こんなふうに。M-Bankでは晴れるとびっくりするような空が見れます。
忙しい中に現れるこの青空は、
「その忙しさが真実じゃない、この青だけが真実なのだ」
と言っているように聞こえます。そして空のずっと向こうで、不思議な呼び声が聞こえてきます。山が呼んでるのかな。それとも願望なのかな。
作曲のレッスンにかこつけて、この想いについての小品を作りました。
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最初は単音の旋律です。三回程転調してるかも。しりません。知りたくもありません笑。
そして次の変奏というかアレンジは、下記のように同じメロディで、それぞれのメロディを「基音」としたときに数理上現れる上下七倍音までの反応領域和音を用いた平行進行になっています。完全な平行進行です。
(オクターブは正確な倍音の位置ではありません。拙論ではオクターブを同等に扱うことができますのでそれに従い、デフォルメしたヴォイシングになっています。私は完全自然回帰主義とかではありません)
弾き方やタイミング、ヴェロシティを変えるだけで、こんなに豊かな厚みを出してくれるんですね。このような旋律作成方法を不定調性論では「和声旋律」などと言ったりしますが、なぜか今回急にこれをやり始めちゃって自分でも困りました。ちょうど両手で弾けますし(数理親和音モデルの基礎音を全て用いた形です)。
単音のメロディがキラキラとして、澄んだ水蒸気の粒のよう(?)なクオリアを与えてくれたので、これはいい!!と思って採用しました。
別に倍音でなくても、自分で和音を作って平行移動させても構いません。
後半はいつもの即興的なアレンジです。
旋律に対して外れ過ぎないような和音とアクセントを置いていきながらイメージを統一して作りました。よりあの空の青の感じに近づけたいな、ということをイメージしてます。変態だな。こういう日常生活に必要のない願望は具現化しないほうがずっと良いと思っていましが、ついにこれで飯を食べ始めたので半ばある意味で絶望しています。
人の得意なこと、って一体なんなのでしょう。本当にそれは世のため人のためになるものばかりでしょうか。
紺碧。孤独。寒々しい。地球上にはそれしかないんだけど、無理くりそうでないものを人は創ってる、いや作ろうとしているが結局”まぎらわすこと”しかできない。
あとやっぱり太陽がそれらをすべて蒸発させてしまう凄まじいパワーがある、と感じます。存在するのはそれだけで、あとは全て「思い」なんじゃないか。
危うい宇宙の微妙なバランスの中でやっとこさ生かされている我々が不安を感じない理由があるでしょうか!!??
ちっぽけな人間ごときは不安を感じないでこの宇宙で生きていけるわけがありません。ゆえに音楽が人を慰めるのでしょう。
不定調性的な流れって、暗くもないけど明るくもならない。
長調っていうのは凄い発明だし、それに対して「希望を持てる」っていう人類の傲慢さも、ある意味では生き抜いていくための無意識のうちの知恵なのかな、なんて感じます。
絶望しかない世界の中では希望を作り続けていかなければね。
音楽はなにか生命活動をポジティブに維持するために絶対的な必要性があって存在しているようにしか思えません。きっと「音楽」って呼び名がおかしいんだと思います。
もっと生命活動に近い呼び名であるべきなのかもしれません。