので、二流のバンドの中に演奏が上手なバンドがいないとは結論できないはずです。最初の二つの推論には関連性がありません。

推論がめちゃくちゃです。

 

 

B;は、

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演奏が上手なバンドに二流のバンドはいない、と仮定

ビートルズは演奏が上手なバンドだ、と仮定。

よってビートルズは二流のバンドではない、と結論。

 

自分が作った仮定にしっかり基づいて結論を導き出しています。

 

そもそも音楽の話の場合は、

ビートルズは演奏が上手?下手?の規定など無意味であること、

一流、二流ってなに?ってこと

これらすべてが曖昧です。

さらに推論の設定がめちゃくちゃになる、なんて日常茶飯事です。

 

音楽の曖昧な価値基準や、言語による曲解などが複層構造になって、飲み屋の理屈は展開されていないでしょうか?

 

仮定、推論、もしも...どれほどの根拠がある、というのでしょうか笑。

 

脳は自分の判断に甘く、偏見があり、エゴです。さらに脳は楽観的になりたがります。

基本的に人は「嘘」を巧みに述べてしまう生き物である、と言えないでしょうか?
「君を愛している」 というのも究極には誤った判断から導き出された誤った認識です。

それが人なのだ、と思えるなら、他愛ない飲み屋の嘘は笑い飛ばせば良いのですが。

 

====

自分は時間をかけて研究すれば必ず売れる 彼が売れないのは研究不足だから

自分が売れないのはタイミングと機会が悪かったから 彼が売れたのはやり方がうまくタイミングも良かったから

きゃーわかる笑。 こう言う自分本位な考えを自己奉仕バイアス(Self-serving Bias)と言うそうです。怖いですね。

こう言い換えましょう。

彼は時間をかけて研究すれば必ず売れる 自分が売れないのは研究不足だから

彼が売れたのはタイミングと機会が良かったから 自分が売れないのはやり方が下手でタイミングも悪かったから

 

で売れた人に対して「タイミングと機会が良かった」などと言うようなこともそもそも「根本的な帰属の誤り(Fundamental Attribution Error)」というそうです。

 

彼がよく遅刻するのは基本がだらしないからで、自分が几帳面なのに遅刻してしまう日にはちゃんと理由がある、みたいに自然と考えてしまいますね。

 

時間厳守と几帳面さは相関関係がないことがわかっているそうです。

悪いことをするからダメな人、と決めつけるのがバイアスだというわけです。

育成やレッスンでも気をつけたいですね。ついつい目先の感覚で"飲み屋定義"してしまいがちです。

 

自分を微妙に(気づかぬうちに)正当化するのはやめましょう笑。

そして応援してあげましょう。

身近な彼が売れれば、自分にだってチャンスは来るのですから。


言語による曲解

理屈による曲解

理解による曲解

判断による曲解

こういうことがたくさん起きていて、ほとんど気がつけていません。

「自分でとことんで考える」って大事なんだな、と思います。

もし相手から傷つけられるようなことを言われたら、その文面だけを考えるのではなくて、論法として正しいかよく吟味にしてみましょう。

SNSの書き込みや、クレーム、悪口もほとんど崩れ去って行くと思います。

相手は自分に非があることを隠すために匿名にならざるをえません。自分のことは棚に上げて(あまり大した結果を出していないから)その上で相手を非難しなければ、その非難が正当性を帯びない、と恐れているからです。

 

他人を批判する人は、自分が批判されるとブロックします笑。

なぜでしょうか。

 

自分への批判に付き合うのは時間の無駄だが、空いた時間で相手のためを思い批判を受けいれさせる

これも言い換えましょう。

相手への批判を行うのは時間の無駄だが、空いた時間に自分のために批判してくれる人を受け入れる。

 

飲み屋の三段論法も勘弁してほしいです笑。

 

自分も気をつけよぅ!と思いました。 

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