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不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

音大生・音楽家のための脳科学入門講義8〜音楽制作で考える脳科学36

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音大生・音楽家のための脳科学入門講義

 

第8講その2 音楽家の脳

作曲中の脳内機能ネットワークを調べた研究によれば、やはりディフォルト・ネットワークの使用部位が活性化したそうです。"意識が内側に向いている状態"だということです。

作曲の時と演奏の時に使っている脳の違いも同書には書かれています。

これは当然、

・音楽理論を理解しようとしている時

・作曲を実際に行なっている時

でも脳は違う働きをしていると思います。音楽理論の学習は外部からの情報のインプットであり、作曲は内側から創造する過程です。

だから勉強で学んだ知識を実際に創作活動で使うためには、ネットワークをどのように使えばいいかを考えなければなりません。

音楽理論は、インプットしたものをアウトプットするときにどのように適切にアウトプットしていけばいいのか?までを教えなければならなくなりそうですね。

二つのコード進行が思いついたとき、今どちらを使うべきか、を判断するまでが創造力です。きっと適切な脳使用法があるのでしょうが、不定調性論では、「今自分が、どちらが適切だと思うか」という直感的、クオリア的な判断力に委ねていこう、としています。その精度を上げるためには、日頃から自分で判断して適切だと思う行動をとって結果を出していくしかありません。

同書では、演奏時、即興演奏時、創作時に脳のどの部分が働くかなど詳しく書いてあります。

また絶対音感や、それらの習得が幼年期だけなのか、それともその後でも身につくのか?といったことにも触れています。結局個人差があるそうで、その人がどのくらいそれに取り組んだか?といった内容や条件などにもよりそうなので、早期教育に越したことはないのですが、人によっては成長してからでも絶対音感に近い感覚を得る人もいるそうです。

 

<視覚野、運動野が発達>

バイオリニストは、右手より左手の感覚がより優れているという点で、ピアニストの脳とは違うそうです。意見の句違いも脳の違いから生まれていたりするのではないかと(どっちが正しいじゃなくて)。

演奏者は視野の片隅で指揮者を見て、同時に楽譜も見て、楽器も演奏して、という具合に視覚もフルに使います。視覚野が充実して当然です。同時にイメージも豊かになりますから、情景や記憶、自身の経験での感情などとリンクさせながら音楽表現を行うので、そういった部位が発展します。そうした錬成されたイメージを聞き手に強要するようなスタンスだとお客さんを置いてきぼりにしてしまうと思います。

 

私も写真から作曲、みたいなことをしているのですが、そう思い込んでる自分が楽しからやっているのであってそれ以上の意味はないんです。

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演奏に必要な視覚情報の分析以上に、視覚情報自体が音楽的創造スイッチをオンにしてくれる、ような状況もあると感じています。

いちいち解説する必要はないですが、オーケストラがすごいのではなく、彼らのイメージ力が作る幻影の感じの凄さを体感すると、人と人の違いが生み出す雰囲気の面白さだけが残るので、変に音楽だけに共鳴して変に崇拝することなく場を楽しめると思います。

偉大な指揮者がすごいのではなく、偉大な指揮者と人が一緒にやることで皆がそれを思い込み、普段より緊張する人などもいて、結果全体の雰囲気まで変わってしまう面白さが面白い、と感じてみてください。お客さんの雰囲気まで変わりますしね。積極的に入り込みたい洗脳の一種ですね。

でもそれとカルトは同じなのでやはりそれを楽しむ程度がリラックスできて面白いのではないでしょうか。

 

<ワーキングメモリーの使い方>

好きなこと、集中できることに脳は全力を発揮する、という話で最後はまとめましょう。

音楽の素養のある人は、このワーキングメモリーが格段に優れています。

ここでこうして、ここでああして、このリズムに乗って、この音を強く、この音を弱く、などの指示に集中してそれをリアルタイムでこなしていきます。

そういう人が音楽家になるのか、音楽家がそういうメモリーの使い方になるのかは、著者も断言していません。

それよりも面白い言及がありました。

確かにワーキングメモリは集中力や、やる気に大きく左右されます。しかしそれも、どのくらい好きかというようなことにもよるので、使い方を学ぶよりは、好きなことをやる方が大事かもしれません。

 

 私はギター専攻で専門校に入りました。それなりに演奏の仕事も頂き、お台場のレストランなどで演奏をしていました。1999年ぐらいです。

当時はすでに不定調性論の考え方の骨子はすでにあったのですが、自分は演奏業や音楽の仕事をしなければならないと追い詰められていました。

今考えると、さほどライブ活動も、商業制作も好きではなかったのだと思います。

作家として形だけでもメジャーレーベルデビューもさせていただいたのに、全く違和感を覚えていました。

"どこか何かが、自分のやりたいことではない"

と確信できないまま仕事をしていました。これでは伸びるわけがありません。

 

おそらく今音楽を勉強している人も、やらなければならないこと、やってほしいと請われていること、に自分を殺して取り組んでいる人も多かろうと思います。

 

自分も、演奏の仕事ができないような奴が音楽続けられるわけがない、と一度は諦めて音楽専門校に就職しました(それが逆に良かった)。そこでサラリーマンを7年やりました。社会の仕組みも常識も知り、結果的に今自分がこの仕事をしている不思議と、今ならその分野で終日ワーキングメモリーがフル稼働していることも知っています。

今やっていることが本当に好きだからでしょう。

 

長くなりましたが、能力の低い学生は、能力がないのではなく、向いていないのではないか?という点に気がつき、何に向いているのか?を指導できることが講師の仕事だと感じています。

未来が見えないが輝く若さを持っている学生は、可能性を見つけることに集中すべきです。またそれをしてくれる講師が必要です。

ぜひ、本当に好きなことは何か、何がやりたいのか、をとことん突き詰めていってください。歳をとるとできなくなることもあります。遠慮や長い休息は無用です。

老年になるとなるとやる気すらも冴えもなくなります。80になったら四人に一人は健康でもボケが入ってきます。何事も始めることに遅いことはないですが、個人差があります。

ぜひ「自分が何をやりたいか」を問い続け、貪欲に若いうちから自分が持っているワーキングメモリーをフルに稼動できることを副業に、仕事にできるようにするための毎日を送っていただきたいと思います。

 

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