音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

<コラム>(作曲)音楽理論への挑戦〜なぜその音は次にその音につながったのか?

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音楽を教えている方はご自身なりにこの問題に向き合って自分なりの答えをご用意頂くと良いと思います。

考える問題とは、

「なぜその音を使ったか。」

です。

そのメロディーがそのように成った理由は豊かな音楽理論の知識や深謀を持って策略的になされたと・・・と思うかもしれません。

しかし実際は・・、

締め切りに追われ、必死で考えて、いくつもの方法を試して、頭の中が嵐のようになって、最後に掴んだものがこのメロディーだった、 

ぐらいな感じだったりします。

それを説明しようとして脳がそれっぽい理由を見つけて嘘をつくことすらあります。


「なぜその音を使ったか。」の答えは

→「なんとなくそれしかないと思ったから」

であることがあります。

雑誌のインタビューなのでそれっぽいことを答えてしまうのは、脳の作話である可能性も高いのです。

それはエンターテインメントです。

「この曲ではどこかでモーダルインターチェンジを使おう」

と思った瞬間、曲は(普段の自分からすると)不自然になる(可能性がある)、という意味です。

楽曲を作りながら、ある時突然閃きます。「ここはこっち行こう!」これが結果としてモーダルインターチェンジになる、というのを分析者が後から分析する、というだけです。


野球を上達するためにルールブックを読んでも仕方がありません。作曲も作曲しまくるしか、その感覚を鍛えることはできません。

一つ名曲を題材に考えてみましょう。

[:contents] 

 「月光」の1小節目はなぜそうなったのか。 

ピアノソナタ第14番 (ベートーヴェン) - Wikipedia

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冒頭のメロディを、ソ#、ド#、ミ。

最初の質問です。

・なぜベートーヴェンはこの曲の最初を、ソ#始まりにしたのでしょうか。ここはC#mですから、5度、ルート、3度でアルペジオが続いていきます。

「最初はC#mのアルペジオです。」

と、現代ならジャズ理論でも答えることはできます。

問題はなぜ曲の冒頭にベートーヴェンはこのような旋律にそこをしたのか、です。


「今回の曲でそれをアルペジオにして5度から始めよう」と着想する根拠を、音楽理論は教えてくれません。

アルペジオにはそれなりの表現効果があります。これはある魔法がどのような効果があるかを知っているようなものです。


作曲家は様々な魔法やその効能を知っています。

今作りたいと思った作品、頭に浮かんだ作品が持つ効能を知っているからこそ、それを作り始めます。

だから

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これでも

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これでもない理由がベートーベンにはあったはずです。

彼のその時の何らかの動機や経験的知覚が上行系の5度始まりのアルペジオを着想したわけです。

 

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現代なら、

「月光ソナタ風な感じのピアノ曲を作って欲しい」

というリファレンスがある場合が多いので、着想はこの依頼文の中に既にあります。ゴールは「月光」ですから、あとはそれこそ音楽理論的、音楽経験から作っていけるものです。

 

この冒頭の根拠と理由はベートーヴェン本人しか分かりません(いや本人だってわからないかも)。

天才となればもう頭の中で完成形が流れています。

全て結果論です。

 

この"着想"だけは、どうしてもその人の感覚に頼るしかありません。そういう意味では着想を生まれやすくしてくれる音楽理論が、真の音楽理論かもしれませんね。

 

「月光」の2小節目はなぜあのようにつながったのか。

では、それでモチーフが決まったとして、最初の一小節ができました。

次です。

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二小節目です。これは、C#m-C#m/Bと還元することができます。

次の問題はこうです。

「なんで二小節目はこうなったのか」

 

これに答えられる人がいるでしょうか。もっといい進行は存在しないのでしょうか。

しかし、もし解がこれ一つしかなければ新しい音楽は生み出せません。


又は最適解がまだほかにもあるなら、どうやっていつどのような場合はそれ以外の選択肢を選べばいいのでしょう。

こういったことを指示できるのも方法論の役目と言えます。

(このサイトでは、この"なぜ次のコードに向かったか"は認知的ヒューリスティック-という考え方に準じています。) 

例えば、次のように答えることができます。

1小節目は低音が最初だけ鳴り、上にぶら下がるように5度のアルペジオが乗ったので、重々しくなり、次の左手が全音下がってより深いところで支えているのだ・・

または、

Im-Im/bVIIにしよう、と経験的に安易に決めた、

とか?よくある展開ですもんね。考えずささっとできてしまう展開ではあります。

「別に、なんとなくできるんだよ、こんなものは」

というのがベートーヴェンの回答であるとき、作曲学の進化の糸口は消えてしまいます。

 

若かりしベートーヴェンの圧倒的学習はいうまでもありませんね。その中から導き出された、彼だけに通じる理屈の上にその楽曲は成り立っています。

もちろんその理由が

・当時たまたまそういう曲がたくさんあったから流行に乗った

かもしれません。当人がそれに気づいておらず自分が着想したものであり、何にも影響を受けていないと確信しているかもしれません。


本当にそうであったとしたら、音楽理論はどのように作曲の動機を教えれば良いのでしょうか。

 

インターネットや学習はどう活用する?

曲の流れを作る、というやり方は、人それぞれです。ストラヴィンスキーみたいに楽譜を切り貼りして脈絡など無くしても、編曲に自分なりの意思を入り込ませて、それを芸術に仕上げてしまった人も過去にはいたわけです。

何がやりたいか、誰っぽい作風から入って、先々どう自分を作るか、です。それを自分で決めてください。自分で決める、と覚悟してください。なぜなら 

あなたが脈絡だと思うものがあなたの脈絡。だからです。

サイコロを振ろうが、流行に従おうが、直感で降ってきたものだろうが、それを一つの言葉でくくれるのが不定調性論の便利なところです。

"「音楽的なクオリア」で直感したからそうした"

 で済みます。

便利なのでぜひ不定調性論的思考を活用ください。

 

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で、先の問いは延々と続きます。

三小節目はなぜこうなったのか。四小節目は・・、

 

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作曲は記憶のリサイクルである、

と聞いたことがあります。だから作曲をしたい!!と考える人のための最良のアドバイスは、とにかく作る+分析するを並行して行うように勧めます。自分の記憶のクオリティをあげていくわけですね。ここにも脳のカラクリがあります。

この時、音楽理論的にとか、学問的にとか、伝統的にとか、方法論的にとか、言葉で説明できるような方法論の中に収まらないような脳の使い方をしてください。

脳は未知なる存在です。

その力を解放するためにも、方法論に頼るのではなく、作業を進めていくと、自動的に方法論を超えた方法論になるように方法論を設定してください笑

結果として作った作品が稚拙なものになったとしても、それはあなたが自分自身の感覚で作り上げた最初の作品です。

それを受け入れられないものが、音楽理論を勉強して、そこから作品を作っても自分を偽った作品しか生まれません。

まず、身の丈の自分を生み出せるものをしっかり把握する、そこに伝統的な手法や先人の技法などを織り交ぜながら、どうやったら自分の作品がより自分の求める先のところに行けるか、という感覚と戦って行く事が芸術家がこれまでやってきたことだと思います。

 

もしあなたが音楽理論を学んだら、または自分の方法論を作ったら、その理論や方法論に基づいて作曲してみてください。

 

最初に一音を置く理由をその方法論は説明できますか?

 

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