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音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<不定調性論用語/概念紹介76>不定調性論的思考による音楽制作思考

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不定調性論が掲げたこと

まず自分が感じることを自分にちゃんと認める、ということです。

自分が感じてることはあまりに自然なので最初は気が付きません。

それが普通だと思いますし、自分と違う人が異常に見えます。

私も自分が人と違うのに社会がおかしい、とか言っていた愚か者でした。

 

それからその価値観で表現物を作ることです。

そんなこと世の天才たちは皆当たり前のようにやっていたのですが、そうやって自然と差別してしまったいたわけです。

彼は違う、彼だからできる、自分は王道を行く...

小さな嫉妬から、こう言った思想がどんどん膨らんで、意識の上に上がってきた時には否定になっていたりします。否定になると、感情的になるので先に掲げた「自分が感じることを自分にちゃんと認める」ができなくなります。

自分は相手を拒絶しているのだ、と認めることができず、彼は誤っている、勉強が足りない、逃げている、という感情になります。おそらくそれは自分に対して言っているのだ思います。普段からそういう引け目を感じていないと他者にそういう言葉は向けません。そういうことを含めて「自分が感じること」というのを丁寧に観察することは意外と難しいです。

 

好きな音楽を受容し、真似て展開する

あとは表現物の生成への邁進です。これもなかなか難しいです。

いろんな理由をつけて表現物を作りません。自分も偉そうなことを言っていますが、趣味として果たしてこれができたか、というと全く自信がありません。

だから稚拙でも仕事にしてニーズを取ることをオススメします。

必ずできるようになります。それがあなたの好きな音楽なら。

最初はコピーやカバーから入り、少しずつ「自分がこうしたい」を実現して範囲させていきます。結果的にオリジナリティが現れます、しかしそれはいびつで、自分の欠点も満遍なく含まれるので最初は許容しがたいものです。

それゆえに不定調性論があります。

私の策で恐縮ですが、

www.youtube.com

もともと写真からイメージして音楽を作る、という他愛のない行為が好きで、少しずつ写真をいただくようになり、どんどん追われてどんどんアイディアを出し、作るサイクルができました。誰かと一緒にやることで初めて前に進めました。

決して自分からできたものではありません。皆さんと一緒に作る小さな小さな使命感でさえ、それがあれば自己表現は成熟することを知りました。

24曲の中に不定調性論的作曲技法が詰まっています。

ぜひ表現活動は、ある程度強制される状況に自分を置いてやってみてください。

写真から音楽

現代音楽的作風

ピアノ曲

私はこれ全て得意でしたので、いつも作るのは深夜ですが、がんばれました。

こういうのも結局、自分が何が好きかを知る・認める、という一点に限るのではないでしょうか。たとえ"売れない音楽"であったとしても、自分の好きはやはりあるわけで、それを研ぎ澄ますために生活を再構築していくことはきっと楽しいです。

この私の作品も、社会が求めるような商業音楽ではないかもしれません。しかしそういったことからスタートできる不定調性論とヒット曲の作り方を教えるポピュラージャズ音楽理論や伝統和声の間のどこかの段階であなたは音楽を行うことができます。

 

あなたのやり方は不定調性論的思考が認める

これを言ったがために、結構ヤバめの人が来校したりもしたのですが苦笑、犯罪を認める、というわけではなくて、音楽表現においてあなたがイメージしてしまう行為を不定調性論的思考が正当化できる、という意味です。

最初はごっちゃとしたアイディアを作品制作、芸術表現の分野にある程度落とし込む必要があります。魚料理が食べたい、といっても魚がなければ魚料理は無理です。そのために一般にある魚屋に行くか、自分で釣るか、釣ってもらう、という誰もやっている行為をどこかで挟まなければなりません。そこも自分ができることを選択して工夫して行くしかありません。

自分が何に感応するか、ということから冷静に認めて行くことで、一番自分に近い表現物ができます。

そのヒントは「今すぐ何も考えなくてもそれはできる」というものです。

2年勉強したらできる、みたいなものはあなたが今やるべきことではありません。

悲鳴に興奮するのでそれを音楽にしい、とか。

川の流れる音に意味を感じるのでそれを音楽にしたい。とか。

ノイズとか、色とか、言語とか...etc

そのようにクオリア思考で、自分が意味を感じるものを見極めていくので、伝統音楽学はあなたを認めなくても、不定調性論はあなたを認めることができます。

一つの和音に対して、どう感じるか、を許容する方法論だから、それを拡大すると、あなたの感性を認める、というところにたどり着きます。

だから社会に認められない、とぐれず、黙って作品制作、芸術探求を推し進めてください。犯罪に走らずにすみます。

あなたが売れないのは、才能がないのではなく、売れる音楽よりも作りたいものがあるからだと思うのです。

売れたければ今すぐ今の作業をやめて、売れているプロデューサーに弟子入りしてください。作曲事務所やコンペに応募し続ける日々に切り替えてください。

その代わり今やっていることはしばらくできないのでその辺ある程度覚悟してください。

今の自分の状況は自分で決めた(自分が良いと思うものを選択した)結果です。

現状を悩む、ということは最初に述べた「自分が感じることを自分にちゃんと認める」ができていません。

意外と自分を信じる、って難しいんですよね。私も30年かかって人生半分さまよってしまいました。偉そうに指導はできません。反面教師にしてください。

 

まとめ

自分至上主義です。これは語弊がありますが、社会の中で、社会と自分を両方とも同じ高さで保つ、というような教育をあまり感じません。そもそも不可能なのかもしれません。法律がある限りは。だから社会至上主義は十分なほど身に染み込んでいると思います。だからもう一方を確立するのです。

しかし法を破っては、自分の好きどころか、生きていくことすらできません。

だから「工夫」が必要です。

ズルをするのではなく「工夫」です。

私自身も小さな提唱者、として自分のやれることをやっていくだけです。

伝統的価値観、社会の常識を最右翼にして、不定調性論はその最左翼となってみなさんの表現欲求とオリジナリティを応援します。