音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

「マイナー(メジャー)曲ってどうして分かる?」〜音楽に何も感じなくても良い

メジャーの曲か、マイナーな曲か、というのは音楽理論的判断で決められます。個人の感情とは全く関係のない話ということもできます。


しかし、困ったことに音楽理論的な判断も個人の解釈に委ねられる場合があります。キーが曖昧な楽曲の場合です。

主和音がメジャーコードだと感じるなら、その人にとってはその曲はメジャーキーになります。

主和音がマイナーコードだと感じるなら、その人にとってその曲はマイナーキーになります。

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一般的なキー判定については勉強するしかありません。観察して、分析すれば個人の解釈は必要ありません。それが理論の良いところです。社会的価値観、と言ってもいいでしょう。主体性に合わせましょう。

 

しかしもう一つの価値観があります。あなた個人が感じる価値観です。

 

もしあなたが感受性豊かで、その曲を聴いて

「あ、なんかこの曲陽気だなぁ」と感じられるなら、メジャーかマイナーかではなく、その曲は陽気だと答える権利があります。

あ、なんかこの曲陰気だなぁ」と感じられるタイプの人なら、その曲は陰気であると主張する権利があります。

 

中にはニルヴァーナやビートルズのように中間色の曲を作ることに長けたアーティストもいます。

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そうした場合、現行の音楽理論では上手にさばけません。

また同時にそうした曲は解釈者がどんな音楽理論教育を受けてきたか?で解釈が変わります。この辺りは音楽理論教育の限界でしょう。

 

 

open.spotify.comこの曲を聴いて、あなたが陰気だと思うか、陽気だと思うか、という点も、あなたの音楽的背景に依存します。クラシックの人には暴力的に聞こえるかもしれません。デスメタルの人にはポップでキャッチーすぎる、と感じるかもしれません。

世界中の様々な音楽理論では、それぞれキーの指定、メジャーマイナーの指定ができるかもしれませんが、それは各種体系の方法論に依存しているので、あなたにはしっくりこない時もあることを覚えておいてください。

音楽理論は自然科学ほど客観的ではありません。

 

「Smells Like Teen Spirit」のメロディを分析すると、Fマイナーキーだ、と分かります。しかしこの曲を聴いて、

焦燥感、謀略、暴力的、嫌悪、憎悪...etcを感じる人もいると思います(不定調性論的思考)。

こうなると、感覚的にはメジャーマイナーには納まりません。

 

キーはFマイナーですが、「音楽鑑賞」として本当にマイナーでくくってしまってよいのでしょうか。「Fマイナーだ」とわかるのはあくまで音楽理論的な「観測した結果の分析」であり、「心情」は入っていません。だから"音楽理論"と呼ばれます。

 

先に書いた

あ、なんかこの曲陰気だなぁ

とあなたが何の音楽理論的知識もなく感じたら、あなたにはそう感じる感受性がある、ということですから、むしろその感覚を活用して音楽鑑賞してください。

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また逆にエルトン・ジョンの「悲しみのバラード」

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これを聴いても、別に悲しそうでも、暗そうでも、特に感じない、という方もおられます。そういう方は脳の感受性のセンサーが他のシーンで働くはずですので、無理して音楽で感じようとしなくて良いと思います。

 

むしろ人と違うのですからブルーオーシャンで戦えるかもしれません。

スティービー・ワンダーは盲目を武器にした作曲方法論を作ったと言えます。

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あなたなりのアート(行動)にして発表してください。

 

「特に感じない」というのも大切な感覚だと思います。

体内感覚に鈍感なタイプは冒険やサバイバルに向いています。厳しい環境で生き抜ける力を持っていると思います。

必ず、あなたが生きていける場所があります。

 

病気をして感覚が変わってしまうこともあります。

老齢になって感覚が変わることもあります。

人は何度でも生まれ変わる、以前はできなかったこともできることがある、と捉えていかないと前に進みません。

 

不定調性論では、歴史的、伝統的、学術として慣習になった知識とは別に、あなた個人が感じる感覚を認めてあげるスタンスを持とう、と提言しています。

それが上手くいく時も、邪魔になる時もありましょうが、特に音楽などの答えのない表現物への理解は、個人がどう解釈するかで全く違う世界が広がります。

あなたにとって「音楽文化」は定まっていません。世間が言うようにしようとしなくても良いと思います。

 

世界中のどこかに、「あなたの解釈」で救われる人もいます。

ぜひ"自分がそう感じたこと"を大切にしていこうではありませんか。

あなたへの理解を推し進めてくれる人に出逢えることを希望します。

そして、多数の理解者がいたとしても、別にあなたが正しいという訳ではないということを感じ取れることもまた大切だと思います。