音楽教室運営奮闘記

音楽と教育と経営の雑記ブログ~不定調性論からの展開

<コラム>不定調性論の原理??★★★

膨大な内容なので、何がポイントがということも興味のある分野でそれぞれ違いますので、より大枠でご説明します。

   

まずあなたの希望を考えてください。

 

あなたは自分の音楽を、どの程度自分でコントロールして作りたいですか?

セオリー:感性

どのくらいの割合で作りたいですか?

3:7?

2:8?

4:6?

もし7割以上自分のやり方=自分の感性で音楽を行いたい、という人は不定調性論のアプローチそのものは7割ぐらい役に立つでしょう。

もし「今はセオリーをちゃんとやって、後々自分自身を極めたい」と思っているのであれば、まず2年と決めて、スクールなり教室なり近所で良いので通って勉強をしてください。youtubeなどを使った独学でもOKです。その後は一生自分追及なので、セオリーの学習はとっとと済ませてください。

もしセオリーが6以上、という人は再現芸術向きですので、クラシックや伝統的な映画音楽などを仕事に目指していくとスッキリすると思います。その後、より前衛的な映画音楽!となったとき拙論に戻ってきていただいても十分間に合う才覚の持ち主であると思います。セオリー通り行う方が難しいですからね。

不定調性論は「自分は自分の感性を重視したい」という人のための方法論と思って頂いて問題ありません。

 

■拡大解釈。

 最初和音の作り方、連鎖の方法から考えていくのですが、ちょっと大風呂敷を広げますと、そこから曲の展開について、発信の場でのパフォーマンスについて、生き方について、、みたいに展開していきます。それがヒットする、当たるとかは余り関係がありません。あなたが自分の人生を音楽に費やすにあったて、あなた自身が満ち足りた活動であると思えることを勇気をもって構築するために一緒に考えましょう、というところに落とし込んでいきます。

なんかこう書くと綺麗ごとみたいに聴こえますが、でもほんと自分を人生を生きるって難しいですよね・・。

Aメロがあって、つぎにBメロ、そしてサビ!!!もいってみればマクロなコード進行です。そしてそれは仕事でも、人生でも同じだと思います。

たとえば、好きな女の子がいたら、好きだ、と伝えずにはいられません、でも伝えられない。でも「好きだ」と思ったことは事実です。一番心が動くことです。それだけ心が動いた経験と同じぐらいの思いで音楽が出来たら素晴らしいなあ、と思います。

恋愛経験をしているのに、それを音楽理論と混ぜ合わせてラブソング書食ことが認識できなかったら、あなたという固有の存在は必要なくないですか?

音楽を作るときも、理論をどこまで勉強したとしても、あなたが「好きだ」と思って心が動くその感情を優先させて方法論に囚われず音楽が制作できるようになること、が目的です。

この得体のしれない「心」が音楽の動機である、ということを示すためには、機能和声論が構築してきた倍音神話を完全にフラットにする必要がありました。そのために膨大な紙面を教材では費やしています。

でも最後は「自分の好きを優先させる」というところに辿り着きます。

そしてそれは勉強する前からわかっていることです。ぐるっと回ってまた自分の所に戻ってくるので、その「ぐるっと」は速い方がいいな、とは思っていますが自分は20年以上かかってしまいました。

こうきたら、次どうするか、ここに来たら次何処に行くか、こうした"機能"を越えた場をいかに構築するかを再発見する方法論です。

 

■和音の種類は二種だけ

動和音と静和音だけしかありません。

ここにたどり着くまでに機能和声の考え方をリセットしていくので、そこまでに辿り着くのが大変です。

動和音=構成音関係内に増四度を持つ和音

静和音=構成音関係内に増四度を持たない和音

これらからより細かく「第一種動和音」とか「第二種静和音」とか分けていきます。

 

■和声の連鎖の種類は二種だけ

動進行と静進行しかありません。

動進行=和音の構成音変化が多い(前の和音の構成音の半数以上が変化する)進行

静進行=和音の構成音変化が少ない進行

これらも細かく「第一種動進行」とか「第二種動進行」とか分けていきます。

 その他各種の不定調性進行などもあるのですが、それらも最後は動進行か、静進行に分けられてしまいます。

和音進行を分類する必要がある方法論ではないので、一番の極点に辿り着けるようになっています。

 

■音階はない

■形式・伝統もない

■方法論がない、という方法論

この最後の「ない方法論」を作るのに時間がかかりました。笑い話のようですが、「ない」と認識した時点でそれは「意味」が生まれていますから、この矛盾を受け入れて構築していく、という心理的操作を上手に行う必要があります。

そのためにはできる限り自分が信じたものに取り組んでいくしかないです。好きな女性なら裏切られてもいい、と思うでしょう?笑、矛盾を相手にする、というのはそういうことであると思います。あとで述べますが、「矛盾」が最大のカギです。

 

■何もない二つのものをつなげて意味を持たせられるか。

・つまようじ

・市民プール

例えばこの二つの言葉を用いて、恋愛の歌を作れ、っていわれたとき、なんとなく心の奥の方で「わくわく!」って感じをちょっとでも感じたら、あなたはそれを職業にできるほどスキルをつけることができます(良い先生や良い友人がいれば)。

 

おなじようにCM7とF#m7の二つをあなたの中で関連付けて、

CM7  |F#m7  |CM7  |F#m7  |CM7  |F#m7  |CM7  |F#m7  |~

という曲の流れで、メロディを乗せて、感じるテイストを言葉・メロディにできるはずです。

それを遂行するためには、十分な機能和声の学習と、辟易するぐらい伝統的慣習に浸って先輩を恐れながら音楽をやる時期が必要です。その先にはじめて「自分の音楽をやりたい!」と思えるのでその時にこうした価値観を発動できるように、今から不定調性論のコンセプトを覚えてお帰りになって頂ければあとで必ず役に立つでしょう。

ちなみにCM7もF#m7も静和音です。そして

CM7  F#m7の変化は、

c,e,g,b

f#,a,c#,e

とe以外すべて変化するので動進行をしている、と言えます。

つまりCM7  |F#m7 |というのは、

静和音から静和音への動進行

と分析できます。でもこんな分析よりも、

CM7  |F#m7 |におけるCM7は「夜の光」、F#m7は「逃げたい過去」だ。

とか意識の中で把握できた方が良くないですか?

もちろん使えるスケールはアイオニアンでアヴォイドはivで、というのこととかが分かった上で、その先に何を身につければいいか、という状況ならよりベターです。

これは、あなた自身が感じる、行動する、作り上げる、決断する自主性の話であると思います。不定調性論はあなたから機能和声論が奪っていった(言葉悪くてスミマセン)あなただけの感性に改めて音楽を委ねることができるように、あなたにあなたの音楽を返す作業を行います。

(伝統技法を習得したい方、集団の規律を絶対順守する必要のある方はこれを、および下記をやってはいけません。ただの傾奇者になるだけです。)

 

■最終目的は自己完結方法論の作成

あなたが自分なりに音楽を制作する方法を確固として持っているなら、あなたは不定調性論のマスターと言えます。

もし無意識に先生に言われたことを"自動的に"守っていたり、無闇にインフルエンサーの言葉や手法を信奉して従っていたりする場合、まだまだあなただけの方法論はその先に待っています。

たとえば曲をメロディから作るのか、トラックから作るのか、コードから作るのか、それはその時々によって本来違いますし、直感でどうするべきが分かりながらそれを行う必要があります。

「こうしなければならない」とか

「これが良いとされている」というような意見には、"あなたが入っていない"場合があります。この段階ではまだあなたは自分自身に気が付いていません。

たとえば、今夜の夕食をあなたは自分で選べますか?

まあ、一人暮らしの人は自分で選ばないといけないと思うのですが、家族がいたり、同棲していたり、誰かと一緒に選ぶ必要がある場合や、相手が選んでくれる(作ってくれる)場合などがあろうかと思います。それでもいいのですが、いざあなたがパスタが食べたい!と思ったらパスタが食べられる環境に自分を置いているなら、不定調性論的行動術のマスターと言ってよいのではないかと思います。またはパスタが食べたかったけど奥さんがカレーが良いから、と言ったらあなたの意思で譲ってあげる愛があるとか。それも意思ですもんね。これ、本当なトニックに帰りたいけど、この間読んだ"ヒット曲のセオリー本"が、そうしない方が良いというのでそうしなかった、とかというのはまだ本当は迷っている、ということです。

アイディアは勉強して悩んだその先に、自分の中から湧いてくるものをアイディアと言います。

あなたが心から納得できるように生きられればそれが最高ですね。それが難しいから本気で生きてく必要があるわけですね。

 

■今あなたが見ている赤色を誰かと100%共有できるか?

いずれはあなたが脳の中で見ているものやイメージしてる妄想までスクリーンに映し出せるのでしょうが、現時点では無理です。

だからあなたは実は誰にも頼れないし、誰とも自分の判断を真に共有できません。

あなたが素晴らしいと感じた音楽を本当に誰かと共有することはできない、としたら。あくまでコミュニティを維持するために「共感」は生み出されています。

 

共感など本当は存在しない、と思ってみてください。

「存在するけど存在しない、という矛盾」が不定調性論の究極奥義だと思っています。

『矛盾すること』がバランス、という考え方です。

最高の音は「silence」に決まっています。でも無音は最高の満足の状態がずっと続くので、飽きます。でも人の意思をそこにいれれば下世話になります。こうした問を無意識の中で繰り返しているのが音楽家のジレンマです。だからこの矛盾をまず受け入れましょう。そうすればあなたはちょっとしたリズムでも、ちょっとしたつまらない音楽でも、きっとその良さや、人のすばらしさを感じることができます。でもそうなるとヒット曲の分析なんてできない。ほら矛盾が出てくるでしょう?これ、考えたくないでしょう?だからこのバランスをどうあなたが捉えていくか、こそ音楽を信念を持って続ける根本的な問題であるあと思います。

 

だから、上にのべたような真には存在しないものを追い求め、外部の価値観に従って生きていると、いつか精神が崩壊してしまいます。

 

お願いですから、あなたはあなたで生きてください。なんとかなりますから。

生まれてきてよかった、と思える人生に向かって進んでいってください。

そのためには学習し、同時に学習したものを「自分のやり方で上手に自分用に変化させる方法論」を持つ必要があります。

最初は誰かの方法論でも良いです。ネット上のどんなツールでもOKです。有名無名インフルエンサーノンインフルエンサー誰でも構いません。まず影響を受けて、期間を決めて勉強して、同時に自分の方法を生み出す手法を身に付けてください。

これは中々見つからないので、今すぐにでも自分を揺り起こしてください。

 

そうやって創意工夫して出来上がった自分を評価してくれる人の共感や信頼は幻想であってもより心地の良いものです。誰かと過ごすなら、せめて真の自分に近い部分を理解してくれる人と一緒に頑張っていきましょう。

 

 

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音楽はほぼ才能によって作り上げられるものです。そうした8割の人が教える必要なく自分で音楽を考えてしまいます。

音楽を学習する、というのはビジネスなので、ビジネスに余り長い時期ハマらないでください。

自分が永遠にやり続けられるものが能力と言えます。それを探すためのきっかけが音楽なら、ぜひ不定調性論のブログの各記事にちょこっと触れてみてください。

 

どうやって、あなたがあなたに成るか、それだけを考えて今日も頑張っていきましょう。