音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ミクソリディアンモードの曲;Love Me Do〜ビートルズ楽曲topics

ビートルズの不定調性コード進行研究

ほぼ全曲ビートルズのコード進行不定調性考察「Please Please Me」3(2017) 

 

3,ラヴ・ミー・ドゥ - Love Me Do

   

  

これはミクソリディアンモードの曲として知られています。


コードはG,C,Dしか出てこないのですが、メロディにF音がメインで登場し、DのときにF#音が現れ、何だか転調したような感じを受けます。


あまりシンプルで、気が付かないかもしれませんが。

 

メロディにはGのブルーノートであるIIIbである、Bbが出てくるので、なんだかGドリアンのようにも思えてきます。

 

明るい曲でもなく、暗い曲でもない、まさに「ミクソリディアン感」という音楽的なクオリアを用いた楽曲の不思議さ、なのではないでしょうか?

 

でも、別に「ミクソリディアン」なんて名前知らなくてもいいんです。

その感じさえ知っていればそれを使うことができます。

ようはどうやったらそういう「感」をたくさん知れるか、であると思います。

現場では「ビートルズのさぁ、初期っぽい感じのR&Bの感じでさぁ」とかって言われます。これはつまりアメリカンなブルースではなくて、 ブリティッシュなブルージーの感じ、軽くポップで若い感じ、です。

これが「ミクソリディアン感」が昇華された表現、とも言えます。ミクソリディアンを知ってるのと、ビートルズの感じを適切に表現できる印象力の感じ、どちらが現場で有効だと思います??

 

実はここには「モノマネ」の素養が関わっているのですが、なかなかジョンみたいなギターサウンド、ポールみたいな声をササっとマネできる人は少ないでしょう。でもスタジオ系のミュージシャンでスト得意です。彼らは「モノマネ」が得意です。それでさらに強烈なオリジナリティを持ってる人はバンドを組んでも息が長いです。

 

そこまで出なくてもいいので、「Love Me Do」を聴いて、どんな感じを持ったか??ぐらいはスパッと言えるようにしましょう。それがあなたの今の音楽力です。

     

 

4,P.S.アイ・ラヴ・ユー - P.S. I Love You

この曲はいわゆる「裏サブドミナントの曲」です。

Aメロ
G C#7 |D |G C#7 |D |
G C#7 |D | D A7 | D |


このC#7ですね。

キーはDメジャーですから、IVはGです。C#7はその増四度上の和音であり、裏サブドミナントみたいなコードになっています。V7の増四度上がIIb7で裏ドミナントと言われるのと同じです。ジャズでは、

G7  Db7  |CM7  |

みたいに動きますよね。アプローチノート的に。ちょっとアウトした感じ。同曲はこの真逆な動きですが、ポールはジャズやクラシックをよく聴かされていましたから自然に身についていたのかもしれません。

 

これ、どんなバリエーションがあるか考えてみればよいと思います。

ここではメロディ音がb音なのでGもC#7もbを持っているので自然に使えるんですね。

Gの3rd=b音

C#7の7th=b音

たとえば、

G Aadd9 |D |G Aadd9 |D |
G Aadd9 |D | D A7 | D |

これだとDとAしか出てこなくて面白くはありませんね。

G Bm |D |G Bm |D |
G Bm |D | D A7 | D |

オーソドックスですね。

その他CM7、F#sus4、E7、FM7(#11)、F7(#11)、Eb7(b13)

といったコードが乗せられます。どれも特徴的です。コードを半音で結びつけるのはジャズやブルースの書法ですから、意外と想像の範囲内にあるコードであるとは感じます。

でもとてもいい刺激になりますよね。

作曲初心者がこういった進行を作って先生のところに持っていったら何と言われるのでしょう。

 

芸術としてのセオリーを守ることは、先人への敬意である、とするならば、ポール・マッカートニーは当然敬意を払うべき人物ですから、この進行が認められることになります。でもそうなると、ポピュラー音楽理論の教科書は書き直さなければならなくなります。

多数決の原理により、この進行は「少数派の進行」になり、教科書には書かれないでしょう。

 

でもそうなると、個人の意思を多数派の論理によって排除することになります。

 

ゆえに不定調性論は、そうした伝統主義は一つ枠組みとしておきながらも、同じ階層に「人それぞれの個人が感応すべき順位の高い論理もそこにあります!!」と明言しています。つまり、もしあなたが心から感銘を受けるのであれば、それはあなたにとってその他の伝統よりも尊い位置に置かれる、ということです。

法治国家では、これをやってしまうと3割が犯罪に該当する行為を充当してしまう可能性もあるので、どうしても問題を起こさぬように、希少な価値を持つ少数派も全体の利益を考えて排除しなければならない、わけです。

あなたの嗜好や目的が法治国家の統治を乱す法的な問題を有していないのであれば、その好みはあなたがこの社会で生きていく上で最大限の価値を持つので、多数派の教科書を捨て、あなたのやり方に邁進しなさい!

と述べているわけです。

この関係性を熟成するには優れた教師の先導が必要です。その学び手同様に希少的な価値感を持ち、育成経験が豊富で、思い切りのよい講師です。

自分はそこを目指してご縁のある人の育成に信念をもって向かっていきたいと思っています。