内部生成志向とは何か
私の場合、世界の外側の枠組みより、自分の内側で立ち上がる構造をもとに世界を理解する傾向があります。
そのため、既存の理論やスタイルに依存するより、真っ先に自分の内部で見えてくる流れや意味を基準にしてしまうんです。
不定調性論という独自論を発信しているのも、自分の内側から絶えず発信される信号を構造化したいからだと思います。
こういう感覚がある人はいますか?
皆さんの中に、次のように考える人はいますか?
・答えを外に探す前に、自分の中で全体像を組み立ててしまう
・前例・権威より、自分の内部の正しさを基準に判断してしまう
(そのため独自論が自然に生まれる)
・スタイルやジャンルの枠が補助的なものに見える。
(創作の中心が、自分の内部が描く境界線で囲まれた世界にある)
・人との共同作業より、単独での思索/創作が向いている。
(外部の変数が増えるほど嫌悪感を覚える)
・一般的な「わかりやすさ」の基準が味気ないものに思える。
(「わかりやすさ」が植物が育たない不毛の地に感じる)
・概念は外から集めず、自分の内側から生みたい。
・独自論を持つことが自然で、外部の常識は独自論の総体に思える
・体系化や理論化は自分の思考様式を整えるために、外部を参照しなくても簡単に立ち上げられる。
もし似たように感じる人は、私と同じ内部生成志向の人です(第三軸)。
内部生成志向の社会的不器用さ
異性は好きになるけどデートが面倒、みたいなタイプです。
他者には惹かれますが、場の段取りや共同性を求められると、急に負担を感じ、それに対する感情が面倒になり、相手は思いやるけど、相手に時間を割きたくない、というおかしな思想になりがちです。
自分の内側でやたらに思考が巡り、シンプルに気疲れします。
ぱっと見、社会不適合者です。
独自論に焦点を当てると、自分のこれらの短所と向き合わなければなりません。
そんなことをして自分にがっかりするくらいなら、しのごの言わず社会で学び、社会の一員として働くことを選ぶのが社会的選択といえます。
「音楽的なクオリア」についても、内部生成志向の人でないと、その心象自体になんらかの価値や構造を与えることに有意義さを感じないでしょう。
「音楽的なクオリア」は個人の心の動きですから、それにいちいち着目していたら、社会に合わせるのに倍の精神的負担が生じます。自分のことを考えていたら社会の労働力になりません。
社会の中で気苦労を感じるのは、この「自分が無視された感じ」がずっと続くからでしょうが、それ自体は普通であり、むしろそこで頑張れるのはしっかり適応できているからだと思います。
そして独自論についても同様です。社会的参照をせず、自己の内部だけの信条、感覚、直感だけで発信を組み立てるなど通例は無意味に感じるでしょう。
まるで自分の家にあるガラクタだけで粗末なおもちゃを作って、玩具屋さんに売り込みに行くようなものです。
外部発信に興味がない人間は、社会に置いてきぼりにされます。
まず自分がそうなっていることを認める必要がありました。
このような思考タイプは次のように分けられると思います。
行動原理設定
第一の軸...独自性×外部発信型(ルフィ型)
特異な独自性を、そのまま社会の言語や制度に変換してしまう力を持つ人。
社会の価値そのものを更新し、思考や文化の最前線を華やかに切り開く役割。
極めて稀で、歴史に名を残すような多くの偉人たちを指すのではないでしょうか。
外部への表現と発信を通じて、人々の認識や文化の方向性に影響を与え、一般社会側から見ると「価値の源泉」を担う存在にみえ、崇拝されている人たちです。
<類似する概念>
・ハンナ・アーレント「活動(アクション)」
・ユルゲン・ハーバーマス「公共圏」
・ピエール・ブルデュー「象徴資本」
<第一軸の人たち>
・ベートーヴェン、ピカソ、ストラヴィンスキーなど、独自性を外部翻訳し時代を変えた少数派。
・新しい理論、メディア、文体、運動を発信し、共感され、社会の枠組みを一段押し広げた人物。
第二の軸...適正倫理×社会生成型(野原ひろし型)
社会の基盤をつくり、日々の営みを支えている人たち。独自性よりも、社会そのものがもつリズムや倫理と調和して生きる力に長けている。
家族を育み、地域を守り、制度の中で価値を循環させ、社会を日常的に動かしている存在。
本来この層こそが社会でもっとも尊重されるべきですが、従順で勤勉で強靭であるため、社会では最も軽視されている、と感じます。
どうか無理をせず、自分のペースで暮らしていただきたい。健康診断に行って。
<類似する概念>
・エミール・デュルケーム「社会的連帯」
・ハイデガー「世人(das Man)」
・タルコット・パーソンズ「社会システム論」
・コミュニタリアニズム(共同体主義)
<第二軸の人たち>
・福祉国家の基盤を支える層〜日々の労働、納税、子育て、地域活動を担う人々
第三の軸..自己内観×内部生成型(碇シンジ型)
社会の一部を担いながらも、社会の文法と自分の内部でズレを抱えやすい層。
理想や構想は強く存在するけど、外に発信・翻訳できず、生きる威力が追いつかない。その結果、内部で常に生成はされ続けてるけど、それが沈殿し、生きづらさ・自己否定感が生まれがち。単に内部生成量が多く、感受性と独自性が走りすぎて外部の人に認められづらい状態になる。
レアキャラですが、単独ではパッとしません。というか排除されたまま放置されます。
好きなことへの強い逃避、ひとりの世界への退避が日常癖になっている。
誤解されやすく、生きてるだけで息苦しく、発信力もないためずっと未成熟。
自己内部にある「理想そのもの」が負担だが解決できないため、逆に社会から敵視される。
<類似する概念>
・キルケゴール「絶望(自己が自己になれない状態)」
・ニーチェ「未だ生まれざる者」
・メルロ=ポンティ「前言語的経験の停滞」
・ラカン「欲望の主体」
・ユング「個性化の途中段階」
・現代認知科学〜高内省型(Hyper-Reflective Type)自己の内部処理が活発すぎ、現実のタスクと噛み合いにくい。
第四の軸..内観浮遊×独化生成型(トトロ型)
第三の軸の人たちの中で「もう居場所がない...」「生きあぐねてるなぁ」と感じるとき必要なのが、第四軸の未定義な場所の確立です。三軸にいるだけでは何もできませんが、社会から反対方向に歩くことで逆に社会安定に寄与できる立場を得やすくなります。
本来寝ても覚めても犯罪のことしか頭にない人は「罪を起こさず一週間暮らせたら給付金をもらってもいいレベル」の存在です。
特定の概念に属さないトトロ的な「意義だけが明確な存在」。
日々やっていることも価値に置き換えることが不可能なのに、突然意味もなく貢献できる高い能力を発揮できる状態。つまり「悩まない」「気にしない」「無味無臭無害」となれれば第三軸の人は第四軸への進化と言えます。
<類似する概念>
・アガンベンの潜勢力(potenza)
・ウィトゲンシュタイン、沈黙の形式
・デリダの痕跡(trace)
・V.フランクル「人生に何を期待するかはではなく、人生が私に何を期待しているか」
・ハイデガーの「本来的な在り方」
・河合隼雄の「箱庭的自己生成」
第二軸の要素がないと生きづらい〜三軸組を救え!
あなたはどの軸をどのくらいの割合で持っていますか?
クリエイターには第三軸だけしか持っていないという人も多いでしょう。「デビューしないか」と言われると逆に遠慮しちゃう、みたいなところあると思います。
はっきり四つだけの軸で区別はできませんが、
「あなたが自分に対してそう感じる構造」
が型としてある、と考えると、社会の中で感じる不安の正体が内から湧いてきている幻想だと理解することもできると思います。受け入れると不安はエネルギーになります。
一方で、インターネットの登場によって、もともと一軸的要素を持った第三軸の人たちが目立つようになりました。
社会全体がインターネットに右往左往させられるのは1+3軸という才能がインターネットという場で化学反応を起こし大爆発して、第二軸の人は「自分がふつーすぎて嫌」と感じたり、三軸だけの人は、ますます引きこもってそれが爆発してしまう犯罪につながっているようにも感じます。
社会自体が二軸の人を中心に考えて構成されていたのに、変人が目立つメディアにあまりに多彩に存在する才能とその販促活動がちゃんと確立できないままザワザワするだけの世の中状態が誕生したように思います。
彼らをどう扱うか社会自体がよく理解できていないのだと思います。人生で一度も会ったことがないタイプがメディア上でインフルエンサーになっているのですから理解が追いつかないのでしょう。
軸移動の可能性一講
2軸→3軸型疲弊
過労やストレスで社会リズムについていけなくなり、内省が肥大して自分の世界にこもりやすくなってしまう。周囲への気疲れや失敗の積み重ねで「外の流れに戻るのが怖い」と感じ、内部の思考が優位になり三軸化し、それが「落ちこぼれ」に感じられストレスを勝手に助長してしまう。
3軸→2軸型再誕生
昨日まで変人/社会不適合だったのが、メディアでの露出活動により生活にリズムが生まれ、他者との関わりに自信が持てて「やるべきことをこなす力」が自然に鍛えられる。小さな成功と役割が自信につながり、社会的リズムの中に自分を再誕生させる。
1軸→3軸型疲弊
天才的能力と人間力が社会で消費され批判・重圧・成功後の空虚感などで創造の回路が一時的に疲弊し、内部反芻や自己嫌悪に気がつき、燃え尽きたと感じ三軸化する。一軸人も現代では注目されやすく、二軸の海で溺れやすい環境が生まれている。程よく社会と距離をとることで成り立っていた才能が、メディアの登場により批判のターゲトにされてしまうことで起きる。
3軸→1軸型再接続
少し前なら何の価値もなかった才能人であった三軸タイプが疲弊して何らかの休息期間、環境調整が起きたことで発信の仕方が熟成され、突然に外に翻訳できる形が整う。運良く才能を認めてくれる人と出会い、内部生成が社会的価値として回り始める。こちらも幅広い人たちと繋がれる時代になったことで、需要と供給が生まれやすくなった。
2軸→4軸型の老後
仕事や子育てを終え、急速に時間の密度が変わり、ゆったりした生活ペースの中でのんびり第二軸的活動を楽しむ。小さな日課(散歩・孫の世話・家庭菜園)が生きがいになり、無理せず調和した生活を送る。もともと強靭な適応能力を持った人が、仕事を失うことで、急に仙人のように社会を照らす存在になってしまう。
3軸→4軸型休息
社会との摩擦に疲れた後、静かな空間で自分ができる小さな行為を手掛かりに、落ち着いた目的が浮かんでくる。外部評価から離れることで、内部生成の負荷が下がり、自分のペースで少しずつ役割を再構築する。社会的には無意味でも、「無意味がだからなんだ」と開き直れる余裕が生まれると、急に見たこともない表現活動が堂々と無心にできたりする。
4軸→2軸型再接続
心身が回復し、生活リズムが整うと「誰かの役に立ちたい」という自然な動機が戻り、ゆっくり社会に再接続される。もともと天才的な感覚があると、単純な仕事や平凡な毎日、ボランティアや地域活動など負荷の低い軽い社会性で求められるスキルを存分に発揮し、若い頃は得られなかった幸福感を持つことができ、社会的につながる。
1軸→4軸型隠居
大きな成功・喪失・燃え尽きの後、極度の疲労から“静かな生活”に魅力を感じるようになる。強制や義務ではなく、純粋に「生きているだけでよい」という境地がしっくり来ることがある。そのくせ天才的な能力があるのでその人に影響を受けた後進がメキメキ出世する。
映画主人公に見る軸変化
スターウォーズ4-6 : ルーク・スカイウォーカー
・農場で暮らす素朴な青年としては第二軸的。「ここではないどこか」を渇望する第三軸の違和感を抱えている。
・オビ=ワンと出会い自分の内部に眠っていたものが言語化され、第三軸の内的葛藤が一気に噴き出す。
・反乱軍参加でXウイングの直観的操作で才能が外へ翻訳され、第一軸の片鱗が芽を出す。
・父の正体を知り、第一軸の才能と第三軸の深い自己不信が衝突し、アイデンティティが裂ける。
・ダークサイドを拒み「戦わない」選択が第四軸的な静かに世界を変える在り方へ移行
ランボー1-3 : ジョン・ランボー
・ベトナム戦争で第一軸的な「極限下での超人的適応能力」を得た。社会へ戻され、第二軸の集合である社会のリズムと噛み合わなくなる。
・一般社会(第二軸)に馴染もうともするが、過去のトラウマが暴走し、誤解や偏見によって容易に破綻へ追い込まれる。
・第一軸の能力が自分の生存確認のために反射的に発火。
・アジアの寺院で第四軸的生活にたどり着くが、また戦場へ戻ることで自己の内部と外界が一致。自分の居場所、あり方を再確認する。三軸的な要素との共存方法を得る。
・最後には「戦う場所がどこにもない」世界の中で、静かに自身の存在の形を探そうと第四軸的な境地を感じながらも、そういった「型思考」で人生を選り分けないために揺れ続ける老兵。
マトリックス1-3 : ネオ
・トーマス・アンダーソン=第二軸の皮をかぶった第三軸者。社会適応して働きつつも、説明できない違和感と内側のざわめきを抱えている。
・覚醒直後=第三軸が本格化。使命と現実のギャップのなかで葛藤し、自分の内部生成は強いが、理解を超えた直観であるため外部翻訳できず悩む。
・救世主としての訓練期=第一軸の萌芽。独自性と潜在能力が外部世界とリンクし始め、世界の構造を書き換える力を持ち始める。以前抱えていた不安は、世界を書き換える自分が成り立つかどうかの不安に移行。
・終盤=第三軸的苦悩の解消。世界を「変える」より、流れを「受け容れる」態度へ移行し、目的から自由になり始める。
・ラスト=第四軸的要素を獲得。自我と世界の境界が融け、力ではなく調律のために行動し、愛と共に存在そのものが世界の流れに溶ける。
ボーン・アイデンティティー1-3 : ジェイソン・ボーン
・記憶喪失直後、訓練された第一軸の高い能力を持ちながら、自己像が崩壊し第三軸的な深い混乱
・市井で普通に暮らそうとするが、内部の生成性と社会リズムが噛み合わず、どこにも安住できない典型的第三軸の苦悩
・CIAに追われる中で第一軸の力が反射的に暴発。主体的な意思ではなく、第三軸の不安定さの裏返し。
・マリーの死を契機に内部崩壊が決定的。破滅的な方向に傾く第三軸の危険点。
・罪と向き合い、復讐をしない選択。第四軸的な静かな決断へと移行。自己受容の境地。
・第一軸の才能、第二軸の適応性、三軸的葛藤への慣れといった自覚が独特の四軸的人格を作り、守護者のように生きる。
人は「こう変わりたい」と願いますが、その願いはいつも自分の素養(軸)や、社会が求める役割と一致しません。そのズレが葛藤となって立ち上がり、物語は予想できない方向へねじれ、揺れ動き、最終的には、それぞれ個人が持つ軸の比率に応じて、その人だけの落ち着き先が見えてきて、それが独特で面白かったりします。
軸の変化は良し悪しではなく、自然現象のようにも感じます。
今の自分がどの軸の回路で動いているのかを理解できたなら、焦って軸を変えることはや逆にストレスを生みます。「今どうすべきか」を見極めたいものです。
自分を変えるのでなく、自分が立っている軸に沿った生き方に同化していく工夫が「行きやすさ」を作るのかもしれません。
破綻のバリエーション
完璧主義 × 第一軸 → 過集中と疲弊
創造や発信で成果を出せるが、「もっと良いものを」「まだ足りない」で限界を超えて働く。成果は出るが、心身が先に壊れる。
他者依存 × 第一軸 → 社会的評価の揺らぎによる破綻
才能はあっても「認められたい」「賞賛されないと不安」が強いと、評価の浮き沈みで急激に不調に。才能はあっても持続できず破綻。
責任感が強すぎる × 第二軸 → 過剰適応の破綻
家族・仕事・地域に尽くし続け、誰の負担も自分が引き受ける状態に。ある日突然動けなくなる。
人に頼れない × 第二軸 → 孤立と疲弊
二軸的な生活リズムには向いているが、助けを求められず全部抱え込み破綻。
完璧主義 × 三軸 → 内部処理過多からの崩壊
内側の生成が多いのに、「形にしなければ」「完璧にしなければ」と追い込み続け、
内側が溢れて破綻。
外部迎合 × 三軸 → 二軸的社会適応の過剰挑戦
本来外向きの処理が苦手なのに、周囲に合わせねば、と頑張り続け消耗。生活リズムが崩壊しがち。
現実逃避傾向 × 四軸 → 生活の維持ができず破綻
四軸は「静かな生活構造」なので、逃げ込む形で入ると逆に生活基盤が崩れる。やり残したことがあると、それが逆に大きなストレスに。
孤独耐性が低い × 四軸 → 個人空間での自壊
四軸は独化・沈黙の空間。そこに孤独耐性が伴わないと、単に寂しく、承認欲求が湧いてきて不安→無気力→破綻/破壊的行動によって無意識に承認だけを求めてしまう。
不定調性論が生まれた構造
拙論は私の中の濃い内部生成的気質ゆえ生まれた、と感じます。そこに承認欲求が絡んできています。
自分は社会にあまり関わり合いたくないのに「世界には内部生成型タイプという人がいるよ!」ってことを叫びたくて仕方なくて、でもどう言えばわからないままもがいていたら不定調性論ができたのだと思っています。
でも新しい何かで世界を変えたいとかではなく、何もしなくても浮かんでくるアイディアについて、あまりに脳内がうるさいので、文字にしてまとめる行為の連続が不定調性論になった、というだけでしょう。
内部生成型の人(あるいはそれぞれのプライベートな3,4軸気質部分)をどう人生で扱えばいいかを社会は厳密に定義していません(犯罪になるな、程度)。
これからの時代、個人がどうやって上手に内的な自身の衝動と上手に付き合い、それを独自論として認め、それを磨く道に入れるかが、窮屈さを生き延びるカギではないでしょうか。

*1:「内部生成志向(Internal-Generative Type)」とは、以下の特徴を持つ“創造プロセスの構造”に関する概念です。一般的な性格分類・哲学用語とは異なります。
特徴:
・創造のきっかけが外部ではなく、内部で自然に生じる
・内部の価値体系が自律的に動き、意味が内側で先に成立する
・情報処理は外部基準ではなく内部整合性(自己一致)を最優先する
・外部評価や市場価値は創造の起点にならず、完成後の翻訳/接続段階で扱われる
*2:さらに私の場合、次の構造を同時に持っています。
私が「不定調性論」という方法論を作る背景には、「理論好き」「抽象思考への嗜好」とは違う性向のようなものがあります。
・私は外界の価値観や社会的な基準を参照して物事を考えるよりも、内部の感覚/概念/直観から自分なりの体系を立ち上げる思考癖があります。不定調性論は「自己内部にある感覚の説明装置」として起動します。
・また外部刺激に弱く「他者が内部に侵入しやすい」タイプゆえ心理的境界が揺らいでしまい、精神的な違和感となり身体にも影響します。自律神経が不安定な要素もここに関わります。外界からの刺激で、体が緊張しやすい、思考が騒がしくなる、呼吸が浅くなる等...要は疲れてしまいます。
・そこで抽象的な作業、すなわち「概念整理」「記号化」「図式化」「理論構築」が外界の刺激の遮断そして内部秩序の回復に作用します。副交感神経が働き、身体が落ち着きます。不定調性論は私の自律神経安定操作装置なんです。他者から見れば「独自論」ですが、私にとっては精神的/生理的安定維持装置です。
だから外界に承認を求めることも、それが普及することにも興味がなく、発信も面倒で、同意を欲しません。「独自論だ」といって、社会的価値を削ぎ落とすのは、個性というよりそのようにすることが私に都合が良いからです。
この辺を把握して接していただかないと、全部誤読してしまうことでしょう。
*3:既存の哲学や性格分類と部分的に似て見えますが、扱う領域が根本的に異なります。
内部生成志向は、外界よりも内側に先に意味が立ち上がる創造プロセスの構造を扱う概念です。
ストア派
<類似>
外部ではなく内側の安定を重視/外界の評価に左右されにくい態度
<対比>
ストア派は「どう生きるか」という態度や倫理の哲学。内部生成志向は「どのように意味が生まれるか」という情報処理の構造を扱う→ 扱う層が違う。
カント倫理
<類似>
行為の源を外部条件ではなく内なる法則に置く/外部結果より内的整合性が軸になる
<対比>
カントは「道徳判断の基準」を扱うが、内部生成志向は「創造や思考の発火点」を扱う
→倫理ではなく内部のモデルが勝手に動き、意味が立ち上がる「仕組み」を扱います。
実存主義
<類似>
社会が与える価値より、自分で選び取った価値が重要/自分自身との一致が中心
<対比>
実存主義は「主体の在り方」「選択の責任」を扱うが、内部生成志向は「選択や判断以前に、どのように意味が生じ始めるか」を扱う→ 実存主義が生き方を扱うのに対し、内部生成志向は創造と意味形成のプロセスを扱います。
性格分類(MBTI など)
<類似>
内向的なタイプと混同されやすい/外部刺激より内部処理を優先するように見える
<対比>
性格分類は「行動傾向」。内部生成志向は「創造・思考の順序と情報処理の構造」
→ 性格ではなく動作モデル。外向的でも内部生成志向の人は存在する。
まとめ:内部生成型志向が持つ独自の位置
内部生成志向は、倫理観でもなく、性格で/生き方でもなく、心理傾向でもなく、意味が内から生まれ、信念を持って外界へ流れていく、創造プロセスそのものを指します。
*4:内部生成型の人が社会で担う役割
内部生成型は、外部の評価や流行より「自分の内側の生成過程」を軸に創作や思考を行います。
その性質は誤解されやすいですが、重要な働きもあると思うのです。
1. 新しい概念や方法論の第一次生成者
他の人がまだ気づいていない概念・表現・技法が最初に立ち上がりやすい特徴があります。
2. 社会の均質化を防ぐ役割
外部基準に合わせないため、異なる価値軸や新しい視点を提示する存在になります。
文化を単一化させず、多様性を保ちます。
3. 長期的な文化の土台づくり
短期的な流行とは別に、長期的な文化の土壌をつくる働きが得意です。
4. 他者の独自性を引き出す触媒
特定の人の内部を刺激し、その人自身の表現や方法を目覚めさせる働きがあります。
模倣ではなく自分の独自性に向かわせる作用です。
5. 外部基準に左右されない継続性
評価や数値が動機ではないため、流行に影響されません。
継続的な探求そのものが社会の安定した知的資源になります。