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音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

音大生・音楽家のための脳科学入門講義7〜音楽制作で考える脳科学35

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前回 

 

音大生・音楽家のための脳科学入門講義

前回の続きです。

 

第8講その1 音楽家の脳

<トレーニングする理由>

単純にスキルアップというよりも、スキルアップするための脳回路を作り上げる、ということにつきます。

これは私の経験ですが、テレビを見ながらスケール練習しても指の稼働については上達しても、音楽的な感覚や音楽性は進化しませんでした。どう練習するか、どう考えて練習に取り組むか、も上達にはとても大切だと感じました(その後テレビは売り払いました)。

研究報告によれば、音楽家の脳は局所的(視覚野、上頭頂小葉、下前頭回等)に脳が大きくなるそうです。脳の全体の量は一般人と同じなのですが、音楽を使う部所の"守備範囲が"大きくなっている、ということです。それだけ音楽で用いる回路が大きくなっている、ということでしょう。

 「なぜ練習するのか」の答えは「上達するため、失敗しないため」

としか教わってきませんでしたので、この「脳回路を作るため」という理解はここ数年で初めて知ったことです。これからの教育への意識もまた変わるのではないでしょうか。

だから学校に行っても、音楽理論を学んでも、良い先生についても、本人がそれをスキルとして定着させるほどは努力をしないと(脳の必要各部が進化するほど)、意味がない、ということも言えます。逆にそうした状態がすでにある人にとっては、学校も、良い講師も、音楽理論も理解と上達の助けになることは間違いないでしょう。

 

<刈り込み>

量が変わらずどこかが大きくなるってことは逆にその他の部分が小さくなってしまうとの?とも感じましたが、言及があったのは「刈り込み」という現象についてでした。音楽家は不必要な部分を削除し、必要な部分を太くしてネットワーク自体をスリムにしているので、線条体=手続き記憶の部署が小さくなるという言及がありました。もちろん脳自体の容量が大きくなる、というわけではなく、使用部位の割り当てと内部機能が変わるそうです。

研ぎ澄ますことでスリムになる、というのはわかる気がします。

速弾きプレイを見て、そんなに早く指が動くものか!なんて感じたものですが、やはりそれはトレーニングによって、体を動かすネットワークの効率化が図られていたからなんですね。

容量が足らないから退化するのではなく、必要に応じて効率化する、なんて脳はすごい。

例えるなら脳は80年間買い換えなくていいパソコン、なんでしょうね。

 

また音楽家は聴覚と心的イメージを結びつけるネットワークも充実していくそうです。

不定調性論では、この「心的イメージの活用」が重要なのですが、全く音楽をやらない人に

「CM7にどんなイメージがありますか?」

と言ってもそれはあまり意味がない、ということになります。

聴覚野とイメージを司る部分の神経繊維がないからです。

(同書には事例が図示されています)

そういう回路が訓練によって増幅されていないと、コード一つに何かを深く感じる、ということはないのでしょう。また個人差もありましょうから、どう感じるかも人それぞれであり、「これはこう感じるからこうなのだ」というのは"個人の感想"に過ぎない、となります。

昭和の頃ですと、先生が感じるように感じなさい的指導もありました。

でもこちらには心的イメージがないのですから、言われてもキョトンとしていたものです。

逆に心的イメージが増幅されると、音楽理論の定義を超えてしまうので、そういう人は不定調性論的思考にならざるを得ないと思います。

 

「私は対象が見えるようにではなく、私が思うように描くのだ」

これはピカソの言葉ですが、突き抜けた人は、自分の脳内の目が見える・感じるものが、五感で外界から認識するものより自分に主張してくるのを知っています。目に見えるように書かないのはへそ曲がりなのではなく、そう感じる自分のフィルターの中の世界を具現化しているだけです。

それと五感が異なることも知っています。それ以上に自分の中のフィルターの中のイメージは、実に奇異な魅力を放っています。脳にしか理解できない魅力、と言えばいいでしょうか。

音楽ではそうした自分だけのイメージを体現するには、伝統音楽理論的思考よりも、不定調性論的な発想の方が実現が容易い、と思います。

「正しさ」を自分の中に置ける方法論だからです。

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この間作った曲ですが、私自身が感じている和音の連鎖とか、調性感が危うくなる感じを具現化してみました。調性とは「教えられた秩序」であり、私自身はそこにいるとつまらなく感じて、どうも情緒不安定になるような音楽表現が好きなので、それを具体化するために不定調性論ができた、みたいなところがあります。

 

このような感覚の具現化は誰も教えてくれず、人生半ばを過ぎてやっとできるようになりました。これによって自分の方法論もできましたし、脳がバグって引き起こす様々な感覚や既存の音楽理論に感じていた疑問も脳の性質だとわかったことでだいぶ納得できました。そういう自分にとって、音楽理論学習の先が脳活動への理解に進む、、というのは実に納得のいく展開でしたので同書も両手を広げて歓迎してます。

 

第8項は後半に続きます。

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