童謡はメロディみんなが知っているぶん、奇抜にしても輪郭が消えないのでとても良い材料になります。
感情で和音を当てる、とはどういうことか、音楽理論ではない音楽とはどういう概念がそこにあるべきなのか、自分でより自分の中で実践的な要素として落とし込むために作品に取り組んでいます。
この曲のメロディは可愛らしく、子供の感じがとても活き活きと出ています。素晴らしいメロディだなあ、と感じます。
遠くで聞こえて物悲しい、灯油を運んでくるトラックのメロディ、焼き芋屋さんのメロディ、古くは落語の世界で言う、そば屋の声。現代なら街の彼方で聞こえる5時のチャイム。なんとも言えない思いになります。
このメロディは遠い冬の日の想い出です。
そしてそれと同時に、天気がいいのでしょう、雪が日差しに溶けて、涼やかな雫の音が聞こえます。このメロディの感じはそのどこかで降り積もった頑固者が太陽に溶けるやさしい雫の感じも出したいと感じました。雪の休日で一番穏やかな午後の時間。
0:40-ここはM7×3の音程です。踏み固められた雪と溶ける雪。
1:04からはちょっとはしゃぐような感じです。皆が外に出て、転ぶ人もおり、皆おぼつかない足で街が活気に満ちてきます。日頃どーだ!と言う勢いで生きていく勝ち組であっても、雪に滑る可能性は同じです。むしろ転ぶことを皆から望まれるのがそう言う人たち。雪は万人に平等に降り、真っ白と言う世界を惜しげも無く見せてくれます。
"山も野原も わたぼうしかぶり 枯木残らず 花が咲く"
だからと言って、それから良い1日になるのでも、何かが変わるのでもありません。何もしないのに、雪はただそこに降るんです。
それが滑稽というか、体内的不協和、というか、それを後半は表現しています。
でもこれは皮肉ではなく、それを受け入れて、皮肉っていないで、誰かのために何かしよう、誰かの笑顔を見に行こう・・・というアレンジです笑。
不定調性というのは、飾らずそのまんまを出すことができます。
1:42の
と
この「ポロローン」とひっくり返るのが裏領域的なイメージです。
疑問、ため息、諦め、開き直り、みたいなことが不協和と複層的な、複数面構造で表現できます。
この時、音は自動的に設置できるのではありません。
響きが「自分にとって不都合ではないか」をよく繰り返し聞いて確かめます。
「疑問・不可思議」が作りたいんです。
だから聞いた感じの音が「疑問あるいは不可思議または両方」でなければ、それは自分にとって「適切な響き」ではないんです。
・まず何を表現したいか浮かぶこと
・それをどんな風に落とし込むか感じられる
・それをどんなフレーズにすればいいかわかる
みたいなことを理解できるようにしていきます。
でも音楽家なら最初からできる技術です。それらが
伝統的発想や、講師の教え、喜ばれる教え、期待される行為などへの想いが感覚を曇らせていくだけです。
だから不定調性論の学習で、「いつでも曇りを払うことができる」という絶対的な状態を心のオアシスとして持つわけです。
このアレンジ、ト長調Gメジャーキーで作っています。反応領域が広いので不協和が多いですが、まあ安定している方です。
最後の和音はG7sus4(9,♭10,#11,13)。
これも疑問です。
頑張ってこの世界観、どんどん固めていきたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。