音楽教室運営奮闘記

不定調性論からの展開紀行~音楽と教育と経営と健康と

「モーダル」って何??

2018.10.2⇨2020.6.27更新

「モーダル」とは、英語的な基本的な意味はともかく、

「旋法的」

という意味で使われています。

 

じゃ、「旋法的」ってなんだよ、って話ですよね。

この話は様々な論があって、皆が共通して同じ認識で使ってはいないので、偉い人が「モーダルだ」とかって言ってもあまり厳密に理解しようとしないでください笑。

またなんとなく使うなら、自分が使った根拠を示して下さい。

聞いた人が音楽理論に詳しくない場合、混乱させるだけです。

   

 

 

ノーパソよりラップトップ

旋法とは「音階」の別の呼び名です。

特殊な音階を特化して使うとき、に慣習的に「旋法」とかっこつけて言ったりしているだけです。

「この曲はドリアンモードだからな」

とか。これって

「この曲はドリアン音階ですからね」

と言っても同じ意味です。そうした曲を「モーダルな曲だ」と言っているだけです。

具体的にリフやソロがドリアンの特徴を如実に示していたり、曲全般にわたってそれが特徴付けられている場合など(マイルス・デイビスの「So What!」のリフ部分など)、「モーダルなメロディーだ」などと表現します。

特にジャズなどで使われます。本来は童謡も、君が代もモーダルです。

究極には、ハ長調のアイオニアンモードの曲も「モーダル」です。

そう、一つの音階によって作られている音楽は基本モーダルです。

モーダルでない音楽はビ・バップだけです。ビ・バップは「バップだね」と言われます笑。

 

音階的、というより「モーダル」って言ったほうが動的なイメージがして、洗練されていますでしょ?「流行」のモード、と同じですし、どこかソリッドでかっこいいです。

これが「モード」じゃなくて「ポンチード」だったら使うのなんか嫌です笑。

 

「音階」っていうよりも「旋法」って言ったほうが「技法っぽい」しイメージが伝わりやすいと思います。

そもそも「音階」ってすごく学校用語的で、初心者向きの感じに聞こえません?

ノートパソコンを「ノーパソ」っていうよりも「ラップトップ」って言ったほうがカッコいい的な。「カメラ」っていうより「キャメラ」、「六本木」より「ギロッポン」。

その程度の話と思ってください。

 

教える先生は「自分はこういうふうに使うが、君たちは自分で解釈して使いなさい」って言わないと先生の性癖だけが感染ります。

変な伝統は変に権威になって困ります。

 

こういうのを「メタファー」と言います。"人がイメージしやすい感じ"を用いるのが人の性です。暴走族を「珍走族」と呼ばないのは、犯罪感がないからです。暴走しているから迷惑なんです。ただ変な格好だけしていて静かなら無視すればいいんです。

こういうことをイメージできない人はアートもうまく扱えません。

 

だからアートをやる人は、「モード」って言うんです。イメージが湧くから。

 

だから「あぁ、今かっこつけたなぁ」ぐらいに思ってスルーしましょう笑。

 

以下はより専門的な話。

それぞれの旋法=音階にはそれぞれ特性音があります。

Cアイオニアン

c  d  e  f  g  a  b

 

Cリディアン

c  d  e  f#  g  a  b

 

二つの違いは何でしょう。

そう、fとf#が違いますよね。ファがシャープしているのがリディアンという旋法なんです。リディアンという音階、リディアンというモード。

Cアイオニアンの特性音はf、Cリディアンの特性音はf#です。 

 

だから「カエルの合唱」でやると、

Cアイオニアン

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Cリディアン

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ようは、このようにリディアンにすると、「リディアンぽくなる」わけで、このような風味を、「リディアン的」「リディアンモード的」「リディアン旋法の感じ」などと表現します。

#4が入っただけなのにリディアン的、と表現するのもそもそも変ですが。

感じ方は人それぞれですからどう感じてもらっても良いです。

 

このようにモードを意識した表現を「モーダルな感じ」「モーダルな意図」「旋法的旋律」と表現します。

だから普通のドレミファソラシドを使った音楽は"当たり前"なので「モーダル」とは言わない、みたいな慣習があります。それとは違って他の音階の響きがするので、「あ、なんか変なモード意識しています?」って聞きたくなる時、「あれ?なんかモーダルな感じですね」とかって使います=本当はよくわかっていない/雰囲気。

 

「かえるの合唱はアイオニアン的だよねぇ」とは言いません。

これってご飯の味を「ご飯的な味」と言わないのに似ています。

アイオニアン=音階そのもの、という意識があるのでしょう。

ご飯にカレー味がついていると「カレー風味」とか言えますね。

 

さらに1番がCアイオニアン、2番がCリディアンである場合、モーダルインターチェンジ(同軸変換)が起きている、といいます。これもカッコつけて言っているだけです。言いたいことは「1番と2番、使ってる音階が変わったよ!」ってだけです。でもこう言う風に言うと、底が知れるじゃないですか笑。だからその音楽に価値があるように見せるために「モーダルインターチェンジを使った」と言うんです。

アートとはそう言うものです。「これはアートだ」って言う主張がなければアートにならないものは沢山あります。

静寂を「これはジョン・ケージの"4:33"だ」って宣言した瞬間、それは盗作作品になるんです。おかしいと思いませんか?でもそれがアートの本質です。それをアートと捉えられる感性を持つ人だけがアーティストになれます。 「くだらん」と思う人は無理です。そしてどちらの言っていることも正しい。

 

で、ここからが不定調性。

リディアンのカエルの合唱、なんか変ですよね。無理やりイメージすると、

きっとこのカエルたちは上手く歌えないのではないか?みたいなイメージが湧いてきます。または彼らはロボットのカエルなのか?とか。いずれにせよ、カエルたちはいつもとちょっと様子が変です。

そういう「変な感じ」というのをちゃんと感じ取って、そういう音楽にしていくのが不定調性的な思考、アートの作り方になります。

それがそれであることを認めて、確立するという意識が芸術創作にはとても大切です。『4:33』を"聴いて"「面白い」と感じるのは、そう感じようとしているからです。

 

「モーダル」っていう表現も同様です。

上記のような慣習を十分に理解して、相手にわかるように「今使ったモーダルって意味はね。。」とちゃんと説明できるように使ってください。

 

なんとなく使う人が多いので、このページを見に来られる方が多いんでしょう。

 

かっちりしているわけではないので、積極的に自分から相手の意図を解釈してみてください。イメージをしっかり持つ、与える、って大事だと思います。

私も上手な方ではないので自分への戒めとして。

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