ご紹介いただいた本が大変良かったのでご案内します。
セラピストの主体性とコミットメント: 心理臨床の基底部で動くもの
著者は日本の辣腕セラピスト軍団です。
これは専門書です。
しかし私が読んでもそこまでの難しさはなく、何より"セラピストも悩んでいる”という声が聞こえてきて興味深いです。
「主体性」や「コミットメント」という一見難しい言葉が並んでいますが、セラピーの専門家以外の方は、あまり気にしなくても十分読めます。
以下□内は同書より引用した言葉です。
クライエントが主体的に自分の問題と向かい合い解決するための場が提供できることが重要
と同書にあります。
教育現場でもこれが一番重要です。
「勉強しなさい!」といって勉強させるのではなく、受講生が自ら勉強するようになってもらいたい、といつも思っています。
セラピストの立ち位置に共感できる教育者の方もおられるのではないでしょうか?
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同書には大きく9通りの人生の悩み、症状の事例に敢然と立ち向かうセラピストのストーリーがあります。
後発的な問題だけでなく先天的な症状や死の間際のコミュニケーションなど。子育て/不登校/結婚離婚/児童/自閉症/学生相談/緩和ケア/裁判員ケア...etc
難しい問題だからこそ一つ一つのケースを提示して考えてもらう、という意図でしょうか。それぞれのケースは大変読みやすいです。
難しい専門書だ、と思っていたので、各事例読んでちょっと感動するレベルで読みました。 小説感すら感じました。
泣ける感じは日本映画のほろっとするような、と言えばいいかな。
一人一人のクライエントがセラピストとのふれあいを通して明日への灯火を自ら照らして歩いてゆきます。カタルシスも感じました。
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セラピストは人生相談のプロではない、
ことば/理屈巧みにクライエントを操作するインフルエンサーでもない、
と感じました。
問題に向き合って、全ての時間をクライエントの問題解決に使う犠牲の人、です。
職場の上司のように演説ぶったり行動指示をしたりしません。
あれはコミットメントの暴力笑。
長きに渡って降り積もった心の悩みは簡単には解けません。永久凍土。
第3章の母子の関係事例を取り扱う章や、二部第5章の乳児との関係などでは、セラピストはクライエントのちょっとした行動一つ一つに隠れた感情や思いを読み取っていきます。
乳児の行動などは話せないぶん見過ごしがちです。親のない乳児が将来どのような心の問題を抱えていくのか、も素人ではわかりません。そのまま青年になり、見た目が普通なら、その心の内に潜む問題など紐解きようがありません。
自分も思えば、相手のバックグラウンドもよく知らずに、そういう考え方変えたほうがいい、とか、そこはこう考えたほうがいいとか、偉そうにアドバイスしていたりしてきたから結構背筋が寒くなりました。
本人さえ気がつかない問題もあるのだ、と知ってからは、今の時代こそ、こうした事例を多数扱い研究してきたセラピスト専門機関の需要はもっとあって良いと考えるようになりました。
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本章では、いかにセラピストのクライエントへの態度がイメージを治療的なものとし、クライエントの表現するイメージがいかにセラピストの態度を治療的なものにさせていったかということに焦点を当てたい。
こんな風に第一章はスタートします。
20代で結婚し、子育てに追われ、子供が不登校になり、相談機関を訪れても改善がなく、親戚や近隣から小言を言われ、肩身が狭くなり、悪化の一途をたどりながら知人の勧めで心理療法を受けることになった女性の話です。とても印象的でした。
「結婚って何だろう」
「幸せって何だろう」
とクライエントが呟きます。
それって万人が思うことだよなぁ...
セラピストが命がけでこれに向かっていかないと糸口さえつかめないのに、音楽の仕事をしながら他人の人生相談など乗ることなどできないな、と感じました。
一つの企業、一つの学校には、数人のセラピストがいるべき、それぞれの会社にそういった窓口があっていいはずです。
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逆に家庭の問題、夫婦の問題、子供の問題を相談されたら、教師が解決しようとするのではなくセラピストと解決していくのが良いのではないでしょうか?
といっても誰に相談すればいいの?という話ですから、上記にリンクを貼っておきます。研究団体が良いと思います。よりたくさんの事例が集まってくるからです。
無料の相談所もありますが、「お金を払う」という行為自体が自分に対して治療の最初の壁を越える行為だと思います。
周囲も経済的余力があるうちに相談に付き添ってあげて頂きたいです。
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6章では、集団社会で生きづらさを感じる学生相談の現場が描かれています。
学生の「なんとなく不安」「なんとなく苦しい」を当たり前、甘えるな、と言わない大人が必要ですね。相談力のある人は、是非活用をオススメします。
不安の意味がわかれば、それは不安ではなくパワーに変わるかもしれないからです。
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2020年は「鬼滅の刃」の年でした。登場人物は全員要セラピーな印象ですよね笑。
その思いの強さゆえ、ある者は鬼となり、ある者は鬼殺隊になりました。
彼らのモノローグと、この本で語られるクライエントの言葉が重なりました。
セラピストは「自分は日本人の心の鬼殺隊!!」なんて表立って言いませんが笑、まさにそういう職業だな、と感じます。
クライエントが生きためには、セラピストが生きていなければならない
と本の帯にあります。
自分の「生き方」を見つける、はセラピスト自身の最初の関門でもあるのかな。
彼らの技術はもう少し世間に知られ、もう少し憧れる人が出ても良い、と思います。
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最後に映画『グッドウィル・ハンティング』の話をしましょう。
映画の中でクライエントのウィルに対して担当のマグワイア医師が「君は悪くない"It's Not Your Fault"」と言葉を繰り返します。ウィルは最初は受け流そうとし、それでも繰り返す医師に反発しながら最後にウィルは医師の言葉を受け入れるシーンがあります。このシーンは、同書が訴えるセラピストのコミットメントの発動だな、と感じました。
セラピストはウィルが自分が信じたいことすら見失っているように見えたのでしょうか。矯正するのではなく、セラピスト自身が信じた言葉を何度も何度も呟き、ウィルの中で十分な形に『変容』するまで語りかけます。
現実にはこんなやり方はしないのかもだけど、勇気付けられるやり取りです。
頭脳明晰な彼が、自分を見失っている、というのが大変興味深いし、その絡まった糸をほぐしたのがまた一風変わったセラピストだった、というところも印象深く、この本を読みながら映画が蘇りました。
これまで逃げてきた問題に取り組む、って難しいよね。
拙論である不定調性論も結局は脳が弾き出すイメージを元に自分の音楽を作っていく、というやり方です。その感覚がセラピストが生み出す独自性と似ている、と思い興味深く読みました。
教育に携わる職業の人、管理職の人には一度相談者に対するセラピストの対応の仕方、向き合い方を読んでいただきたいです。