音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

(コラム)教育の仕方論/教育の方法論~四つの異なる段階でのアプローチ

こういう流れで考えます。

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それぞれのフェイズでアプローチが違います。そして

・必ず例外がある。

・事故が起きる場合がある。

この二つを常に頭に入れておきます。

 

 

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中学生なら話せば理解できます。しかし、友人、家族、生活環境がとても希望など見いだせない状況にあるときは、人生の可能性など理解できません。

だからまず可能性を見いだせる環境に整えるのが先です。

キッズなどで早くから仕事ができる人は、親が熱心だったり、友人環境がそうした仕事環境にあったり、親が実際有名人だったり、そういったアドバンテージがある場合もあります。

例外

;本人が強靭な意思の持ち主で、先生の話を聞いて奮起して劣悪環境をたまたま脱出できた。

;逆に親が有名人なので子供が未来に希望を見いだそうとせず、道が開かれているのに何もしなかった。

など。また、

事故;本人も家族もやる気になったが、たまたま通学中交通事故に遭ってしまい計画がとん挫した。

そういうことがあるから、可能性も不可能性も計算できない、と申し上げます。

 

そうした上で、同時に可能性もある、ということを理解できれば、あとはその人がどんな特技があるのかを見いだす作業になります。ここは根気です。

つまり教育の最初のステップは本人の気持ちをいかに持ち上げるか、だけです。これは知識を教え込む、というよりも心の交流とポジティブな要素を心に埋め込む静かな乱打戦です。

 

さて、得意なこと、好きなこと、興味のあることが見つかったとします。

 

そうなったら、

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例えば俳優になりたかったとしましょう。 

この場合の一次行動は、いきなり映画の現場に行ってプレゼンテーションして、出演させてもらい翌日にギャラが入り、次の仕事が決まる事です。いきなり夢を叶える行動が一次行動です。これができる人はどんな夢でもある程度形になります。

普通はできません。だから二次的な行動を起こします。

・事務所、養成所に所属する。

・youtubeで一人芝居をアップする。

など、現時点の自分で出来る活動を始める事です。二次的行動はどれが一次成果につながるか分からないのでできる限りたくさんやってみましょう。一人のキャパにもよりますが。

一番まずいのがB.はじめないにも該当する、三次行動というやつです。つまり、

・なれるかどうか考える

・映画を観まくる

この「二次行動に一見見えるけどちがうもの」を始めてしまうと人より遠回りになります。なれるかどうか考えるのは意味がありません。また映画を観まくって成れる職業は評論家です。

人生に可能性を見いだしたら、次に実際にどのように行動するかがとても大事です。

レッスンではこうしたことをじっくり考え、話し合います。

もちろん先に述べたのと同様な、例外、事故が起こり得るので思い切りを大切にしながらも真剣に観察し熟考しましょう。

ここは教育というより知識・経験がものをいいます。心を通わせても方法論がなくては熱は覚めます。今使うべきは心なのか、知恵なのか、経験なのか、テクニックなのか。それぞれの段階で違うのだ、ということをこの記事では書きたいんです。

 

そして実際に学習ステップに入ったら、

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実際目的が達成されるまでは、三か月かかるのか、三十年かかるのか誰にも分りません。

このステップでは知識も経験も役にたちません。持って生まれた根性、我慢強さなどが試されます。もっとひどい人の人生経験を学ぶ、なんてのも一つの手ですがやはり最後は本人の根性に関わってきます。

まずゴールなどない、ということを理解し、いついつまでにどれだけの満足度を得たい、などと考えずに日々の仕事に邁進し、その一つ一つで最高の仕事ができるかだけに集中する、ということが理解できるか、できないかがとても大切です。

せっかちな性格の人は、三か月だけやって辞める人もいるでしょう。

よくあるのは、三年ぐらいやって、しばらくやめて、また始めて、みたいな。

とにかく死ぬまでやっても完成しないことがほとんどですから、本気でやりたいことを選ばなければならない、ということが何度かいろいろ手を出して失敗しながら分かってきます。

そして10年目に倒産とか、40歳で病を発病とか、あらゆる困難が降ってきます。

 

そして困るのは、そこから逃げて一から始めるほうが楽で、効率的で、費用対効果がよくできているように見えてしまうことです。

しかし同時にこのまま我慢して続けても実はあまり費用対効果という意味ではほとんど変わらない、ということを人と社会の歴史が教えてくれます。

まず人生をかけてやり遂げたいものを見つけること、見つけ続ける事。

しかしこれはトリックで、突き詰めれば人生にそもそも意味などないので(生命体としての歓びの価値は計り知れないが=本人がそれを感じれば)、意味を見つけられる意識を持った方がダイナミックに生きられる、というだけです。

そしていつまでやっても結果(自分が本当に100%満足する結果)は出ませんから、チャレンジし続ける作業が明確であることがより楽しいです。

音楽であれば、曲を創り続けるとか、芝居であれば、舞台に出続ける、といったことです。これに邁進できるかできないか、がここで重要になります。

もちろんどうやってやったらいいか、何をしたらいいか、ということは#2の現在の自分にとっての二次行動、一次行動、三次行動は何かを把握して取り組まなければなりません。

 

そして、

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です。

いよいよ努力が実って、チャンスが来た時に、それをものにできたのか、できなかったのか。

ここには大いに運が絡んできます。そして別にどうでもよいことです。目的意識を持って生きていられるなら失敗しようが、結果が出なかろうが、大きな問題ではありません。それを問題にするのは、美女がもっと美しくなりたい、と思うようなものです。

美しくなりたい、と思っているから美しいのであり、それ以上はどこまで頑張っても整形でもしない限り変わりません。野望や欲望は加減を知りませんので、まず#3での「ゴールはない」ということを真に理解しなければならないと思います。

 

結果は文字通りすべて結果論です。

 

中には#3をすっ飛ばして、いきなり#4に飛んでチャンスを掴むに人もいます。

これだけ人がいればその確率だってあります。

逆に天才と呼ばれながらも病や事故に倒れたりする人もいます。

このステップは運も経験も関係ないです。事故は予測できないし、病気はまだ予防できません。

 

で。これらをクリアーして夢が叶ったら最後どうなるか??

というと、また#1とか、#2に戻ります。

人が満足して死ねるかどうかは、たまたまその時期が、#4のフェイズで上手く行っていた人であった、というだけです。

そういうタイミングを計って生きている人もいますし、死ぬまでフェイズ1に迷う人もいれば、#2ちょうど新たな道が見えたのに!ここでか!みたいな信長公みたいに挑戦し続ける人もいます。あまり変わらないと思います。死を恐れていない人ほど、タイミングの悪い死に方をするのでしょう。

一番カッコ悪い#2の途中みたいな中途半端な状態の信長公でも、おそらく#4の典型のような家康公もその生きざまによって語り継がれています。

人はそれを良い人生であると、考えます。

本人がどう考えたかは知りません。というか全く考慮されていません。本人の人生なのに、最後に評価できるのは他人なんです。本人生きてないからね。

 

人の人生は、後世の人が勝手に判断するんです。

 

だから#3をちゃんと理解して(でも難しいです)、とにかく今自分ができる最高の仕事をやって、宵越しの銭は持たず、明日また頑張る、という日々の中で幸福を見いだすことが良いのではないか、そんな風に現時点では思っています。

 

今のあなたが悩みながらも、ちくしょー充実させやがって!!!!!って思える一日を今日も送れていることを願っています。

 

教育業の現場から、私塾の教育論についてのお話でした。

折を見て更新していく記事ですね、これも。