前回
普通、先輩から
「適当に吹くな」
って一言言われたら萎縮してやめてしまうところですが、コールマンはそれを無視して探求できる変人さがありました。
「自分が何者か知りたい」=自分が生きるためには独自論を完成させ極めなければならない、という強い思いがあったからでしょうか。
このコールマンの「クオリア頼りの演奏法」は当時ジャズの教材がなかった分、理解も展開も困難を極め、指導者も存在せず、多大な偏見とストレスがありました。
しかし当時流行したオカルトの領域からジャズの知識無く見る者が、コールマンこそが核心、真理、正しい方法である、などと感じてしまうと、これまた話をややこしくします。
コールマンは一瞬の"あいまいさ"を捉える能力に恵まれており、私の考えではその才能が彼の凶暴性に奥行きを与えている。この奥行きの深さは、空回りしがちなミンガスの怒りの表現や、コルトレーンのみごとなほどの自虐性には欠けており、よりモダンなカントリーシンガーたち、例えばライトニン・ホプキンスや、ロバート・ジョンソンなどの特色に通じるものがある。 ジャズ・マンスリー誌
まだライトニン・ホプキンスが存命だった頃の記事です。
それなりの表現がされていますが、所詮は「適当」である、ということを世間に示さないと、先のような"無知なネオオカルティスト"がそれを真理だとしてこうした批評を援用するでしょう。
フリージャズは産業の発展とともに「チープなもの」に映っていきました。
しかし、現代においてはもっと別の意味を持つと思います。
バップシステムの探求は、行き着く先はコールマンのやり方が限界値になります。
そのまま即興音楽をやってもコールマンを越えることは出来ません。
アンサンブルにおける決め所がしっかりアクセントになっていて、全く飽きません。
またコールマンの音のキレ味の良さ=を感じさせるクオリア、が最高です。
そしてメンバーの音もまさにコールマンの目指すところを良く分かっていてちゃんと"競い合って"います。
純粋な音楽。
パーカーが生み出した未来のジャズ、ビ・バップを打破しつつ、パーカー以降は絶対に現れないと思われたジャズ・ジャイアントとなった「オーネット・コールマン」は、音楽はもはや意識や脳と戦うように扱うものだ、みたいになってしまって、ちょっと時代の先に行き過ぎてしまいました。
また、彼の絶望的な程に素晴らしいリズム感が、十分に彼の出す音を音楽として成り立たせていました。どんなふうに即興的に吹いてもリズムが崩れず、崩れてもブロウして「叫び」のクオリアを人に与えてしまう。
当時は誰もこの音楽の意味と位置付けを見つけられず、右往左往している様子が同書にも書かれています。
頼る事の出来るシステム(バップ、調性、旋法)は一切なく、ニーズのない音楽。
いちいちキツイです。
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最初は、コールマンとの演奏に
「こんなのやっていられない!」
と怒って帰りだすメンバーがたくさんいたそうです。
コードに合わせないし、リズムのつじつまも無視するし、「適当にやるだけ」の音楽なんて、脳みそを使わないゴミくずだ、と思ったのでしょう(適当にやっても脳はフル回転してます=脳科学)。
そしてコールマンスタイルは無知ではできません。Cのときに何も知らず吹けば、調性が違う、と認識されるようなソロや、「あ、まちがったな?」と思わせるような場合が出てしまいます。出そうと思っていなくても手癖のコントロールが上手くいかず、「ただ間違ったソロ」みたいにすぐなります。
Cm7でAマイナーペンタを弾けば"微妙"と思われるだけです。
まるでテーマのようなコールマンのソロのように絶妙なバランスをとる事はとても難しいです。
フリーの凄みはこのルールのないところでの抽象的な戦いの中に意味を見出せる力です。人生そのもの笑。
コルトレーンも同じものを持ってたように感じますが、より調性の束縛をある種信じていたような生真面目さを感じます。コルトレーンのエモーショナルなバラードは、明らかに調性音楽への「未練」を私は感じます。
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このコールマンの奇才の原因を示した、と思える、ガンサー・シュラーの有名な言葉があります。シュラーはオーネットと一緒に音楽を学んだ仲間であり、同級生です。シュラーの著書「初期のジャズ」は、不定調性論のブルースへの理解を推し進めてくれました。
彼が書く楽譜は、だれにも理解できなかった。「Dフラット」のつもりで「Bフラット」と書いたり、間違いだらけだった。「いっしょに勉強させてほしい」と、彼はいった。彼は八ケ月ほど、一度も遅刻せずに毎週まじめに私のアパートへ通ってきた。子どものころに彼が学校で受けた教育は、まったく役に立っていなかった。(中略)しかし、私の教え方が効を奏し、彼が理解し始めたと思える信じられないような瞬間が1度だけ訪れた。(中略)そのとき突然、彼は私を見つめると、「気分が悪い」と言ってうめき始めた。洗面所に駆け込み、十分ほど吐いていた---信じられなかった。戻ってくると、彼はこう言った。
「なんてこった。すまないな、ガンサー。何がどうなっているんだか、自分でもよく分からない。でも以前は理解できなかったことが、理解できたんだ。その衝撃で、このありさまだ。」
彼の目は、恐怖に満ちていた--もし黒人でも白くなることがあるとしたら、彼の顔は白くなっていた。(中略)彼は、二度とレッスンに現れなかった。
私は心理学の専門家ではないが、あの時何が起きたかをこう考えている---楽譜の正しい読み方と書き方について私が話していることを彼がおぼろげながら理解し始めたとき、自分がそれまで学んできたことが、一から十まで"間違って"いたと悟り、彼は動揺した。転調に関しても、彼はすべて逆さまに覚えていた。それだけではなく、長年の間に---彼はなぜか、あるピッチをある特性と結びつけて考えるようになったらしい。言い換えれば、ある音は常に弱拍であり、反対にほかのある音は常に強拍だと認識していた。彼が現在のようにきわめて独創性のあるインプロヴァイザーになれたのも、正規の音楽教育は受けなかったおかげだ、と私は常々主張してきた。すべて、彼に備わった天賦の才である。
「彼はなぜか、あるピッチをある特性と結びつけて考えるようになったらしい。言い換えれば、ある音は常に弱拍であり、反対にほかのある音は常に強拍だと認識していた。」
これはバップの考え方かな、と。つまり、
コードトーンは強拍に、それ以外の音は"つなぎ"、現在でいうコードスケールトーンは弱拍におく、という慣習のことです。
当時はジャズの専門教育がなかったとはいえ、シュラーがそれを知らなかったとは思えませんがあまり突っ込まないでおきましょう。
だからコールマンの覚え方は超実践的で、吐くほど誤ってはいません。結局バップ研究はそうした拍内のメロディの種類を考えることからスタートします。
また「「Dフラット」のつもりで「Bフラット」と書いたり、間違いだらけだった。」
というのも移調楽器と実音との違いを示しているように感じられます。
相手の誤りを責める暇があるなら、自分ができることやりや、ですね。
第四回