音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

米津玄師「馬と鹿」;ブルーノートとレッドノートと不定調性的作曲(コード進行あり)

2019夏休みのお勉強記事です。

この時期に、またクセのある新曲が発表されました。

flamingoでまとわりつく輩を振り切って土俵を更地にした後、あらためて名刺代わりのルーツ的音楽性をぶっこんできた曲。玄人向け?とも感じました。

曲全体がどうこう、というのはもっとキャッチ―に語れる人にお任せします。

ここでは完全プライベートに面白いと思ったところを切り取ります。下記がこの曲の価値を表現しているわけでは断じてありません。

 

この記事では、ちょうど拙論的なアプローチと思われるシークエンスがあったので、どうやってこうした音楽表現を構築していけばいいか、という事について触れてみたいと思います。

 

誤解を恐れず申し上げれば、下記の内容はあなたが楽器を練習し、自分なりに弾いてみなければ得られない感覚の領域です。

しかしこれは能力とかは関係ありません。ノウハウ(楽器を覚えてorDAWで打ち込む技術)は揃っていますので、後はそこに飛び込むか飛び込まないか、という選択だけの問題です。

 

記事は随時加筆修正しています。

 

まずはコードを起こしてみましょう。

"馬と鹿" 

~アナライズ用コード~

<A>

 Cm  Ab | Bb  Eb    /D | Cm  F7/A |Bb  Eb |

 Cm  Ab | Bb  Eb   /D | Cm7(13) F7/A  Bb | Eb  |

 <B>

Ab  Eb | G  Cm7 | Db  Eb | Fm    |

Db  Ab | G(#9)  Cm7 | Ab  Bb|Eb    |Eb7  |

<サビ>

Ab Bb | Cm F | Dm7(b5) G7 | Cm7 C7 |

Ab Bb | Cm F | Ab Bb | Cm7 Eb |

Ab Bb Cm  Gm | Ab Bb Cm Eb | Ab Bb Cm Gm |2/4 Ab Bb|

4/4 Eb | Eb |2/4 N.C.(Eb G7 ) |

<間奏>

Ab Bb Cm Gm| Ab Bb Cm Eb| Ab Bb Cm Gm| F#aug/G(またはF#dim/G)G7 Cm  |

<A>

Cm  Ab | Bb  Eb    /D | Cm  F7/A |Bb  Eb |

Cm  Ab | Bb  Eb /D | Cm7(13) F7/A  Bb | Eb  |

 <B>

Ab  Eb | G7M7  Cm7 | Db  Eb | Fmadd9 Fm  Fm7  |

Db  Ab | G7(#9)  Cm7 | Ab  Bb|Eb    |Eb7  |

 

<サビ>

Ab Bb | Cm F | Dm7(b5) G7 | Cm7 C7 |

Ab Bb | Cm F | Ab Bb | Cm7 Eb |

Ab Bb Cm  G | Ab Bb Cm Eb | Ab Bb Cm G | Ab Bb  Eb|

<間奏>

Ab Bb Cm Gm| Ab Bb Cm Eb| Ab Bb Cm Gm| F#aug/G(またはF#dim/G)G7 Cm |

<C>このCパートはコードで作られていないので各位が響く和音を探す必要があります。コードネームを当て込んで考えない方が良いです(それをやるとチープになります)。

D#m A#m B  F# | Fm G#dim7 Cm D7 |

Gm Cm F Gdim7 | Dm7(b5) G7  Cm |

D#m A#m B  F# |Fm G7 Cm Gm |

Ab Bb Cm Gm |Ab Bb Eb  |Eb     | B/D#    |Eb  |2/4Eb    |

 <サビ>

Ab Bb | Cm F | Dm7(b5) G7 | Cm7 C7 |

Ab Bb | Cm F | Ab Bb | Cm7 Eb |

Ab Bb Cm  Gm | Ab Bb Cm Eb | Ab Bb Cm Gm | Ab Bb  Eb|

Ab Bb Cm  G | Ab Bb Cm Eb | Ab Bb Cm Gm| Ab Bb  Eb|2/4Eb  |

B/D# C#/D# | B/D#  |

   

注)赤字の音は旋律音として鳴っています。

 

これ、コードで考えてもだめだわぁ…。と、コードに起こして分かりました笑。

人間性がゆらゆら揺れる前半、野性味たっぷりの後半、という大河のような流れがあります。

 

ポイントを2つに絞りました。

・不定調性的進行は何故可能か。

・"アヴォイド"ノートの利用についての超法規的処置

 

作曲をする人は、いつも己と戦っています。

これまで作ってきた曲はそれまでの自己ベスト、それを毎回超えていかなければならないスポーツ選手の心持ち的な。そしてそれがないと曲は生まれない。キビシー!

 

不定調性的進行は何故可能か。

凝っています。ボカロ曲的混沌があります。擦れたカッコ良さ。

このようにコードを縦横無尽に活用するには、理屈や方法論ではなく「コードの連結感」をあなたが自身の捉え方で感じて連鎖させていけば、変わった曲自体はすぐできます。

 

この曲では

Ab--Bb--Cm

とか

Ab--Bb--Eb

とか、これが移調された

Db--Eb--F

等で解釈される流れが出てきます。これらの理屈は知らなくても、音楽やる人はこの進行はよく聞いたことがあるはずです。この「よく聞いたことがある」という感覚が分かる人はコードからの作曲が出来ます。

:Ab |Bb  |Cm  |Cm   :|

というのを弾いて「は?なにこれ?」という人にコード作曲は難しいです。でもメロディや歌詞からも曲は作れるので自分のやり方を鍛えて。

これはいわゆる「エオリアンの特性進行」なのですが、そんなこと知らなくてもコードの押さえ方を知っていれば弾いて歌うことができます。このコード進行を繰り返し弾くだけで、

いくらでもメロディが出てくる貴方。早く作曲しましょう。

例えばこれを無造作に連鎖させます。

Ab Bb |Cm    |Ab Bb |Cm    |

Db   Eb |F    |Db   Eb |F    |

G  Ab  |Bbm  |G  Ab  |Bbm  |

音楽理論的にこれがなんだ??とか分からなくてもこのようにシークエンスをつなげて、メロディを自在に作れる人がいます。まあだいたい業界人は作れます。

この進行に「意味」「クオリア」「共感覚的知覚」を感じるからです。それが「動機」となり、自然と口をついてメロディが出ます。ここまで、理屈ではないです。それを才能と言います。

理論が分からない頃は、その進行が理論的に何なのかは知らないが、 これは例えば恋のはかなさを歌っている、と"分かる"ので、そのまま感じるままにメロディを乗せ、歌詞を載せることができます。特にボカロ文化では顕著に進化しました。音楽理論が活かされるのは、これができた後なんです。

 

不定調性的コード進行は「知ってるコード進行の無造作な連続(未関連な脈絡の連鎖)」です。

よく使われるコード進行の断片A |よく使われるコード進行の断片B |

よく使われるコード進行の断片C |よく使われるコード進行の断片D |

という連結において、音楽理論的にメチャクチャでも、作曲者がそこに意味(脈絡)が感じられて、メロディを当てられて、歌詞が当てられて、「これはこういうことを言っているのだ」と"翻訳"できるのであれば、そこに音楽は出来てしまいます。

ここも理屈ではないです。作曲できる人に聞いてみてください。

なぜそこにそれを持ってきたのか、きっとうまく説明できません。考える前にそれは出てきてしまうからです。説明はすべてあと付けです。不定調性論では、この感覚そのものを理屈よりも重視して鍛え上げる方法論です。そうすれば自分らしい曲ができるからです。それができた後、音楽理論を学びたければ学べばいいんです。

 

そこに機能だとか、調だとか、音階という話を持ち込むと結局誰でも作れるような音楽しかできません。知識を超えるためには自分に戻るしかありません。

対位法をみっちり15年かけてマスターして、それを忘れなさい?って言われて忘れられる人はこれが出来ます。

米津氏だけではありませんが、このすべての理屈を吹っ飛ばしてゼロに戻してくる感じが好きです。混沌でもあり、まだ誰のものでもない土地に立ったような興奮。

いま、自分、何がやりたい?

を真剣に考えられる人のためのアプローチ。

   

同曲Aセクションの

Cm  Ab | Bb  Eb  /D | Cm  F7/A |Bb  Eb |

においてドリアンのIV7であるF7のところ(「麻酔も」の「も」)で「あれ??」っていう意外性が来ますよね。これってなんでこんなコードが使えるか?っていうと、これはひとつの考え方を述べれば「ギタリストの手癖」というだけです。キーをCにすると、

f:id:terraxart:20190813023117p:plain

C    |G/B    |

という進行は、一見分数コードが出て来て知的にみえますが、パワーコードからだと一音動かすだけです(上図の黒囲みから赤囲みへ、六弦が一音左にずれるだけ)。

この押さえ方を覚えると、他の作曲時に、何となくササっと動かしてこの響きを用いてメロディが浮かんでくる場合があります。この理屈覚える前から、この指の動きを覚えている人もいるでしょう。理屈を知らないからと言って使ってはいけないとは言えない、というのが不定調性論的思考。あなたが感応するから使っているのであって、それは才能の賜物です。どんどんその感性をこすってこすって磨きましょう。

押さえ方も簡単なので、この響き感を覚えて、使える、と思ったら、理屈関係なく、ランダムに使ってみて試してみてください。

このように「指一本動かすと出来るコード進行」が他にもたくさんあります。

何度も書きますが、人によってはこれが何のコードかを知らない人もいます。で、その響きが好きで、カッコイイと思っていれば、それを作曲時に繰り出すことで、和音の流れからインスピレーションを受け、作曲はできてしまいます。

作曲できる人が音楽理論を勉強しない理由は曲が出来てしまう、というのと、もう一つ、自分のやり方が間違っていると知るのが怖いので理論的追及をしない、というのも天才が理屈に縛られるのを嫌う理由です。これでは学問と天才的才能が剥離するだけです。だから不定調性論では、あなたのインスピレーションを「音楽で最も大事」とします。だからあなたの作り方、アプローチ、それらを肯定することができます(反社会的行為での作曲は最後に自分を苦しめるので推奨しませんが)。 そこから、より"自分を学びたい”、という欲求をもっていただくための考え方です。

 

「思ったままにやってできることが本当の自分」

と割り切って取り組む"自分を学ぶ"学習方法を普段の勉強と並行して行っていくと、あなた自身が失われないで済むと思います。私は四十路になってそれに気が付いたので全然自慢できないですが、そうした「不完全な自分にもともと潜んでいた大きな価値」を認められる音楽論・作曲技法を作っています。

不定調性論の学習内容インデックス

 

他記事でも書いていますが、コードを10個覚えたら、それをただ気持ちのままに並べてコード進行を作り、曲を感覚のままに作ってみましょう。

これまではそういう曲は「稚拙だ」と言われる運命にありましたが、それを不定調性論的作曲法と名付けたので、少なくとも私はまじめに聴く準備があります。あなたが思うままに真剣に作った曲なら、そこに真のあなたが隠れているからです。そこからが訓練ですし。それでも誰もあなたを真に助けてはくれないのです。

自分を肯定する、というのは若ければ若いほど困難です。だからそれを肯定できる方法論が必要だと思ったのです。

これが誰に学ぶ事もなく生まれ持ってサクッとできる人を天才と呼びます。

 

"アヴォイド"ノートの利用についての超法規的処置

<B>

Ab  Eb | G  Cm7 | Db  Eb | Fm    |

Db  Ab | G(#9)  Cm7 | Ab  Bb|Eb    |Eb7  |

~~~~~~~~~~~~

 <B>

Ab  Eb | G7M7  Cm7 | Db  Eb | Fmadd9 Fm  Fm7  |

Db  Ab | G7(#9)  Cm7 | Ab  Bb|Eb    |Eb7  |

本曲にも、二つのBセクションにおいて意図的な不協和音が使われています。G7という属和音が崩れながらもぎりぎりの役割を果たしています。

1コーラス目のG7(#9)はまあいいです。ジャズのコードですし、ジミヘンコードですし。このG7においてm3rdの音がメロディで出てきます。これもまた擦れるような切ない音です。

それが2コーラス目ではさらに擦れて痛みすら覚えるコードになってきます。

G7M7というコードを知っていますか?

当ブログではチック・コリアが使用した、的に紹介したかもしれません。

同曲では、やはりメロディでブルーノート又はレッドノート(独自論用語です)的にGの上でM7が響きます。これは本来明確なG7の響きの上で長く伸ばすとアウトです(G7が機能する場合、M7音はその機能を阻害すると偉い人が考えた思想が広く行き渡っている、というだけで別に自然の摂理に反している、とかという根拠は何もないので、使えるとあなたが信じるならぜひ使ってやってください)。

「噛み締めた砂(す)の味」

の「な」です。傷口に刺さってくるような音です。ブルージーで新鮮な違和感を感じます。新作映画で見たこともないような新たなタイプの犯人キャラが物語冒頭ででてきたような感じ。ワクワクしかない。そんな風に感じる自由を自分に与えるのが不定調性論の考え方です。

   

きっとメロディの流れで自然と出てきた音でしょうが、こういう音はスケールの勉強をし過ぎる一時期使えなくなるタイプの音ですね。学問はこれを「Avoid note」といます。

(注;これは私のコード解釈がG7だから使えないと思い込んでいる、という場合もあります。実は別のコード解釈が可能で、全然アヴォイドではなかった、ということもあり得ます。)

 

この音はG→AbM7的な進行感を感じたか、ブルーノート的な「半音ずり上がり効果による軋み」をササっと感じて入れ込んだのか、いずれにせよこういうところに天賦の才を感じます。

絶対に真似できないと感じるし、とてもクリエイターを刺激する音を発するアーティストなので、当ブログでは何曲も氏の楽曲を追いかけています。

  

コードの上でどんな音が使えるかではなく、「コードスケールを考えない」ということの方が最終的には自由になれます。むしろ「どうやってこの音使ったらうまく響くか」ぐらいに考えてクリエイトした方が良いです。そうした思考を邪魔しないためには理論学習のやり方を根本的に変えなければなりません。

つまりルールのカギを握っているのは国家でもでコード会社でも教科書でも講師でもなく、あなた自身なのだ、という観点での学習方法です。

これはまだまだ世間ではかなり周囲と軋轢を生みますので、黙って実践しましょう。

「俺はオレ流でやるぜ!伝統なんてクソクラエだ!!!」

とか宣言すると抹殺されます(経験済み笑)。黙ってやるんです。氏のように。

 

不定調性論では、コードスケールはなく、和音の上で使える音は12音すべて使えます。

これを可能にするには、一つ一つ使い手のイメージを明確にしていく訓練をやります。

たとえば、

CM7(b9)

という和音があるとき、まずどうやったら綺麗に響くかを考えます。

転回すれば別のコードになるのでヴォイシングはどうにでもなるのですが、問題はその後です。

「その和音はあなたにとってどういう意味を訴えてくる和音か」を考えて定めておきます。たとえば「濁った聖水」とか「表面的な納得」とか。変な日本語でも良いです。それが詩的で、音楽表現に使えそうな何かを有しているなら、それは使えます。これが具体的に感じられるまでは訓練です。

せっかく学んだアヴォイドノートの知識は台無しですが、それ以上に大切なのは、この訓練によって今のあなたが何を感じる生き物なのかを知る事ができる、という点です。

AM7(b9)|Bm7(b5)|EM7(#13)|AM7(9)|

こういう進行で何かメロディが浮かぶ人は不定調性論的感覚をお持ちです。

 (上の音源)

変な進行(「馬と鹿」参考) | rechord - 演奏もできるコード進行共有サービス

注;EM7(#13)はE7M7同義です。上記音源サービスでこの和音を表現するために便宜上用いました。

=====

今回の曲の間奏部分、Cメロはベースとなる旋律にまとわりつかせるように音を重ねていったようなイメージを受けました。コードというよりも旋律の連鎖で出来ている流れのようです。

絶対にコードで考えないでください。

ベース音は最大公約数的に選ばれているようであり、シークエンスの横の連鎖で時間軸が成り立っています。対位法的な作り方ですよね。旋律を複数重ねていくことで出来上がるラインであり、縦に割ってコードを考えず、不協和になることを避けようとするのではなく、自分の意思が反映されているかどうかを優先しているように感じます。まさに不定調性論的な作曲のアプローチだと思います。手前味噌で恐縮です。野性味。

もちろん、氏にはきっと氏だけのやり方があると思います。私の書いてることは無視してください。

 

<間奏>

Ab Bb Cm Gm| Ab Bb Cm Eb| Ab Bb Cm Gm| F#aug/G(またはF#dim/G)G7 Cm |

間奏最後のF#aug/Gという「半イキスギコード」みたいな解釈の部分は、コードを弾いているわけではなく、ミストーンのような、いえ、例えていうなら"蟲が魂の上をうごめくようなリフ"による表現がなされています。このコード表記はあくまで解釈であり、かなり端折っています。

Abの上でわざと不協和な音を用いています。

「ミストーンをする主人公」のワンシーンを切り取ったかなのような効果を感じます。

 

当然augなのかdimなのかも解釈もできません。時折ミストーンでも「楽曲の流れの脈絡」を引き立たせる場合は採用されます。ここの意図は分かりませんが、危うい感じがちょっと前衛的で、曲の最後の雰囲気を予兆してイメージさせるような「崩れ」なので面白い効果を出していますね。

 

こういった雰囲気が前作までに出来上がったノイズ混入の概念が進化した形であることは間違いないのですが、この方法はそれをジャズの歴史で最初に極めた人がすでにいます。オーネット・コールマンです。難しいのは協和させない加減、とされています。

形式をすべて無視、伴奏無視、メロディ無視。今回のエンディングもかなり近代音楽の響きになっています。

 

このままいくとコールマンの二の舞(良い意味)になってしまうので、あらかじめコールマンの行き着く先の結果を述べておくと「今応援してついてきているファンが付いて行けなくなるほどの次元」に行かないで!みたいな笑。

まあ、それは私達のわがままなのですが。

コールマンとともに芸術を育てた人たちでさえ、ハーモロディクスには眉をひそめたほどです。才能の進化と社会の停滞との剥離。

氏には一緒に社会も引っ張っていっていただきたいです。そうでないと、単に死後評価される人、になってしまいます。まあそんなこと気にしてたらartなんて出来ないか。一講師の世迷い事でした。

 

それでも、そっちの表現のゴールはすでにコールマンによって極められています。

・意味のないものが持つ意味

・矛盾しないと見えてこない答え

・混乱状態じゃないと生まれない秩序

この辺りの加減が次の目標になるのかなぁ??なんて勝手に考えたりしています。

パプリカとは違うもうひとつの人格によって書かれた作品、、この方向の進化の先がすごく楽しみです。

米津ワールド独自の音楽解放戦線を応援したいです。

まさに、to be continued...ですね。

 

==コーヒーブレイク〜M-Bankロビーの話題==

意味を考えないで読むと意味が分かるよ。。的な。

 

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