
上記のように領域の類似性が分類されました。これらの領域の連関を以下の図のようにまとめました。
<調向階段モデル>

ここに類似する領域を指摘します。

この連鎖の状態に、和音が連鎖する最初の意味が見えてきます。これは不定調性論が第八倍音までを基音に反応させる、と決めたことによります。
■ ある一つの音(基音)はその数理から、いくつかの近親音(整数倍音)を衛星のように関係づけることができる(上方領域)。
■ ある一つの音(基音)は共通する近親音(整数の逆数倍音)を関係づけることができる(下方領域)。
■ 基音cの上方領域にはe,g,b♭などの音を反応させることができる。そしてこれらの三音にはfの下方の領域に共通して近親するgとb♭という存在が含まれている。
■ これらの二つの構成音の共通性がある「関係性」を用いて、C7(c,e,g,b♭)→B♭m6(b♭,d♭,f,g)という流れを作ることで、音集合の中心音を移動させる連鎖を作ることができる。
■ C7とB♭m6は共通した領域音を持っているから、「関係性がある」と表現することができる。
ある和音からある和音への連鎖は少なからずこうした数理の「関係性(関係の種類はいくつも作れる)による連鎖」によって成り立っています。
次に和音の連鎖について考えてみましょう。
通例の機能和声では、
CM7(c,e,g,b)→Em7(e,g,b,d)
といった共通音を利用して連鎖させる流れと、
G7→C
のように全く関連のない構成音を半音移行などをして「進行感」を作る方法があります。
基音cの上方領域のe,g,a#と、fの下方領域c#,a#,gには2音の共通音があります。そしてcの下方領域音f,g#,dはgの上方領域音と2音共通しています。そしてgの下方領域音とfの上方領域音はこのモデル上は完全に一致しています。
これらの関係性により、
上方領域の和音C∇ F∇ G∇
下方領域の和音Fm B♭m Cm
が関連性を持つ和音群であることが分かります。
CM7-Em7のように共通音を持つ和音集合の移動は1音を変化して別の和音にする事で変化感が生まれます。しかしG7⇨Cは和音構成音の大方を変化させる必要があります。
ここに下方に現れた領域を追加して考えてみましょう。
たとえば、
G7→C∇
というドミナントモーションにおいて、モデルの上では、Gの上方領域からCの上方領域に移動しているので、この間にCの下方領域が挟まっています。類似音を共有しています。
これはG→Fm→C∇という流れになるでしょう。連鎖した領域が似通っている(共通音を持っている)ため、声部進行の上でも比較的自然に移動できるでしょう。ポピュラー音楽的なトニックC∇への解決感も感じると思います。

この話は最終的には、
ドミナント≒サブドミナントマイナー≒サブドミナント
≒進行性の定義の同義化を起こしていきます。機能の多解釈も可能だ、ということです。
またG7(♭9)というコードはジャズにおける強力なドミナントコードですが、この和音はgの上方領域と、cの下方領域の結合で偶然にも作ることができます。

またgの下方領域とfの上方領域の合致がサブドミナントのドミナント服属化を暗示しています。つまり、
fの上方領域=gの下方領域
という関係から機能和声的価値観を用いればfの上方領域をfに帰着させず、gにそのまま向かわせることもできます。
領域が共通音を持つ和音への移行、という発想がここでできるからです。
これらの進行感覚を濫用しすぎると、低音優先の論理は破たんしますし、都合主義で扱われかねません。
この構造があるがゆえに、不定調性論では、下方だの上方だの、という区別をせず、「関係性」のみを観察し連鎖させることで生まれる個人の心象を根拠に音楽をつなげていこうという方法論になりました。
和音が「解決する」とか「発散する」のではなく、それをそう感じているのは個人の意思であり、それ(音楽的なクオリア)をしっかり感じ取って、和声の雰囲気の流れに、どんな表現可能性があるか、を自身の内で探求いただきたいのです。
そのたびに直感を磨く人もいれば、人生経験を磨く人もおり、自分で方法論を作る人もいるという行動指針の違いが生まれるだけです。私は私の方法論の重要性を述べているのではなく、そこにそうした意識の仕組みがあると言うことを重視したいのです。
F∇⇔Cm
F7⇔Cm6
といった交換性は、不定調性論(私の考え)では、cという基音との関係性で理解できます。 関係性とは、その人自身を形作る目に見えない輪郭です。その輪郭が必要でない人ももちろんいます。私にはこの輪郭があって、初めて音楽がよりどころになったために、不定調性論という輪郭を浮き彫りにする方法論が必要だったのです。
従来の機能論と照らし合わせてみると、
- 機能和声の連鎖とは和音の反応領域の連鎖のことといえる。
- ドミナント進行とは、基音の上方五度音Vの上方領域から基音の領域への移動と同等である。
- サブドミナントマイナー進行とは基音の下方領域から基音の上方領域への移動と同等である。
- 基音の上方五度音の上方領域(ドミナント領域)と基音の下方領域(サブドミナントマイナー)は領域構成音が似通っており、偶然にもこの二つは機能和声論において確調機能(ドミナント終止、サブドミナントマイナー終止)を有する進行形態を作ることができる。
- ドミナント音とサブドミナント音は互いも上方領域と下方領域でつながっており、この二つの和音の領域は裏返しで類似したような形態を持つ。
■サブドミナント音の上方領域≒ドミナント音の下方領域
■サブドミナント≒下方のドミナントという解釈が可能
つまりサブドミナント終止とは、遠回りするドミナント終止(IVの上方領域→Vの下方領域→Vの上方領域→I)と解釈することもできる。
またG→Cにおいてcが中心になるのはgがcに属する数理である事が最初の動機であり、ここに反応領域u5を反応させると、Gu5→Cu5が解釈上解決進行である、と考えることができる。Gu5の各音はgに帰属するとされ、そのgはcに帰属するとされる機能和声論的慣習がこの進行感の確立に併用されている。
また下方領域においてi=cのときil5はCl5であり、これは機能和声論ではFmと解釈されるが同時に基音cも確立でき(和音構築法)、Fm→C∇という「解決進行」が解釈上可能になる。
私(達)の「平均律の耳」はこれらの進行感や、中心音の所在、重心の所在を如何様にも解釈できる。
それらは科学的論拠によるべきではなく、学習者それぞれの嗜好を信じて行うべき多様性である。
これらの表の関係性が、「調性」という存在を想起した場合に想定できる価値観であることも忘れてはいけません。まだここでの関係性の列挙は数理的なもので、まだ音楽表現とは何ら関係のあるものではありません。反応領域を用いて、枠組みを意思によって制限することで、このi,iv,vの共通音を平均律化すると、このような閉じた関係性が(私の中で)生まれる、という点が大切なのです。
調的世界もまた私の意思による選択の枠組みで作られた世界である、ということができます。
調性が一つの基音を中心にする世界、というプライベートな関係性を視覚的に表現したかったことからこのモデルができました。