音楽教育活動奮闘記

不定調性論からの展開~音楽思考の玩具箱

12音連関表が作る陰陽の思想への対応と64卦

前談

この12音連関表を見ていますと、増4度という対称性が如実に見えます。ここには二局の世界があります。

こういうことですね。拙論では一つの領域に表と裏を定義しています。

表=陽、裏=陰 

とすると、つまり、

こういう対応が私には見えてきてしょうがないのです。これまではこういう事は意味がないと思ったので避けてきましたが、抽象的に考える事は原理編で大体まとめることができたので、少し脇道にそれてみたいなと思って、今日はこの記事を書き上げました。

 

さらに連関表は三段あります。これは上方、基音、下方でしたから当然、

このくらいカッコつけていかがでしょう。こういう開き方も絶対したくなかったのですが笑、今回はこっちに踏み込んでいます。

これは、人間の本能というか、メタファーに対する感度の問題というか、どのように避けようとしても、 何かストーリーを語ろうとしたら結果的にこういう風にしか置き換えられないと思うのです。

本来、こういう世界観があって、12音を用いているともいえますし、こういった事は言わずもがなで、これらを象徴しながらも、自由に12音を用いるからこそ、音楽という独特の文化が生まれたとも言えます。

また、これ自体は私自身の表ですから、ここから生まれる解釈や、ここから読み解く意味合いも、私にしか通用しないものとして、この先お読みいただきたいです。

 

陰陽の世界観など、何か他の次元にある別の学問として捉えがちでしたが、実は自分が用いている生活世界の中に、どのように陰陽の思想が生まれていて、自分がそれによってどのように身勝手に仕組みを作り、用いているのかを知り、それを読み解き、それを知った後で、自分の用いている仕組みをより整えることを目指す、といった作業自体が、陰陽の教えの奥義、本質なのではないでしょうか。

つまり、自らの生き方の中に宿る陰陽の振る舞いをすっかり認めない限り、陰陽の教えは自分とともに発動しないのではないかという思いです。

 

64卦に置き換える

これまでの話をまとめると、こうなりますね。

次に表裏の関係の意味を考えます。

このように2つセットで6つの枠が生まれます。一つの枠には表裏が存在します。

どちらか一方が鳴る時と、両方鳴る時、両方無音の時があります。

故事的には、c,f#が両方鳴ると、これは満ちていていよいよ欠けていく前の状態です。
両方鳴っていない時は、いよいよどちらかが鳴りだす兆しを意味します。

遷陽を老陽、遷陰を老陰と書いてもいいのですが、後でリンクはしますが、一般論である易経へのリスペクトからも、ここでは全く次元の低い独自論の話なので分けて書かせてもらいました。

こういうことですね。これをメジャースケールに置き換えてみましょう。

この七音です。通例通り、64卦の下から定めるとすると、

1=陽光

2=陽光

3=遷陽(陰に転ずる)

4=陽光

5=陽光

6=陽光

ですから、下から並べ直すと、

<読み解き>

本卦(最初の卦)

乾為天(けんいてん)=第1卦「乾」
6本すべて陽=「純粋な推進力・明晰さ・構造の強さ」。

 

変爻(○の位置)

○は下から数えて3本目(九三)「乾の九三」

<要点>推進を止めないが、調子に乗りすぎると危うい

日中は働き、夕方は自省して整える(=勢いと警戒の両立)

音楽に寄せるなら、
「勢い一本で押し切ると粗くなる時あり。自制して整える意思を持て」的な。

 

之卦(変化後)

九三(陽)を陰に反転すると、上が乾・下が兌になり
天沢履(てんたくり)=第10卦「履」

c,d,e,f,g,aの6音スケールに変化することとなる。

<要点>踏み方(手順・礼・間合い)がすべて、節度と繊細さもって扱う。「大胆さ」ではなく 丁寧な運び。進行は“虎の尾を踏む”覚悟で、慎重に手際よく節度を持って。

===

つまり増四度が両方鳴ると、遷光になり、極まって収束を促す、という読みになる点が、音楽理論と陰陽の意味合いが似ていて面白いです。

面白いのでナチュラルマイナースケールも、

これは、

(上から2本目が遷陽)

ですから、

本卦:䷄ 需(待つ)

「動かす力(乾)」はあるが、上に「坎(水)」がかかっていて、直進できない

進めるための条件(時機・環境・整備)が来るのを待つ状態

完結よりも、含み/余韻/まだ終わっていない感じ、を与える。

「解決を急がないスケール」

 

変爻:九五(上から2本目の遷陽)

待つが、ただ停滞するのではない

解決の代わりにペダル、共通音、一定の脈、安定音を置いておけ、という指示に近い。

ナチュラルマイナーって、ドミナント(導音)で強制解決しない分、こういう「支え」があると成立しやすいですよね。

 

之卦:䷋ 否(停滞・不通)へ

九五が陽→陰に変わるので、全体は第12卦「否(ひ/停滞・不通)に移行。

c,e♭,f,g,a♭,b♭の6音。ちょっと不思議。

否のイメージは「上下が噛み合わず、交わらない」。

前進のための接点が切れて、進行感が薄くなる、その代わり、停滞・沈黙・硬直・隔たりが表現として立ち上がる。

 

これって、さっきとは逆で、

ナチュラルマイナースケールからIIを取って、VIb残しの六音で取り扱うのは、停滞感を増す可能性がある、という意味合いのことを示しているのかな、と感じました。

ある意味では、停滞感という印象を出したいときには、この6音を象徴的に使うことによって、陰陽の教えに沿った音使用、と主張することもできることになります。

ここまで来ると、呪(しゅ)になりますね。

 

次にドミナントモーションをやってみましょう。

(下から1、3、4、5が遷)(下から3、4、6が遷)

という動きになります。 下記に読み解きを書いておきますが、なかなかこの和音進行の世界観を象徴する読み取りもできて、音の二進法によるオンオフ(イチゼロ)が作り出す世界観と音に対する人間の心象が呼応しているのかもしれないといった関連性がとても深すぎて、沼すぎて入り込めません。

<最初の和音「G7」>

䷎(謙)

目立つ主張を抑えたまま、内部の起伏(緊張)を 均して無理なく次へ渡す。「抑制・整音・段取り」が本質
強く解決したい、というより、解決の手順を要求する整然とした意図を持つ和音。
「下1,3,4,5が遷」=進行欲求の潜在要素として4本なので複数のベクトルと見る。
音楽的には「この和音は停滞というより、内部に動きたい場所が多い」と考える。
・下1(初爻)が遷:「次へ渡す」圧
・下3(九三)が遷:核が動く。同じ場所に居座りにくい。
・下4(六四)が遷:周辺の支えが「位置を変えて整える」
・下5(六五)が遷:「決断・方向づけ」そのものが動く
音楽的には:派手な転換より整った選択に行くと通る

 

<次の和音「C」>

䷁は 坤(こん)=地
「受ける・包む・従う・形にする」卦、「受容して現実化する土台」の性格
下3・4・6が遷で、坤の「静かな受容」の中に、特定の方向の推進が潜んでいる、と読める。
・主張で押すのではなく、場を整えて成立させる
・坤は「形にする力(定着力)」がある。
だから「次へ行く」より「ここで形が決まる」卦。
・下3(六三)が遷:芯が従いながら動く 状況に合わせて動く
・下4(六四)が遷:外枠(支え)が動く
・下6(上六)が遷:ここで終わらず、最後に別の相へ移る圧
=着地したのに、まだ続く感じが作れる

 

拙作の抽象的進行を事例に

www.terrax.site

前拙作の後半部分の下記連鎖を考えてみましょう。

 

アルペジオ的部分と高音部のほとばしりのような装飾句があるので今回はこれは省略します。上図の5つの枠組みで同時になっている音があるので、この五つの音集合連鎖だけ考えます。

このやり方を使うと人、それぞれが異なる解釈がされてしまう。和音の連鎖に対して陰陽の世界観に基づいた普遍的解釈が生み出されるところが、音楽的に邪道でありながら緻密な読み解きが痛快に感じました。

 

この五つの和音連鎖は最初の四つがc#でtopが固定されているので、ここではc#を中心に考えます。最後の和音だけbになりますのでこれも反映させます。

C#+ua\ \C#h! 

C#-q! /|C#q 

B+w!

という流れです。

1
 芯が1本だけ残る/回復の火種(静かな戻りの開始)

2
 始まりの渋滞/発芽の圧と濁り(形になりたいのに通りにくい)

3 無妄
 無垢で直線的/余計な作為がない(“出た衝動がそのまま鳴る”)

4
 ズレ・対立・噛み合わなさの美(層が分離して硬い緊張を作る)

5
 また芯が残る/戻り直し(終止ではなく、再び「戻り始め」へ)

この進行は、
芯(復)→ 立ち上がりの圧(屯)→ 直進(無妄)→ 分離・緊張(睽)→ 芯に回帰(復)
という循環が読み解けます。音の性格としては、

最初と最後が䷗復で挟まっているので、全体は回復の反復とか同じ軸(芯)へ戻る構造のような意味を示します。

中盤は 屯→無妄→睽 で、詰まり(圧)→直進(透明)→分離(硬い緊張) と、質感がはっきり切り替わります。一度外側ににじんでから、芯を携えて帰還するようなストーリーといえます。

実に抽象的なケーデンスというか、トニック的な象徴に始まり、トニック的な象徴に戻る意味合いが作られています。

実際私はここまで具体的に音の心象を考えて作るわけではないので、普遍的知識からにじみ出る意味合いが和音の連鎖に与えられることで、音楽理論的解釈とは違う、音に含まれる意味合いなどが、明らかになって面白いなと感じました。

 

神秘和音を読み解く

Cの神秘和音だと、

本卦

(無妄)
変爻1・2・3・5爻

之卦(遷を反転)

1・2・3・5を反転(陽↔陰)すると、

之卦

(鼎)

・核(䷘ 無妄):作為がない、まっすぐ、混ぜ物のない衝動。嘘をつけない音。
・動き(多変爻)→ ䷱ 鼎:その生の衝動が、一気に「加工・精錬」へ入る。生素材が煮詰められて、儀式性/熟成感のある響きに変わる。
・印象:最初は直球で透明、でも途中から急に調理が始まり、音が作品の核として定着する(器に据えられる)タイプ。

一言で云うなら、「生が、熟成されて何らかの核になる和音、生の変性和音」というところでしょうか。

 

明日の自分を占ってみた

例えば明日を願って、鍵盤を弾いて出た音です。

これを明日がいい感じになって欲しいな、って云うイメージに合う響きに整えます。

 

本当は整えちゃいけないのかもしれないけど、私はこうやってテキトーに意思を与えてきたつもりなので、このやり方がしっくりきます。

完全に「音楽的なクオリア」を使います。

こうなりました。aフラットは明日の希望のためには嫌な濁りだったので消しました。eはなんか疑問文を感じたので消しました。

本卦:(既済)
変爻:1爻・4爻・5爻(1と5は陽→陰、4は陰→陽)
之卦:(小過)

・既済(䷾)=「いったん整っている」
→ 明日は「新しく勝ちに行く」より、崩さない運用が有利。

・小過(䷽)へ=「大事より小事」「控えめ・慎重」
→ 大きく動かず、小さな整えを丁寧に。

具体的読み解き?
・大きい決断・大きい変更は避ける(予定を増やしすぎない/方針転換しない)
・小さな不安要素を先に潰す(忘れ物チェック、段取り確認、返信・連絡の抜け修正)
・“勝ち”より“無事故”優先(強く主張しない、衝突しそうなら一段引く)
・整える順番は足元から(睡眠・食事・作業環境・移動の安全など)

 

なるほど、明日は大きく変える日ではなく、静かに安定を確保する日ということになりそうです。

 

内部生成タイプとしては、占いに明日を占ってもらう行為自体が嫌いなわけで、非常につまらない人間ではありますが、ちょっと新鮮です。明日は猫のミーくんの通院なので、せっかくなので予定通りそそっとブーブー運転してそそっと帰って来たいと思います。

 

こちらから陰陽に問う

今回やったような遊びの系譜は、易の象数や梅花易数の発想に似た、自作の構造(表)を媒介に易的に読む、という遊びです。作曲の分野ではジョン・ケージが易を活用しています。

en.wikipedia.org

たまたま12音連関表の中に陰陽の筋を見たので、今回このような実験をしてみました。

音楽と陰陽の世界は呼応しやすいです。

音楽家は、そういったしがらみが基本不得手なので、通例はそういった伝統的ニュアンスを取り除き、自分の心象だけを頼りに、普段は音楽をやっていると思います。

ただ、不定調性という世界の中で曖昧な美しさを求めていると、不思議な不協和音に出会ったり、妙に懐かしい不協和音に出会えたりします。

それを単に自分のお気持ちだけで表現しても、自分の浅はかさからどうもピンと来ません。そこで、まったく違う観点から掘り下げるために、不可思議な和音の象徴的な意味合いを易経などの先人の知恵を用いるには、音楽とはかけ離れますが、とても素晴らしい体験だと感じます。

少なくともこの連関表を作って納得した自分としては、そこに陰陽(表と裏)、天地人の世界観が自然と入り込んでいた事はおそらく間違いないでしょう。

そこに何らかの意味合いを感じたからこそ、このバランスを良しとしたのではないかと思います。

 

ただし、音は言葉にすべきではないと思います。

音は音であり、人が言語で理解しない脳の部分に訴える数少ない存在です。

音の集合が何かを象徴する、というのは意味のある気づきですが、それを飲み込んで、言語化しない領域で音楽を作るのが最も破廉恥であり、最も興奮する行為です。

まるで現実の世界ではできないことを、夢の中でとことん身勝手に実行していくような感じです。

少なくともこれで、どんなに複雑な音集合も、私は個人的に言語化することができることになりました。 これも1つの手段として、また気が向いたら話を展開していこうと思います。

なお、この考え方を応用して、より呪術的に用いられるような書き方も下記にて考えてみました。

全ての和音集合の領域表記可能性の話(原理編1)#六領域の特殊表記

 

64種の音集合一覧表

ここで列挙した法則に音を割り当ててみました。

 

1音とは何か

本卦

(復)=「一点の芯が戻り始める」

之卦(遷を反転)

(乾)

復(䷗):世界はほぼ沈黙(陰)だが、底に1点だけの発音核がある。一音の芯、発生点。

 

一点が、周囲を一斉に陽化させる。一音が全体へ拡張していく。

「世界が一音に貫かれる」

が、私の連関表が作る「一つの音」の意味、となります。なかなかこういうことって言語化しないので、なんだか「君の顔ってこうだよね」みたいに言われてる気分です。

自分のモデルが自分に生み出す意味は、おそらく何らかの潜在的な私の意図の結果であり、それを受け入れると独自論が進化しやすくなると自分で思っていたことがここでもまた体験できたような気がします。

 

無音とは何か

6本すべて「破」=六陰の卦(本卦)

䷁ 坤(こん)(地・受容・器・空の土台)

音を受け止める側(空間/器/余白)の領域の最大化。

空白の土台になる=次に何が鳴っても成立する器

 

6本すべて「(遷)」=全爻が変化する場合(之卦)

䷀ 乾(けん)(天・創造・起動・発する力)

本卦:䷁ 坤(完全な無音/器) → 之卦:䷀ 乾(完全な発音/起動)
という極から極への遷移になります。

 

無音は「終わり」ではなく、最大の準備状態、余白が臨界に達すると、次は「発する」へ一気に転ぶ。ただしその条件内部の熟成で決まる。

無音によって、全ての可能性が湧き立ち、つい音楽を作ってしまうんでしょうね。

無音=外界の欠如ではなく、選択の解除

無音=参照先が消え、内部生成が優位になる

全ての音の息吹が静かに満ちる状態をどう感じるのか、で人それぞれの生き方が触発されるんでしょうね。そういう意味で、音楽も無音も、人の心に引き起こす意義は全く同じなのだ、と陰陽の教えは響かせてくれているような。

 

この方面の話も、今後また色々と考えてご批判いただきながら展開していきたいと思います。