そもそもG7に#9thや♭13thといった音を乗せられるのはなぜなのでしょうか。協和を重んじる和声理論に忽然と現れたこの不協和の論理はいったいどのように受け入れていけばよいでしょうか。
これをトニックコードやサブドミナントコードで用いることはできるのでしょうか。

第二章で提示したこの1音についての数理親和音モデルを再度見てください。これらの集合では、i#=♭9thとvii=導音が現れていません。つまり基音に関連する協和音の拙論世界の中にはi#とvii以外は、数理親和音モデル上は近親音として現れる、ということです。よって#9thも♭13thも遠い数理ながら、基音上に現れる音であるため、こうした立体的なモデルの上では「基音と近親する音」として同時確立する事ができる、という理屈になります。
これにより不定調性論では、#9thも♭13thも一音の関係性の中で現われる音なので、数理親和音モデルから導き出せば一つの和音に含ませてその領域関係を示す事ができることがわかりました。
では、i#とviiという音は、どうでしょう。先にも示しましたが、これらの音は基音と二次的な基音(GまたはF)をもうひとつ用いなければ現れてこない音でした。
i#はIの♭9thであり、viiはiへの導音です。
この二音はiに最も近い音高を持ちながら、不定調性論のモデルにおいては最も遠い存在である、といえます。
ではi#とviiを最も近親音として持つ音は何でしょう。
それはiv#です。
つまりドミナントコードにおいてある種の確調機能を有する音として扱われてきたi#とviiという基音を半音で挟み込む音に最も近親しているのはiの裏面領域iv#である、といえます。すなわちトライトーン、つまりiとiv#の同時確立は、12音全てに対しての近親性を網羅する音集合となるわけです。cとf#を同時に鳴らすと、12音全てへの近親性が作れる、と言えます。iとiv#は増四度環でも見たとおりiを基準にした表と裏の節を示す対極的な存在です。
これまでの立ち位置をまとめれば、トライトーンはその音程そのものは不協和でも、そのトライトーンに対して12音全てをバランスよく協和させられる和音である、といえます。
トライトーンは自らの不協和を犠牲に、他の音が追加されても響きのニュアンスを崩さず、一定の不協和の根源を内部に固形化させ、存在している和音であるといえます(揺るがない不協和)。
そのトライトーンを含んだ代表的な和音ともいえるドミナント7thコードはあらゆる音をその上部に加える事ができ、同時にトライトーンの各基音への親和は伝統的な「増四度は不協和である」という慣習的感覚にも助けられ、それぞれの音への収束は希薄化し、他の音への協和を求める(未来への安定を予期させる)特殊な和音として私達の意識に刻まれてきました。
そのため7thコードにはどんなテンションが乗っても独自の協和体制を敷くことができた、といえるわけです。
またドミナントコードの根音は省略してもトライトーンさえ残っていれば解決が図れた、という解釈も、裏コードの利用への可能性、属七和音のトライトーン独立性を暗示しています。
トライトーンそのものの強い不協和は、♭9thや♭13thの追加によってむしろ和らいだ、とも言えるでしょう。♭9thのようなテンションはルートとは不協和でもトライトーンの各音とテンションが共鳴し合うからです。
そしてその不協和がヴォイスリーディングによって帰結し安定した協和を持つトニックコードへの解決が行われ、ダイナミックな和声展開を作っていました。
ドミナントコードV7は二つの構造を持つ複層和音であることになります。それは、
V⇒I
と
iv+vii⇒I∇またはiv+vii⇒IV#∇
という二つの構造です。
G7→Cで考えると、iv=f、vii=bです。Fを持つ十二音連関表のエリアはcの下方のエリアです。
ここでgがcに帰着するのは、上方倍音列の基音cの第三倍音がcに共鳴、帰結を示すという精神的背景が活用されます。これが最初の構造です。それから他の構成音b,d,fは実音になると、cの下方エリアの音の列挙になります。これらの音は基音cの下方領域の三音集合体であり、f+bのトライトーンに他の領域への共鳴を求めさせることができます。
本来であれば、協和を求めるだけであれば、
G7→G∇
で良いはずです。しかしこれでは私達が親しんできた音楽的な進行感があまりに希薄です。
では基音を動かさず、g→g、b→c、d→e、f→eとして、
G7→C/G
としたらどうでしょう。だいぶ解決感を持てますが、やはり低音優先の習慣が働き、G7→Cがもっとも安息できます(後でこれらの解決方法の意味も再考します)。
つまり和音の基音を変化させる動きでなければ、慣習的な解決進行を作り出すことができない、ということになります。このg→cという帰結と、bdfの和音の帰結は異なる種類の帰結が生じている、と考えてみましょう。
iv+vii⇒I∇またはiv+vii⇒IV#∇の進行の動機はトライトーンがiv+viiという不協和ゆえに、他の音が追加されることによって、またはその他の音に変化することによって協和存在に進展する、という習慣が、進行欲求を持つ、解決するという和声学の文化になりました(400年前のモンテヴェルディの『つれないアマリッリ』という作品において初めてV7の素地が現れる)。そこに輪をかけてV⇒Iという上方倍音の収束欲求の認知の慣習をダブルで用いた時「和音が連鎖する音楽理論」が確立しました。
i=c、iv#=f#としたとき、cf#というトライトーンは、次のような動きをして協和音を作ります。
パターン1 c-f#⇒b-f# 弱い解決
パターン2 c-f#⇒b-g 強い解決(ドミナントモーション)
パターン3 c-f#⇒c-f 弱い解決
パターン4 c-f#⇒c#-f 強い解決(ドミナントモーション)
パターン5 c-f#⇒c#-f# 弱い解決
この動きを次のように考えます。
ある一つの音があるとき、その裏面領域の音を加えると、その二和音はトライトーン、すなわち増四度の音程を組みます。
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という無理数の振動数比が不協和でありながら、ある意味ではトライトーンは一般に言う「不協和な音」ではない、と考えてもよいのではないでしょうか。もしくは「意味を持つ不協和音」「整った不協和音」というようなイメージでも良いかもしれません。
さらにこれらの解決手法は発展していきます。それぞれのパターンで例を出してみます。
パターン1 c-f#⇒b-f# D7 GM7
パターン2 c-f#⇒b-g D7 G∇
パターン3 c-f#⇒c-f D7 F∇、D7 Dm7
パターン4 c-f#⇒c#-f D7 C#∇
パターン5 c-f#⇒c#-f# D7 F#∇、D7 E♭m7
2と4はジャズで用いられるドミナントモーションですが、それ以外はただ単にトライトーンの不協和性を解決しただけです。この他にも様々な解釈ができます。パターン3と5ではm7に向かう手法を紹介しています。
D7 Dm7 G7 CM7
D7 E♭m7 A♭7 GM7
このようなトライトーンの解決法は、ドミナントモーションだけにとどまらず、不協和⇒協和を形作る和声進行にも応用ができることを暗示しています。つまりトライトーンはトニックに向かうだけではなく、様々な二次的解決方法がある、ということです。
ここで一つ実験をしてみましょう。cとf#がb,gを持つG∇に解決している例を参考に、このトライトーンの可能性を拡大するとb、gを持っていさえすれば、ある種の解決は図れることになります。いくつか例を挙げておきます。c-f#のトライトーンはCf#と表現しておきます。
Cf# Em7
Cf# G7
Cf# CmM7
Cf# CM7(9)
Cf# C#m7(♭5)
Cf# E♭aug
Cf# A♭mM7
Cf# A7(9,11)
Cf# Am7(9,11)
Cf# G∇/A
…..etc
これらはトライトーンが解決するヴォイスリーディングを有した和音への連鎖です。テンションや特殊な和声形態まで含めていけば、どんな和音へも進行できそうです。
これをみると、トライトーンの解決という問題もまた、調性とは関わりなく、自由に和音を連鎖するための一つのアイディアになるはずです。
ここにおいてドミナントコードは、その伝統的解決概念そのものを発展させることによって、あらゆる和音に進行することが可能になった、と考えて良いのではないでしょうか。
機能和声体系を超えた非機能的和声進行を考える際、トライトーンすなわち裏面領域和音の声部進行による解決が、「調の確立」ではなく「和声の進行感を出す」ための方法、という価値観へ展開していることがわかる。つまり裏面領域の利用は、従来の慣習的な和声進行の伝統そのものの活用である、ということができる。
そしてその考え方を通してトライトーンという存在を見てみると、トライトーンを形作るということ自体が「不協和の演出=進行欲求の表出」であり、ヴォイスリーディングを行わせたい、という欲求の進化した行動の発展した姿であることが分かります。
しかしながら調が重視されなくなったとき、トライトーンは解決する必要も無ければ、ヴォイスリーディングに追われる必要もなくなります。
この新しいトライトーンへの価値観の刷新が不定調性進行におけるトライトーンの意義につながります。
ドミナントコードだけはモードから独立している、という考え方を紹介しました。
いよいよここから、様々な代理和音や借用和音の考え方が発展していきます。
CM7 Dm7 G7(♭9,#11) CM7
この進行ではG7にアイオニアン(メジャースケール)以外のテンションが施されています。これでもキーはCメジャーで統一されていると考えられています(ジャズ理論ではこのような進行で、G7でいわゆる転調行為がなされているとは考えない)。
次の例です。
G7(♭9,#11,♭13)-CM7(#11)
このコード進行における各テンションもダイアトニックスケール音以外の音利用です。G7のオルタードテンションはいうまでもなく、CM7の#11は、Cリディアンを想定していることを意味します。「トニックコードではアイオニアン」の常識を破る手法です。ここでは代理コードならぬ代理スケールの考え方が活用されています。また、
CM7-Dm7-Em7-FM7-CM7
というコード進行のときこれらのコードの間を、
CM7-A7-Dm7-B7-Em7-C7-FM7-CM7
とすることができます。
これは借用和音という考え方を発展させ、自由にドミナントの挿入を行っています。
この考え方が発展すると、
CM7-C#m7-Dm7-E♭dim7-Em7-C7-FM7-CM7
というように他の「接続コード」の自由挿入も行われます。単にワンパターン的にドミナントを挿入するのではなく、様々な解釈とヴォイスリーディングのスムーズさを優先させてヴォイシングし、コード進行として確立するわけです。
これにより、機能和声におけるドミナントコードの挿入そのものが独立した確調機能を起こすための挿入和音であった、と、V7の独立性を改めて確認できます。
当初このドミナントモーションをトライトーンの解決、という概念で考えてきました。しかし気がつくとビ・バップという音楽の登場によってトライトーンが解決するかどうかはどうでもよくなっていたのです。
どんなサウンドからどんなサウンドに移行するか、どんな逸脱をしてどう戻るか、それだけが重要になりました。ドミナントモーションの変形はもちろん、期待を裏切るようなコード進行で楽曲が進んでいくさまを「新しいもの」として受け入れていきました。そして知らず知らずのうちに解決進行、確調機能の価値観は変貌していったのです。
つまりここで和声進行のタイプが分かれます。
- トライトーンのような不協和音を用いてコードの流れに緩急をつける方法
- トライトーンを用いず進行感を演出する方法