音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<コラム>無経験・無知識・無実績でどうやって前に進むか。

「なぜやりたことが見つからないのか。」

以下は講師をやっていて気がついたことです。たいして偉くもないのにわざわざ生意気に書きますが、職業病なのでご勘弁ください。僕らはどうやって音楽で生きるかを人に教える勉強をしています。それはもう全ての疑問を考えることですから。

必要なことを持って帰っていただければ嬉しいです。

 

誰でも最初は経験もないし、知識もないし、実績もありません。

ただ大切なものがあります。

「それが好き」

ということです。

あなたの体がそれを欲している以上、それはあなたに必要なものです。根拠はいりません。「好き」だけが根拠です。

だからそれを欲するままに求め続けることがスタートです。これが最初難しいのは、下記の三つについて割り切りができていないからです。

 

ここでは、特に漢字の意味にはとらわれないでください。

「経験」という存在は本来やり続けた年数ではありません。どれだけまっすぐに思っているか、想い続けているかです。どこどこへ行って何をやった、とか、誰に何を提供した、とか関係ないです。あなたが初めと変わらずどれだけまっすぐ好きなことを思って想い続けているかが「経験」です。経験は年数が必要なのではありません。あなたが今どれだけ熱いか、それを見れば優れた講師は、あなたのこれから積んでいくだろう人生をちゃんと分かってくれます。だから偉い人ではなく、あなたを理解してくれる人と一緒に経験を豊かなものにする、という考えに改めましょう。

 

「知識」という存在は歴史や文献から学んだ正しい知識ではありません。あなたが自分の「経験」の中から得たものだけが知識です。だから人それぞれ知識は違います。同じものはありません。答えが変わるものもあります。だから本を読んだらすぐ実践しましょう。実践して「自分の場合」を真剣に確立しましょう。自分にとって実践的未来のある本を読みましょう。読書とはちがいます。知識は得るものではなく、自分で作るしかないんです。どこにも「あなたに必要な知識」など書いてありません。そう教えられてきただけです。だから自分で解釈し、自分のために活かせて初めてそれが知識になります。すぐわかる知識は単なる情報であり、知識はあなたの経験を挟まないと育まれません。

 

「実績」という存在は賞をとったり、大企業と仕事をすることではありません。どれだけあなたの仕事(行動)がそばにいる人の役に立ったかです。それにジャンルは関係ありません。あなたが好きな人のために一生懸命尽くしたら、それはあなたの仕事に必ず活きます。というか好きな人がそれを放ってはおきません。応援してくれます。家族、友人、ペット、、とにかく身近な人にどれだけ役に立ったかが実績であり、仕事の実績はもっと薄いものです。その仕事を通して誰かの役に立つ、というのはそこに幾千の人が関わっているのであなただけの実績にはならないんです。皆がその実績を主張するからです。だからあなたが誇れるものは、あなたのそばにいる人を、あなたを担当してくれる人に尽くすだけで、それだけがあらゆる仕事へのヒントや力になってくれます。それ以外にあなたが本当に自覚できる実績が人生であるでしょうか。

 

だから無経験とは、あなたが夢中になれるものがないことです。

だから無知識とは、無経験のことです。

だから無実績とは、無経験で無知識のことです。

 

つまりそばいる人のことを想っていない、から何も生み出されないのです。

 

世間の評価は虚構です。最初突き放して、長くやってると褒めて、慣れてくると飽きたから消えろ、と言われます。

世界は自然界の掟で成り立っているので、相手に噛み殺されて食われる世界であるのは当然です。動物界では当たり前のことです。

でも人間界は噛み殺されても命を失うことはありません。

だから実際に食い殺されない掟など、虚構にすぎないのです、恐れることはありません。

何かとてつもないことをやろうと思うなら、野望に燃えたぎっているなら、焦って虚構に踏み込んで人を幻で食い荒らし惑わすような人生にせず、まず今あなたのそばにいる人のために何ができるか考えて行動してみましょう。それが一番近道です。"でっかいこと"をや履帯と願うならこれが一番です。

そうするといかに知識が人によって異なるべきか、どんな解釈をするか人がそれぞれであるべきか理解できるので、他者を批判するのは、モグラ叩きをしていくようなものでありことがわかります。キリがないし、モグラ叩きでモグラが出てこなくなることはありません。それをやっていてもスッキリするだけで何も他者の解決になっていないし、他者はいつかは元の自分の解釈に戻ってしまいます。

"正しいもの"は実は個人の中以外存在しない、ということさえ分かればいいんです。

 

だからそんなことよりも今日、目の前の仕事に全力で取り組んでみましょう。夢とか希望とか、成功とか名誉とか、これは単なる言葉です。この記事も言葉です。

全く違う答えがあなたにはあるはずです。同じことをしても結果が異なるのは当然です。

 

死ぬその時まで自分が幸福だったかどうかはわかりません。

死ぬ直前に何時間も苦しめられたら、それまの何十年がパーになります。だから理想的に活きることは難しいです。そう願うことは無意味、と言ってもいいです。

それならば、今の自分であることを今の自分に許してみましょう。

 

計画を立てるのはそれからです。

小さなワクワクを感じる小さな計画をたてください。それが実行できると、次へ行こうと思えます(犯罪もそうして始まるので(笑)邪念をできる限り事前に消したいものです・・・)。

数ヶ月ぐらいなら社会的に無意味なことを成し遂げるぐらいでもいいですから。紙コップタワーを作るとか笑みたいな。

それはこれまでの虚構の人生から立ち直るリハビリだと思ってください。

全身複雑骨折、精神錯乱をあなたが今患っているとしたら、リハビリにどれぐらいかかると思いますか?おそらくその理想のリハビリ期間の間、好きなことだけをしてすべてから逃避するぐらいじゃないと、隣にいる人を幸福にしよう、なんて絶対思えないかもしれません。

 

 

「夢」とか「希望」はあくまで言葉です。言葉はレゴブロックの1ピースです。

それをどんなにチキンナゲットの形にしても食べられません。

食べたければ自分でお店に行くしかないんです。でもその先は太って病気になるので、何を食べるかをちゃんと考えないと。。。話が広がってしまうのでこの辺で。

 

 移動時間は本を聞こう。