日本人の心の情景を変えたシンガーソングライター(改訂版)―研究レポート;ユーミン楽曲の和声分析と音楽的クオリアが紡ぐ作曲の手法―
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9.参考文献抜粋資料11
文献13茂木健一郎;芸術脳 (新潮文庫,2010)
茂木...失恋とか嫉妬とかっていう、ネガティブな感情を歌にしているのに、聴いているととても心地いい。ネガティブな印象に聴こえないんですね。そういう錬金術的なマジックの秘密はどういうところにあるんだろうって、ずっと疑問だったんです。
松任谷...ネガティブな感情だからこそ、ネガティブなまま伝えたくないという気持ちはありますね。
(中略)
茂木...(中略)でも、松任谷さんの作品世界って、すごくアダルトな、情念の世界と、すごくモダンな洗練された世界が同居してるじゃないですか。
松任谷...クリエイターって、その両方を持ってないと、いいものが作れないんじゃないかって気はします。女性性と男性性と言ってもいいのかもしれないけれど、いいクリエイターは両方を兼ね備えてる。(中略)
それはきっと、その曲にクオリアがあるからだと思うんです。(中略)私はきっと、歌でストーリーとか感情を伝えたいんじゃないんですね。そのことによって、たとえシチュエーションはちがっても、リスナーの人たちのそれぞれの記憶や想い出が鮮明によみがえってくるんじゃないかって。その曲を聴いた人の数だけ、いろんな物語になる。(中略)私が曲を作るときは、まず質感があるんです。『脳と仮想』って、すごくロマンティックな本じゃないですか。読んでつい泣けちゃうような箇所もある。なかでも「思い出せない記憶」について書かれたところ。思い出せない記憶に関する膨大な痕跡が自分の中にあるから、なにが起きるかわからない未来にも向き合えるんだっていう部分を読んで、本当にそうだなあって。(中略)
「春よ、来い」という曲を発表したとき、知りあいの子供、まだちっちゃな子なんですけど、「お母さん、この曲って悲しいね」って言ったらしいんですよ。子供ってボキャブラリィが少ないから、きっといろんな感慨を「悲しい」って言葉にこめたんだろうなあってうれしかったですね。茂木さんも書かれてだけど、「悲しい」という言葉には、たとえ自分が直接経験したものではなくても、いろんな悲しみの情報、記憶がこめられているわけじゃないですか。(後略)
茂木...(前略)松任谷さんの作る歌、詞って、やっぱり日本語を母語としてる人じゃないと書けないと思うんですよ。これは、詞だけじゃなくて、メロディなど曲の部分も含めてなんですけど。
松任谷...そうなんですよ。よく「英語で詞を書いて海外に出れば?メロディは絶対に受け入れられるんだから」って言われるんですけど、それは自分はちがうなと思うんです。
(中略)
松任谷...(前略)現実ではなく自分の頭の中でそういう失恋スキャンダルを作っちゃう。きっと、心が傷つくと、それを修復しようとなにかが心の中に生まれるんです。それが創作の大きな糧だと思うんですよ。
茂木...心の中で自傷行為をして、それが癒えていく過程で作品が生まれるんですね。でも、それって、すごく強靭な心を持っていないと耐えられないですよね。(後略)
松任谷...あと、さじ加減がすごく難しいと思います。度を超えてそういう脳内の自傷行為を行わず、こちら側に戻ってこれているから、きっとここまで創作活動が続けてこれたんでしょうね。(後略)
松任谷...(前略)過去だけじゃなくて、いまだってそう。ファンの人は私のことをすごく安定した人格の持ち主だと思っているかもしれないけど、けっしてそうじゃない。いつもいろんなことを考えて、「ああ、このことを徹底的に突き詰めて考えていくと廃人になっちゃうんだろうなあ」とか。
茂木...たとえば、どういうことを考えているときにそう感じるんです?
松任谷...たとえば「孤独」について考えたり。曲が思うようにできないときなんかは、とくにそんなことを考えたりして苦しいですよね。「私はもうこの世に用のない人間なんだ」って。
松任谷...(前略)曲もそうですよ。作るというよりも「発明」するというほうがしっくりするかもしれない。もとからあるなにかから、発見、発明するという感じ。どこにでもあるようでいて、誰かが発明するまではどこにもない。一度発明されると、最初からずっとそこにあったような気になるもの。
茂木...その曲がヒットするとか、商業的に成功することとはまったく関係のない、べつの喜びってきっとありますよね。だから、オリジナルなものを作る喜びをしっちゃうと、すでにあるものを参考にして作ろうとか、安易な創作をしようって気にはもうなれないんじゃないですか。
松任谷...やっかいなんですけどね、一度その快楽を知っちゃうと(笑)。自分が過去に作ってきたものとはべつのものをどんどん発見していかなきゃならなくなるので。
松任谷...以前、高橋尚子さんが「思い出との戦いです!」って言ってたのを聞いて、いや、本当にそうだなあって思いましたね。アルバム『A GIRL IN SUMMER』の1曲目の「Blue Planet」に「思い出との戦い 続けてるの」って詞を入れたぐらい(笑)。新しいアルバムを作るごとに、ゼロ以下からの出発をしてる気分なんですよ。
松任谷...自分をごまかせないんです。他の人がその曲を聴いて、「同じことやってる」って思っても、自分ではべつのことをやったという気持ちになれるものならいい。逆もそうですよね。一見、まったく新しいことのように見えても、自分の中で「これは前にやったことと同じだ」って思っちゃうと、もう、それはダメ。(後略)
松任谷...そのあたりは計算しつつも感覚的なものではあるんですよ。(中略)時代の空気と言葉の意味と、サウンドがうまく三位一体的にマッチすることで聴く人の心にヒットする。そんな世界をどう作るかっていうのは、本当に感覚的な作業ですね。
松任谷...(前略)私は私小説っていうのは、コンセプトとして使うことはありますけど、やっぱりそれはそのままじゃなくて、なにかしら虚構の世界を作ってるし、そのほうがいい作品になるっていうのに、何となく経験的に気づいたんです。
(中略)私が作っている世界は「ファンタジー」なんですよ。私の「中央フリーウェイ」って曲なんかがそうですよね。中央高速は(無料の)フリーウェイじゃないですもん(笑)。有料の高速道ですよね。その中央高速を「中央フリーウェイ」と表現することで、一種の幻想空間というか、ファンタジーの世界にしてるんです。
松任谷...(前略)私、ひとつ作りましたよ。けっこう世の中に広まってると思う。「ギャランドゥ」です。
茂木...え?
松任谷...知りません?(笑)男の人で下半身から胸まで体毛が続いてる様子を表現した言葉なんですけど(笑)。
茂木...え!知らない。
松任谷...ダメだなあ、茂木さん(笑)。西城秀樹さんの「ギャランドゥ」って歌があって、そのときの決めポーズと西城さんのかすれた声が妙にマッチして、へそ毛のある男性を「ギャランドゥ」ってあちこちで言っていたら、いつのまにかどんどん広がっていたんですよ(笑)。(後略)。あと、「爆睡」って言葉ももともと私が使い始めたんですよ。
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