音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<コラム>ドミナントモーションの洗脳を解け★★★

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不定調性論ネタです。

皆さん正直に考えてみてください。大丈夫です、記事の最後にはスッキリ答えが出ますので(正直にならないとスッキリとはならないかも)。

学生は危険だから教科書を全部身につけるまでは読まないで(冗談です)。分別のあるアダルト用です。

 

いつものように問題提起です。

G7→C

を楽器で弾いてみてください。Cで落ち着きますよね。

なんでですか?何で落ち着くんですか?

では。Gのブルースをイメージしましょう。まずGのマイナーペンタトニックでギンギンなソロをとってみましょう。そのあとで

C→G7

を弾いてみてください。

解決しましたでしょう?

 

じゃあ、この二つ、何が解決を引き起こしているのでしょう。それを簡単に説明してください。

 

今回は(も)この話題です。

大事な事なので何度も取り上げます。

====

楽典には次のようにあります。

"属音上に作られたものは、属七の和音と呼ばれる。この和音は属和音よりも、調を規定する性格・はたらきが強く、この和音のみによっても調が決定されるので、非常に重要であり、曲の中に、しばしば用いられる。"

~<引用 p146>楽典 理論と実習 第63版~

 

そして「和音の機能」として、Dominantの機能、としてV7に対して

・主和音へ進もうとする強い性格を持つ。

・その機能はV(属和音)よりも強力に持つ。

~<参考 P147>楽典 理論と実習 第63版~

 

最初にこの手の話に接した時は、そういうものなのか、と信じました。

そしてその後しばらく経ってから音楽理論を勉強しようと思って楽典を買いこれらの文章を読みました。その内容を必死に理解しようとしました。音程とか音符の書き方とかは分かりました。偉い人が決めたんだろうな、と思ったからです。

でもこの和音の機能だけはだめでした。こう思ったのです。

え?その音がどう動くかを決めるのは俺だよ、俺が決めたからそうなるんだ。

もちろんこれは誤りです。楽典は音現象の科学的真実を言っているのではなく、文化人の現時点での慣習的背景をまとめて述べているんです。いくら私が「これは解決しない」といっても、西洋音楽が生活に浸透している生活圏の人はもう属和音が主和音に流れた時、解決感を感じるように自身の神経を育ててしまっているんです。それを楽典は述べているだけです。

だから「なぜそうなるのか」についての説明が楽典にはないんです。それは脳科学の分野になります。

 

====

勉強していくうちに、よりポピュラーやジャズ系の理論書によってそれは属七和音のトライトーンの解決がV7-Iの解決感を創り出しているのだ、と知ります。

ドミナント進行における声部進行

まさに青天の霹靂。

おぉぉぉぉ!!(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-.

です。これは科学的根拠じゃないか!不協和が協和を導く!!!

これで5年ぐらい、なんで和音がこちらの意思に反して、そう流れるとそう解決してしまうのか、について疑問の霧は晴れ、清々しく音楽を学習したものです。

 

でもあるとき、次の進行に出逢って、再び、この疑問が浮かびます。

 

Dm7 G7  |DbM7  |

というIIbM7への進行です。

これはいわば偽終止的な「解決の遅延」です。

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そうか、解決を遅らせる事が出来るのか・・・、

しかし楽典が言っていた

・主和音へ進もうとする強い性格を持つ。

がむなしく響くじゃないか。進みたいところへ進めないんて、蛇の生殺しではないか、そんな進行、気持ちの良いわけがない・・・。

しかし、実際聴いてみると、その爽やかさたるや、まるで真夏の炎天下を5キロ歩いたあとおばあちゃんちで飲んだサイダーみたいなこの爽やかさを自分を感じるのだが、これは不徳の致すところなのか、俺は主和音に行かなくても快感を感じてしまういけない身体の持ち主なのか・・・。・。

いやまて。それはこの曲の作者も同じだ、ではこの曲が誤りなのか。

そんな風に自身の感覚への疑いを持ちます。

だって、勉強の上では「・主和音へ進もうとする強い性格を持つ。」と教え込まれているのですから。

 

しかしこうも考えます。遅延が赦されるなら、

G7   EbmM7でも解決の遅延ではないか_?_? 何故それは頻繁に出てこない?

DbM7はそこかしこにでてくるのに!

 

では解決の遅延のコードを二つ挟んだらどうなるのだろう、もしもそんな曲を出したとたん、事務所にクレームの電話が入って、一週間かそこら対応に追われるのか。

「こんな和音の流れにするから、気持ち悪くて一週間吐き続けているんだ!なんとかしろ!」みたいな電話がかかってくるのではないか・・・。

=====

しかし、そんな話は聞かない。では何で許されるのか。

とあるジャズの理論書には、V7は

「次に解決を必要とするコードである。」

と断言しています。

 

そして冷静に勉強していくと、理論書の後半には次のような記述がある。

「ドミナント7thコードは、トニックコードに進行して終止形を作るのであるが、Iの代理和音及びその変化和音に進行する事ができる」

第二の青天の霹靂。

おぉぉぉぉ!!(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-.

IIbM7はサブドミナントマイナーの変化和音なのだという。

キーcでいうと、

例えはサブドミナントマイナーにDm7(b5)=IIm7(b5)がある。

d,f,ab,c

このdを半音下げればDbM7である。

ゆえにDbM7はキーのivとibの音を持つサブドミナントマイナーDm7(b5)の変化和音である、と言える、というのだ。

なるほど!!!そうか!!

それでIIbM7にすすめるのか!!

 

・・・いやまて。置いて良いのはIの代理和音であって、IVの代理和音ではない・・・。

サブドミナントマイナーということは、IVmの代理和音だ。

 

そしてこの辺から、代理和音というまるで治外法権のような不思議な呼び名を持つ考え方に疑問を持ち始めます。

 

IIbM7は機能うんぬんより、IM7の半音上のコードなので、解決には半音下げるだけ、ということで容易な解決感が見込まれることから、内容うんぬんより、その解決性の高さゆえに認知されている・・・わけです。

どのような和音からも半音進行が可能なことは、このブログでも証明しています。

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ここで一つの言葉を私は生成しています。

 

「解決感」

なんじゃそりゃ_?

 

「いやーきょうはいいお話合いが出来ました・・ちょっと解決感を感じます・・・。」

なんで、こんな抽象的な表現なのだろう??

 

音楽理論を学ぶのに、自身の本性を汎用化してはいけません。

 

「いやーきょうはいいお話合いが出来ました・・ちょっとこのあと焼き肉していきませんか?」

 

って相手を誘うのが一つの最高位な締め言葉になります。実際の場では。

なぜV7-Iは「この後相手を焼き肉に誘いたくなる感」といってはならないのか・・。

 

もちろん、この手の抽象論は教育現場のための言葉です。 

あとは使い方。思い方。表現の仕方。

 

====

やがて、次のように考え始めます。

ドミナントモーションの解決に慣れ過ぎて、もう嫌になって、他の所に進行して得られる刺激に快感を感じて使っているのではないだろうか、、と。。

 

まるで不倫じゃないか。

 

一途に奥さんの下に帰るのがそんなに恥ずかしいのか笑。

何で性懲りもなく刺激を求めて変化をしようとするのか。

まあ、子孫繁栄のための生命体の行動、としては、これは避けられない発想でもありますが・・倫理的に日本の社会は許さないからね。

 

=====

そしていつしか、V7はどこへ行ったらいいのか・・という問いの答えを精製するのは、その時々の自分である、ということを思い知らされます。

 

V7の7割はトニックに行くから、それは良いとして、その残りの3割は自分で帰るか、帰らないか決めないといけない・・・。

 

それって・・その判断て‥どこで学べばいいのか‥。

 

====

そうやって、先生に聞いたら

「自分が好きなアーティストを全曲分析しなさい」

と言われました。

私は当時ギタリストで好きだった、ジョージ・ベンソンを全アルバム採譜して、ギターパートをすべて採譜して、TAB譜に落としました。それからジョー・パスのヴァーチュオーゾも4枚すべて採譜しました。それからショパンの練習曲27曲と、ノクターン、ワルツ、前奏曲、ポロネーズ、幻想曲をすべてTAB譜にしました。下記はその採譜ノートの一部。M-Bankで一部見られます。ジョージベンソンはたしか23枚あったので、ルーズリーフブックにして5-6冊分ぐらいになりました。1000枚近くになったかなと思います。おかげでジャズ・フュージョンというのがどういうものかだいたいわかりました。

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それでも違うジャンルのアーティスト、新しいアーティストはちんぷんかんぷんです。

その後ビートルズ、ユーミン、スティービー・ワンダーの3アーティストの全曲分析などもやりました。

楽曲の骨組みが知りたかったので、コード進行を主にやっただけですが、それらによって、不定調性論的確信を深めることが出来ました。

現在はYoutubeカバーや各種ジャンル楽曲制作などをやらせて頂いて、アレンジの勉強です。

アレンジの勉強は多分一生究められないでしょう。ひたすら新しいものが出てきますからね。

 

と言って私はあなたの方法論を批判する事は一切ありません。しようと思ったこともありません。一回先生を批判していい気持ちになったけど結局表に立つ人を批判しても裏でこそこそしている人には何のメリットもない、と20歳で知ったからです。

あなたはあなたわたしはわたし。私はあなたと一緒の時代に生きていることを光栄に思います。頑張りましょう。そして協力して音楽を芸術以上の存在に高めていきましょう。

 

====

次の進行を3分間聞き続けてみてください。

rechord.cc

これは適当に並べた和音です・・・と言ったらあなたは信じますか?

それとも有名なすごいアーティストのコード進行かもしれません笑。

それは述べないことにしましょう。

あなたが先入観なく、この進行を聴いて、「音楽的印象」を抱くのだとしたら、それが全ての答えです。音楽を判断するのはあなたの心だからです。

この曲を私が、

某ジャズギタリストのグラミーを獲得したあの有名アルバムの〇曲目のサビだ、と言ったら、あなたの聴き方は変わるはずです。

そして。

これは今私がサイコロを振って作った曲だ、

と言ったらまた聴き方が変わるでしょう。

いえ、3分聴いていたらそういう曲に聞こえてきますよ。我々日本人はそのくらい感性が柔軟です。

 

音楽はそれそれの脳をwifiでつなぐような共有情報なんですね。そしてその情報は各個人に翻訳されますから、絶対的な共有はできません。それを認めましょう。あなたはあなただけ。一人しかいないんです。淋しいから人に同意を求めたり、強制したりしてしまう哀しいいきもの。

=====

ドミナントモーションは、人の印象が創る世界観だっただけなのに、そこに「トライトーンが解決する」という営業トークが挟まることにより、よりややこしい勉強材料になってしまいました。

 

そう、音楽だけなく、そのライナーノーツや、雑誌取材、各種メディア賞がその作品の価値を変質させてしまっているんです。

そして芸術とはそもそもそういうものです。どのように歪曲されて生み出された価値でも、子供時代に聞き、多感な感覚をそれによって統制されたら、その感覚を信じるようになってしまうんです。

 

=====

あなたが聴いてきた音楽、あなたが信じる音楽、あなたが教わった信念、あなたが好きな存在、そういったものを大切にしてください。あなたの表現活動に関するすべての影響を与えた根源がそれらの「あなたの環境」です・・。

 

ドミナントモーションが成り立つのは倍音の原理でもなく、トライトーンの解決でもありません。あなたがそれを受け入れ、許容するための条件を発見し、そう思うことにしよう、先生がそう言っていたし!

という理由によって巧みに承認できる脳内のプログラムを作ったにすぎません。

それに「快」の要素があるから認知する、というような意味で脳科学の解明を待ちたいところです。

 

しかし学問の進化を待たず、あなたの旅はすでに始まっています。

受け入れて繋がってしまった神経回路は簡単には崩せませんが、同時に、あなたが「そうしたい」と独自に思うことも許されます。

ぜひ、制作中に既成の概念を安易に使っている自分に気が付いたら、一度たちどまり「自分はこの後どういう雰囲気に本当は持っていきたいか」を"欲望"でかんがえてみてください。

そして脳内で漠然とその不法行為、倫理外行為を犯ってみてください。

そうすると、自分が分かります。そして本来の欲望がそこにあることが分かるからこそ、今はカデンツァに従うことができます。そしてそのあなただけの欲望は近々きっと叶うでしょう。そうした社会の期待と自己の渇望のバランスを矛盾の中でとらえていくことで自己らしい自己表現が楽しめると思います。

 

ja.wikipedia.org

ここには、

G7→C というコード進行である。根音が完全4度で強進行していること、三全音の反進行がある(後述)などの理由付けから、帰省の感情が強く現れるとされている[要出典]。

とあります。

「完全四度の強進行」「三全音の反進行」もただの慣習による思い込みであり、宇宙はそんなこと別に望んではいない、としたら、あなたが行っている行為は衆生に受け入れられようとする卑しい欲望にすぎない、ということになります。

芸術でもなんでもなく、ただのおもねる行為、です。

そしてそれを分かって理性的に扱えるのが大人です。

そして同時に、それが自分にとって真か偽かも実は知っています。

だからこそ、「自分が自由だとしたら、本当はどうしたいのか」を音楽家なら音楽で表現できてもいいのではないか、そしてそのために用いる思考が「不定調性論的思考」ではないか、とこのブログでは申し続けています(考え方は別にどのような体系でも問題ありません)。

また、三全音の反進行の所では、
三全音(三全音 tritone)とは、ある音に対して増4度(減5度)の位置にある音のことである。例えば、G7コードの3rd(シ)、7th(ファ)は三全音の関係にある。G7→C と進行する場合、G7の2つの三全音において、3rdのシは上行してドへ、7thのファは下行してミへと移行することで、聴感上の解決感を得る。この音楽的機構を三全音の反進行と呼ぶ。

この性質は全ての属七の和音が持つもので、西洋音楽におけるドミナントモーションの進行感を決定付ける要素とされる。

とあります。以前は私もこの解決感を得なければ仕事は取れない、と思い必死に身につけましたが、結局今ではトライトーンの解決など「この世に生まれてきて一度も帰宅時に寄り道しないようなもの」という印象しかありません。それは素晴らしい旦那様。

私は多分一週間に数回しか家に帰りません笑。理由も分かりません。やりたいことが沢山あるんです。

シェーンベルクみたいにずっと家に帰ろうとしない、というのはさすがにヤバいかな、と思ってるだけで自分はまだましだ、ぐらいに思っている危ない人です笑。

それで不定調性が生まれたわけですね。定まらないけど、時々帰るっぽい、みたいな。

だからあなたもご自身のやり方を作ればいいのです。でもそれを他者に強制しないで。

 

 

ドミナントモーションの定義自体が自分に当てはまりません。

これを、そういう風に思う人間だった、という自分の素養を小学生の時知りたかったのです。誰かにその選択肢を教えてほしかったのです。

 

この多忙な現代において、芸術の探求は命とりです。というか生活取りです。

だから生きるための音楽の仕事はそれぞれが黙認しています。

でも、せっかく生まれてきたのだから・・ちょっと眠いけど、20分だけでも・・。

誰に要求されたものでもない、自分が自分のために残す音楽表現

をちょっと考えて、創作してみてはどうでしょう。少し作ってみれば、ワクワクが止まらないはずです??このワクワクを商業音楽に求める事が出来る天才たちは、やはりぶっちぎりですよね。寝ませんよ。

 

私は最近、

「普通の感覚をもって平和に生活する事への憧れ」がある、ということに新たに気が付いて、そのバランスを表現して「理想の自分」を描くのが何だか余暇の楽しみになってしまいました。

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この手の作品は、きっと私そのものであると思います。

 

もう少しまともでありたかったような気もしますし、誰もツッこみたくもない領域に生きていることに感謝もあります。

はてさてこの先どうなることやら。

 

なお伝統音楽的な音楽を作りたい場合は、伝統的規則を「良し」と思える感覚を育てればOKです。追従し、敬意をもって信じることでその感覚は自然と作っていける学習形態になっていると思います。何より社会が受け入れ安い表現を作ることが出来るので、一寸変わっている人でここを求めることが出来たら、あなたはきっとどんなに子供のころひどいDVやいじめに遭っても世界中から賞賛される人生を歩むことができます。こううことを誰かに相談する事が、生き方を考える、ということだと思います。

 

そしてなお自身との感覚との相違に気が付き、「私はそうは思わない」と感じたくなったら、感じてみて、自分の音楽をその時々に創れば、チャンスを逃さず自分の感覚を育てられるのではないかなと思います。

 

私は既存の音楽理論に"問題がある"と思ったことはありません。

 

 

   

==コーヒーブレイク〜M-Bankのロビーの話題から==

やっぱり見た目のインパクトでおいしさ100倍。ちゃっちゃっちゃ!まっちゃまっちゃ! 

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