音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

「移動」は不安と躍動の象徴;69, Living For The City他 / Stevie Wonder

スティーヴィー・ワンダーの不定調性進行分析

www.terrax.site

69, Living For The City/Boogie On Reggae Woman / Stevie Wonder

<スティービー・ワンダーレポートより展開>

事例66;Living for the City (CDタイム 0:11-) 

open.spotify.com
Aメロ
F# G#m/F# |A/F# G#m/F# |F# G#m/F# |A/F# G#m/F# |
F# G#m/F# |A/F# G#m/F# |F# G#m/F# |A/F# G#m/F# |
B |C# |F# G#m/F# |A/F# G#m/F# |×2
Bメロ
3/4 F#M7 |D#m7(♭5) | DM7 | C |C/B♭ |A7 (またはA△) |G |4/4 F# |


Aメロは、F#メジャーキーのI-IIm-IV-IIm。

ベースラインを統一したAメロの技法。

グイグイくるクオリア。


またBメロはユーミンレポートでも紹介した不定調性進行。

クリシェ進行を発展させた概念。抑えた指を数本動かしただけでできるコード進行的。

盲目スティービーならでは。 

Boogie On Reggae Woman

open.spotify.com

 

事例75;Boogie On Reggae Woman (CDタイム 0:29-)

Aメロ
A♭7 |A♭7 |D♭7 |D♭7 |
B♭7 |E♭7 |A♭7 |A♭7 |
A♭7 |A♭7 |D♭7 |D♭7 |
B♭7 |E♭7 |A♭7 |A♭7 /G /G♭ /F |
Bメロ
B♭7 | D♭7 |G♭7 | G♭7 /G♭ /G /G# |
B♭7 |E♭7 |A♭7 |A♭7 |

曲調はA♭のブルース的ですが、変化してます。

B♭7はII7であり、おなじみ。

Bメロに流れる際、この曲でもベースラインが導音的で次への流れをスムーズにしてます。また、上がるベースラインも用いられてます。

 

特にB♭7  | D♭7 |G♭7 | G♭7    /G♭  /G   /G# |の流れにおけるG♭7への解決は実に不安定で、このベースラインがなかったら流れに脈絡を見いだしづらいです。

全盲の人にとって、「移動」とは、それだけでストレスの高い活動である、と参考文献にもあります。

音楽の移動が持つこの不安というか定まらない感じは、私にとっては何とも落ち着かない感じもしますが、彼にとっては“日常で感じている移動についての不安そのもの”かもしれません。とすればこの半音移動の問題は、彼が空間を把握する時に感じている空間把握感覚そのものである、となり、とても重要な感覚を表現している、ととらえてみるっと、コード進行の重要度、とか、重きを置いていること、とかがまるで自分たちと違って感じられてきます。

半終止のような感覚でVII♭7であるG♭7さらにベースラインを用いてII7に戻しているあたりが、スティービー独特の“移動感”が表現されているように感じました。

しかしこれは考えてみれば当たり前かも。彼は幼少時、なぜ自分が他人と同じように動けないのかが疑問で、劣等感を持ち、いじめられていました(レポートトップ参照)。

それは彼にとって生まれ持っての非視覚的世界把握は、人生において切り離すことのできない感情的デフォルト。

 

彼の曲にクリシェ的進行が多い、と述べてますが、同様にこのクロマチックのアプローチも彼が世界を確認する方法、移動についての“音楽的なクオリア”が無意識的に、意識的に選択され、“このサウンドはクールだ”と思わせているのではないでしょうか。

 

また目が見えない時、リンゴ一つとっても、さわってみて、持ってみて、握ってみて、自分の感覚の中に少しずつ事物の存在が侵入してくる、浸透してくる、という理解のプロセスに似ているとも言えます。

ハンディキャップから生まれた感覚の体現が、エンターテインメントにおいて希少価値の高い手法として認知されているのではないでしょうか。

 

もしこうしたクリシェ進行の音楽的なクオリアが、彼の人生の感性にフィットするから選ばれているのだとしたら、それらの和声進行に音楽的インスピレーションを感じてもおかしくはないのではないです。

彼ほどの音楽性を持った人間が、なぜ安易なクリシェ進行で音楽を作るのか、と私は最初疑問でした。

しかし、それがもし彼が生きてきた感性と世界との接点を表現する一つの方法論を想起させるから選択されているのだとしたら、彼にとってはただのクリシェではなく、自分が自分であることの証明のようなものです。

自分がこうやって世界を認知し、こうやると自分はみなと同じく音楽が楽しめる、だからこれを選ぶ、これによってスティービー・ワンダーが何者か知ってほしい、このサウンドが自分なんだ!という主張です。

 

また、7(♭5)のサウンドも鍵盤の押さえ方などの理由などもあろうが、その欠落したような響きは、彼が感じてきた他者と自分の感性の微妙な差異を象徴するようなサウンドに思えてきます。

これもただのドビュッシーの変化和音として参考にした、だけではなく、彼が自分であることの証明であり、それゆえにビビッ!と来たコードを名刺代わりに繰り返し繰り返し用いているのではないでしょうか。


 

スティービー・ワンダーで商品を検索