音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

制作メモ;冬の街路樹〜不定な長調風ピアノ曲

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今年も最後の制作レッスン。

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テーマはもちろんクリスマスです。

ホ長調がベースになっています。

肝心なのはバランスだと考えています。

自分の中にある「バランス」≠機能和声的調性のバランス

です。

だから安易な機能和声に引っ張られないように穏やかなようで脳みそギンギンで作ります。ボーっとしていると体に染み付いたセオリーに負けます。

 

自分に染み付いた外の習慣か、もともと自分に内在するものか見極める行為

これが自分にとっての作曲です。でもたぶん本当は誰でもそうなのだと思います。

あなたは、あなたの家に生まれて育ったことを当たり前に感じているでしょう。

それが当たり前でない、としたら、どうやってオリジナルな自分を探したらいいでしょうか。自分は本当に体験と記憶だけで成り立っているのでしょうか。

音楽の響きは、オリジナルな自分の感性を刺激してくれたりします。

どこかで聞いた美しい響きに「それは知ってるから美しい」などと感じない、もっと野生的な美的主観です。

それはやっぱり女性の好みとかと一緒で、綺麗な人を見て、ピンとくるあの感覚に近いです。どんなに美人のセオリーを覚えても、自分がグッとくるタイプにセオリーはなく、ある程度オリジナルな感性が入ると思います。

音楽もそこの部分を揺り起こします。

そうすると、借りてきた感性(機能和声)と、もともとあったであろう感覚(不定調性)が相対します。こうなると一音一音作っていくしかありません。

自分がたまたまそういう感覚であったのが難儀です。

もっとわかりやすい価値を提供することに興奮を覚えればよかったのですが。

 

ただし、今回はこれまでの完全不定調ではなく、伝統的長調感をベースに作ることに最初から妥協していました。クリスマスの街は長調で溢れていて、それに同化したい、みたいな心持ちがあったからです。

しかしながらあくまでIとVが中心となり、あとは自分ルールです。

IとVもまた機能和声の原理原則ですが、それは根音だけの慣習感を用いています。

 

話が長くなりますので三つだけ。

 

禁則は禁則であり続けるか?

不定調性的な進行においては、他者はより協和の方向に意識が行くので、高音部だけ平行五度、とかをやると、大変こざっぱりした明調を提示できます。

「禁則」という言葉だけが権威を振るっていますが、それは本来猛獣の住むジャングルの中で法律や正しい生活習慣を適用しようとするような、無意味感があります。自分を生かすか殺すかは今目の前で何が起きているかを基準に考えなければなりません。

機能和声ではない、という以上、禁則は一旦消滅し、むしろ機能和声的でありすぎる、ことが禁則になります。ジャングルでしっかり8時間睡眠をとっていたら死ぬかもしれません。猛獣たちに人を殺すのは犯罪だ、と言ってみても無意味です。自分が今どこで戦っているかを把握できたものだけが自分ルールを見つけられるのではないでしょうか。

 

音階も和音も混ぜ合わせることで独自の色が出る

例えば強烈なモード、フリジアンだったらフリジアンならではの魅力、は確かにあります。

でもそれはあくまで「緑」単色を示しているので、ここに様々な色を混ぜ合わせることではじめて風景にあった色を模索することができます。

だから不定調性論では、単発のフリジアンでどう感じるか、どのような印象を持つか、をはっきり明示できるように感覚をトレーニングしておいて、そのあとで、様々な音階を混ぜ加えながらより適切な表現を模索します。あ、ここはフリジアンでいいや、と決めつけない、ってことです。その色合いをただ載せるだけならあなたは必要ありません、100%フリジアン一発でいいのか??を考えるべきです。

レッスンなどでは訓練なので特に厳密に考えます。仕事になって瞬間的直感でそれが出るようになるまで。

銃の撃ち方をいくら覚えても、いざ30メートル離れた逃げる凶悪犯のお尻を撃つ、というときそのスキルが出るかどうか。じゃないですか。

同様に、すごく気に入らない依頼が来て、納期も短く、それでいてクオリティを求められるような状況において、適切に美的感性を働かせることができるか?が大切じゃないでしょうか。

仕事はサメに追いかけられ、ハゲタカに頭を突かれながら、未来への希望の歌を書かなければならないのが常です。

逆になんのプレッシャーもなくストレスもない状態で希望のメロディをひねり出すのは違和感しかない!ぐらいに思えた人はこの仕事向いていると思います。

サバイバルゲームではなく、実際の傭兵になりたい人ってやっぱりいるんですよね。なんの得もないのに。それを求めてしまう気質。自分もかも。。

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この音階は前半がホールトーンで、後半がディミニッシュです。

ふんわりキュ!!!というイメージを出したかったのでこうしました。自分の場合です。皆さんであればこの雰囲気を一つのスケールだけで出すこともできますし、もっと別の独自のスケールで出すことができる人もいるでしょう。

そのやり方を一本化してしまうと音楽は一つの価値しか持ちません。そしてそれを推進したのが機能和声論だと思います。あれは正しい、あれは間違っている、と決めつけられる文化を作り、伝統に帰することで商業的価値を一本化し賞レースを作ることができます。極めて猪口才な文化とも言えますし、我々が生きていられるのもある意味ではこの伝統音楽文化の流れがあるからとも言えます。才能がなくて不満を言いたい人は、曲が作れず・自分が認められない理由を、アイドル曲文化が音楽をダメにした、と結論付けます。50年前から言っています。ビートルズはそんなに失敗なのかなぁ?80年代のアイドル曲ってダメですか?2100年ごろは、全部AIが自動作曲しているので、きっと現代の2020年代の音楽は、「人が作っていた最も輝いた最後の20年だ」ぐらいに言われるのは想像がつかないのかな?

批判とは自分の保身のためにするものだから、それが相手にバレてもいいなら批判炎上文化と共食いすればよろしいでしょう。あなたは曲を書くべきだ。批判したくなるような社会のことは諦めて自分の文化をこの世に残すべきでは?

 

現代音楽文化は自分たちのような変態でも学習によって、時代の音楽文化で生きられるための枠組みを先人が作ってくれました。だから困ったらそこで生きれば誰でもなんとかなります。それで良いなら。

しかしながらその枠組みはあなたをやがて疲れさせてしまいます。

だから自分の価値を平行して模索すべきだ、と当ブログではずっと述べて参りました。

これは、「よし!自分を探そう!」と思わないとなかなかご理解いただけないところかと思いますのであえて追求しません。

ただこれまでは、通例の学校教育では個性の追求はほぼ不可能でした。独自論は既存論を否定しないと生まれない、と信じられていたからです。「街を出て砂漠で生きるか、街に準じて法に従うか」という選択しか教師から与えられていなかったからです。

でも現在は、不定調性論があるので(手前味噌かよ!)、街を出てもあなたは砂漠から作物を作り、水を湧き出させる方法を知っている事に気がつきます。人に会いたくなったら街に戻ることも許されるでしょう。あなたは街を追放されたわけではなく、街に攻撃をするわけでも、否定するわけでもありません。むしろ街のために砂漠を開拓しているのですから、街が拒む理由はありません。少しずつ化け物だと思われてきた「個性」という異物を上手に誰でも育てやすい時代になっています。だから工夫して育ててください。そうやってあなたの音が見つけられたら、人生は素晴らしいものになります。きっと。

 

Vの要素とIの要素が連続すれば進行感が出る

これも現代音楽界、映画音楽界では有名な話なのでサクッと触れるだけにしておきます。これもまた奇異な発想と言われ続けていますが当たり前の話です。

ドミナントモーションは意識に刷り込まれているので、あとはどの程度離れるか、だけです。

 

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最後のほうのコードです。

ルートがホ調のvになっています。

構成音を明文化すると、

CmM7(9,11,b13)

です。これはたまたまこうなったのですが、これを分解すると、

G7/Ab/C

というコードになります。G7がある以上、これはドミナントの潜在的な性格を有しています。またAb/Cも何らかの解釈も可能でしょう。

これはCから適当に和音を弾いて、曲の流れを感じながら一音一音直したものです。

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私の推測ですが、最後の昇華部分でFリディアンになっていて、ちょうどCメジャーキーのような匂いがするところにG7を無意識に載せていたようです。

調を変えるつもりはなかったので、本来ならC7になってFに落ち着かせるところを避けて、CのキーでのV7を配置することで、「何らかの帰着感」を感じたので良かろう、としたのでしょう(本人はそういう理詰めで考えておらず、聴感覚的な脈絡だけを無言で探していく感じで作っています)。つまりこれは、そのキーのドミナントでなくても「帰着欲求が湧けば主和音に戻せる」というトリックを使っているわけです。FのキーではG7はドッペルドミナントですから、ある意味では解決しないというわけでもないでしょう。

またジャズドミナントの解釈をすれば、

CmM7(9,11,b13)

これは、

C7sus4(9,#9,b13,M7)omit7
と言えなくもないのでFに帰着する超薄な要素がないとも言い切れません。

不定調性論が「代理」という概念をフラットにしたのも、このような拡大解釈が延々と可能なので、サウンドが知らぬ間に奇異になっても気がつかないからです。ジャズ理論は、例えば60年代ぐらいまでの手法、とある程度枠組みを定め、あとはコンテンポラリーな独自論文化の各解釈に委ね、また60年後ぐらいに教科書に明文化されれば良いと個人的には思っています。

 

ベースがVであるcであれば、ドミナントの印象を与えるのは容易です。

それだけを用いた、ともいえます。作っているときはコードを考えないので、逆に様々な解釈が自分でもできます。

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で、最後のコードはよくわかりません。C#M7はSDmですね。それをベースをFにすることで先のVの幻影とこのIルートの和音の幻影に解決感を若干醸し出そうとしたように覚えています。

 

最後の和音はシンプルに主音とメジャー3rdとマイナー3rdを薄く混ぜてヴェロシティバランスをとることで、

「幸福な寂しさ」

を出したかったです。

まあ曲全体にそれが反映されているんですが。。

平和で静かっていうのは最高の贅沢だと思います。

それで健康だったらもう申しぶんありません。

 

本来地球が生命に用意した質の良い幸福、っていうのは、ただ大地と空気と生き物と水があるだけ、みたいなものでしょう。人にはそれでは物足りないので"さみしい"のだと思います。"寂しさを感じられる心の余裕"というのは行きすぎた贅沢なのではないかな、と思います。

向こうから終始ライオンが追ってきたらそれどころじゃないからね。


 

   

 

==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題== 

何にでも接続できて128GBのUSBとか便利じゃん??て話になりました。

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