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前回
参考にするのは「自分では気づかない、ココロの盲点 完全版 本当の自分を知る練習問題80」です。
これは音楽制作や教育現場の話と絡めて書きましょう。
彼女はアイドルです。
三日前にある歌を練習する課題をもらっていました。
今日が皆での練習日です。
あなたは実は三日間もあったのに3時間しか練習できませんでした。
当日プロデューサーは言います。
「今日歌ってもらったら練習してきたかどうかはすぐわかる。」
続けて言います。
「では歌う前に一人一人どのくらい練習できたかを正直に言いなさい。みんな、ウソはつかないように。これからもみんなを信頼したいから。」
あなたが彼女なら、どうでしょう。この状況で正直に「三時間しかやっていません」
と言えるでしょうか。
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仮にプロデューサーがこう言っていたらどうでしょう。
「では歌う前に一人一人どのくらい練習できたかを正直に言いなさい。みんな、ウソつきにはなり下がるなよ?そういう人間はいずれ信頼できなくなる。」
だいぶイメージ違うと思います。
ちょっとウソを言おうと思った人も、ちょっと嫌な気持ちがするものです。
前半は「行動の否定」にすぎませんが、後半の文言は「人格の否定」をしています。
脳は「一回の過ち」を否定されるより、「人間としての本質」を否定されることに抵抗を感じます。人格同一性効果(Personal Identity Effect)
「私の状況を理解してください」より「私の良い理解者になってください」、「泣かないで」より「泣き虫にならないで」などなど(後略)
なかなか、厳しい誘導の文句ですね。
人は誰でも「今回だけは特別」と言い聞かせて、そういう行為を行うのだそうです。
ある意味では、相手を縛る文句でもあると思います。
逆に「ウソをつくこと」を許して、それを観察してウソを見抜けるような人間になりたいものです。なぜでしょうか。これもやはり「自分もウソをつく」ということを認めている好意の裏返しかもしれません。完璧な人間はいません。でも相手には完璧を求める、というのがいかにも人らしいのかな、とも思います。
好きな人に、尊敬する人に、こういう言い方をされると、ドキっとしますし、とても心苦しく思います。傷ついてしまう人もいるでしょう。
相手が服従せざるを得ない状況でこの手の「人格操作文句」はハラスメントになりかねないギリギリのラインであると思います。
また逆に上記のプロデューサーがもし有能なら、正直な回答を引き出して、練習できなかった状況を聞き、ライフスタイルの相談に乗る、ぐらいのことはできるかもしれません。
個別で聞いて欲しいところですが、なかなか持って人前でセンセーショナルなことをしなければならないアイドルさんは特に大変です。そういうことに慣れていかないと人前でパフォーマンスはできない、という考え方もあります。
線引きが難しい業界です。
相手と対等の立場、双方が明らかに利益を争うゲームのような相互対決の現場、など、相手をコントロールしたいときに使える文句、ではあると思います。