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音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

ハーモロディクス理論とは?;オーネット・コールマン「ジャズを変えた男」3 読書感想文

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普通、先輩から

「適当に吹くな」

って一言言われたらしばらく萎縮してやめてしまうところですが、コールマンはそれを無視して探求できる変人さがあった、と感じました。先に書いた「自分が何者か知りたい」という思いがあったからでしょうか。

 

また当時は斬新なその不可思議な自分の音楽の雰囲気に自ら神秘的なものを感じていたのかもしれません。時代もネオオカルト的な思想が盛りに向かっていましたし。

 

このコールマンの「クオリア頼りの演奏法」は当時ジャズの教材がなかった分、理解も展開も困難を極め、指導者は存在せず、周囲の理解者も少ない分、特にコールマンのような人間にとって独特で多大な偏見とストレスがあったことでしょう。

それでなくても退廃の象徴のようなジャズの世間体において、感じたまま弾いてそれで良し、なんて、まるでホームレスのその日暮らしのような印象を持たれる音楽存在です。当時、戦後の復興で勤勉をモットーにした世間でそれはなかなか許せるものでは無かったでしょう。

 

しかしオカルトの領域から知識無く見る者がいたら、コールマンこそが核心、真理、正しい方法である、などと感じた人もあるでしょうし、これがまた話をややこしくします。オタクが推しを殺す、というやつです。

ゆえに、よほどの信念が本人にないと、この状態で音楽の探求ができる、とは思えません。

 

コールマンは一瞬の"あいまいさ"を捉える能力に恵まれており、私の考えではその才能が彼の凶暴性に奥行きを与えている。この奥行きの深さは、空回りしがちなミンガスの怒りの表現や、コルトレーンのみごとなほどの自虐性には欠けており、よりモダンなカントリーシンガーたち、例えばライトニン・ホプキンスや、ロバート・ジョンソンなどの特色に通じるものがある。

                       ジャズ・マンスリー誌 

 このとき、まだライトニン・ホプキンスが存命だった頃の記事です。

   

それなりの表現がされています、が、所詮は「適当」である、ということを世間に示さないと、先のような"無知なネオオカルティスト"がそれを真理だとしてこうした批評を援用するでしょう。

現代はオカルトに頼らなくても、ネット検索で何とかなります。慰めのほとんどはインターネット上にあるからです。オカルトは必要無くなりました。その分逆にコールマンのようなスタイルはネット上には現在でもまれで、彼だけに実存する価値の高い存在になっていると言えます。

コールマンが現在生きていたら、どんなことをやったでしょう。

 

フリージャズは産業の発展とともに「チープなもの」に映っていきました。

しかし、現代においてはもっと別の意味を持つと思います。

バップシステムの探求は、行き着く先はコールマンのやり方が限界値になります。

そのまま即興をやってもコールマンを越えることは出来ません。先に彼がやってのけたからです。ただの真似で良いならそれでよいですが、そういった逃げ口上ではなく、本気でオリジナリティ、自分の探求をしたければ、あなたなりのクオリアの言語化、クオリアの旋律化を行って表現していくしかないと思います。そしてそれは常に誰も頼ることができません。20年ぐらい理解者が現れないからです。

 

「適当」と書きましたが、もちろんそれは"命がけの適当"だと思います(テーマのバランスは素晴らしいよね!)。

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アンサンブルにおける決め所がしっかりアクセントになっていて、全く飽きません。

またコールマンの音のキレ味の良さ=を感じさせるクオリア、が最高です。

そしてメンバーの音もまさにコールマンの目指すところを良く分かっていてちゃんと"競い合って"います。

純粋な音楽。

灰汁を取り除いだジャズ。

 

パーカーが生み出した未来のジャズ、ビ・バップを打破しつつ、パーカー以降は絶対に現れないと思われたジャズ・ジャイアントとなった「オーネット・コールマン」は、音楽はもはや意識や脳と戦うように扱うものだ、みたいになってしまって、ちょっと時代の先に行き過ぎてしまいました。

 

当時は誰もこの音楽の意味と位置付けを見つけられず、右往左往している様子が同書にも書かれています。

筆者もその意義や核心、それが何なのかについては触れていません。

テーマやテクニックが凄いだけに、「まさか、こんな手があったとは・・」という感じではないでしょうか。

 

私は、これを「一切のシステムを手放した音楽創造」と感じました。

頼る事の出来るシステム(バップ、調性、旋法)は一切なく、一歩間違えば「適当にしか吹けないやつ」「普通に吹いた方がまだまし」としか思われない可能性のある音楽、かつジャンル分けができないがゆえに孤立するしか選択肢が無い音楽表現、です。

そしてニーズのない音楽。これが一番キツイでしょう。

理解して無理くりでも使ってくれる人がいなければ、武満氏のような人物でさえ貧困にあえぎます。

同調圧力に弱い日本人ではなかなか選択できない世界観です。

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「適当」という表現はいかにも誤解を招きそうなので、何度も言い換えます。

「自らの感性にとって"適"切で"当"然なことを最初にちゃんと純粋に表現した男」

とでも言いましょう。

最初は、コールマンとの演奏に

「こんなのやっていられない!」

と怒って帰りだすメンバーがたくさんいたそうです。

コードに合わせないし、リズムのつじつまも無視するし、「適当にやるだけ」の音楽なんて、脳みそを使わないゴミくずだ、と思ったのでしょう。

しかし、バップのようには頭を使わないでしょうが、本当に脳は機能していないのでしょうか。

不定調性でクオリア頼りに音を紡いでるとき、当然普段とは脳の別の部位が動いていると私は思います。

   

そしてコールマンスタイルは無知ではできません。Cのときに何も知らず吹けば、調性が違う、と認識されるようなソロや、「あ、まちがったな?」と思わせるような場合が出てしまいます。出そうと思っていなくても手癖のコントロールが上手くいかず、「ただ間違ったソロ」みたいにすぐなります。録音されたコールマンのソロのように絶妙なバランスをとる事はとても難しいです。

これは知識と経験が不十分なままではコールマンスタイルは逆効果だ、ということです。そして教材もないので、やり様がありません。唯一近いのは不定調性論的思考によって自分の道があぶりだせるかどうか??というところでしょうか。・・とわたしが信じるのは自由ですので信じています笑。

 

Cm7でAマイナーペンタを弾けば"微妙"と思われるだけです。

コールマンスタイルの探求は理論的感覚、和音と旋律の関係がもたらすあらゆる雰囲気に精通している必要があります。怠惰で無知でいて良い、というわけではありません。コールマンが最終的に世界から評価されたのは、彼自身の勤勉な姿勢だったと思います。モンクとは違う学術的、教育主義的な勤勉さ。

でも二人とも自分を貫いた感が、出てますね。

コルトレーンも同じものを持ってたように感じますが、より調性の束縛をある種信じていたような生真面目さを感じます。コルトレーンのエモーショナルなバラードは、明らかに調性音楽への「未練」を私は感じます。

自分も10年ぐらいポップミュージックに未練を感じていたので分かる気がします。

 

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このコールマンの奇才の原因を示した、と思える、ガンサー・シュラーの有名な言葉があります。シュラーはオーネットと一緒に音楽を学んだ仲間であり、同級生です。シュラーの著書「初期のジャズ」は、不定調性論のブルースへの理解を推し進めてくれました。

初期のジャズ―その根源と音楽的発展 (りぶらりあ選書) 

 

彼が書く楽譜は、だれにも理解できなかった。「Dフラット」のつもりで「Bフラット」と書いたり、間違いだらけだった。「いっしょに勉強させてほしい」と、彼はいった。彼は八ケ月ほど、一度も遅刻せずに毎週まじめに私のアパートへ通ってきた。子どものころに彼が学校で受けた教育は、まったく役に立っていなかった。(中略)しかし、私の教え方が効を奏し、彼が理解し始めたと思える信じられないような瞬間が1度だけ訪れた。(中略)そのとき突然、彼は私を見つめると、「気分が悪い」と言ってうめき始めた。洗面所に駆け込み、十分ほど吐いていた---信じられなかった。戻ってくると、彼はこう言った。

「なんてこった。すまないな、ガンサー。何がどうなっているんだか、自分でもよく分からない。でも以前は理解できなかったことが、理解できたんだ。その衝撃で、このありさまだ。」

彼の目は、恐怖に満ちていた--もし黒人でも白くなることがあるとしたら、彼の顔は白くなっていた。(中略)彼は、二度とレッスンに現れなかった。

私は心理学の専門家ではないが、あの時何が起きたかをこう考えている---楽譜の正しい読み方と書き方について私が話していることを彼がおぼろげながら理解し始めたとき、自分がそれまで学んできたことが、一から十まで"間違って"いたと悟り、彼は動揺した。転調に関しても、彼はすべて逆さまに覚えていた。それだけではなく、長年の間に---彼はなぜか、あるピッチをある特性と結びつけて考えるようになったらしい。言い換えれば、ある音は常に弱拍であり、反対にほかのある音は常に強拍だと認識していた。彼が現在のようにきわめて独創性のあるインプロヴァイザーになれたのも、正規の音楽教育は受けなかったおかげだ、と私は常々主張してきた。すべて、彼に備わった天賦の才である。 

 

これはどのくらいの衝撃でしょうか。。。想像もつきません。

「君は余命10日だろう」と言われ、本当に死を悟った瞬間、ぐらいかな???

 

もし、この話が本当で、「誤った理解や学びがまれにみる新しいジャズを作った」という美談に繋がるのだとしたら、やはり自分の価値感程度で何かを決めてはいけないな、と思ってしまいます。

「すべてに意味がある」みたいな事を言うつもりはありません。

 

自分も経営に携わり、「意味は自分で作らないと意味はすぐ死ぬ」ということを知ったので、ほとんどどんなことも「自ら創造しないと生まれない」ことを理解しました。無理して作り出すときもあるのだと思います。勝手に価値にはなりません。


「彼はなぜか、あるピッチをある特性と結びつけて考えるようになったらしい。言い換えれば、ある音は常に弱拍であり、反対にほかのある音は常に強拍だと認識していた。」

これはバップの考え方かな、と。つまり、

コードトーンは強拍に、それ以外のつなぎ、現在でいうコードスケールトーンは弱拍に、のことです。

当時はジャズの専門教育がなかったとはいえ、シュラーがそれを知らなかったとは思えませんが。あまり突っ込まないでおきましょう。


 

大切なことが一つ分かります。

誤った学びにたいして、周囲を責める暇があるのならば、自分なりに今できることを、その経験を活かす工夫に今すぐ時間を割け、です。

 

第四回

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==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題== 

この人の場合、"ジャズを変えた男"という文字面以上の意義を感じました

オーネット・コールマン―ジャズを変えた男