音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

オリジナル ルービックキューブを作ったよ!〜不定調性論がどうして和音を立体として考えるか(前編)

見て見てー!!!ヾ(≧∇≦*)/

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オっリジナル・ルービックキューブだよ!!(右ダヨ!!)

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megahouse.co.jp

一個から作れるんだよ、すごいよすごいよ!

 

いつものルービックキューブと比べると、競技用、というほど頑丈ではない感じがします。回した感じとか、積み木を回しているみたいで、ツルツルシャキシャキっという感じで少し簡素な感じもします。まあ見て楽しむもの、ですね。写真とかだと崩したら意味ないですからね。。ガチャガチャ回して擦り切らせない!という条件のもとで購入される方が良いかと思います。今回のリンクの商品については、です。

 

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で、これは何か、というと、

不定調性論の12音連関表を模したものなんです。

まああれは4×3でないといけないんですけどね・・・。だからあくまで「模したもの」、、なんです。

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これが12音連関表です。これを・・・

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こう、もってきて9つの形態にしたんです。

で、サイドもこのパターンで連鎖させて作ってます。まあ半分お遊びです。

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という並びです。連関表を6面体に連鎖しているだけです。

 

そもそもこのような音の配置に執着しているのは何故か、と言えば、それは自分の感覚に問題があったわけです。

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たとえばC△みたいな和音は、こういうふうにもともと感じていました。

この色や配置はランダムで、いつも違いますが、それは空間配置であり、うなされた夢のように音を聞くと感じます。もちろんいつでもこの"夢"は排除できます。

映画の字幕やテレビの画面周囲の二次情報をオフにするような感じです。

この感覚で困ることは一切ありませんが、何でもかんでも意味と捉えてしまうわけですから、例えば先ほどのC△だったら、状況によっては音の空間配置が楽器の音色とともにイメージが広がって、

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こんなふうになります。具体的、または抽象的な風景です。

こうなると、もう音楽どころではありません。和音一つで色々妄想できてしまうのですから、べつに

「音楽にならなくても音だけで十分メッセージが汲み取れる」

わけです。これがまた作者のメッセージとは全く異なる場合もありますから厄介です。

こうなると、ただの"困った人"です。

当然、既存の和声理論とかは理解のフィールドに入ってきません。

それはまるで、カレーのおいしさを全く知らない国の言語で説明されて、「なぜ納得できないのか」だけ日本語で問いただされているようなものだからです。

 

自分には自分だけのイメージがあったんです。

そしてそれが自分だけのものであることを30過ぎるまで知りませんでした。音楽理論の研究発表を通じて、この価値観が通用するのは自分しかいない、ことを知りました。それをハナから知っていたら不定調性論など作らなかったでしょう。

これはただ、

「俺はまずご飯は、真ん中を開けて、卵を入れて、二分待ってから掻き混ぜて、その上から納豆掛けて食うのが最高にうまいんだ。」

と言っているようなものです。そんなこと。

「オマエ勝手にそうやってればいいじゃん。」

で終わる話だったのです笑。

音楽理論、とは、個人の着想をいかに汎用的な方法論に消化するか、というとんでもなく難しい作業なんです。個人のイメージだけをいかに押し付けてもそれは個人の価値観への理解ができるか、できないか、にとどまるだけです。

怖いのは、

いかにも一般論ぽく見えているが、それは作者の個人的なイメージへのただの共感だった

というような状況です。世の中には様々な方法論があります。そして同様に様々な巧みな「個人の意見」というものがあります。

440Hzと決めたのも、これは宇宙の意思ではなく、個人の意図から始まったはずです。

それを上手に昇華する過程を作れたから、いかにも「常識」みたいになっていますが、それはふとした偶然が重なっただけです。

つまり例え個人の方法論でも、声高に訴え続けて、それが首尾一貫していけば、一つのメジャーの方法論位なってしまう、というわけです。怖いですね。

だからそれを貫くことにしました笑。

そこで今日感覚による個人の価値観をそれぞれが理解する、というやり方を一般論にしてしまえば、あとは自分自身が自分に気がついて、自分の感じた自然なやり方から音楽に触れ、そこから一般論を学ぶ、というやり方が最も比較対象できて自分も殺さないやり方ではないか、と気がつきました。

そこから方向を一気に展開し、個人論から一般論に拡張する作業に追われました。

12音連関表は、倍音発生の類似性を二次元に配置していったらできた形です。

それがたまたま自分の和音のイメージに近いので、これを採用しました。だから頭の中のイメージと、実際の数理が合致したので、これも偶然成り立った形です。頭の中で感じるイメージはもっとランダムな三次元配置です。それを倍音という自然現象で統一して一般化するとあの形になります。

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意外と、徹底的に自分のイメージを方法論化する、ということを行なったことのある人は少ないと思います。まあ20年かかっているんで普通やらないですね。数学の天才だったら別でしょうが。

こうやって、一般化していくと、非常に他との比較がしやすいですし、機能和声論と自分の感覚がどう違うかもわかってくるので、その時初めて"理論や常識を受け入れられます"。とても重要なことです。世の中に不満がある人は、自分のイメージの具体化が足りません。徹底的に自分の考えを一本化してみてディフォルメするところまで昇華してみてください。世の中と自分がどう違うか、どこが迎合できて、どこが反発するかもわかります。その時不満はだいぶ解消されます。自分が自分のフィルターで見るときと、みない時のオンオフを分けられるからです。

そんな努力をするよりも不満を言っている方が簡単なので不満を言っているだけです。

不満は個人の意思、イメージ、感情の問題なんです。事実とは実は関係ないんですね。

もしあなたが感情がなければ、事実がそこにあるだけなんです。

音楽の事実とは、音の振動現象がただ羅列されているだけです。

これを「楽しもう」と思ったら、自分のメガネをかけて、感情という自我をゆり起し、そのフィルターを通して見る以外ないんです。

あとは好き嫌いです。どんな女性が好みか?みたいな話になるだけなんです。

でもそれってなんだか全てが無になりますでしょ?芸術論とか。伝統とか。

だから不定調性論的な視点は、「公的に無視されるのが普通」なわけです。そして、それで良しとすべしです。そして心のうちで、自己を探し、虚無を認め、謙虚に戦っていく、ということができれば、心の内は穏やかだと思うのです。

 

そして一般論を作ってみると、意外とありがたいことがたくさん起きました。

・まず社会の競争から外れた事笑。

・変人に定義されたこと笑。

・人生が楽しく、いえ「楽」になったこと。

・自分を赦せたら他者に一生懸命になれたこと。

自分の脳内の音楽イメージを完全に理屈化して、一般化したことによって、外部との連携が取れたこと、機能和声との連携が取れたこともとても貴重でした。

たいていは世間と決別しないと自分論はできないのですが、たまたま

動和音と静和音、動進行と静進行の概念が作れたので、完全に機能和声論とのパイプを作ることができました。

まあそんなこんなでちょっと輪をかけて変な人生になってしまいましたが(#^.^#)。

 

もうこうなった以上は、このまま突っ走るしかありません。明日消えてなくなるかもしれないので、なくなってもいいように、毎日こうして記事を綴っています。

 

でも過去の作曲家の多くが、自分だけの理屈があったのではないかな??と感じています。その個人のイメージに世界の人たちが共感しただけ、だったのではないか、とも思います。現行の音楽理論は偶然である、としたら現代の音楽も偶然であり、拠り所は何もなくなってしまいます。それを恐れるか、それでよしとするか、で立場は変わってくるでしょう。

中心軸システムも、十二音技法も、ひょっとするとそれを作った人の脳内の音楽イメージの具現化かもしれませんよ?

つまり常識や知識を必死に追いかけて、あなたが確立されればされるほど、あなた自身のイメージと常識論とのギャップのぬるい温度差に違和感を感じることになります。研究者であったり、インフルエンサーであれば、なおさら「自分なりに考えて展開する」ということをしたくなるでしょう。

現行の和声理論は、そうした独りよがりをなくすために、当時の英知が結集して作られたようには見えます。島岡先生も当時の戦争前後の話を交えながら、いかに藝大和声が生まれたか、ということを語っているのを聞きましたが、もし見解の相違がなければ、御一人の負担が大きかった、ようにも感じました。

なかなか英知の万人が合意する方法論を作るのは難しかったのではないかと感じます。

 

どのレベルであっても人は人、歴史は歴史。あなたはあなただと思うのです。

もちろん社会に迎合するのも自由だと思います。その方が豊かな生活ができますし、家族も守っていけますからとても勇気のいる倫理的に正しい決断であると思います。

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というわけで、こちら独自路線邁進中なわけです。こっちはこっちで行けるところまでいきたいと思います。

後編はこちら。

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まあ他にもいろんなのがありますよ。家族に一個。みてみてください。

 

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