音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

King Gnu「Teenager Forever」;Art Rockなコード感の構築美

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5ヶ月ぶりの楽曲分析的記事です。明らかに通し番号151曲より多くやってます。いずれ直します。

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MVを聴いて、一聴して、"っぽい!"と感じたので書かせていただきました。

「白日」を耳コピカバーさせていただいて以来すごく気になるバンドです。

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セクションごとにコード耳コピして書いて紐解いてみましょう。

すみませんこちらと少し違っているようです。。。大丈夫かな。。

 

 

二種のディミニッシュの利便性と旨味 

<pickup Intro>

key=Fメジャー/Dマイナー

F   |Gm7  |Am7  |A#dim7 |

Bm7(b5) |C  |C#dim7 |Dm7  |

F   |Gm7  |Am7  |A#dim7 |

Bm7(b5) |C  |C#dim7 |Dm7  |〜Interlude、Aメロまでこの繰り返し。

 

<イントロ・interlude・Aメロメモ> 

C#dim7は「パッシングディミニッシュ」です。ジャズ由来です。

A#dim7のほうは本来A#M7にならないといけませんが変化してます。しかし

F   |Gm7  |Am7  |A#M7 |

Bm7(b5) |C  |C#dim7 |Dm7  |

F   |Gm7  |Am7  |A#M7 |

Bm7(b5) |C  |C#dim7 |Dm7  |

としちゃうと"フツー"です。

これだと例えば「なれやしないよ」の「や」がA#M7(BbM7)の#11になります。

「なれやしないよ」

のなんとも言えない悲壮感とか、ライトな諦めの感じはBbM7(#11)よりもディミニッシュのほうがしっくりきます。相対的に。

私の意見ですが、逆にこのA#dim7はこのコード進行が先に出来て、その響き感からイメージしたメロディと歌詞をあと乗せしたのかな?とか想像しています。

 

このm7→#dim7はギターだと下記のように、移動が比較的容易です。

f:id:terraxart:20200110144540p:plain

だからI-IIm-IIImときて「ああ、このままBbM7(IVM7)じゃつまらんなぁ」と感じる時に、こういうことをしたりします。この話はもう後でもう一度出しますね。

====

かたやパッシングディミニッシュ=全音離れたダイアトニックコードの間に挟むことで「連綿さ」や「接続感」、「疾走感」が出ます。

米津楽曲でもよく出てくるサウンドです(最近みんな使ってる)。

こういうサウンドがこの手のパンク的楽曲で出てくること自体が少し前までは不自然でした。これが当たり前になっているのは良いことです。

ギターをただかき鳴らすだけのフォークロック文化では「コードなんてカンケーねーんだよ、理屈はいいから聴けよ!」だったのですが、いつのまにか「ディミニッシュとか知らねーやつ、音楽やんじゃねーよ」的になっている(みたいに感じるだけです)格好良さが、ある意味では"民度が上がった"ということもできます。アートロック。

 

もはやあまりにも無知では若者は音楽がやりづらいはずです。勉強しましょう。

 

dim7の用法は理論をやる人は学校で勉強するコードの一つでもありますので、ちゃんとこういう展開感や疾走感の曲でこのコードを出してくれるKing Gunの音楽性に興奮すると思います。実際井口様、画面でずっと疾走してるし。

 

Cメジャーでダイアトニックコードを並べると、

CM7   |Dm7   |Em7  |FM7   |G7   |Am7   |Bm7(b5)  |

となります。ここで全音で接続しているところに半音上のディミニッシュを挟むのがパッシングディミニッシュです。#表記します。

CM7  C#dim7 |Dm7  D#dim7  |Em7  |FM7   F#dim7 |G7  G#dim7 |Am7  A#dim7  |Bm7(b5)  |

また下行してくるときは、♭表記するのが慣習とされる、と学びました。

Bm7(b5) B♭dim7 |Am7 A♭dim7 |G7 G♭dim7 |FM7  |Em7  E♭dim7 |Dm7 D♭dim7 |CM7 |

これらの表記の区分は初見で声部の移動が見やすく弾きやすくする楽譜の見栄えにするため、とよく言われます。DAWだけでやる人は実はあんまり関係ないよね。楽譜作るときに参考してください。

弾ける人は楽器で弾いてみてください。

<上記コード進行の音が聴けるよ!>

passing diminish | rechord - 演奏もできるコード進行共有サービス

   

さらにA#dim7からBm7(b5)に流れます。

これもギターでいうと下記のように。

 

f:id:terraxart:20200110144932p:plain

このBm7(b5)を普通に分析すると、ジャズ理論では、IV#m7(b5)となり、これは

IV#m7(b5)=VIm6の転回形

となり、ここではキーがFなのでVImであるDm6の転回形になります。つまり平行短調のトニックマイナーの代理コードです(『lemon』でも出てきたねー。この界隈の流行りなんでしょうか)。

Bm7(b5)自体はノンダイアトニックコード(IV#m7(b5))ですから、この和音に移動した瞬間転調感を醸し出しそうですが、自然に連なっているのは、VIm6的な役割が表面化している、と解釈もできます。

 

で、このように分析はできますが、本当に分析しなくてはならないことは、これらの和音の分析学的な位置付けではなくて、

「なんで彼はこのコードをここで使ったのか」

です。これは不定調性論で上手に説明できます(私には、ですが)。つまり

「そうしたいと思ったから」

です(それ以上理解が必要ですか?)。ギターで指も移動しやすいし、よくジャズ(洋楽?)では使われる鉄板的移動でありながら汎用性が高い。なんとなく使ってみたら、安易さもなく、疾走感が出て、さらにKing Gnuっぽいから使った・・・というような理由だとしたとき、今書いた理由の中に「音楽理論的な根拠」は何ひとつありません。

それなのにこのコードが使える理由は、先ほど書いた「あなたにとって正当なのはあなたの意思」だからという理由しかないからです。

 

逆に音楽理論的な理由から、この和音をここに設置できる理由があるでしょうか?

Bm7(b5)でなければならない理由はあるでしょうか?

Bm7(b5)が100点だとしたら、他のコードを置いたバンドは絶対にそれより劣るバンドになるのでしょうか?

ジャズ理論の教科書ではVIm6の転回形であり、トニックコードの代理コードと言える(VII7のIIm7(b5)とも)、とは書いてあります。

しかしあなたの曲で、いつこれを使えばいいか、についてはどこにも書いていないんです。その「いつ」を判断するのが不定調性論的思考による直感の活用だと私は信じています。

   

Aメロ終わりまで約1分、この進行で突っ走ります。まさに走る10代。人生100年なら20代も青春っていうのかな。

I   | IIm7  | IIIm7  | IVdim7 |

IV#m7(b5) | V  | V#dim7 | VIm7  |

I   | IIm7  | IIIm7  | IVdim7 |

IV#m7(b5) | V  | V#dim7 | VIm7  |

 

======

またこのBm7(b5)=Dm6だとわかると、分析的には、先ほどのA#dim7の正体も理論的に判明します。

これはドミナント7thの根音省略形です。

つまり、

F   |Gm7  |Am7  |A7(b9)omitROOT |

Dm6/B |C  |C#dim7 |Dm7  |

F   |Gm7  |Am7  |A7(b9)omitROOT |

Dm6/B |C  |C#dim7 |Dm7  |

であるわけです。

 

考えて作ったの?感覚で作ったの?

これでこのセクションはジャズ理論で全て説明ができてしまうのですが、不定調性論はここに一つの疑問を提示します。

「こういうふうに理屈を考えて作曲していったの?」

です。

コードの移動が指癖になっている場合は、理屈で考えないでがーーーー!!って言いながら気が付くと使っていたりします。指が覚えているし、音楽的なクオリアがその進行が引き起こす感覚について知っているからです。

理屈でわからなくてもそれが繋がった意味について作曲家はその瞬間既に知っています。安堵します。それがハマると。

そして、これだ!この曲はこれだっ!、って思ったりして。

こうしたやり方を拙論はど真ん中におきました。

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<Bメロ>

Gm7  F  |Eb   |Gm7  F  |Eb   |

ここはメロディはDマイナーペンタ+b5th的ですが、進行はGエオリアンの特性進行(Im |VIIb |VIb |)で面白いです。キー的にはDマイナーですが、和音だけ見るとキーはGmです。まあそれは作曲時にはどうでも良い事です。

これも先の話同様「こういうことを意図して使いたいと思って使った」と考えるよりも、"作曲している流れの中でこれが出てきて、これで良しとした"という決断のみがあるだけ、と考えてみてください。

作曲は半分意識、半分無意識がそれぞれフル稼働して生み出すところが快感な作業なんです。音楽の快感は性的興奮に似ている、という話はこちらでも出てきました。

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考えてるけど考えてない状態?

走り出したら「次左足を前に出して」とか考えない感じ。そのルーティンができることが作曲している感になると思います。

 

あえて王道でサビを作る

<サビ>

Dm7  Am7 |Bb  F  |Dm7 Am7 |Bb C C#dim7 |

Dm7  Am7 |Bb  F  |Dm7 Am7 |Bb C  |

EDMなどで王道とされる、VIm-Vm-IV-Iです。そこにしっかりKing Gunの代名詞と言っていいのかC#のパッシングディミニッシュが光ります。

今の時代のノリノリの流れはこうした進行のうえで作られるので、ここはコードが云々、というより、世相の何がノリノリを作るのか、というところを象徴するためのサビ、という印象を受けました。

「こういう感じだろ?お前らのノリノリって」ということを提供できるのがヒットメーカーですよね。なんで昨今の王道進行が昔と変わったか、について、

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ここでやってるLiveのコード進行の作り方などもそういうことに一役買っていると思います。コードを知らない人がコード進行を作るとこうなります。これはDAWの機能を活かした作り方ですし、これはまるで音楽理論を知らないヒップうホッパーがサンプル貼り付けだけでビートを作っていったのと同じ現象だと思います。

だから音楽理論的な意味がある、というより、制作方法のトレンドからきてる進行だと感じます。楽器をやっている人は弱進行を心地いいとは思いませんが、全くコードを知らないところからこうした流れを聞いた時、それが音楽だと感じるのはしごとく当然のことのように感じます。

   

必要のないコードが意味を持つ

今回一番すげーって思ったのが、2サビ前の「B」です。

MV1:53ーの

Gm7  F  |Eb   |Gm7  F  |Eb   |Dminor penta FILL |B   |

この最後のBです。「煌めきを探すよ」のところですね。

"髭dan"さんなどでも見られる「挟む無意味」です。

もちろん"無駄な無意味"ではありません。分析学上の無意味、というニュアンスです。

続くサビはD#マイナーキーですから、ドミナントを置くならBではなくA#7またはA#△でないといけません。でもそれではいかにも「半音あげるよ」というネタバラシですからまず100%却下です。

 

でこのBとD#m7はIとIIIm7の関係なのでこのBの時点でD#マイナーキーに向かっていると解釈もできます。

しかし弱進行ですから最後のサビの前に持ってくるコードとしては弱いイメージです。でも昨今は、こうした弱進行がEDMなどでも効果的に使われています。

「進行感が弱い」のでは決してなくて、「少しずつの焦燥」とか「クールに振る舞う」という緩やかでスムージーな印象をあたえてくれる、という今っぽい感覚が活用されているからです。これもまた流行、と言ってもいいでしょう。

従来の王道進行

C  |A7  |Dm7  |G7  |

だったのに対して、

Am7  |C  |F  |Am7  |

のような流れが最近(2000-2010年代)は"クール"だったんですよね。いわゆるコード進行知らない奴の作る進行、と言われたながれです。

これは先ほどの「ディミニッシュが挟めないやつ」云々の話とはまるで真逆の話です。 

現にBからD#m7は「半音上がりました」感は全くなく、"今っぽいな、このキメ"ぐらいにしか感じません。

半音上げ転調の元々の意図は「盛り上げの転調感」でしたが、洋楽でだいぶ以前から「ダサい」とされ始めている印象を受けます。ディズニーぐらいのクオリティの曲で年に1度やるのはいいけど、それ以外でやるのは「古い」という感覚??です。別にやってもいいのだけど、、すみません。

 

半音転調は、高音が生かせれば十分に盛り上げ引き締め要素は出るし、別に「盛り上がらなくてもよくね?俺たちの曲、最初から最高だし、最後だけさらに盛り上がるってことはそれまでそうでもなかったっていう自己否定だろ?ダサくね?」というのが昨今の価値観としてみてください。

野茂選手がアメリカに向かって活躍してから日本人は、少しだけ自信を持ちました。自信とともに育ってきた世代の音楽には、我々世代のような遠慮はありません。

その前の世代はいわゆる「不良」となって相手を近づけないようにしないと、こっちの弱さがバレる時代でした。

この新しいサウンドとジャンルの融合した音楽は現代の一つのアートロック=ArtRockというようなクオリアを感じました。かっこいいし、浅くないし、かっこいい。

溢れ出る繊細さをカッコ良さで挟んだようなロック。

 

本来70−80年代のフュージョンはこうなるべきだった、とか思ってしまいましたが。当時は洋楽の凄さへの圧倒さが、我々世代のコンプレックスとあいまって結果「80年代フュージョン」になったのかなぁ、なんて今思うと感じます。あれはあれで最高だと僕らは感じたけど。

でも現代はそうした先人の尽力の賜物で少しずつ日本人が日本人の音楽に自信を持ってきたように思います。Youtubeなどの媒体で海外からの評価が受けやすくなったのも自信になる度合いがまるで違いますよね。 

バンド独自の流れと、弱進行の活用のバランスに、ぉぉぉおおおおお!!!と感じましたので記事を作りました。

 

若い人がんばってーー!!。かっこいいよーー!!

 

==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題==

騙されるな。これはちゃんとアート。

Teenager Forever