音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

ハーモロディクス理論の現代における実践的方法;オーネット・コールマン「ジャズを変えた男」6 読書感想文

前回

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全部読み終えて、まとめです。

これまでのことからハーモロディクスという発想をどのように解約して行けば良いのでしょう。

 

まず

「適当の指を動かして、音楽を演奏して、音楽だと聴き手に認識してもらうために不定調性論以前はどのような条件があったか?」

を考えてみてください。

その究極がコールマンであるとすると、外観的にはジャズに精通し、フレージングやリズム感に優れ、作ろうと思えばまともな曲も作れる、と言った素養があった上で、独自性も持ち、どうやったらフリーに演奏してそれが音楽になるか、を知っている必要がある、ということになります。かなり技術的敷居が高いです。

 

ただテキトーに弾くと理論的フレーズや、手癖が出てしまい"新しさ"が生まれないからです。ここに真のフリーの難しさ、があります。

 

不定調性論的存在以後は、「聴き手が解釈を創造できる」となった(19世紀の音楽家やジャズの宇部手のミュージシャンがそう発信してきたことだが...)ので、ただのノイズでも「葛藤だ」と思うことができます。それをちゃんと想えるかどうか、それを最上の意義にできるか、です。

 

ここでは偶然と意図的という二つの段階について述べてみたいと思います。

 

パターン1;たとえば仕事で出かけた知らない街を休憩中に歩いていて、ふといいかんじの古本屋を見つけ、そこに入って眺めていたら、昔手に入れることができなかった「欲しかった本」が手に入ったとしたら、あなたはどういう気持ちがしますか?

 

パターン2;インターネットでその欲しかった本を検索して、その本が置いてある古書店を見つけ、ネット販売で一週間後、見事手に入れた。というときあなたはどういう気分を味わうでしょう。

ちなみに古書の検索は下記がすごいです。

www.kosho.or.jp

 

パターン1は本当に偶然ですよね。一週間ぐらい感動して人に話したくなります。パターン2はアクティブで意図的です。それでも目的達成はよろこばしいことです。

結果は同じでも過程が異なり、得る感情も少し変わる

人が同じ体験をしても、人の数だけ体験があります。

 

演奏しているとき、フリーの場合は、最終的にどうなるかわからないけれど、メンバー全員がその霞のような到達点を目指してガムシャラに演奏することで「信じられないような瞬間α」が訪れます。

一方、ある程度使用スケールや構成を決め、クライマックスではこういうことをしよう、と大体の青写真を伝えて演奏して、いい感じのところでそのクライマックスを持ってきてもやはり「信じられないような瞬間α」が体感できます。

 

あなたはどうやって目的の感情や目的の体験を得たいですか??

 

パターン1はハーモロディクス的体験です。即興的に行動していくことで得られるものを逃しません。パターン2はジャズ理論的なアプローチです。しっかり構成し、徹底的に練った上で音にすることで生まれる新たな創造の瞬間を逃しません。

それぞれ得ているものに若干違いがあるかも知れません、何より過程はまるで違います。同じ目的地に異なる風景を見ながら異なる交通手段を使って行くような違いです。

あなたはどちらに神秘や魅力、そうありたい、という思いを感じますか?

 

きっとそれらの指向性があなたの音楽表現も人生も決めているのではないか、と思います。

 

きっとコールマンは、計画は立てず、その本が得られた悦びだけを感じ、目を瞑って街を歩きはじめ、やがて全く違う本に出逢ってしまうがそれこそが自分が求めていた本だと感じることのできる人なのかな、と。

 

不定調性論ではより柔軟に、

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毎回、それらの体験のありよう、創造性のありようの位置取りを決めていこう、と提案しています。コールマンよりも次元は低いですが、よりあり得そうな精神状態について考えています。

 

ビートルズの下記

The Beatles - I Feel Fine

この曲の冒頭のウにューーーンは、チューニングの音叉の音がカッコよかったので冒頭に録音しよう、と意図されました。偶然から意図を生み出したものです。

ja.wikipedia.org

こういうことは皆さんもよくあると思います。ポジティブに頑張っているときは、さまざまな偶然に助けられたりします。それだけクリエイティブだからこそその出会いを大切にして、それを活かそうとします。そこに意味や意義を感じ、それを嬉しく思ったりします。

 

その体験自体がハーモロディクスである、と言って良いと思います。

「理論」というとちょっと違いますが。

 

私はコールマンのような即興演奏はできませんが、DAWで音楽を作るときは、1音1音置いてゆきながら、そのときその時でランダムに置いたり、直感的に創ったりします。DAWなら途中で戻っていくらでも直すこともできます。だからDAWでつくる即興演奏的音楽体験で、コールマンが作り上げた一期一会の即興演奏とゆっくりではあるものの同じような体感を得ます。現代ならではの偶然性の活用です。

 

何かを作る人は、また仕事にしても生活にしても、偶然と意図のバランス、事故と計画のバランスにたいして、それぞれが存在し、その結果何が生み出されるか意図しながらも結果的に生まれた作品を受け入れる準備も理解も示す、というスタンスで音楽を作る、その瞬間自体が音楽の一番の重要性であり、それこそがハーモロディクスが言いたかったことなのかな、と今は感じます。

 

生活の中で意図して計画して行動しても、無駄をさせられる、回り道をさせられる、といった体験はコールマンのハーモロディクス的現象、と捉えて戦うのか!ぐらいに感じてクリエイティブに考えてみる、というのはいかがでしょう?

 

そのためにも音楽を学習するひとは、ハーモロディクスコンセプトを学ぶことによって自分の人生/生活の中での計画/意図と偶然/事故への接し方、捉え方、考え方、自分のクセなどについて理解を深めておくと、音楽以外でも様々な人生の瞬間を捉えられるのではないでしょうか。

そしてその先に「音楽自体が悦びだ」というコールマンの境地が見えてくるのではないでしょうか。

 

不定調性論的思考を身につけても、大体そういう感じになるかと思います。

 

次回はコールマンのインタビューの言葉から、ハーモロディクスの精神面的な部分をみていきましょう。

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オーネット・コールマン―ジャズを変えた男