音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

機能和声分析から心象連環分析(不定調性)へ〜Good day sunshineの#9thからの展開(2019)★★★★

2017-12-08-2019.10.16更新

Good day sunshine

open.spotify.com

(参考)

gakufu.gakki.me

不定調性論の楽曲理解の方法、

「この進行が言っていることを私が理解する」

といういわば、、心象を連環させる分析方法で、楽曲を理解し、自身の制作に応用する、というやり方を利用して、下記の進行を分析してみて下さい。

B  | F#  |B  |F#   |E   |E7  |

good day~

 A   F#  |B    |E |A    |

I need ~

というところだけ。どうでしょう。何か感じますか?何も感じませんか?

何か感じる人は不定調性的感覚が理解できます。感じたのはあなたの感性です。

パッと今の私の印象を即興的に書くと、

「あっけらかんとした雰囲気」

「ピーカン!という感じ」

なんて感じます。みなさんはどうでしょう。

「嫌い」「興味ない」でも結構ですが、その心象の人が音楽を楽しんだり、作ろうとは思わないでしょう。またビートルズが嫌い!という人もまた仕事しての音楽を行うことはできないでしょう(また範囲が狭くなる)。人の精神が豊かになれば、いずれは、あらゆる音楽を嫌悪せずに済むことはもちろん、虫の声にも、風の音にも、鼓の音にも、あなたはきっと感応できる人間になります。

ここで申し上げている音楽的な心象、とは音に対してポジティブで建設的な感応ができることです。嫌悪した感情を持ってその音楽を行う人はいません。クリエイティブになれる人のための心象の活用です。

 

この青字のEのところでメロディが#9thでブルージーにぶつかります。

これもE7(#9)にしなくていいのかな?とか考えるかもしれません。そういうふうに捉えると音楽の背景(和声)はどんどん普通になってしまいます。

一つルール(ここでいうルールとは他者から植え込まれたルール)を守ることで、他も他も、となり、あなたが元来持っていた野性は少しずつ去勢されていきます。

ルールによって洗脳されているので、音楽は汎用的なものになりますが、それはあなたが作り出した音楽ではありません。汎用性は汎用性が求められるときに発揮すればいいんです。それこそが音楽理論の目的あり、最初から音楽理論は個性の確立を目的にしてはいないんです。

=====

B  | F#  |B  |F#   |E   |E7  |

good day~

 A   F#  |B    |E |A    |

I need ~

この部分、おてんきピーカンなら、その雰囲気通り明るくM3rdを使いそうですが、ここだけぶつけてちょっとブルージーにするあたりの思考がポールの天衣無縫さを感じます。いや、たぶん英語圏て、こういう音感が普通なのだと思います。それだけ統一した何かで表現しよう、というのは日本だけなんじゃないか、と思うくらいです。

統一された価値観の中で戦って、そこで一番になることが知恵の使いどころで、それができた人がえらい、ルールを無視して一番なろうとする奴は抹殺しろ、という社会です。国民全体が何か紳士のスポーツでもやっているのではないか、という感じも受けます。批判ではありません。私のような者すら生かしていただいているので良い社会だと思います。ただ本来守らなくてもいいルールのある世界もあります。そういうところまで社会の規範を当て込んで同じ尺度で計り続けていても文化はそれを理解できる世界中の国々に流れていくだけです。アイディアだけを奪われます。

不定調性論をあえて言い続けるのは、そんな固い人ばかりじゃないよ!ということを自分に言い聞かせ続けたいからです。

 

バーンスタインがこの曲を賞賛した、なんて英語wikiに書いてあります。

そうなると誰もNG出せなくなるっていうのが洗脳社会の便利なところです。

少しでもこれから育つ才能環境の中に不定調性論的価値観が息づいていることを願います。そこからきと日本の音楽文化の才能はより自在にぶっちぎりで躍進していくと信じます。あなたは自分の才能がたとえどれだけ社会から外れていようと、自分を試す権利を持っています。

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またF#はVI度の感じ、を出しながらも決して「VIに行ったよ」という感じを与えません。わざわざ経過音を使って下がってきています"デデデデン"。まさに"I need to laugh"という文章感が音楽に現れています。ビートルズの心象の音表現はとても豊かです。そういう気持ちを音にしている、が成功しているバンドです。曲ごとに使用楽器も声色も、雰囲気も全て異なります。だからこそ難解なコード進行でも楽曲が別方向から理解され続けているのだと思います。

「全部おんなじ編成で、全部雰囲気おなじじゃん」という曲しか普通は作れないんです。

 

このF#は「VI度の和音」などではなく、"エッジ"になっているんです。この箇所、

 A   F#  |B    |E |A    |

I need ~

 A    |B    |E |A    |

でも歌えます。デデデデン!!とF#に落とすことで、コミカルな感じ、陽気な展開感を与えています。そういう「役割を持ったコード」であって、

VI度に向かった

だけではない、と捉えてみてください。ただ歩くのではなく、ぴーかんだから、ちょっと誰もみていない隙にスキップしたんです。

こうした自己解釈がコードアナライズの学習の先に自分で開発していくべき感性の話になるんですね。

もちろん権威に裏付けられた解釈ではありませんから周囲からはボロカス言われますが、約束します。あなたは音楽を本当に楽しく感じ、毎日音楽を作りたい、と思うはずです。芸能文化の身分を低く考えてきた日本社会には、芸能ごときはせいぜい苦しみ、もがきながら、命をかけて表現したうえで死んだ後に初めて認めてやろう、という気持ちになるもの、という認識があるだけです。文化は人の心そのものなので、文化が迫害されたら、人は社会を攻撃するか、心を無くして生きるしかなくなります。才能のあるものだけがやっていい世界ではなく、誰でも生まれてきたら、楽しめるだけ文化を楽しみ、心を豊かにしてそれを糧に社会貢献しよう、という意欲が労働を生まねばなりません。そこを履き違えている間はまだまだ幼稚な社会だと思います。

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ギター一本で演奏するとき、作曲するとき、ぜひありきたりな進行感をありきたりな指の習慣で弾くのではなく、そこにある雰囲気をもっと繊細に感じてみて下さい。音楽にいつも「初めて出逢ってください」。

実は、自分が学んできた音楽とは全く違う文化としての音楽がそこにあることに気がつきます。そしてそれを最初から知っている人の音楽にとても共感すると思います。その音楽がどんなジャンルでも。

 

 

課題を上げるとしたら、簡単です。 

:C△ |D△  | E△ | F△ | G△ | A△ | B△  :|

の七つのコードを使って曲を自由に書いてみよう。

 

です。

「お前の作った課題などやらない」「こんな安易な進行で曲作って課題になるかなるわけがない」と考えさせるのが社会があなたに押し付けてきた「紳士的スポーツのルール」です。誰かすごい人が出した課題を誰もが挑戦し、その中で一番になった人が素晴らしい、というっことで他人に評価されることでしか自分の価値を自分がわからない、という構造になっているんです。

お願いです、自分の価値、自分ができることを他者の尺度で決めないでください。そういう仕事もあるのでそれは仕方がないのですが、そうしたここ数千年で作られたルールよりもあなたの遺伝子に宿る50億年の宇宙の記憶の方がずっとあなたに親しいはずです。ぜひ一人で音楽を行うときぐらい、自分の心を堰きとめず表現してください。

私はそうしたことをビートルズのが曲の細部を見ていつも感じます。

あーヘッタクソだけど、すげーバンドだ!って中学の頃思えて良かったです。

で、今になって、この人たちテクニックすげーってなって、練習をろくにしなかった自分を時々戒めます。

 

不定調性論の心象連環分析の意義もお分かりいただけように、発信し続けます。