音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

「リディアン・クロマチック・コンセプト」方法論を作るということ(其の2/10):読書感想文

前回

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 リディアン・クロマティック・コンセプト

 

ラッセルを聴こう!

 <第2回>

前回LCC周辺の話の感想を書きました。今日からさっそく読んでいくのですが、もう一回だけでさらに突っ込んだ概略について考えます。

 

何か自分にしか書けないことがあるんじゃないか、という思いで書いた読書感想文です。リディクロに迷う人、ジャズの未知の可能性に変に神秘性とか抱いている人に、もっとその興味を自分自身のやりたいことの深奥に向けてほしい、という結論になると思いますので先にそれを書いておきます。すみません、先生気取りのやつが言うことです。分かってて書きます。

 

今回はP156-157のチャートAを用いるのですが、最初の表だけで、まだ中身には入っていませんので、機能和声論のダイアトニックコードとコードスケールの概念が分かる人は読めます。

 

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このコンセプト、ぜんぜん古くなってませんよね?

出版当時、"本人すらも100%その可能性を完全に理解できて出来ていないまま書かれた(自身の感性が生み出した法則の究極的な可能性など完全に把握できるはずがない)"と感じました。

これ出版時に内容を完全に理解できた人はいたのかな。。

 

こういった独自論は、間もなくすぐに批判されて「補強してもらえないまま」廃れていきます。

一部の熱心で肯定的な学習者だけがその中から独自のヒントを得て、謝意を著者に伝え、それがエネルギーになり新たな方法論理解が著者によって展開され、何十年もかけて固まっていくものが方法論の生成過程でしょう。

私がそうですm(_ _)m感謝。

 

もしこれがベストの方法論、と決まったとしたら、表現は唯一になります。

そしてそれはあり得ません。

方法論のジレンマです。

 

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一番わかりやすいリディクロの解説は、やはりこれ。

 

ブルーノートと調性 インプロヴィゼーションと作曲のための基礎理論(CD付)

敬意を持って批判する、というスタンスですので、より分かりやすいです。

濱瀬先生が「私の理解です」としたうえで書いていますから、どんだけ解釈が難しいんだ、、とか思ってしまいました。

自分のペースで独学したい、という強い意欲を持たれている方で、ブル調の解説・説明でLCCが分からない、、という場合はおそらくラッセルLCC本はもっと意味不明だし、そもそも基本的な学習が足りていないと思われますので(悪い意味ではなく、理論書を読む、という意味において、です)、一旦ポピュラー音楽理論をちょっと深めに学習する(「あの理論書に書かれていることが分かるようになりたい!!」的な意欲を先生に伝えて、理解してくれる先生についたほうが良いです)ことをお勧めします。

ブル調の批判が的外れだ、とする指摘もありますが、当時リアルタイムで見ていた時はそれは私は分かりませんでした。

 

方法論には必ず作者の意図があります。

不定調性論なら、自在に和音をつなげたい、です。

LCCなら、コード上でインとアウトを自在に選びソロを取りたい、

かな??と感じました。

私自身もそうでしたが、最初はそうした欲望を叶えるために、勝手にいろんな根拠を探してしまうんです。そして一時期その根拠しか見えなくなります。また批判者はそこを批判し、本人はそこが全く見えていないから激高します。昔から繰り返されていることです。双方が見ている世界が制限されていることを双方が認められないので理解できないだけです。スコトーマとか言いますね。

 

平均律は12音しかないので、あらゆる解釈が可能だ、と拙論ではしました。

どう”自分が納得できる使い方を作ってやるか”です。

当然それを他人に強制したら、角が立ちます。この靴がいいから履いてみろ、と勧められても私はあなたと足のサイズが違うんです。

音楽方法論は医療施術のように、厳密なテストを何度も繰り返されて「これなら治る確率が高い」と判断されたような代物とはわけが違いますので、「良い方法論」と自分が思うやり方を他者に勧めるのはナンセンス(というより危険)です。

 

LCCを理解できないのは、その根拠までを理解しようとするからです。

結論から入って、あとは実際に弾いてみて、響きを聴き「これのここはおもしろい!」「これのここはむーりー...」をあなたが選べばいい

~と私個人は信じています笑。

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まず結論から見てみましょう。

 

まずP157の表一番上の「1.リディアン・スケールとコード」をすべてCで書いてみましょう。これだけでLCCのエッセンスは伝わります。

(コード表記が奇妙ですが、LCC教材を踏襲して表記しております。各位の表記と解釈に置き換えてください。)

1.リディアン・スケールとコード

下記以降の資料、根本の解釈が間違っている、という可能性は捨てきれませんので、必ずご自身でも読解を行なってください。

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合ってます?

これらのコードが現れたらCリディアンが弾けるよ?っていうことをまとめた表ですね。

 

で、通常のアヴェイラブルノート理論(現代ならバークリー的ジャズ?)、リディアンのダイアトニックコードも書きますね。

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こうですよね。このときGメジャーキーという存在があった場合、その時のCM7=IVM7でCリディアンが弾ける、というのが通常のコードスケールの考え方です。

七つのダイアトニックコードはただ三度で堆積して出てくるコードの外観を構造的に解釈しただけです。

 

LCCの表は違いますよね。解釈が。

LCCの場合は、主和音C△に強い執着ともいえる重力を発生させています。これをラッセル氏の意向、と捉えます。

 

たとえばC/Gですが、ダイアトニックではこれはリディアンのVですから、GM7=g,b,d,f#ですが、これをGM7と解釈せず、CM7(9,#11)/G=c,e,g,b,d,f#のなかのg,b,d,f#であり、諸々を省略するとC/Gなのだ、的に解釈してるんですね。まあM7コードに対してアイオニアンは認められないからでしょう。

万一GM7でリディアンを用いる時は、表の左端をGにすればいいだけです(下記)。なんだかめっちゃ表が増えそうな予感笑。

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GM7のときはこっちを使うわけですね。

これは根拠ではなく、方法論です。

この見方でいえば、機能和声論は「アイオニアン・クロマチック・コンセプト」として同じ表をアイオニアンベースで作れます。ドリアンでもホールトーンでもできます。ダイアトニックに出てくる四和音を別の和音の一部、って解釈してしまうんですから。

このコード解釈はまるで田中さんの名前の由来を、田と中が含まれる漢字が由来だとして

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きっと貴族の男子が由来だろう、とかって言っちゃうぐらいの強引さがあります。cとeがあったらCメジャー系なんでもおっけー的な。

もちろんほかの漢字をベースにすべき、という意見も出そうだけど、それは特に議論しない笑。

最終的に12音が可能ですから、どの解釈を基準にしてもそれは、解釈者の判断、となります。便利なのか無茶苦茶なのか。

 

でもこの発想を、リディアンでまとめてくるところが新しい、と思いません?

リディアンに含まれる音で構成された和音を、関係音で包含してしまう、という方法論です。

このやり方を「作者が決める」と断言しているのが不定調性論でいうと「数理親和音モデル」です。LCCはこれを「宇宙の法則」的な感じに表現しています。これで嫌になる人はちょっと待って。一旦ここを「ラッセル先生がそう決めたこと」としてみて読み進んでください。実際にこのG△をC/GとリディアンのIにそろえることで、

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この表(先と同じ)には調が無くなります。D7の行き着く先はないし、トニックコードはリディアンで、IVのサブドミナントもない。LCCの独自なコードスケール論の誕生です。

 

ダイアトニックスケールの発想ですと、

CM7=Cリディアン

D7=Dミクソリディアン

Em7=Eエオリアン

。。といった感じに、いちいちモードの名前が分断されてなんかすごくスケールが隔絶された感があります。でもLCCは、

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この表に出てるコードはぜーーーーんぶCリディアンで弾いていいよ!!

という発想です。

 

逆に、これを

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この7つのコードぜーーーーんぶCアイオニアンで弾いて良いよ!!

と言われたとしましょう。でもCアイオニアンにはfというアヴォイドノートがあり、少し意識して使わないといけませんし、しかもこれって現状の方法論と何も変わっていません。

 

そうではなく、主和音をリディアンにすればアヴォイドもなく、

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これらのコードの種類が楽譜上に出てきたときだけリディアンで弾く、という範囲が明確に決めやすいです。

 

これだけで終わっても良かったんじゃないか、と思うくらいです(笑)。

でもそれではアウトサイドなジャズフレーズはできません。

経過音がふんだんに入るビ・バップフレーズは作れません。

 

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じっくり考えれば、アイオニアンベースでビバップを作る奴がいればそれでよいし、LCCを用いて現代のジャズにはないフレージングをする独自の文化を作っても良かったと思います。方法論として。不定調性論は後者です。「機能和声論の外縁部全体を支配するのが不定調性論です=私には、、です。」

 

後は作者の性格だと思います。

私も一時期「機能和声論は間違っている、不定調性的な考えこそがニュートラルなのだ」とかって本気で思っていました。

でもあたりまえです。自分の脳内和音のイメージなんですから、それが。でもそれが通じるのは自分だけ。とある日気が付きました。そこで共存しようと考えました。

 

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この最初の表だけで、「LCCの通じる範囲」を設けたら、結構こじんまりとして面白かったんじゃないかな??とも感じます。

つまりその場合どうやってピンポイントでLCCを使えばいいかっていうと、

一つの表で出てくるコード群が連続するような動きがあるとき、一個のリディアンで弾く、というこじんまりとした方法論です。

えーそんなに都合よくコードって連続する??

とかって思うでしょ??

 

ところが、表を見てください。

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F#m7(b5) B7(b9)

Am7 D7 

これはII-Vですよね。そう!これらのII-Vの時、いちいち分解しないでCリディアンだけ弾いてりゃいいの!!的な。(実際そういう安易な動機ではだめですヨ笑)。

(こうしたアプローチをLCCでは"ホリゾンタル(水平的に連なる和音進行で一つのモードを用いるの意味として)"、という語で冠していきます)

 

すみません、バーティカルとホリゾンタルの区分けは、当時の流行りのような気がしているので、「この概念を使いたかった」的な匂いを私自身は感じてしまうので、ここでは触れず、後日回にちゃんと考え方についての意見を述べます。

 

しかしながら、こんなにインプロヴァイザーの事を考えてくれた人います???

モード音楽も「コード関係なく一つのモードで良いよ!!」っていうのも感激したけど、よりシステマチックに攻めてきてるのがLCCですよね、II-Vは一つのリディアンで弾ける、わけですから。

 

ここでその表を作ってみました。今日はこれをお持ち帰りいただくだけでなんかLCC学んだ感があります。でもまだ触りだけです。

 

主要 II-V におけるLCC解釈によるリディアン表。

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もちろん厳密さで行ったらF#m7(b5)-B7ではだめです。b9thが付いていないからです。

で、これを許容するのはあなたの解釈です。そしてやがてラッセル先生もここを許容するニュアンスの事を随所に少しずつ織り交ぜてきます。

だから最後は、あなたがそのII-Vで自分が持っているリディアンのリックが気持ちよく響くか、どうかの判断になるだけです。

しかしこれによりスケール選択が楽になるのではなく、単純に選択肢が増えただけで信念がなければ迷いも増えるはずです。

 

ジャズマンならだれだって4小節を同じモードで弾けて、かつそれがスリリングに聞こえたら魅力的だと思うはずです。それを体現しようとしたのがLCCです。この発想に震撼できる人はもはやリディアンは関係ないのがお判りでしょう。他のモードでも考え方次第で作れるからです。

 

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完全に一致、協和(インゴーイング)させるためにはテンションまで一致していないといけない、というのがLCCの初歩の厳密なところです。こういうのは作者の気質だと思います。

コードの乗るテンションが違ったら別のスケールが候補になります。その辺は一覧にしてあとで公開します。

 

また、なんで七番目がC/Bかというと、

七番目の音集合はダイアトニックでいうと、

b c d e f# g a 

ですよね。これをそのままダイアトニックにすると、

Bm7です。 でもm7のコードタイプは、すでにとなりのAm7で使っています。

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右から二列目がAmの列で、そこにAm7があります。Am7がでてきたらCリディアンを使えばいいのですが、Bm7がもし隣に乗っていたら、Bm7でもCリディアンが使えてしまいます。

c音がb音の半音上ですから「Bm7でCリディアン、使いづらいなぁ」みたいに一般的耳では感じます。フリジアンになるからですね。

 

つまりAm7 Bm7 というコード進行があった時に、ラッセルは、

Cリディアン |Dリディアン |

で演奏することが望ましい(LCCでは先のCリディアンの表より、m7コードは三度上のリディアンになる)、と考えたわけです。これがすごく主観的、と見えることに同情すら感じます。

 

だから同じ表にAm7やEm7、Bm7が同立することを意図的に避けています。

これがラッセルモデルです。Bm7では都合が悪いのでC/Bにしよう、という発想。この着想が逆に素晴らしい、と私は唸りました。発明です。

 

そうしないと響きの色彩感の序列が保てないからです。

Am7でもBm7でもCリディアンで良いよ!となると、

CリディアンというスケールはAm7とBm7に対してどちらがより協和なのか、より重力が強いのか、といったLCCが厳密に考える序列化がすっきり出来なくなります。

 

そこで、このBm7の位置をm7と解釈せず、

b(root) c(b9th) d(#9th) e(11th) f#(5th) g(b13th) a(b7th)

と解釈し、B7(ドミナントセブンス)タイプの集合と解釈しているわけです。 これもさっきの田中さんの名前の由来と同じ発想です。

 

たとえば、Cメジャースケールをアイオニアン・クロマチック・コンセプトで書くと、

CM7→CM7

Dm7→C6sus4/D(avoidのfが使用可能)=Dm/C

Em7→CM7(9)根音省略 

FM7→C6sus4/F(avoidのfが使用可能)

G7→G7(必ずC△に帰属する和音として)

Am7→C6/A=Am/C

Bm7(b5)→G7(9)/B(必ずC△に帰属する和音として)

(これにより機能がなくすべてをCに引力があるコードか、Cに帰属するV7という二種類のコードだけになってアイオニアンがもっともこの集合に協和し、どんどんアウトサイドに行くように構成音を変えていく、みたいな方法論があったとしたら・・・)

とやってこの自説を信じ、それを頼りに実際に音楽を作り、生涯をかけ出版して活動され、世界的アーティストに賞賛されたら、もう世間も支援せざるを得ないと思います。

 

だから個人個人は自分の方法論を見つけるために、「音楽の方法論はその人の思考モデルなのだ」と知り、じゃあ自分はどう考えるんだろう、という理解の仕方がもっとも方法論の活用の仕方だと私は信じます。

 

Bm7(b5)ではなくこれはB7(b9,11)の要素だ

この解釈が画期的だ、という記事でした。

 

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