音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

明日の歌/aiko VI♭mの出てくる曲(サブドミナントディミニッシュの逆転)★★★

リファレンス制作をしていてたまたま見つけたので書いておきますね。

www.terrax.site

 

aiko-『明日の歌』music video - YouTube

2014年の曲です。

 

Aメロ

Cm    |Abm6   |Cm    |Abm6   |

AbM7 |Gm7  |Fm7  |Ab/Bb  |~

これはこうなります。

Im    |VIbm6   |Im    |VIbm6   |

VIbM7 |Vm7  |IVm7  |VIb/VIIb(IIIbのIV/V)  |~Im

 

 

Cメジャーのキーなら、

進行①

C  |FM7 | Fm7 | C    |

という進行がありますね。サブドミナントマイナー終止です。

 

これがもし、

C  |Fm7 | FM7 | C    |

 これだったら、あなたは違和感を感じますか?自分の曲で使ったことありますか?もしまだないなら、あなたは機能和声に支配されています。

でさらに、

C  |Fm7 | Fm7(b5) | C    |

または

C  |Fm7 | Fdim7 | C    |

とかって、ムネアツじゃないですか?

サブドミナントマイナーを使って、さらにこれを逆転っさせて

C  |Fm7(b5) | Fm7 | C    |

または

C  |Fdim7 | Fm7 | C    |

 

さらにメジャーに戻す。

C  |Fm7(b5) | FM7 | C    |

または 

C  |Fdim7 | FM7 | C    |

まさに近代的進行ですね。

この曲ではさらにこれが代理進行で起きています。

 

で、その前に。一聴して「は??」となるのが歌い出しです。

Cm    |Abm6   |Cm    |Abm6   |

これも違法です。VIbmは「もっとも調的になじみのない和音」です。

これ、わざと「ここ狙って行ってやろ」と思わない限り行かないところです。

 

聴いた感じどうですか?

天邪鬼的で、なんだか「刺さって」きませんか?

又は変にネジくれたような感情を感じます。で、実際歌詞の裏にそうした想いを隠してそうな歌なので傑作なわけです。

 

で、通例VIbM7というのはサブドミナントマイナーなんですが、VIbmというのはダイアトニックにはない「ノンダイアトニックコード」です。だから通例つかえません。

ここでも二回繰り返していますよね。スティーリー・ダンとかがはじめた「無理やりシークエンスで意味を創り出す」という不定調性技法です。それを日本ではユーミン先生が引き継ぎました。そしてそれを知ってるaiko氏らの発展世代がこのように展開しています。

だから「変なコード進行でも、それっぽい歌詞を載せて、繰り返したら意味が生まれる」という技法です。

 

===========

 

でもVIbmがなんとなく使えてしまうのは、

VIbM7というコードが日本人の心に響くコードだからです。

CM7   |AbM7  |CM7   |AbM7  |

(音、参考)

https://rechord.cc/l6EqXZUMffA

 

で、M7をm7にする、という習慣が作曲する人にはなじんでます。それは進行①

の経験値からきていると感じます。

だから、このVIbM7も

CM7  |AbM7  |Abm7  |CM7  |

もなんかできちゃいそうなイメージを持ってしまっています。馴染みのない感じになります。

https://rechord.cc/2JT3sEdh2Qc

 VIbM7がすでにサブドミナントマイナーですから、それをさらにm7にしたVIbm7は「サブドミナントディミニッシュ」と機能和声的には呼ぶしかありません。

このように「機能ではなく、自分の中の意味感から作曲できてしまう感覚」を不定調性論的な作曲と言い続けているわけです。

 

で、この曲では

Cm    |Abm6   |Cm    |Abm6   |AbM7 |~

となっていますから、冒頭のシークエンスの後、仕掛けて来るかのように、VIbM7に戻してきます。確信犯的ですよね。

Im=トニックマイナー=Tm

サブドミナント=SD

サブドミナントマイナー=SDm

サブドミナントディミニッシュ=SDdim

とすると、

Tm    |SDdim   |Tm    |SDdim   |SDm |~

 となります。わけがわからないですね。音楽学校キラーaiko氏の面目躍如です。

なにSDdimって?、でなんでそれがSDmにいくん?みたいに。

 

こうやってわけの分からない記号分析になってしまうと、記号では音楽を読み解けなくなります。近代音楽が確立した表現の解放なわけですが、さらにロックがこの傾向をさらに「実物重視」にしてくれました。四の五の言わず黙って音を聞いてくれよ!っていう叫びによって、意味を発信し、音楽の内部構造の古い秩序をぶっ壊していったわけです。さらに"意味"だけを追求していったのがラップです。

 

で、機能ではなく、実際の音の質感を個人の感性で定義して、そこから知恵を自分に対して生み出し、それをそのまま制作意欲に活用しよう、というのが不定調性論の特技としています。

 

実はこの冒頭の進行、

Cm    |AbM7   |Cm    |AbM7   |

AbM7 |Gm7  |Fm7  |Ab/Bb  |~

とか

Cm    |Ab7   |Cm    |Ab7   |

AbM7 |Gm7  |Fm7  |Ab/Bb  |~

とかで歌えるの気が付きました??で「理論的に」はこっちが正しい、わけです。

 

じゃあ、なんでわざわざAbm7にしたか?

 

って、そこに表現者が表現したいことがあって、「そうしたいからそうする」っていう感情を体現できるわけです。

この「理論的に二次的になってしまう手法を正当化できる理論的アプローチ」が音楽理論になかったので、ロックやってる人は即「不良」だ、みたいに社会的レッテルが貼られ、ジョン・レノンみたいなあんな繊細で勤勉な人が「自分は不良なんだ・・」みたいに思い込まされ実際不良行為に走らせてしまったみたいなところがあるわけです。今となっては実は当時の若者の不良行為の半分ぐらいは社会の責任なんじゃないか、と思うほどです。

 

で、それを補うには、「個人の感性」が重視される必要があり、そのためには「既存論」が確立した延長線上の理論によって、それがなされることで、既存論がそれらのアノマリーを承認をせざるを得ない状況に追い込んでいくことで、既存論自ら進化・展開せざるを得ない、というところに大人が追い込んでいく努力をする必要性があります。そうやってはじめて集合意識も進化するのではないか、と考えます。これを集合意識が気が付かないように、拒否感を感じないように知らずしらず進めていく必要があります。

 

更にそれを後押ししてくれるのが、ユーミン、aikoといった稀有なアーティストの作品の台頭です。彼らがやってくれるから、僕らもできる!というところがあろうかと思います。

その最前線にいる一人が先日も書いた、米津玄師、というアーティストかもしれません。

 

とにかく、今日本のどこかで彼らよりも新しいことを考えていて、少数派として新しい技法が理解がされず足搔いているあなた、この構図を信じて、彼らに続いて今のあなたのスタイルを貫いて諦めず発信し続けてください。がんばって。

その手法の理論的根拠、とか芸術的価値みたいなところのリンクは不定調性論が作りますから。安心して自分を追求頂きたいです。