音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

149,"カントリーロード"のどこがそんなに名曲なん?★★★

今回は分析とか全然関係ないです。ただ一曲について思うことを書くだけです。

 

 

「カントリーロード」

原題は

"Take Me Home, Country Roads"

1971年4月12日にアメリカのカントリーシンガー、ジョン・デンバーのシングルとして誕生しました。

John Denver - Take Me Home, Country Roads (Audio) - YouTube

 

歌詞にも出てくる、ウエストバージニアの4番目の州歌。

故郷へかえりたい - Wikipedia

作者は三人いて、下記の記事にはこの曲の誕生が書いてありましたので読ませて頂きました。

www.tapthepop.net

この曲を書くのにインスピレーションを与えた、というメリーランド州(バージニア州の北)の道、メリーランド ルート117という道もあるようです。ウエストバージニアには作者はそれまで行ったことがなかった、というのがなかなか面白いです。まあそんなもんです。

en.wikipedia.org

 

最後に参加した作家であるデンバーは、飛行機好きで、後年53歳で自身が操縦する飛行機で墜落し亡くなりました。あまりに劇的すぎる最期です。

数々の賞を受賞して、今もアメリカを代表する歌手の一人として、この歌とともに歌い継がれています。どことなく日本のフォークシンガーにいそうな顔形ですよね。だから骨格から出てくる声が、なんとも親しみがわきます。公式サイトに、後年のライブが載っています。

John Denver - Take Me Home, Country Roads (from The Wildlife Concert) - YouTube

   

グッときます。

 

今回記事を書いたのは、なんで、最近になって、この曲がグッとくるのか、が知りたくなって考えをまとめてみたくて書きました。

だって曲自体は、子供の頃から知っていて、当時は、

「ダサい曲だな」

って思ったんです。カントリーミュージックなんてガツンとこなくてダサいや。

って本気で思っていました。

まあ、子供なんてそんなもんですよね。

 

でも、自分がどんどん年齢を重ねて、冴えなくなっても、この曲はどんどん輝いてゆきます。

ジブリの名作「耳をすませば」で、あの画とともに聴いた雰囲気はなんとも言えず、ずっと昔が思い出されましたし、それを同時に、良い思い出として書き換えてくれるぐらいの衝撃もありました。

 

映画の中で、雫が「コンクリートロード」という替え歌を作って友達と笑う姿も、この曲がダサい曲だと思った自分たちと重なって見えて、それ全部が懐かしい感じにさせる演出でした。

「人が大人に成長する前の姿」そのものを見せる演出だったんですよね。

cinema.ne.jp

=====

決して色褪せず、曲が様々な場面で使用される中で、受講生の中でもシニアの方は、

「とても調子が良い曲だ」

とみなさんも好んで演奏します。そういう話を何十年も聞くと、それまで自分のフィルターに被っていた、「いやいやフィルター」がふと外れるんですね。

 

で、実際レッスンなどで、一緒に演奏したり、demoを作るので自分で歌ったり、録音したりしていくと、じんわりと、この曲の良さがわかりました。

 

そう、じんわりじんわり、この曲の良さがわかってしまって、

「うわぁ、すごいいい曲じゃん!!」

と心から感動しました。デンバーの歌をきいても、とてもグッときます。

大事に大事に歌っているところなど、やはりみんなに愛された歌だからだと思います。

しかし、なんで、こんなにこの曲を好きになるのに時間がかかったのでしょう。

でもそういうものって他にもありますよね。年齢と共に捉え方がかわるからなのでしょう。

 

なんでこの曲はそんなにいい曲なのか、それを自分が感じて、同じように人も魅力を感じるのはなぜか。

その質問に答えられる人もいるでしょうが、その正しい答えに興味があるわけではありません。

=====

「耳をすませば」では、ストーリーの背景に、どっしりと居座る高低差の激しい美しい故郷の町がそこにあります。

自宅から自転車で、京王線のほうはよく行きます。坂道がすごいのでロードのトレ ーニングにはうってつけなんです。

 

登場人物は、その町を離れようとしたり、なんとか飛び出そうとしたりします。

そうするべきが人としての成長なんだろうけど、「故郷を抜け出したい!」なんて思うのは、まるで「この人から早く離れたい!」と言われているようで、「故郷」的には、とても寂しいですよね。

「僕のこと嫌いですか?」

って故郷が呟いてくるようです。これが年々切なさになって自分にブーメランのように帰ってくることを若い時は知りません。

 

でも故郷は何も言わず、何年経っても、形を変え景色を変えそこにあります。

「ここで過ごしたなぁ」としみじみ思うのは、すっと歳を重ねてからです。

 

「耳をすませば」での「カントリーロード」の歌詞は、若者が故郷に感じる苛立ちや、逃避感を映し出します。原曲とは真逆です。でも若い時、というのは、故郷のありがたみとか、家族のありがたみとかを心の奥底からちゃんと理解できる人はそんなに多くないと思います。だからあの映画の歌詞は、若者そのもの。ストーリーも若者が感謝すべき対象はさくっと飛び越えていくあたり、なんとも切なく感じます。

 

君だっていずれは忘れてきたものを思い出す日々がくるのだよ。

 

キーパーソンである、地球屋さんのおじいさんが、逆に切なさを全く醸し出したりしてくれなくて、ちょっと現実味に欠けたかんじになっているのは、きっと、自分たち、いい大人がいい気になって切ない、とか苦しい、とかっていきがっている先には穏やかな日々があるのだから、中途半端な中年社会人も若者のように気張って頑張れ、という宮崎駿監督からのメッセージだと受け取ればなんとなく納得。

 

切ない、なんて感じるのは今だけか。贅沢病かww。


petitlyrics.com

デンバー版の歌詞は、大人になって、夢を叶えたり、挫折したり、思い通りにいかなかったり、家族に助けられたりしてから眺めるようになる故郷の風景を歌っています。

www.study-lyrics.com

====

子供の頃にいやいやで、大人になって大切だと思える存在が、両親、家族、学生時代の友人などです。この歌はそういうことを全部体現しているような心の動きを人に感じさせる歌で、長く生きれば生きるほど、この曲の良さがわかってくる、という素材に溢れた曲だと感じます。

 

また実際に、歌ってみるとわかります。

 

あれほど離れたかった故郷に、いつしか帰りたくなる。人の身勝手さそのものを無言で受け入れてくれる家族や故郷の暖かさに勝る愛があるでしょうか。。

そういうのを歳を重ねるとわかってしまうんです笑。

そして、その先の強さを得るんですかね、どうなんでしょう。

 

あれほど離れたかったのに、人はいつしか、

"故郷の道よ 僕を家まで連れてって"

そう歌う身勝手さよ。

デンバーも麻薬や自身のDVを綴った、「Take me home」という自伝があります。まさにどうにもならない愛への飢え、というかなんというか。

彼は飛行機で亡くなり、まさにtake me homeを切に願ったことでしょう。

そういったことも、どこかこの曲の評価に関係があるように思います。

 

で、歌詞や心持ちだけでなく、メロディにも仕掛けがあると感じていました。

 

=====

      A                       E

Country roads, take me home

故郷の道よ 僕を家まで連れてって

          F#m          D

To the place I belong,

僕がいたあの場所へ

         A                           E

West Virginia, mountain mamma,

ウェストバージニア 母なる山

             D                       A

Take me home, country roads

僕を家まで連れてって 故郷の道よ

===

とあります。

これ最後はアーメン終止なんですね。

D→A

IV→I

です。

 

作曲できる人、または音楽が演奏できる人へ。後半を、

         A                           D

West Virginia, mountain mamma,

             E                       A

Take me home, country roads

とやってメロディを作ってみてください。

これでもできると思います。いいメロディが。でもE→Aがなんだか人の傲慢な感じを覚えます。「黙って俺を連れ帰ればいいのだ」的な笑。

 

ドミナントモーションは、産業革命に生まれたいわば人工物の象徴として輝きすぎたので、これを用いると急にお金が見えたり笑、計算高さが見えたり、自信や傲慢が見えたり、社会の美化された競争が見えてしまう印象があります。

 

これは、作曲ができる人がわかってくれればいいです。

わかってくれると思います。学校で学ぶドミナントモーションは、いわば、もう文化として垢だらけなんです。別にそれでもいいんですけど、そうではない音楽を感じる方法というのを不定調性論とか、または自分だけが感じる感じ方を大事にしていただくことで、なんとか心の聖域を守ろうと思っていただきたいです。

で、さらに。

===

      A                       E

Country roads, take me home

故郷の道よ 僕を家まで連れてって

          F#m          D

To the place I belong,

僕がいたあの場所へ

         A                           E(6)

West Virginia, mountain mamma,

ウェストバージニア 母なる山

 

曲はI-V-VIm-IVで進行します。王道進行です。

個人的に感じるのは、「I belong」の上がるところです。これは音楽家の感性の性感帯(一人一人違うのであなたはあなたの場所をみつけて)。切実に願う思いを歌い上げるところです。気持ちの中の思いに沿うようにグッと盛り上がり、気持ちが入る部分です。この思いが子供の頃はわからなかった笑。

「別に戻りたいなんて思わねーし」みたいに思っていた頃に戻りたい笑。

僕だけなのか、あなたも感じるのか。

(メロディの最高音がサビに来る、というのはテクニックですが、テクニック以上に感情に訴える効果が出やすいからだと思います。) 

 

散々これまで故郷を蔑んできた分、罪悪感から、こういう歌にある種の精神の憧れ=故郷を大切にしたいと思う本能、みたいなものを刺激されるから、良いなぁ‥と感じる、という要素も自分の中に感じます。

そういう気持ちになれるって大切だよな、なりたいな、ああいい曲だな。っていう心の反応も影響があるのではないか、という意味です。

=== 

そしてそれまではコードトーンをなぞっていたメロディが、mammaのところで6thに行きます。だからE6がF#m11(9)のようになり、淡く切なくなります。またここが「mamma」っていう言葉にやられます。

故郷=家族=ママ

っていうのは世界共通なんだ、と改めて感じ、世界と繋がれる瞬間です。

みんな、誰一人、あの日には戻れない。

戻れないどうしようもない日々を皆で一緒に生きているんじゃないか。

競争もいいけど、もっと愛を語ろう、って気持にさせてくれると思いません?

させてくれませんか?

 

mammaは最後の最後の自分の味方。そこに帰りたい、と泣きつくことが人生ではどれほどあっただろうか。

 

そしてサビの最後にもう一度、乞い願うように、「連れていって欲しい」としめます。ここがアーメン終止なのが、彼の国らしい祈りの終止。というかブルースの伝統から、そもそもドミナントモーションの伝統のない国なので、これの方が普通なんですけど。「祈り」っていうことを日頃は恥ずかしく思う国民性である我々には、とても素直な気持にさせられます。

===

で「耳をすませば」のコードは、実はすごいことになっているんです。

(原曲のキーに移調して、さらに還元して書きます。)

     A                  D

カントリーロード この道

       F#m        GM7

ずっと 行けば

       D                G    

あの街に 続いてる

         F#m  E                   A

気がする  カントリーロード 

きゃーあんだけ批判したE→Aが!!!笑。

(開き直って)、そう、だから、これは野望に満ちたカントリーロードなんです。

野望と夢にギラギラした状態でも、故郷を思い出そう!っていう歌なんです(困惑)。

特にGがやばい。VIIbです。ビートルズかよ、っていう野心に満ちた響きです。

原曲の「素朴さ」「誠実さ」「素直さ」「愛」とは違う、コンクリートな野望に満ちたコード進行です。

。。。。そう思いませんか??

でも、これで初めて登場人物の意思とぴったり符合するわけですから、これは潜在意識に訴える革新的なアレンジ、と答えることができるはずです。ここまで記事を読んできたあなたなら。

 

だからどちらのバージョンをどう使うか、をコードによって分けないといけません。

 

気になった方は映画のラストの音源を聴いてみてください。

カントリー・ロード / 本名陽子 ギターコード/ウクレレコード/ピアノコード - U-フレット

上記のサイトのコードは、アレンジを厳密にとっていますので細かい譜割になっています。ご注意ください。

====

 

帰りたいけど帰れないことを知ることになるんですよね、大人になると。それが、皆同じだから、辛いんじゃなくて切なくなるんですよね。みんな全員同じだから。

できることなら、子供の頃からもう一度やり直したいって、思わない大人がいるでしょうか。その鉄壁な普遍性がこの曲のにじみ出る魅力を作っていると思います。

作曲において普遍性を捉える、って狙ってできるものではないと思っています。

尊い。

 

 

どう願っても我々は過去にさかのぼって人生をやり直すことはできません。

だからこの歌を歌って、新しい時代を担う子供たちをしっかり育てましょう笑。自分よりもちょっとだけでも堂々と胸を張って故郷を仰ぎ見られるように。

多分、自分たちは両親が経験した想いより、少しだけ故郷をありがたく思えているはず。

子供達には自分達よりさらにちょっとだけいい思いをしてほしい。

そうやって少しづつ世界を良くしよう、っていう想いが詰まった歌。ともいえます。


===

 

。。。と言ったような書きまくっていたいろんな思い万感を、歌を歌うだけで聴くだけで一瞬にして心の奥のほうにズコッとまるっと全て感じさせてくれる、音楽という文化の偉大さよ。

 

=====

この曲に限らず、ある年代から演歌とか民謡とか、人生を歌った歌がたまらなく切なく感じます。

それからこの曲は、

a,b,c#,e,f#

という五音音階でできています。

みんな大好き、五音音階。

懐かしさを感じる最強の音階です。

 

歌詞、音階、ともに最強の素材を使った最高の音楽。

 

人は死ぬけど曲は死なない。

やっぱり音楽というのは人が作った最強の無限再生エネルギーだと思います。

 

 

 

 

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エッセンシャル・ジョン・デンバー