音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<不定調性論用語/概念紹介17>単音概念★★★

和音を単音と考える、という概念です。

 

C△を和音ではなく、単音と考える、という意味になります。

 

シンセサイザーは様々な音の合成音ですね。でも鍵盤一つを押したらそういう激しい複雑な音が響きます。あれも現代では「単色」といえます。

 

単音概念がシンセサイザーには活用されています。

 

不定調性論には「機能」や「調」がありません。

 

そのために

C△ G△ |F#△  B△ |A△  G△ |F△ Eb△ :|

といったコード進行を機能分析する必要がありません。

 

つまり、これらの和音をシンセと同じ単色と考えれば、実は様々な音楽表現が可能になります。

 

ここに反応領域を自由に用います。

作者が9thを反応させれば、

Cadd9 Gadd9 |F#add9  Badd9|Aadd9  Gadd9 |Fadd9 Ebadd9 :|

 

となります。むむ、これはいかんぞ!!とはならないわけです。

これは見た目も美しいですし、響きの均等性もあります。

こうした秩序が、機能和声論が行われる以前に、和音が持ちえた可能性である、と考えるわけです。

 

当然ながら、この進行を機能分析することもできます。

 

不定調性論の場合は、作者のクオリア、というか印象が音楽を構築する際の最も重要な感覚、としていきますので、その分析の必要はありません(分析学を学習する必要がない、という意味ではありません)。

 

しっかりと機能和声の仕組み、音楽の読解、構築の基礎を学んだら、その先に、あなたの感性に委ねられる世界が待っていると思えば、やる気概が変わってくる方もおられることでしょう。

 

和音が短音となるなら、長い時間の中では、1曲も単音にすぎないかもしれません。

もし電子が振動による残像で出来ているとしたら、私たちの体も振動しています。振動して奏でた音が私たちの肉体、という残像であるとしたら、私たちそのものの一生も単音であるかもしれません。もっと大きく見れば、地球という振動の存在も長い宇宙の歴史では一瞬だけ奏でられた一つの音、だけかもしれません。

そうしたちっぽけなもの何に、私たちはここまで様々なことを考え、討論し、悩むことができる、というのは宇宙史上最も幸福な生命体かもしれません。

そのどの部分において生きようと自分の自由です。誰に強制される必要もありません。