音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

不定調性進行を使ってトレーニングする方法

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これは昔に作ったやつですが。

単純なアルペジオで、コード進行ではなく、また慣習的な「良いとされる流れ」ではなく、今のあなたがどう思うかをアルペジオの流れに乗せる、というような思考です。 

わざとモヤモヤにしてます。旋律とか音楽が重要ではなくて何かあるということの重要性だけを映し出したい・・音楽存在そのものは「美しさの名残」として再生時間を埋めているだけです。下も同じです。

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旋律とか音楽的展開が必要なのではなく"そこにある何かがある"ことさえ気がつければあなたは存在しているのだから、あなたがみたいものを見て感じればいい、という発想です。表現がこうなると"病気"なのかもしれませんが、自分に素直になれ!とよく言われたので、素直になるとこうなるよ、っていう話です。結局パッとしないやつ、っていうのは必ずいて、自分もそういう存在であったと思います。それを認めたくなかったし、もっと素晴らしいものでありたかったです。

でもその認識以上に素晴らしいものであったことが健康になってわかった、という実感があります。だから他者の評価を気にして何かを提示する、みたいなことをしなくなりました。

   

そうなると自分、この世に属して音楽やってる意味があるんかな、とかって思います。

そして、みんなそんなふうに思いたくないから、勉強してる人っているのかな?とか思ったり。

急に自転車を手放しで乗りこなすような難しさを感じます(最初だけです)。

こうした作曲法は、例えばモードジャズとか、フリージャズとか、セリー技法とか十二音技法だと、更に厳しい"慣れない"制約が全面でにで初めて、より表現が難しくなります。そういうストイックな時代もありましたが、今は不定調性論の時代。アイディアをいかに出すか、いかに自己を見つめるか、いかに自分を大切に思って自由を感じるか。時代も社会もあなたを幸せにはしてくれない。あなた自身が幸せになろうと思わないと。。みたいな耳タコの話を実際に創作の意識に含めることができる時代です。・・すみません伝わらなかったら。

 

不定調性論というのは、制約がないので、もし今のあなたが

「どうしてもここだけは機能的な流れに行きたい」

と強く望んだであれば、そう行ってもらってOK、という発想です。

つまり、慣習に流されるのではなく、自分の意思の方に委ねる感じです。

普段リファレンスにガチガチの曲を創っていると、自分の意思がどこかに消え失せてしまうので、週末どこかで自由に演奏できるような人は、ぜひそうやって自分の感性で作っていく作業とかやってみると、温泉に入ったようにスッキリする人もあるかもしれません。

 

アルペジオが一番流れを作りやすいし、逸脱してもアルペジオパターンが一緒であれば、何とか形態を保つことで多少の不協和も「意味を与えやすい」です。

 

そうやって考えると、自分の中から湧き出るものって、なんだろう。本当にそんなものがあるんだろうか?慣習だけで、知識だけで作っていないか?なんて自分を疑うのもたまにはいいでしょう。