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音大生・音楽家のための脳科学入門講義3〜音楽制作で考える脳科学31

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前回 

 

音大生・音楽家のための脳科学入門講義

 

前回の続きです。

 

第4講 運動制御と演奏

<フィードフォワード制御>

楽器演奏などのスピードプレイで用いられる脳機能です。

小脳では体のダイナミクスの内部モデルが形成されているそうです。脳が自分の体の特徴を知っていて、イメージとそれに対する体の動きを計算できるそうです。

感覚フィードバック」という方式に対するもので、結果を予測して体を動かすことができます。この内部モデルの精度を上げるために、音楽家は日々練習している、と言えます。

考えないで体を正確に動かすためには集中して繰り返し練習するしかありません。

映画"ベストキッド"でワックスオン、ワックスオフ..とひたすら腕の動きを叩き込まれるのと同様です。とにかく繰り返し、繰り返し、集中して体と脳の中に「考えなくても正確な動きができるように」叩き込むわけです。それに必要な筋肉を鍛え、不必要な筋肉が余計な動きをしないようにする筋トレでもあります。

映画でもそうでしたが、子供はそれが理解できません。

だからミヤジ先生は、そこでダニエルに「小脳というのは...」という話をすれば良いのですが、それでは映画は面白くありません笑。

そして彼が練習を投げ出す頃には、空手の受け身の型ができている、と言うのが痛快でしたね。脳の話は一つも出てこないけれど武道には全ての知恵が詰まっている、という感じがなんとも言えず子供心に響いたのを覚えています。

最近"あれから今は"版が テレビシリーズになっているのをみて驚きました。

 

<空間認知>

サッカー選手の空間認知能力は高いそうです(これは別出典)。自分がフィールドのどの位置にいて、仲間が今どこにいて、自分がどう動けばどうなるか、を鳥が上空から俯瞰するように見える能力です。ほとんど幽体離脱のレベルで見えるそうです。

また音楽家にとってのメロディも時系列という空間認知と類似した機能なのだそうです。調的なフレーズ、不定調性的なフレーズ、無調的なフレーズをどのように認知するか、も個人差がありそうですね。そうでなければ、popsで十分音楽を楽しめる人、音楽自体があまりすぎじゃない人、少しアウトサイドフレーズが入るとゾクゾクする人、それぞれのタイプにそれぞれの認知能力がありそうですね。

 

<ワーキングメモリー>

これは3章でのお話です。

人間にもこれから行う行動のための未来のための記憶と見えるの短期保存所があります。まさしくメモリです。

さあこれからステージだ!というとき、出る前に、衣装を整えて、髪型整えて、水を飲んで、楽器を持って、どっちから歩いて、正面で礼して、こう座って、みたいなことを一気に考えても全ては本番で実行できません。

ワーキングメモリーの容量に限界があるからです。

だからこそ、普段リハーサルでそれらを行なっておくことで、当日の仕事量や、トラブル対処などに対応できるように事前にできることは身につけてしまったほうがいいです。それが慣れて本番を重ねることでそうしたことが自然に行えるようになるので、メモリに他の人のことまでケアできたり、新しいことにチャレンジできるようになります。習うより慣れろ、ですね。

数をこなす、というのは脳のメモリタスクのためにも大事!なわけですね。

 

<メタ認知と不定調性論>

そしてここにつながるのですが、近年はどんどんこのメタ認知的アプローチが取り入れられています。

メタ認知の概要|奈良教育大学

メタ認知 - 脳科学辞典

ある意味では、不定調性論もこのメタ認知的なアプローチを自分の引き出しに別途作っておくことで、自分を出すとき、遠慮するとき、自分の自由にやるとき、周囲と調和して行うとき、を自分なりに分けるスタンスを作る、という考え方を持つことで、自分を打ち消さず、余裕を持って他者を容認する、というスタンスが出来上がります。

 

音楽トレーニングを強化するためには、単に演奏に多くの時間を割くのではなくて、効率を上げるためにメタ認知的スキルを用いることが大事だと述べています。重要なポイントは、学習者自身がメタ認知の意味と重要性を理解すること、教師との自由なディスカッションによって自分に適した効率的な練習方法を見つけること、自身の高いモチベーションによって自律的な練習をすること、自分の演奏を客観的に評価できること、修正が必要であると認めたら自発的に修正できることなどです。

 

これは著者が論文から引用したものです。

これだけでは当たり前だけど、じっさいどうやるの??

となると思います。

不定調性論は私なりのメタ認知法です。

つまり、自分のやり方を別途完全に作っておきます。

社会生活では教えられたように行いますが、それとは別に自分のやり方を感じてイメージできる回路も作っておくわけです。相手との調和の中で「あ、自分はもっとこうしたいな」「それがセオリーなのはわかるけど、今の自分はこうしたい」と感じることを恥じず、それを「方法論」として消化する学習期間を家で設けておく、という生活の仕方です。

社会の中では不条理な要求や相手のために自分を曲げることをする場合もあります。

でもそればかりでは人間パンクしてしまいます。そして自己否定に陥ってしまいます。

自己を肯定する自分、考え方、創作時間を別途作ることで自分を見失わせない工夫をするわけです。

私の例なら、不定調性論というスタンスが自分の中にあることで、自分の音楽活動、表現活動はそれを用いて自分が納得するスタンスで作品を発表していくことができます。

 

最初はこの社会と個人は並行宇宙を生きるように存在させながら進んでいくのですが、そうしたやり取りが自由にできるようになると、やがて精神が安定するのか、二つの思考の間に脳の回路ができるのか、それらを自在に普段の社会生活の中でもやり取りすることができるようになります。

「ここは自分の発想を言うべきとき」

「ここは相手も主張を受け入れるとき」

「ここは自分が自由にやっていいところ」

「ここは言われた通りにやってみた方が良いところ」

などの判断が明確に着くようになります。これは私は36過ぎてから身につきましたから若いみなさんならいくらでも身に着くと信じます。

それまでは今発言すべきか、今行動すべきか、今道を外れるべきか、今助け合うべきか、が判断できませんでした。それが故に誤解されたり、信頼を失ったり、余計なことをしたりしていました。しかし「自分」ができると、自分がやるべきことが見えてきます。自然とピンとくるようになります。

それがまた自信になり、ある種のモチベーションとなって音楽的個性につながるのだと思います。

そう言う意味では、ステージの上でギターが燃やせる人、学校の試験でも学校に従わない人、と言うのは極端にメタ認知能力が高い(または欠如=脳機能の問題)と言うような理解もできます。それまではそれらと学校音楽を同じ系列状に乗せて、ステージでギター燃やすのは天才、みたいな構図ができていました。いえ、彼は単に頭が(メタ認知能力が)いっちゃってるだけです。決してそれをやる気とが天才の証ではないが、メタ認知能力が高いことで型破りなことができたのだ、と。つまり学校では伝統技法と同時に、その人のその人なりの天才性を育ててあげるケアが必要なのだ、となります。

 

音楽は最後は感覚でやらなければならないのですが、その「感覚でやる」ことができるようになるためには、ある程度伝統を学び、社会的生活を行い、調和と愛を知るぐらいになるまでは社会の中で戦わないと、その「自分なりの感覚」に引き寄せられないのではないか、と思います。

 

一時期は理論書通りにやることで失敗したり、「自分はこれはやりたくない」などと思う時があるでしょう。

でもその時に「理論書なんて意味がない」と言ってしまうのは時期尚早です。そこで「理論書はこう書いてあるが、ここは自分はこうやってみる」と言うトライ期間を設け、ひたすら失敗し、試行期間に様々な自分論を作っていく必要があると思います。

そしてある日、それがうまくいくようになります。

自分論の完成です。

 

そのあとで「音楽は感覚」になるのだと思います。

 

このメタ認知は前頭前野が中心の役割のようです。理性を司るところですね。

www.terrax.site

人間的な脳活動部署です。

音楽における自分論て、たくさん他人のやり方を試行してクエスチョンを感じないと生まれないと思います。必要は発明の母、です。

不定調性論はその一つの答えでもあり、今の自分ができている理由でもありますので、ここで発信しています。

 

ご興味のある方は「メタ認知」のこれからについて調べてみてください。

自分のやり方や音楽理論を押し付けるタイプの人は、このメタ認知能力を鍛えなければならないのかもしれません。

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