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M-Bankユーミン楽曲(コード進行・歌詞)研究レポート公開シリーズ8~ユーミンの名作詞★★★

日本人の心の情景を変えたシンガーソングライター(改訂版)

―研究レポート;ユーミン楽曲の和声分析と音楽的クオリアが紡ぐ作曲の手法―

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7歌詞の音楽的風景 その2

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<12月の雨>

「時はいつの日にも 親切な友達 過ぎてゆくきのうを 物語にかえる」

 

<魔法の鏡>

「手帳につけた誕生日も そっと遠くでお祝いするわ」

※『返事はいらない』で見られたような、暗示的、魔術的歌詞である。カレンダーには相手の名前が書いてあるのだろうか、イニシャルが書いてあるのだろうか。それを書いた当時のワクワクするような感情の名残のようなものを感じる。「魔法の鏡 持ってたら あなたのくらし映してみたい」とあるとおり、ファンタジーなテーマである。このような曲も「魔法の鏡」をテーマにして歌詞を書いてみよう、ということ、もしくは、カレンダーの中の友人の誕生日のマークを何気ないタイミングで見て、はっといろいろなことを思い出した時、こうした歌詞が書けそうなユーミンの発想力が出ているようにも感じた。

 

<たぶんあなたはむかえに来ない> 

「たぶんあなたはむかえに来ない こんな激しい雨 たぶんあなたはむかえに来ない フラれてしまった」

 

<私のフランソワーズ>

「街の上で 溶けてゆく夕映えを 窓にもたれ じっとながめていたい」

※この一文だけで、歌詞の構図が決まってしまう。こうした文章を見て、このボーカルのリヴァーブ感を感じるだけで、それがオレンジ色、または夜に近づいていく暗さのような匂いや時間帯の忙しなさ、切なさを感じることができよう。これは夕焼けの歌なのかもしれない。そして「あなたの歌に 私は帰るのよ」という言葉によって、どこか魔術的な時間や瞬間を切り取ったようになる。核となるメッセージがあり、印象的な風景がある、そういうに観点からの書き方でユーミンの歌詞は、メロディと和声の上で、色彩を放つのかもしれない。

 

<旅立つ秋>

「夜明け前に見る夢 本当になるという どんな悲しい夢でも 信じはしないけれど」

「明日あなたのうでの中で 笑う私がいるでしょうか」

「明日霜がおりていたなら それは凍った月の涙」

 

アルバム『コバルトアワー』より

<何もきかないで>

「何もきかないで どこから来たのか 何をしてきたか あなたはきかないで」

「もっともっとはやく めぐり会えたなら 悲しい秘密は なかったはずなのに」

「だからきかないで どこから来たのか さよならするまで あなたはきかないで」

   

<ルージュの伝言>

「しかってもらうわ My Darling! しかってもらうわ My Darling!」

 

<少しだけ片想い>

「ブーメランみたいに 遠くへ飛ばしても わたしがかえるって 思ってるのね」

 

<花紀行> 

「過ぎゆく春の 投げる口づけは 髪に両手に はらはら停まる」

「薄紅が なんて優しいの 拾い集める人もいないのに」

※個人的に二行目が大変印象に残っている。自然の摂理の人の想いとは関係のないはたらき。誰の目にも留まらないような路地裏(実際は川をイメージした曲ということだが)に、まるで花道のようになっているその映像はとても静かで、美しい。音楽で表現する静けさは、前後との対比である。強拍にアクセントを打っていくようなメロディがとぼとぼと歩く感じ、また独りつぶやきながら、物思いに耽りながら歩く感じを覚えた。折々、織り織り綴られていく、というイメージがぴったりの和の曲調である。

 

<雨のステイション> 

「六月は蒼く煙って なにもかもにじませている」

「霧深い町の通りを かすめ飛ぶつばめが好きよ」

 

アルバム『14番目の月』より

<さみしさのゆくえ> 

「こんなわたしでもいいと 言ってくれたひとことを 今も大切にしてる私を笑わないで」

※この一文だけでも、過去の恋についての歌ができそう、そう感じた素敵な歌詞だったのでここに取り上げた。人の感情のなかにそっと寄り添っている根源的なメッセージが一つあれば、ストーリを肉付けし、4分の曲を創ることができるスキルを磨け、ということなのだろう。

 

<朝陽の中で微笑んで> 

「カード一枚ひくように 決まるさだめが とてもこわい」

 

<何もなかったように>

「昨夜の吹雪は 踊りつかれ 庭を埋づめて静かに光る」

「人は失くしたものを胸に美しく刻めるから いつも いつも 何もなかったように 明日をむかえる」

※一行目は、この曲のAメロの冒頭部分だが、ふんわりとしたけだるい感じが、「踊りつかれ」という言葉とフィットしていると感じた。まさにメロディと和声の流れが、「〜し尽くしている」という熟語のように感じ取れたので、この冒頭の歌詞は、音楽的に印象に残っている。「メロディが呼ぶ言葉を探す」というのはこういうことなのだろうか。

 

<避暑地の出来事>

「避暑地の木漏れ陽は 竹細工のように 綾とりしているわ 帽子の上で」

 

<晩夏(ひとりの季節)>

「ゆく夏に 名残る暑さは 夕焼けを吸って燃え立つ葉鶏頭(はげいとう)」

「空色は水色に 茜は紅に やがて来る淋しい季節が恋人なの」

「丘の上 銀河の降りるグラウンドに 子どもの声は犬の名をくりかえし」

「藍色は群青に 薄暮は紫に ふるさとは深いしじまに輝きだす」

※私は、こういう歌詞がユーミン的世界の情景だと考える。ニューミュージックという音楽が登場してから日本人の若者の心に色づいた心の情景は、こうした色調を持っているのではないか。またこうした音楽の存在によって(好きな曲は各位それぞれだと思うが)心の安住の地を想い描くのではないだろうか。淋しさと美しさと、鮮やかさと淡い色合いに香るように流れる日常の匂いがユーミンの歌であるからこそ、あの当時から現在までの多くの人のスタンダードであり続けているのではないだろうか。今この曲を聴いても私個人の意見を言えば「美しい風景」「田舎の風景」は「心の故郷」であり「安らぎと日本の現実の有り様の象徴」のように思えるし、この歌のようなユーミンの作る情景はそうした想いにフィットしていると思うのだ。この「寄り添っていて心地の良い情景」が時折ふっと心に入り込み、住み着いて、そうあってほしいという願いのような「見たことはないが、覚えのある情景」として日本人の心に息づいているのではないだろうか。

 

アルバム『紅雀』より

<9月には帰らない>

「未来が霧に 閉ざされていた頃は この潮騒が 重すぎて 泣いた」

「無口な人は 夏の日のはかなさを うまく言えずに バスの窓おろす」

   

<ハルジョオン・ヒメジョオン>

「川向こうの町から 宵闇が来る 煙突も家並みも 切り絵になって

哀しいほど紅く夕陽は熟れてゆくの 私だけが変わり みんなそのまま」

※夕日に色づく風景を描いているが、これも先の『晩夏』で見せられた風景と同様、日常の中で素通りしているが、あとで思い出すと、何気ない日々の幸福そのものであることを、思い出させてくれる情景の描写である。曲調も雰囲気を備えており、この風景感と色彩感に同調できない日本人があろうか、と思ってしまうほどだ。

「私だけが変わり みんなそのまま」という文章も、これそのものがメッセージかもしれないし、風景感から感じる突発的な感情かもしれないし、そこまで現実的な意味を持たないかもしれない。しかし曲調の流れが、このメッセージにうなずかせるのだ。まるで夕日に染まれば、全てが赤くなるのを当然のごとく見るように、この歌詞の持つメッセージを何となく理解するはずである。メロディのない詩ではこうはいかないかもしれない。メロディと和音の流れが導いたメッセージには、潜在意識にいくつもある想いが、一つ顕在化して形を成すような、とても不可思議で少し怖いような感覚すら覚える。ユーミンの曲調とメロディの流れは、まるで自然と導かれるように、そのメッセージにたどり着かせてくれる。その流れの中にストーリーがあり、文章以上に音楽の流れが持つ言葉にはならないストーリーが歌詞によって不思議な世界を作り出しているように思う。これはメロディと和声感の演出を感じ取ろうとしてきた=音楽的なクオリアの具現化、ユーミンというアーティストの真髄なのではないか。

 

<私なしでも>

「自分でなく この私のために 近道を選んで しまったと言う

いつかあなたの 気弱な言い訳が その胸に私を 帰れなくした」

「二度と来ない町が流れてゆく 枕木ひとつづつ自由になるわ」

※「枕木ひとつづつ自由になるわ」は、好きな表現である。時間の流れと、ドラマチックな視点と、アナログな表現が、親近感とリアリティを出している。歌詞の中では「電車」という単語はあえて出てこない(「始発に乗る」という表現が使われている)。これがなくても充分電車のイメージが湧くからである。1-2行目の繊細な男女のやり取りの先に、彼女は自分の未来を選んだ、というストーリーになっているように思えるが、大切なのは、どんなことがあろうが、電車に乗ったら「枕木ひとつづつ自由になる」ことなのではないか?と思わせるラテンでポップな明るい曲調が印象的である。一つの恋は小さな問題で、行動を起こすことで自由をつかみ取ることのわくわく感のようなものを同時に感じさせる曲調なのだ。歌詞だけをみたら暗い歌詞だが、それだけではニューミュージックではない。こうして歌詞を軽く、ラテンに歌い上げるからこそ、ニューミュージックであり、悲しい色に、ぎらぎらな若者の太陽の匂いを添えるのがニューミュージックの「イカした矛盾」なのだ。そしてそれが新しい心の情景となり、その世代の考え方や生き方にまで影響を及ぼすのではないだろうか。

 

<罪と罰>

「いつもうれしい分だけ あとから哀しみが来る どんなに 燃えて求めても 決してひとつにはなれないの」

 

<白い朝まで>

「こんなに脆くなったのを 今は誰にも話せない」

 

<残されたもの>

「もう捨てるものは何もなくなる またひとりだけの時が始まった」

  

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