前回
それぞれのモジュールで統一した機能の表記は省いていますので前回以前のページや
こちらを日本語訳して参照し慣れておいてください。
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Clarity
ミックスに明瞭度を与える処理がされるモジュールです。
ボーカル音源にClarityを挿して範囲を定めamountをいじりつつ、tiltを右に振ってみるとEQとは違う程よいキラキラ度を簡単に作ってくれます。
指定範囲を256バンドでスペクトル調整してくれます。
tiltバンドは
・左に持っていくと暗く(ブラウンノイズに近づく)
・右に持っていくと明るく(ホワイトノイズに近づく)
です。
真ん中がピンクノイズのスペクトル*1だそうです。
ノイジーな成分を用いて覆い隠したり際立たせたりしてくれます。
なおカラーノイズ("ブラウン"だけはブラウン運動の人の名前)のさまざまな効果についての専門的な記事が下記にあります。
モジュールの下部からプリセットも選べます。
Delta耳ボタンで変化した分を聞きながらお試しください。
ここであんまり明瞭に聞こえるほど変える必要があるなら、ミックスに戻った方がいいです。
これらは下のアタック=出音に反応してClarityがかかるまでの時間(ミリ秒)とリリース=Clarityが減衰して元の音に戻るまでの時間もいじりながら考えてください。
アタックが短くても長くてもチリチリした感じになると、耳障りです。またアタックが早いと原音自体に倍音が混ざるのでニュアンスまで変えてしまうかもしれません。明瞭さは説得力とか、ポジティブさとかの音楽的なクオリアを与えるので曲にそうしたメッセージがどのくらい必要か、ということもこの明瞭度の促進には関わってくると思います。
そういう意味では無条件に明瞭度をあげるこのモジュールは音楽用というよりナレーション向きですね。
リリースも同様にDelta差分で聴きながら整えると良いでしょう。
程よく差分が聞こえる程度から。
300Hz-20KHzでかかる範囲を決められます。
これはOzoneの上手な使い方の一つだと思います。
動画の中の「アーティファクト」とは人工的雑音です。Clarityに限らず、エフェクトの効果が加わることで、結果的に追加されてしまった成分が醸し出すノイズ感、違和感、やりすぎ感、などを醸し出してしまうさまざまな人工音のこと、と理解してください。元々の曲のデータには入っていなくて、いろいろいじってるうちにエフェクトの効果なのか、位相ずれの音なのか、歪み効果なのか、とにかく自分の作業が原因で入ってしまった人工ノイズのことです。誤解を恐れず言えばデジタル処理はアーティファクトが増えていくことを積み重ねる作業です(一般には聞き取れないノイズフロアの変化も含めれば)。
これらのノイズは小さな音を消してしまったり、質感を変えたりしてしまって、結果として全体に丸みを温かみを帯びたと感じてしまったり、それはそれでいいと感じてしまうこともあるので非常に職人的な方向性の指定が求められる感覚が必要です。
この人に任せるとなんだか音が丸くなる、みたいな方は意図していない限りアーティファクトが部屋の埃のように溜まっていくミックスをしているのかもしれません。
また、最初にもらったミックスの中に残された楽曲の雑音は、アーティストが作品として残している可能性もあるので吟味/コミュニケーションが必要です、とはジョナサン・ワイナーの言葉です。そうした音源がリミッティングやコンプの必要性のある音源だと、それらのデジタル処理を重ねるとせっかくの意図的雑音の感じも変わってしまうからです。
このデジタル処理雑音の分量については、今後のテクノロジーでまた状況が変わっていくと思いますので、一つの可能性、として把握いただければ幸いです。
Low End Focus
次にローエンドフォーカスのモジュールに参りましょう。低音部分のダイナミクスや濁りに対してizotopeならではの処理がされます。
Punchy : 素早いアタックによる効果(kickとか)
smooth: 緩やかな効き目(ベースをくっきりさせたい時等)
同様に耳マークDeltaで差分を聞きながら、輪郭がはっきりしない程度の押し出し感で整えればOKです。なんとなくdeltaが鳴ってるかな、くらいでも十分分厚くできると思います。
この「差分=deltaボタンがどのくらい鳴っているとき、どのくらい元が変化しているか」というイメージが最初付かないので、Ozoneを用いるメリットを希薄に感じるかもしれません。
料理における"塩ひとつまみ"と同じような意味合いで、そういう違いは職人気質な感覚を持っていないと感じられないものです。
明らかに塩味がするまで入れたら味を壊してしまう、しかし全く入れないとガサツに感じる...。
エフェクトのひとつまみの感じを聞き分ける、感じわけられるようになるまでは、エフェクトもかけすぎてしまう日々が続くかもしれません、
不思議なものでひたすらにウェルダンにして自分を満足させる日々が続くと、年々少しずつこうしたエフェクトでの主張もこだわりが整ってきます。
どんどん自分の作品で掛けすぎて満足していってください笑
いずれは一つまみの塩の意義も掴める日が来るでしょう。
Contrast
正の値:アタックに直接効く感じ
低レベルのコンテンツと高レベルのコンテンツの差が大きくなります。つまり アタックの強い音の輪郭をよりはっきり目立たせてくれます。
ぼやけた音は減衰させ、トランジェントのある部分を引き出し、パンチをつけます。
例;kickが目立たない時にあげるといい。
負の値:上記のアタックの後のサスティン部分に効く感じ
低レベルのコンテンツと高レベルのコンテンツの差が小さくなります。浮いたベースの輪郭やキックの輪郭をぼやかしてくれます。
サチュレーションと同様の方法でローエンドをぼかします。
トランジェントをぼやかせ、フォーカスを目立たなくします。
ゴワついた低域を整えます。
いずれにせよGainを上げたらめちゃくちゃはっきりするので、まずはシンプルな楽器構成の楽曲で使い慣れてください。
こちらの動画で示されていますが、9:10ごろですが、Low End Focusの判断にもTonal Balance Controlを使ってみては?という提案です。
下記TBC2の左上のlowバーのボールが左に寄りすぎるとキックが大きすぎ(低音部にパワーがありすぎ)(スムースモードでベースキックをなめらかにして他の低音像をクッキリさせる)、
右に寄りすぎると埋もれてモヤモヤすぎ(低音部にパワーが足らない)(パンチモードで上げていく)、みたいな基準をなんとなく持っておくとLow end focusを使うポイントの最初の目安になるのではないか、とのことです。(Izotope製品は特にヘッドルームを埋めてしまうローエンドのクレストファクター要素の安定に注目しているようです=故にlowの側にこのメーターがあるそうです)
クレストファクターとは...
今回の話と少しズレるのですが、話題に出たクレストファクターについてまとめておきます。厳密には波形のピーク値と平均値の比率を表す指標のようです。
(引用)
電気の用語からきています。
例えば、家庭の電気100Vも交流電流の波長が作る実効値(≒平均値)であり、本来は141Vの波形を描いています。だからもし交流電流が最大ピッタリ100Vの波形しか持っていなければ安定した100Vから生まれる電力を安定して作ることは難しい、と言えます。
正弦波のクレストファクターが1.414に相当することから生まれる概念です。
クレストファクターが0なのは、直線です(直流信号のような)。
これを音楽のデータに置き換えましょう。
(引用)
クレストファクターの少ない波形
クレストファクタの大きい波形
クレストファクターが大きい状況だと、再生状態においてクリップする可能性も高いし、調整も難しいし、そのような波形状態でアップロードした際全体の音量が小さく抑え込まれる可能性もあります。
しかし丁寧に楽器間の隙間、ヘッドルームを保つことができている波形なら、ヒップホップやジャズ、フォークソングなどでは、逆にこの差が鮮やかな音楽のダイナミクスとして感じられます。
最もダイナミクスが保てて、その楽曲に対する意図を十分に作ることのできるクレストファクターを作るのは非常に困難=職人芸です。適切なクレストファクターがあると、spotifyなどで結構波形音量が大きく記録されて若干音も大きく感じられる場合もあります。逆に海苔波形だとこじんまりと潰されてしまう場合もあります。
上記の下段に適切なクレストファクターがspotifyにてけっこう波形が大きく見える様を紹介してます。聞こえについては個人判断/研究ください。
書くのは簡単ですが、正解のない話なので、Ozoneで波形を見る時、モジュールだけに任せず、完成形において「どういう波形であるべきか=どういうダイナミクスのフォルムを持たせるべき楽曲か」のイメージがあらかじめあることは作業前提になっているように思います。
下記の記事ではビヨンセの「Drunk in Love」の例を出しながらジャンルや楽曲が持つ要素を十分に配慮してどのようなクレストファクターを持たせるか、作り込むかについて言及があります。
誰でも職人芸に触れ、同じような作業をして、同じようなことができる時代になりましたが、自分がオリンピックで100m代表と一緒に走ってみる、ことを想定してみれば、話がわかっても一緒には競えない、と分かります。
誰でも見られるYouTubeですが、一緒のレベルで考えようとせず、自分でもできるかもしれないところから探していってください。
この動画では5:40ぐらいからメーター見ながら解説してくれてますが、peakとRMSの差が10-15dbくらいに収まっているのは適切である、というコメントも見られます。
しかしながらフルートが用いられた曲や、タップダンスの曲などはピークが上がる分、この差はもっと狭いものになります。
結局数値が全てではない、という話になってしまうので、あくまで毎回目安を確立するしかないかも。
またスマホなどは、十分な再生能力がないので、適切なクレストファクターが設定されていたとしても状況によっては割れて再生される可能性もあります。
逆にスマホに再生レベルを合わせると、スピーカーやホールで聞いた時にパワーが足らなくなるわけです。
当たり前ですが、最適さを見極める努力を怠ることはできません。
こちらもこんなことができるんだ!っていう話です。
マスタリング系の作業は「問題を見つける能力」が鍛えられていないと何をやればいいのかわかりません。
"とりあえずLow end focusからかな"とか、なんとなくいじると最後メチャクチャになります。
最初はOzoneに自動計算したミックス「なんでそういう計算をしたのか」を配置されたモジュールから逆算していくような作業も初心者にはおすすめです。
"lowが足らないってことかな?"とか推測から入ると冷静にすすめられます。
こちらの音源の変化感も参考になります。
Stabilizer
次にスタビライザーを入れてみましょう。
"サウンドバランスを、ジャンル別に適した形に動的に近づけるモジュール"
だそうです。
ジャンルを選んで(ジャンルを選ばずall purposeでもいい)、Amount適応量(最大9dB)を決めます。
メイン画面には下記の三つの帯域に対して適応量を調節できます。
- 低:100 Hz未満。ブーストとカットを適用し、ラウドネスをニュートラルに保とうとします。
- Mid : 100 Hz ~ 5.6 kHz 。
- 高:5.6kHz以上。
Shape=ブーストとカット両方を行う(ラウドネスは保持)
Cut=カットのみを行う
speed=処理反応レスポンス速度、早すぎる処理にしすぎると自然な感じが失われるので注意
(Shape時のみ)smoothing=バンド数を減らして大雑把な変化に。100で3-4バンドまでフィルター数を減らして処理。
(Cut時のみ)Sensitivity=検出する頻度の制御。0の場合、最も過剰なレゾナンスのみ反応、100では、偏りがなくなるように全体を処理してしまう。
Tame Transients=ドラムなどのアタックの速い楽器にスタビライザーを反応させたい時にonにする。
ミックスしている曲がギャンギャン耳に痛い曲にshape、または落ち着いた雰囲気を出したい曲などにcutモードで、周波数の暴発を整える役割としてまずは使ってみてください。
スタビライザーもまずはdeltaモードで時折反応するくらいからかけていくと、あまり変に整ったミックスにならなくて済むと思います。
EQと異なるのは、時間経過に処理を整えてくれるので、ただカットするだけ、ブーストするだけではなく、コンプのアタックとリリースを持ったダイナミックEQのように作用してくれるので、それらの変化を決めるにはかなり集中する時間と耳感覚で対処しなければならないので、素晴らしいモジュールですが難しいモジュールのように感じます。
初心者は"ジャンル"を選んで作業した方が良いと思います。
また曲全体に対する処理になるので、パートごとにやりたい場合は、可能ならミックスに戻ってスタビライザーをかけることを想定した処理を行なってきた方が良いでしょう。
共鳴の暴発発生は調整しすぎるとドラマチックさとか、危機感とか、曲の規模感が小さくなってしまいます。
わかりづらければ、amountを100、smoothing/sensitivityも100にしてshape、cutした時のサウンドのどちらが曲に合っているか、を判断して適切な方を10−20ぐらいかけるとかから始めるといいでしょう。
スタビライザーも下記のように掛けると、
最初は普通のMX4のサイン波の
押さえ込まれていた微細に高周波が棘立ちます。
元々MX4のサイン波が持っていた微細な音成分であり、それがスタビライザーによって増幅された、とも言えます。
こうした音もアーティファクトである、といえなくもありません。
音源のピッチを変えた時や、タイムを引き延ばしたりした時現れるノイズの要因になります。
あっちを立てれば、こっちが立たず、といったトレードオフの存在との闘いがミックスマスタリングである、とするとあとはあなたが何を生かし、何を妥協するか、どこまで抑えるか、を自分で考えないといけません。
Ozoneが3つの答えを用意してくれた時、どれもそれなりに価値があるとしたら結局自分が何を選ぶかを自分で判断しなければならないという意味です。そういう時に音楽的なクオリアが明確に働くように、直感を鍛えておくと色々変に迷わなくてすみますので便利だと思います。
*1:ピンクノイズは全ての帯域を均等に鳴らす性質があり、それに近づけることで、キラキラさせる、という性質を持たせているようです。ホワイトノイズ側だとさらによりキラキラと明るく、ブラウンノイズ側だと少しまろやかにダークに仕上げてくれます