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音大生・音楽家のための脳科学入門講義1〜音楽制作で考える脳科学29

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前回

 

音大生・音楽家のための脳科学入門講義

"失音楽症の人は、ショパンが騒音に感じる"

同書で初めて知りました。

音楽理論は誰にも当てはまるものではない、ことを意味しています。また失音楽症の人を排除した(旧来の)音楽理論的学習だけで、それを音楽の学習と言って良いのでしょうか。

音楽理論の先に脳科学があり、それらは融合するべき、と思っていたのでこれからの知識だ、と感じますので記事にしています。

 

音楽家と多数研究を重ねてこられた工学博士の先生による音楽家のための脳科学本です。このブログのために出たような本です笑。

非常に読みやすく、専門概念も省略せず、出典も十分で脳科学の入門書としての役割をしっかり果たしています。

 

脳についての理解は、自己の音楽性についての理解につながりますし、音楽理論的理解した先の、自分自身の脳の性質、錯覚からくる結論について知る、ことが重要だと感じます。

 

かなり内容をかいつまんで、当ブログ的に面白いところだけをピックアップしていきます。 

 

第1講 脳の進化と構造

脳構造についての、専門的な知識が網羅されています。ここがテストに出されると困りますが笑、引用文献も参考文献も充実しており、これからの理解の助けになります。脳科学と音楽の本はありましたが、やっと誰でも参考にできる本格的な音楽的脳科学が教科書になった!という感じします。

 

第2講 感覚・知覚

<定位>

人間はフクロウなどに比べると定位感覚がさほど良くないそうです。それでも少しでも左右の発音に時間差があると定位が変わるのが分かります。

人は人なりにかなり精度がいいですよね。

スピーカーの形や、シンセのステレオ感など、人の知覚感覚に基づいた表現方法であり、やはりそれは人間の定位レベルに沿ったものであり、普遍的、というよりもやはり人間のための表現にすぎません。定位定位といっても個々人の脳感覚を超えることはできないのでマニアのようにこだわりすぎても限界があるし、どこまでいっても人間の感覚を超えたものは人間は認知できません。

オーディオの神であってもフクロウには勝てません。人間だからです。

20hz以下の音についても20kHZ以上の音も聞こえません。

 

脳のスペックを読んでいると、所詮音楽も人間のエゴなんだな、と気がつきます。

日本人は人のエゴを嫌いますから、やっぱり「音楽を作らせてもらっている」という想いがしっくりくるなぁ、と感じます。

音楽そのものは常に人が作らなくても自然が作ってくれていますからやはり傲慢であることが前提にないと人を支配するしか手がなくなります。

フクロウにすら勝てない人間が、何を威張れるものか。

 

<マガーク効果>

口の動きと実際の音が違うと、実際の音声も少し違って聞こえる、という現象の話で有名ですね。

口パクによる歌唱は、本当にちゃんと連動していないと、せっかく素晴らしい歌唱録音でも、どこかチープに感じます。

多少下手でも実際に歌った方が印象がいい、というのもなんとなく分かります。

または口パクでやるなら、本気で合わせに行かないと逆効果、ということをもこうした研究成果が教えてくれます。

下手な口パクなら、音声だけの方が脳も音情報だけに集中するのでその方がアーティスティックに聞こえるかもしれません。

また、同書にマガーク効果について、youtubeで検索してみてね、的に書かれているのが意外でした笑。ついに学術的な参考資料になり始めたyoutube、すごい。

 

<内臓感覚>

人が何かを察知するときは、脳だけでなく内臓の感覚も使う、というこれも有名な話ですね。人を評価するとき「腹黒い」とか「胸がムカつく」とか。何より「腹が立つ」。

「頭にくる」と同義ですが、なぜ「腹が立つ」んでしょう。

音楽的判断や、歌声、パフォーマンス、コード進行、これらに対する感覚もなんとなく「腹心地の良さ」が直感的に反映されていると言えます。

頭で考えて結論していない、という感覚です。

逆に音楽理論的な整合性や、美的バランスも、理屈、というより、内臓感覚で判断されているものもあるかもしれません。

そうなるとやはり「直感」が脳だけなく、体性感覚全体から訪れる、という意味でも心技体を整える、というのは良いのかもしれません。また日本人はそういうのが得意ですから、得意分野に基づく音楽感覚を育てて行くと日本文化独自の感覚で音楽が行えるのではないでしょうか?

内臓感覚に訴えるプラグインとかいずれ出てくるんでしょうか。またはすでに出ていて人は無意識にそれを使っているのかもしれませんね。

EQとか意外と内臓感覚で「心地よさ」探ってるのかもしれません。

腹に響く、とか。

心地よい、とか。頭ではない、ところが既にまかり通っています。

 

内臓感覚は脳の島皮質というところで受信してネットワークに受け渡されるそうです。

こういうことも10年前は精神論だったので、ぜひ脳科学がしっかりと芸能人/スポーツ人の中にも浸透していくと精神論から、より具体的な戦略になるかな、と感じます。

 

<体感の変わる時代?>

特に耳元で聴くその人の声はその人の存在とともに私個人に語りかけている感覚というのがあって、温かみを感じます。

 人と会って話す、狭い部屋で少人数で講義を受ける、みたいなことってこれまでは自然でしたが、感染症時代を経て、これからどうなっていくのでしょうか。

講義や会議なども遠隔で行われます。顔も見えますし、ヘッドフォンをしていれば目の前にいるように話ができます。

移動しなくていいですし、下半身はパジャマでもいい。利便性が重視されますので遠隔の流れは消えないかもしれません。

私はなぜか本当に目の前にいるような感覚を心がけて講義やレッスン対応をしています。せめてちゃんと着替えて、本当に人に会う気持ちになってzoomをつけます。

そうすると人に会う前の緊張感とか、腹具合が感じられます。ちゃんと会った気がするんです。移動の手間がないのだから、そのくらいは気を使おうかな、とか思えます。

実際ここ半年人に会っていなくても違和感がありません。どことなく人に会っている緊張感を感じているためかもしれません。

吐息が吹きかかるような目の前で生歌で歌ってくれる、というのは特別な体験になるかもしれませんね。ライブハウス、というのはそういう体験を伝えてくれるところであり、文化的体験を残す、という意味でも音楽だけなく、様々な文化人の生の声を届ける空間に進化していただき、そういう風に変化せよ、という行政指導の下、補助金を出して信念のあるライブハウスは守って欲しいところでもあります。

今は遠隔ライブも仕方がありませんね。その場合、いかに生の体験に近いサウンドを届けるシステムの充実が求められるのかもしれません。

 

脳がこれまで感じていた体感もまた時代によって変化していくのでしょうね。

 

こんな感じで第8講まで当ブログと関連のある内容をこちらの解釈を盛り込みながらピックアップしていきます。皆さんそれぞれの解釈は実書をお手に取ってください。

同書自体は幅広く脳科学の入門について、また音楽的な会話を盛り込みながら飽きませんし、適度な情報量です。

その割に内容は小味100ページですから、圧力もなく笑、とても手軽です。

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