音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

M-Bankスティービー・ワンダー楽曲(コード進行)研究レポート公開シリーズ1★★★

スティービー・ワンダーの和声構造

~非視覚的クオリアを活用した作曲技法~

  

You Are the Sunshine of My Life

 

You are the sunshine of my life That's why I'll always be around

You are the apple of my eye Forever you'll stay in my heart

 

君は僕の太陽 いつも君のそばにいるよ

君はかけがえのない人 永遠に、僕の心の中に

 

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―スティービー・ワンダー、全盲の世界的ミュージシャン―

 

誰もが知っているのは、この程度の文句ではないでしょうか。

 

“You Are the Sunshine of My Life”

 

彼は太陽を見たことがないはずです。

では、目の見える私は本当に太陽を見たことがあるのでしょうか。この歌詞を読むと、太陽(の光)がどういうものか改めて理解できます。太陽を見たことがない人から太陽の意味を教わるわけです。

 

たとえどんなに優れた定義でも太陽自身がそれを認知することはありません。

「地球から1億4960万km離れたところにある恒星」という事実よりも「情熱と愛と希望」と思って接するほうが心地良く感じることもあるでしょう。五感全てで感じるイメージを大切にする、という発想となります。

あなたは「日本人で身長が170cmの男性」と理論的に言われるのと、「強くて優しい男性」と感性で言われるのはどちらが「快」ですか?科学者の言葉は科学で用いる言葉です。アートを行うものは科学である必要がないようにも思える時があるものです。

それは太古から人が抱いていたイメージかもしれません。

これはこうでなければならない、という理屈を越える。権威ある書物、権威ある人が言う通りに理解しなくても良い。むしろそれができない場合にはそうせざるを得ない状況、盲目とはそういう状態だと思います。でもこれは逆を言えば晴眼者も同じだと思います。

 

一般にハンディキャップとされる部分は、実は強烈な個性になる、時にエンターテイメントになる。そのぶん人一倍努力しなければならない、そしてそうしなければならない分、人より上達しようと決めた天才。スティービー・ワンダー。

 

この努力の天才を、もっと適切な言葉で形容したい。その肩書を考えながらこのレポートを書き始めています。

  

 

導 入

私は、現代ポピュラーミュージックの和声について、「和声の変化感の習熟=時間の流れそのものによる音楽の状況変化を感じる感性の鋭敏化」と、それに伴う個々人の音楽的印象=音楽的なクオリアによって自在に解釈づける方法論を2000年頃からHPで打ち出している(古いサイトは削除済)。

今回はそれを実践している現代の作曲家の一人、スティービー・ワンダーの作品を取り上げて考察する。

現代曲の魅力の一つは、楽曲構造の斬新さから、最新のサウンドが持つより感性的な斬新さに移りつつある。

しかしそのサウンドに頼ることで、楽曲の内部構造を作曲のスケッチ段階でおろそかにして良い、ということもないだろう。

だからといって複雑怪奇な構造を持つ芸術的音楽が絶対に商業的価値を必ず生み出すか、というと断言し難いところがある。

芸術的にも商業的にも有用性がある仕事を迫られる現代のポピュラー音楽作曲家は、その制作スピードとバリエーションの豊富さを維持しながら、楽曲のクオリティも保たなければならない。絶対的な“真”の無い世界で、“良い物”とされる音楽を作ることは、とても難しい。

 

作曲行為は、最終的には個々人の自由と責任で行われる。一般的な方法論を画一化する事で作曲という行為を規定することはそもそもできない。私はそれを試み挫折した人間であり、考え方を変えた。自在にできることを規定する方法論があれば、学習したことを活かしながら、個人の感性も同時に活用できるのではないだろうか。この考えが良いのか悪いのか、まだ分からない。ゆえにそれならば走らせるしかない、として「不定調性論」という体系を作り実践しながら行く末を自分で作っていくしかないと考えている。

そもそも“自在な作曲”という有り様について、実際の実例を挙げなければ、イメージができないであろうと思い、ビートルズ、ユーミンとその構造に潜む自在性を分析してきた。今回はその締めくくりとしてスティービー・ワンダーを選んだ。

規定する、などと言えば、毎度矢のようなご批判を頂くのだが、問題はそういうレベルではない。規定などできないのだから、あくまでそれは独自論による規定に過ぎない。とても解決できるようなものではないので厄介なのである。ゆえにこのレポートも「不定調性論」というものを通じた見方なのである。

毒を勝手にバラまくな、とお叱りを受けるかもしれないが、とりあえず皆様の手元に届いたことは私がこの世界に生まれてきた証でもあるのでそのことだけでも良い時代に生まれて感謝すべきではないか、などと言い聞かせているところである。

   

スティービー・ワンダー。彼のキャリアは11歳に始まっている。実績を重ねるにつれ、作曲家チームが彼に音楽のイロハを教えると共に、セス・リッグスのボイストレーニングや、ロン・ミラーの作曲個人レッスン、ロスアンジェルス大学等での作曲・編曲コースにおいて修了証書を得ている。18歳の頃というから、“Uptight”などの全米的なヒット曲が既にあったことになる。彼の音楽への追及は、周囲が発狂するほどの念の入れようだったようで、人並み外れた集中力と向学心を持っていたようだ。これは、彼が子供時代、なぜ友達がスムーズにできることが、自分にできないのだろう、と悩み、それが盲目であるからという概念を知らずに、自分の努力が足らないからだ、と理解し、何でも試し、何でも自分でやってみせ、負けず嫌いになった、とある(三浦憲 著 立風書房『スティービー・ワンダー我が半生の記録―冷たい鏡の中に生きて』(1976))。

そのためにブランコから飛び降りて怪我をしたり、アルコールを飲んで死にそうになったり(彼はお酒をほとんど飲まない、三浦氏によれば数カ月に日本酒を数杯だけ、という記述がある)、料理が出来るか、と周囲にあおられて料理をやって指を火傷だらけにして火が怖い、ということを体で覚えたり、とにかく今まで良く生きていた、と思える人生で、その都度母親や周囲の激昂を受け、ママを怒らせてはいけない、という反省から自分の行動を把握し、自分という存在のありようを把握していったようだ。

 

当然、周囲のスタッフは、それでなくても彼を心配させないように気遣い、大変だった。しかしそのケアは大変うまく行き、また良い人間に恵まれたようで、彼が慢心しないように、かといって自分の能力を十分引き出せるように厳しく優しくケアしていたことが参考文献(後出)にも書かれている。そうしたサポートと彼独自の常人では考えられない研究努力によって、彼のその後の音楽は生まれていることになる。膨大な時間を音楽に注ぎ、生死を彷徨う大事故(交通事故)なども経験し、長いキャリアを第一線で作り上げてきた彼の音楽の魅力は、音楽を志す者なら誰でも一度は刺激を受けることだろう。

 

スティービーは、肩書きや立場で人を判断することを嫌う、という。君もひとりの人間、僕もただの一人の人間、何の違いもないし、何も怖気づくこともない。そういう考え方だ。有名音楽雑誌者が、横柄な態度で有名雑誌の肩書をふりかざし、コントロールルームに入りこんで彼を“たいそう失礼な態度”で取材した時のスティービーとのやりとりは印象的である。

 

スティーブ「きみの今の発言は音楽誌の記者という立場での発言か」

記者「もちろん」

スティーブ「もし、きみが音楽誌の記者という立場から離れ、ただの人間になったら、今のような態度や発言をするかね」

記者「私は音楽誌の記者という立場で来たのであって、もしそうでなければこんなところまで来る必要はない。そうだろう?」

スティーブ「よくわかった。それでは僕もひとりの人間としてきみに接することは場違いだろうから、音楽家スティービー・ワンダーとして答えよう。僕は、レコード制作に追われて忙しい。こんなことで時間をつぶされるのは迷惑だ。取材のために時間をさく意志はない。きみの音楽誌のページを飾るために僕はここでレコード制作をしてるんじゃない。これが僕の答えだ。」

 “スティービー・ワンダー わが半生の記録” 三浦憲 著 より

 

裸になれば人間みな同じ、という発想。マネージャーを訪れさせたり、電話で関係者を通して依頼してきたりしたビッグ・ネームで彼にフラれてしまった人物も多いという。これは彼が気難しい、というエピソードを示したいのではない。

 

逆にフランク・ザッパが彼のスタジオを訪れ、もしスティーブの都合が良いなら、録音した音を聴ければ、とても嬉しい、と思ってはるばる来ました、と尋ねると、スティービーが出てきて、とっておきのお気に入りの曲を選び、順番を決め、一曲ずつ説明して40分近く彼は手を止めて対応し、初対面とは思えないほど互いを尊重した率直なやり取りがあったという。

ザッパがどれほどのジェントルマンで“イイ奴”であったことはこの話から容易に想像できる。

 

ではスティービーが全く持って大人の男か、というと当然茶目っ気たっぷりだ、という記述が多い。

自分が欲しがったものなら相手の帽子だろうが楽器だろうが、とにかく手に取るまでは「ねえ、それ僕にくれない?」とせがんで、それがもらえないとひどくいじけたりする、全く大きな体をした目のみえない子供だ、と周囲に訝られるような一面もある。

 

自伝だけでは彼という人物、盲目の音楽を知ることができない。ましてや彼の楽曲に現われる不思議な構造は、一体どのような発想や考え方に依拠しているのか、考えただけで全く意味が分からない。ビートルズ分析の後、ユーミンをやって卒倒したが、スティービーはそこに輪をかけている。ユーミンが非常に常識的、理性的に思えたのだから。

そのためにまず盲目のミュージシャンの自伝等を読み漁り、その言葉を並べてみた。

それでもまだ分からない。

そこから、このレポートは推理小説になった。なぜあんなことが音楽で出来るのか。

レポートは1年をさかのぼり、順に考えて書かれているから、まさに謎解きの過程を見て頂くことになろうかと思う。全て解き終わって、多少推敲の折に書き直したものもあるが、音楽分析がこのような類のレポートになるとは思いもよらなかった。

その謎解きの過程を楽しんで頂きたい。

 

このレポートの主たる内容は、スティービー・ワンダーの楽曲のコード進行の骨組みをとらえ、その手法と理解の方法、考え方等を簡単にまとめたものである。中身も吟味頂きたいが、まずは皆さんが作曲をする際の骨組みづくりのコード進行のバリエーションブックにして頂ければ幸いである。原曲はほとんどspotifyなどで確認いただけるだろう。

 

この、誰でも知ってる世界的ミュージシャンのその音楽に潜む謎を、どのくらいの人が自分なりに解いただろう。。

 

 

スティービーが22歳の時、白人の審査員に、自分がグラミーを受賞できない理由を聞いた。その理由は、

 “君の歌は黒人くさいんだ。とてつもなくね、理由はそれだけさ”

というのだ。

批判というのは常に時勢に沿い、残酷なほど適切で、全く持って無意味なものだから厄介だと思う。しかしこの問題への解決策はシンプルである。それでやめるか、続けるか。それだけである。これは誰しもにあてはまることではないだろうか。

彼が続けた結果は周知のとおりである。

 

彼は学校が嫌いだった。小学校の女教師は幼きスティーブに言い放った。

“黒人で目が見えず勉強が嫌いな子は、将来鍋つかみを作るぐらいしか能がないのよ。それがイヤだったら勉強をしなさい”

 

批判する天才、という人は、どこにでもいるものだと思う。その批判は適切で、崩しがたい論理に塗り固められている。それを信じてしまう人の方が多いかもしれない。

それでも彼は好きな音楽に没頭した。それが意味するところも周知のとおりである。

 

こうした環境が彼の音楽を作ったのだとしたら、かならずそれらが音楽に反映されているはずであり、ポピュラーコード進行の自在性を推し進めたヒントになっているはずである。

   

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注)全文はあくまで彼の音楽に寄って書いています。わたくし自身はポピュラー的な完成と正反対の発想を持つ場合が多く、ここで書かれた内容のテンションやニュアンスの全てが筆者の音楽に代替するものでありません。

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www.terrax.site

 

 

 


==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題== 

スティービーのハーモニカ・・。かっこええ。。

HOHNER ホーナー スーパー 64 C調 7582/64

情報源はこちらです。

theharmonicacompany.com