音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

クラシック素人がメシアンの「音楽言語の技法」を読んでみたー独自論創造症候群3

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第8章

私が偏愛する音程とは何かを見ていこう。

あーなるほど「独自論」とかっていうんじゃなくて「偏愛」っていうとなんかイイよなぁ、とか感じました。

独自論は理論みたいな高飛車な表現だけど、「偏愛」は無理性に貪ることができるイメージを与えてくれます。

しかしながら、現代においては他者に比べて「偏愛」と相対的に評価を断言できるほど奇抜なものはもはや存在しないし、「俺変わってるからさー」とか言えないくらいバリエーションに富む人たちがたくさん目に入ってくる、という意味で刺激が弱いので、「独自論」として確固として自己に確立し、胸にしまっておくぐらいが良いのかもしれません。

 

メシアンはこの章で自然倍音について取り上げ、第11倍音の増四度が基音に解決することを示し、増四度下行の解決進行について述べています。

一応このブログのスタンスとして、こうした解決進行は慣習によって染み付いた音楽感覚であり、世界中の万人がこれを受け入れるわけではない、と言うことを改めて注意しておきます。

これは天動説/地動説同様の錯覚的感覚とすることもできます。

これが前提になってしまうと様々なルールが勝手に規定されてしまいます。

あくまでメシアンが"偏愛"した音程についての当時の既存常識からその根拠を述べているだけであって、それが絶対的な何らかの根拠になる事は無いのであくまで他者の偏愛的趣味を垣間見ている程度に理解すると気が楽だと思います。こういうところは学習者がミスリードしてしまう感覚だと思います。

"メシアンもドミナントコードを認めているから、ドミナントはやはり絶対だ"

は思い込みです。

 

メシアンが偏愛した音程とこれまで述べてきたリズムの数理的遊び、そして移行の限られた音階が用いられた自作品の用例が多数8章で紹介されています。

 

第9章

鳥たちはその歌声の入り交じりによって極めて洗練されたリズム・ペダルのもつれを作り出す。鳥たちの旋律曲線、とりわけつぐみのそれは、その独創性において人間の想像を遥かに超える。

鳥の鳴き声すごいよ!という助言は、メシアンの師であるポール・デュカスからもなされていたようです。

Messiaen, Olivier (1940-1941): Quatuor pour la fin du Temps — Robson, Clark, Cohen, Schellhorn - YouTube

『時の終わりのための四重奏曲』でのクラリネットのフレーズの「鳥っぽさ」が用例として挙げられています。鳥の鳴き声だ、と思って聴いていただくと、どうしてこういう旋律なのか、も感じ取れると思います。これが先に示した「鳥の様式」のことであるとわかります。

 

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メシアンといえば、550種類もの鳥の声を聴き分けることができたというほど、鳥オタクな一面を持った音楽家です。

 

1950年代に入ってから、コニャックの醸造家であり鳥類学者のジャック・ドラマン(1874~1953)という人の自宅に招かれ、メシアンはそこから本格的に、鳥類学の手解きを受け、専門的な学問に入っていきました。

 

私はあるとき、鳥の歌の録音を遅回しにして聞かせてもらったことがあるんです。そうすると、あのメシアンの音楽のとおりなんです。我々には聴き取れないスピードでもメシアンには聴き取れていて、それを遅いテンポで楽譜に書いているんです。

メシアンの優れた聴覚能力が「鳥大好き独自論」に結びついたんですね。

しかしそこから鳥こそ人を超えるものだ、とか云い始まると、このブログで言う「独自論の押し付け」になります笑。

自分が正統だと感じたものを押さずにはいられないのが人のサガです。

それは自分にしか通じないものだ、と言うことをつい忘れてしまうものです。メシアン先生を責めているわけではありません。他者に押せるほどの独自論を持てる人は幸せだと思います。

この辺は「独自論の偏愛」っとして、このブログの感覚で、先人の独自論語りを楽しんで上手に解釈いただきたいです。

 

 

第10章

ベートーヴェンが音を消失させる旋律のテクニックを作った、という指摘から、メシアンなりの見解が述べられています。

ここでは簡単な譜例を用意しました。

 

Aという"元の"旋律がA'やA"のように音が省かれることで、元のフレーズを想起できながら、かつリズムに変化が生まれて効果的です。

また合わせて同章ではBのようにAの旋律の音程を跳躍させることで変化を生み出すやり方も述べられています。シンプルですが実に効果的です。やりすぎると本当に現代音楽っぽくなるわけで、なんで現代音楽は旋律の置き場所、音程の変化が極端なのか、と思ったらこうした技法的背景に想いを巡らせれば良いのではないでしょうか。

これも「テキトーにそれっぽくやるとそれっぽくなる技法」の例だと思いますから、メシアン先生はきっと緻密に考えたと思います。素数番目の音だけ、その素数度だけ上げる、とか、絶対的な根拠を探したと思います。

そして大切なのは、「そこは素数である根拠はなんなの?」ということを聞いてはいけない、ということです。メシアン先生は、素数大好きだから、そこにも素数を使っただけです。それが独自論であり、偏愛です。そうした「答えを出さなくて済む考え方」が「音楽的なクオリア感覚の相互容認」です。

A:いいよねぇ。。

B:ああ。いいよねぇ。

という二人の間に流れる誤った共有感覚を感じ取ることで、直感的制作がうまくいくことhが多々あります。

大事なのは、手を止めないためにその感覚を解釈し、創造し、展開できる習慣を持つことだと思います。

 

あとはそういう相手を見つけることです。

そして自分の感覚と違う人とは

「君がそう思わないなら、君が思うように曲を作ればいい」となる、のが独自論という意味合いを活用する利便性です。

 

第11章

しかしこれらの全ての借用は、(中略)私の音楽言語の変形プリズムに透され、私の様式からの異なる血を注入され、意想外のリズム的、旋律的色彩を帯びるが、独創と探求が一体となり、原型とのわずかな類似をも排除されている。

これはこのブログで言うところの「結局私が思うようにやる独自論だ」と言う発言と同じだと思います。

もちろんメシアンは芸術家ですから、そういう簡素化はしないでしょうし意義を意識的に掘り下げていくことで、それが芸術であると信じて邁進できるプラシーボ効果を極限まで高めたからこそ実際に歴史に残る芸術作品と感じさせる作品を生み出せたわけです。

ここで言いたいのは、こういう発言は華麗に無視されるか、宗教的発言と疎んじられるのでもったいない、ということです。

「音楽言語の変形プリズム」

「私の様式からの異なる血」

というのは、メシアンが既存作品を借用する際に感じている「音楽的なクオリア」のことです。なんらかの先人の偉大な旋律に触れ、それを借用しようと思うと、メシアンの頭の中でプリズム的工作が自動的になされ、より「自分にとって好ましいと感じてしまう着想」に変形され(これもまた無意識的に)、私の様式=自分の美的感覚、異なる血=自分の美的様式から見たら、その先人の旋律にふさわしい独自様式、によって「メシアンの作品」になるわけです。

要は、俺流の解釈でごめんな、です。

 

また学習者自身も、メシアンがどう借用し、どう変えたかを学習者自身の「変形プリズム」で解釈しなければならない、ということだと思います。

結局努力は全部自分でやるので、この本読んだから、だいぶ先に進んだ、とかは錯覚だと思います。

 

メシアンはこの章までにインド的リズム、不可逆リズム、不可能性への執着を示していますから、この「変形プリズム」もまたこうしたメシアン自身が「偏愛」するものへの昇華が行われる、と推測できます。

アイディアの借用と自主的な展開もやはり、借用者側に独自論がないと展開できません。また逆に言えば、独自論があるからこそ、他者の方法論を適宜独自性を持って借用、展開できるのではないでしょうか。

メシアンが音をプリズムだと言ったから、音はプリズムなのだ、と解釈してしまうと、やがてもっとあなたに合う言葉に出会い、乗り換え、さらに勉強していくともっとあなたに会う言葉に出くわします。

 

独自論の方が非正規な分、馬鹿にされますが、全て自分の意図で追求した結果ですので、それが先人の誰かの方法論に似ることはむしろ誇りです。

その感覚はその方法論を作った人にしかわからないでしょう。

 

 

この章ではフレーズを一塊のフレーズの展開、という考え方でこれまでのリズムの類似展開などを応用しています。

Messiaen Quatuor Pour La Fin Du Temps V Louange a l'Immortalite de Jesus Partitura Interpretación - YouTube

こちらのV. Louange a l'Eternite de Jesus イエスの永続性への賛歌の高音部のバイオリンのメロディが持つ音符のリズムに注目ください。一つの旋律のリズムのセットが、次に高さを変えて繰り返されたり、類似性を持ちながら展開していく様がわかります。

 

調性の統一とは違う、様式の統一によってメシアンは近代音楽の新たな様式にありようを音楽に、そして本書である教材に書き残した一人と言えます。

 

第12章もソナタやフーガ等の形式の紹介をベースにメシアンならではのコンセプト(不可逆リズム、以降の限られた旋法)が紹介されていますがここでは割愛します。

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