音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

パブロフの犬とドミナントモーション

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V7-Iの解決はなぜ起こるか

音楽の価値はどこから生まれるのでしょう。

鳥の声を聴いたり、川のせせらぎを聴いたり、風の音や森の虫の声を聴いたり、好きな人の声を聴いたりしたとき「心が動く」理由が音楽への感動と似ているのかもしれません。

それは他でもない、あなたが考えることのできる存在だからだと思います。

 

これを切り分けて、ひたすら刷り込まれてきた機能和声論のV7-Iにも「解決感」「安定」「帰結」といった感情/価値観を感じるのでしょう。

もちろんよく観察すればV7-Iの一つ一つが曲ごとに違った感情で聴こえてきていることにも気が付くはずです。

どんなに好きな音楽でも、落ちこんでいるときは聞くのが嫌になったりすることもあります。

最高の音楽もいつも最高ではありません。

それを決めるのも自分です。

 

条件反射 - Wikipedia

条件反射とは、動物が訓練や経験によって後天的に獲得する反射行動。です。

 ”梅干しを見ると、つばが出る。”

というやつと同じですね。

ソビエト連邦の生理学者イワン・パブロフによって発見された、"パブロフの犬の実験"が有名。

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・犬のほおに手術で管を通し、唾液の分泌量を測定

・ベルを鳴らしてからエサを与える事を繰り返した結果、ベルを鳴らしただけで唾液を出すようになった。

・さらにベルを鳴らし続けると次第に反応は消えていくが、数日後同様の実験をしても犬は唾液を分泌する。前者を『消去』と言い、後者を『自発的回復』と言う。

この条件付けは、動物だけでなくゴキブリなどにも起こることがわかったそうです。

 

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もし幼児期から聴いてきたある種の心理的作用や言語的強制の元に音楽的価値観も定まっていくのだとしたら、ますます音楽の価値観は後天的に条件づけられたものである、と言えます。

 

先のwikiにもありますが、

 

第一信号系

周囲の現実(色、におい、味、触感)に対して発生する条件反射の総和。

→家で流れている音楽、親が歌う音楽、保育所で聞く音楽、テレビから流れる音楽を聴いて育つことで、「そういう音楽のそうあるさま」を常識・意識に埋め込まれる。

 

第二信号系

人間の脳髄では、第一信号系と相互作用し、第二信号系が発生し発達する。これは言語刺激の作用のもとに形成される一時的結合の体系である。
第二信号系は、第一信号系と密接作用しながら、複数の心理活動、抽象的な人間思考の生理学的基礎をなしている。

→「みんなで歌いましょう」「これはいい曲ですね」「これを世間では素晴らしいものといっています」という価値づけや啓蒙、歌ってみんなが楽しんでいる、といった環境に親しむことで「そうあるべきなものであるから、そうあるべきにした方が自分が生存しやすい」といった生存本能への刺激が思考に繋がって、固定化され、音楽的な感覚も周囲と融和したものになる、という理解もできます。

 

こちらの出典もwikiです。中略/引用です。
・幼時には第一信号系による規定が主導する。言語系は、生後10ケ月以降徐々に形成され始める。

・低学年児童の段階になると、第二信号系の発達を、教授=学習過程が強く推進し始める。児童の得る知識の範囲は、児童を直接に取り巻く現実の範囲を越える。

家庭環境、友人関係、社会関係の中でその人ならではの価値観が養われていく(半ば強制的に固まってしまう)ことを意味します。

 

つまり、

あなたがそう感じたり、そう考えるのは、あなたの責任ではなく、そういう環境に育ったから、と解釈することもできます。

自分の考え方を自己責任として自覚できるころ、あなたは幼少時に置かれた環境責任を自分で背負うことになります。 

「自分は内向的だから」

というレッテルの半分が後天的な物であれば、あなたに襲ってくる価値観など実は気にしないで「これはあとから植え付けられたものだ」と素通りして行け、っていう話です。

 

V7-Iもパブロフの犬の唾液と同じように、それを信じるからこそ解決している、と感じているだけだ、としてみましょう。できますか?

 

後はそれにどうやって気が付き、どうやってそのがんじがらめの神経回路から解放されるか、です。

私はその最初の一歩は、最もその人が得意なこと、夢中になれることを追求して極めて行くことでヒントが得られていくのではないか、と考えています。

 

私の場合は、音楽でした。不定調性論がなければ、わたしは世間の音楽に不満を言い、自分の音楽が嫌いであり続けていたでしょう。

 

自分らしさを認めるには、自分の日々の小さな決断を認めてあげないといけません。

実際不定調性論とかを実践していれば、当然異端なわけですから、あまり喜ばれないときもあります。

オペラント条件づけ - Wikipedia

これが働きます。報酬のないものに対して避けようとする強迫観念が迫ってきます。自分を曲げて社会が賞賛するものについ向かいがちです。個性を育てるうえで一番難しいのが「それでも君は自分の好きを続けられるか」という命題です。

もう一つ大事なことは「矛盾」を上手に受け入れる、ことです。

 

もし、今あなたが信じていることが一つあるとします。

例えば、私は不定調性論を信じているわけですが、それを信じないようにする、ということです笑。

私は、自分の方法論を無視して、どんどん先に進んで行かなければなりません。もともとはそんなものは幻想だけど事実。禅問答のようになってきます。

矛盾がなくなるときって?死んだ後なのかなぁ。

 

「V7-I は混乱である」

こう理解してみましょう。理解しようと思えばできます。たとえば、

・家に帰ることは家庭内混乱を引き起こすことである。

・安定するということは次なる混乱や不安が新たな課題を作ることである。

まともに生きていれば誰でも理解できると思います。

家に帰ってホッとできるのは、一人暮らしの人か、特に幸運な家族に恵まれた一部の人だけです笑。そしてたとえ一人でも「一人であること不安」を自己や周囲が感じて様々な不満も出ます。

「解決する」のは音楽の上だけかもしれません。

V7⇨Iを本人が「意味がない」と思っても、それを聞かされる方は意味を感じます。

美人がいくら「私を無視して」といっても、目の前の男性はそうはいきません。

 

 

まずは自分が感じることを認め、そこから一つ一つ自分の足で歩いてみるところから自分の「解決」が見つかるのかもしれませんね。

まずは音楽理論を疑うところから自己を信じてみて頂きたいです。

 

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