音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

ユーミン楽曲(コード進行・歌詞)研究レポート公開全目次

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2019.3.5⇨2020.1.7更新

第二次世界大戦を終え、日本は敗戦国となり、必死に社会を立て直した1950-60年代。

文化は復興と共に歩みました。

70年代に入り、「戦争を知らない子供たち」が自分達の文化を反抗の精神の中で育て始めました。荒井由美の音楽はもはや戦後ではない、という時代に迷い始め、また新たな産声を上げた強い、新しい日本の女性から生まれたこれからの生き方のありようを歌い始めていました。

戦争や精神のメッセージが歌から消え、歌は自由な音楽となり、自由なメッセージと迷えるメッセージと共に、高度成長の中で置いてきぼりにされた戦後家庭の雰囲気の拠り所になってゆきました。

 

ユーミンの凄さは、その長い時間の認知普及への努力がそれぞれの時代のそれぞれの人のスキーマが構築されるところまで努力してしまったことです。

何を言っているか、というと、誤解を招く言い方かもしれませんが、

どんなに変な音楽でも長くやっていれば、遺伝子/脳に「基準」として組み込まれる

を一人の人生で成し遂げてしまった一人です。

もちろんチャーリー・パーカーのビ・バップや、オーネット・コールマンのフルースタイルもそういうものかもしれません。今やそのサウンドを聞けばビ・バップに対して「ジャズらしさ」、コールマンのフリージャズに対して「先鋭アートの感じ」を感じることができます。同様に、ユーミンの声に対しても私たちはそれが「日本のポップミュージックの頂点の声」であることを知っています。

ご本人は自分の声はお嫌いかもしれません、そういう発言も参考図書に記録されてます。しかし自分の親のさらにその親の世代から聴いているユーミンの声は、いろいろな意味で印象に残り、記憶に刻まれてきました。その人が子宮にいる時から、思春期になったとその時まで町中でずっと流れてきた音楽です。脳科学的にも思春期までにきた音楽が好みを左右する、と言います。

もちろん音楽的な素晴らしさがあってのことですが、ユーミンは「信じて長くやっていれば、それがスタンダードになる」を実践した偉大なアーティストです。

まるで新しい生命体を作り、世界に同化普及させてしまったような凄まじい文化構築能力を示したマッドサイエンティストのような脅威すら感じます。

 

「ユーミン」とは「そうか、たとえ(本人が)苦手、下手、ダメと思っても、自分が信じてる部分を活用してなんとか生涯かけて頑張っていけば、自分の全てが社会に受け入れられることもあるんだ」という究極の自己肯定の存在です。

 

もちろんそう考えると、アーティストの努力によってそれがスタンダードになった、という存在と、既存のアートを上手に模倣した結果一時の流行になった音楽、という存在を分けて考えることができます。社会的貢献は同じでもそれらは性質の違う存在だと思います。

 

また、今あなたが10代で、胸に抱えている野望があるなら、それを一生懸けてやる気があれば、それは十分に世界のスタンダードになりうる、という訳です。

 

日本人の心の情景を変えたシンガーソングライター(改訂版)

―研究レポート;ユーミン楽曲の和声分析と音楽的クオリアが紡ぐ作曲の手法―
〜2015年3月29日(日)日本音楽理論研究会発表参考資料〜

下記のリンクから発表原稿PDFも見られます(当日は50分発表のため限られた内容です)
www.dropbox.com

注)2020年はすべての記事をブログ用に改訂中です。しばらくは表現の煩わしさや書式の不統一でご迷惑をおかけしますがどうぞ宜しくお願い致します。

 

1.本レポートについて(当記事内)

 

2.本レポートの事例解説とその周辺(当記事内)

 

3.前回までの日本音楽理論研究会での発表の流れと意義・課題

 

4.ユーミン略歴他

 

5.ユーミン楽曲についての各所見

 

6.ユーミン主要アルバムにおける和声技法事例集

(各曲の目次はこのページから飛べます)

 

7.歌詞の音楽的風景

 

8.ユーミン楽曲からの発展技法と不定調性論

 

9.参考文献抜粋資料

 

10.参考資料一覧  

 

1.本レポートについて 

ポピュラーミュージックの楽曲を還元すると、メロディとコードと歌詞という三つの基本構造に分けることができます。この骨組が完成すれば、その曲はギター一本でも表現することができます。その手軽さ自由さがポップミュージックの魅力です。あとはこの骨格段階でいかに新しい音楽的挑戦を行うか、です。本レポートではその骨格段階で判明できるユーミン楽曲の工夫に言及することを目的としています。

 

本レポートは1970年代から現在までポップミュージックシーンの第一線で活躍し続ける松任谷由実=ユーミン(以下、敬称等略)の楽曲構造(主にオリジナルアルバム収録作品約370曲が対象)に見られる和声ヘの挑戦に特に着目しています。121の事例に列挙しました。これからポピュラーミュージックを学習する人(特に初学者~中級者)がその和声的アイデアのインスピレーションになれば幸いです。

(追記;新作アルバムも随時記事を作っています)

 

松任谷氏に商業的成功と文化的貢献は、2013年に紫綬褒章を受賞したことからもその公の価値は明らかです。しかしそれは個人にとってのユーミン音楽の具体的な魅力や価値を体現してはくれません。確信を得たいのは「なぜユーミン音楽はこれほど日本人の心に寄り添って離れないのだろうか。」という世上の風評の正体を探ることです。

 

先に結論を述べると、日本語表現にこだわった心の情景を描くようなファンタジーエッセイ(またはscene essay=情景のエッセイ)的要素と、たゆまぬ工夫によって生み出された多彩な和音進行と、心象感豊かな言葉とメロディを、ユーミンボーカルの素朴さ=身近な人にいそうな・・で歌われることで、それまでにはなかった新しい日本人の心の情景、既視感のような郷愁が人々の心に上書きされ、ある種の心地良さの理想ともいえる心象感を持った、という壮大な魅力を感じるに至りました。

 

曲ごとに常に新しい手法を用いる姿勢に、

「第一線で活躍する人というのは、これほどまでに工夫を続けないといけないものか」と驚嘆することでしょう。

 

さらにそれらを発見しただけでは、応用することにまた同じだけの時間を個々人が費やすことになるため「8.ユーミン楽曲からの発展技法と不定調性論」において、その更なる発展の可能性をまとめました。

 

レポートは、ポピュラー音楽作曲の知識がある程度備わっている状態を想定した形となっています。また和声の聞き取りミス、解釈違いなどもあるでしょう。ゆえに私の聞き取りミスによってユーミン氏のアプローチを誤解することのないよう、コード進行表記だけをみて「ユーミンはこう考えているはずだ」という推論で断定を行う形にならないような工夫をしてあります。

また気になるポイントはやはり皆様ご自身で聞きとってください。聞こえ方というのは、音楽の好みと同様、千差万別であることが分かっています。

 

21世紀を越える今日の今まで40年以上、ずっと私たちの生活の音楽であり続けたという実績は、「トレンディ」の象徴であるドラマや映画、CMの脚本の土台、主題歌となり、時代の若者たちの生き方の象徴となり、リゾート、クリスマスや夏のバカンスなどのイベントのタイアップ曲となり、そうした時代を彩って企業の顔となってきたタイアップ本数が200本を越えることをみれば明らかです。

その歌詞はファンタジーかもしれませんが、時代の憧れとなり、そのトレンディな世界感をそのまま実現し得た人もいるでしょう。その後のアーティストに与えた影響も計り知れません。

 

音楽活動を続けるためには、アーティスト本人の強靭な努力とともに、優秀なスタッフ陣とそのチームがあってはじめて成り立ちます。これは一般企業でも、どんな組織でも同じです。改めて、長きに渡り第一線を走り続けるユーミンスタッフチームの結束、その類い稀なる仕事力に、一個人として最大限の敬意を表します。

本レポートで用いる「ユーミン」という語は、安易な個人の名指しではなく、時にアレンジャー松任谷正隆氏とのユニット名を指していたり、またそのスタッフチーム全体を意識して用いている場合もありますのでご了承ください。

 

 

 

2.本レポートの事例解説とその周辺

アーティスト『ユーミン』の登場は、ガールズポップの誕生、日本のロックの歌姫伝説、ニューミュージックという文字通り新しい可能性を持ったポップミュージックの出発点であり、その歴史は日本のポピュラー音楽の創成と発展の歴史そのものです。

 

本レポートの中心となる和声進行についての内容を理解頂くために事例を一つ提示します。

「流線形'80」(1978年)収録の「Corvett1954」(事例23)のAメロのコード進行は下記のように表記できます。

open.spotify.com

Aメロ(アルバムに収録された当楽曲の該当タイム0:24-)

C  |Gm |C  |Gm  |C  |Gm  |Fm7 |Am7 |〜

※「|」は小節線。

=degree(調を指定しローマ数字でダイアトニックコードを表記)=

(key=C)

I  |Vm |I  |Vm  |I  |Vm  |IVm7 |VIm7 |〜

 

ブログ用にはSpotifyへのリンクを統一して貼り付けています。

この部分はCメジャーとCマイナーのダイアトニックコードを行き来していると解釈もできます。

しかし一番の問題は「ユーミンがなぜCの後にGmを用いたのか」という発想の脳内経路の解明です。

 

たとえば同曲のC  |Gm  |という部分は、通例C  |G  |の変形と捉えることもできます。つまり、まずC |G |という進行に辟易するほどの作曲経験がないと、ここを変えようとは考えません。

C→Gmのサウンドの部分の歌詞をみると「月も追ってこないわ みんな探してるころ Corvett1954 あなたとどこへでも行く」となっています。

私はこの歌詞の一文のために、このC→Gmの流れに“颯爽と走り去るスポーツカーの風”を感じてしまいます。Gmへの崩れた感じが「少し冷たい空気の中への動き」という情感と呼応してしまうんです。

このような個人独特の"印象感""風景感""模様感""感情感"といった表現で音楽の印象を明確に言い表すスタイルを「不定調性論的な和音理解」としています。

 

この自由に心に浮かぶ印象・心象こそが「音楽的なクオリア」であり、調的な束縛や和声進行の慣習という理論的な理由とは別に、個人が音楽を具体的に創作する際の音楽的脈絡となり、作曲の動機、「その和音を選び、その旋律を乗せる判断を下す」動機になる、と考えています。拙論である「不定調性論」の概念です。

 

音楽を作るとき、メロディを紡ぎながら、和音をつなぎながら、その流れに作曲者自身が何らかの音楽的な脈絡を感じ取るわけです。普段皆様も"感じながら作る"ということは実践されているでしょうが、そこには名前がなかっただけです。

C |G |かC |Gm |かを選択するとき、作曲家が「音楽的なクオリア」を適切に感じ、納得できるからこそ、その進行で制作を進めることを決断できます。理由と根拠は自己の中に生まれ、それに背中を押されます。

 

本レポートの参考文献インタビュー等を読んで頂くと、ユーミンの「音楽的なクオリア」の風景を発見するはずです。そして皆様各位「自分であればどうか」を発想するはずです。

 

そのトレーニングの方法として、

“あるコードから次のコードに移った時、それがどのような和音進行であれ、自分だけの音楽的クオリアを創造し積極的に構築すること”

という心象創りの訓練を行うことを推奨しています。 

常に音楽的なクオリアを持つ、ということについては、例えば、

CM7  |F#m7 |CM7  |F#m7 |

というコード進行に、自分なりに「意味を持たせる」ことができるか、ということです。

たとえば「朝の空気」とか「昼の風」とか「夜の匂い」とか漠然と意味のある言葉でも良いし、「緑色の糸くず」とか「ぐちゃぐちゃな手書きの線」とか「丸い光」とか意味を持たせづらい表現でも良いです。

そのサウンドにプライベートな経験から、何らかの記憶や概念、匂いや想いをごちゃまぜにして自分が確かに体感できる心象を生み出す。ドミナントだ、とか調がなんだ、という「分析」ではない発想を持つ、ということです。

 

また、本レポートの和声事例は、特に曲中(歌中)のコード進行に特化しています。ユーミン楽曲のイントロ、エンディング、間奏での展開事例はまた別の研究テーマの一つとなるでしょう。

 

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